第74話 浪費家の銃、熱情の筋肉
ワイバーンを撃退した僕たちは、街道沿いの少し開けた場所で野営をすることにした。
既に日は落ち、辺りは暗闇に包まれている。
「よし、まずは寝床の確保だな」
僕は国から支給された物資の中から、テントのセットを取り出した。
「えーと、テント設営、っと。お、あった」
タブレットのIDEを操作し、平時プログラムのスキル一覧から『テント設営A』と記述されたエリアをタップする。
「よし、実行っと……あれ?」
実行しても何も起きない。
何度か押してみたけど、押すたびに画面には『Undefined Error』と表示されるだけ。
「あれ、おっかしいな」
(マスター)
不思議に思っていると、ヘルプから声がかかる。
(おそらく、今回のテントはマスターが習得済みのものとは設営する手順などが異なっているのかもしれません)
「ああ、確かに」
以前触ったことのあるテントは、ヘクターたち3人が休むために買った安物だった。
一方で、国から支給されたテントはしっかりした作りのもの。
同じなのは名前だけで、根本的な部分で異なるのだろう。
「仕方ない、自分で覚えるしか無いか」
明日からのことも考えると、スキル獲得のために今日は自分の設営したほうが良さそうだ。
「まずは、支柱を立てて……」
(マスター、お待ちくださいです)
作業に取り掛かろうとした僕を、ヘルプの声が止めた。
(今回は、ランク2の新機能『推論モード』を試してみる絶好の機会かと思いますです)
「推論モード?」
(ケケッ。相棒が寝込んでるときに説明したじゃねえかよ。忘れちまったのか?)
「ああ、『手を動かしながらじゃないと覚えられないから』って飛ばしてたやつだね」
(そのとおりです、マスター)
「えーと、確か、スキルを獲得してなくても同じような動作ができる、とかそんなのだっけ」
(はい。『推論モード』は、マスターの過去の経験や、類似したスキルのデータから『見様見真似』で強引に実行する機能です)
ヘルプが画面に図形を表示しながら説明してくれた。
要するにこういうことらしい。
今までは『A』という行動をするには、『A』というスキルが必要だった。
でも推論モードを使えば、『Aに似たB』や『Aの一部であるC』の経験があれば、それらを組み合わせて『たぶんAってこんな感じだろ?』と予測して実行してくれるのだ。
(ただし、これにはリスクがありますです)
「リスク?」
(はい。あくまで推論なので、成功するかどうかは『確率』になります。関連する経験が多ければ確率は上がりますが、少なければ失敗しますです)
(それに、成功しても失敗しても、エネルギーはしっかり消費する。オマケに、これで成功しても『スキル習得』にはならねえ)
「なるほど……」
つまり、楽はできるけど成長はしないし、失敗して無駄骨になる可能性もあるわけか。
(ちなみに、このモードは『無効化シールド』などにも応用可能です。「見たことない攻撃だけど、たぶん炎系だろう」のような……いわば、賭けに近いこともできますです)
「……それ、失敗したら死ぬやつだよね?」
(はい。ですから戦闘での使用は推奨しませんです。確率50%の盾なんて、怖くて使えないですよ)
確かに。命を預けるには不安定すぎる。
でも、もし絶体絶命のピンチで、イチかバチか賭けるしかない時には……使えるかもしれない。
「分かった。今回はテントだし、失敗してもやり直せばいいだけだ。試してみるよ」
僕はテントの資材にタブレットを向ける。
このタイプのテントは初めてだけど、小屋の補修や即席の野営地作りなら何度もやったことがある。
『推論モード起動……対象:テント設営』
『関連スキル:<杭打ち><縄結び><構造理解>……照合中』
『成功予測レート:99.8%』
「おお、ほぼ100%だ!」
「実行!」
僕がタップすると、画面からいつもの小人たちが飛び出してきた。
彼らは迷うことなく資材を持ち上げ、手際よく組み立てていく。
(ちなみに、今まで座標や方向などの細かい数値を指定しなくても、マスターが想定したように動いてくれていたのは、この推論機能の下地があったからなんですよ)
「そうだったんだ……」
改めて、このタブレットの性能に戦慄する。
僕が適当にやっていたことを、裏で必死に計算して支えてくれていたんだな。
便利だけどエネルギー減るのが早いんだよなあ……なんて思ってて、ごめんなさい。
*
テントの設営を終え、僕たちは焚き火を囲んで夕食をとっていた。
メニューは干し肉のスープと硬いパン。冒険者の定番だ。
「ううう」
アズライトはパンをかじりながら顔をしかめていた。
それもそのはず、実は彼女、公爵家のご令嬢様なのだ。(セルフィナ情報)
それがこんな埃っぽい場所での雑な食事、そして野宿。
いきなり無れろという方が酷だと思う。
「でもよ、野宿でまともな飯が食えるなんて、すっげ~ゼータクなことなんだぜぇ~?」
モーレッドは豪快にスープを飲み干している。
その足元では、ルミルが空になった木皿を舐めていた。
「うーん。にゃんというか、その子……」
アーチェがスープを啜りながら、ジッとルミルを見ている。
「本当にサンダーリザードの子供にゃのかにゃ?」
「え? 巣にあった卵から還ったんだから、間違いないと思うけど」
「でもにゃあ~。さっきの話を聞く限り、どうにも筋が通らにゃいんだにゃあ」
アーチェは首を傾げる。
先程の戦いで予定外に2つも貴重な輝石を消費してしまった彼女。
よほど痛い出費だったのだろう、「ダメ元で聞くにゃ。あの輝石、どこで見つけたにゃ」と聞いてきたので僕は快く答えてあげたのだ。
まあ、輝石の詰まった箱は瓦礫の下に埋もれている上に、タブレットがなければ実質入れない場所と分かったらガックリと肩を落としていたけど。
で、その時の話に出てきた地下遺跡でのUPS起動。
あそこでルミルが見せた放電量は、幼体はおろか成体でもあり得ないレベルだ、とアーチェは言うのだ。
「そんなにブレスを吐き続けられるリザードなんて、生物学的に変だにゃ」
「でも、実際に頑張ってくれたもんな、ルミル」
「きゅ!」
ルミルが元気よく鳴いて、パチッと火花を散らした。
「まあ、ルミルはルミルだよ。僕にとっては大切な家族だ」
僕が頭を撫でてやると、ルミルは嬉しそうに目を細めた。
(……で、そっちの銃は一体何なんだよ。喋る銃なんて聞いたことねえぞ)
アイディの問いに、アーチェは脇に無造作に放っていた黄金の筒――銃をつまみ上げ、嫌そうな顔をした。
『喋る板もそうそうあらへんと思うで?』
アイディに対抗意識を燃やす神具が、お互い様だろ、と牽制する。
「……コイツは『金食い虫の巣』って名前の神具にゃ」
「ダイン・マイン……」
「能力は、さっきも見せた通りにゃ。金目の物を食わせると、その価値によって次の攻撃の性能が変わるっていう、死ぬほど使いづらい神具にゃ」
『こうみえてもSランクなんやでえ?』
銃――ダイン・マインが甲高い声で主張する。
「コイツがいうには威力に上限はないそうにゃ。国一つ買える宝石を食わせれば、国一つ消し飛ばせるかもにゃ」
『ええ、ええ。バンバン、つこてくださいなあ。もっとええもん食わしてくれたら、もっとええ仕事しまっせ~』
「そんなことしたら、にゃあは一瞬で破産にゃ!」
アーチェが銃をバンバンと叩く。
彼女はため息をつき、焚き火を見つめた。
「こんなの渡されても、にゃーんの足しにもならないにゃ。稼いでも稼いでも、一発でチャラ、にゃ。……にゃあから言わせれば、あんなランクシステムなんてクソにゃ」
彼女の言葉には、深い実感がこもっていた。
ワイバーンを一瞬で消滅させた威力は凄まじい。
でも、あの弾丸一つで金貨1枚……オーギルの家賃50ヶ月分が、あの一瞬で消えたのだ。
彼女が徹底した守銭奴になった理由が、なんとなく分かった気がした。
生きるために引き金を引けば、その分を延々と稼ぎ続けなければならないのだから。
「で、その攻撃を受けても平気だったモーレッドさんは……」
気を取り直して、もう一人の問題児に話を振る。
「おう! 見たかよ、俺のバーニング・フォームを! イカしてただろ!」
モーレッドが立ち上がり、バッとポーズを決める。
「俺の『友情重鎧』はな、仲間からの『愛』……つまり攻撃を受ければ受けるほど、硬く、強くなるんだ!」
「は、はあ……愛、ですか」
「そうだ! 痛みこそが絆! 傷跡こそが友情の証!」
モーレッドは熱く語り始めた。
「あの、敵の攻撃じゃダメなんですか?」
「ダメだっ!」
「どうしてなんでしょう」
「奴らの攻撃には、心がねえ」
「は、はーと」
「そうだ。あんなもんで俺の筋肉は喜びやしねえんだ!」
「きんにくが、よろこぶ」
「俺の筋肉がだな、味方からの愛、つまりダメージを喜びとして受け止め、バキバキの鎧になるんだ! そうすると、敵も俺の筋肉の魅力に惹きつけられて離れられなくなる!」
「……えっと、磁力とかヘイト操作じゃなくて?」
「細かいことはいいんだよ! 大事なのはパッションだ!」
……ダメだ、会話が成立しない。
彼は基本的に『自分の言いたいこと』しか言わないタイプのようだ。
話があっちこっちに脱線し、最終的には『筋トレがいかに素晴らしいか』という演説になりかけたところで、アズライトが「寝るぞ」と強制終了させた。
ざっくりまとめると、『味方からの攻撃を一定以上受ける』と『胸当てが全身鎧に変化して防御力が極大上昇』し、『敵を物理的に自分に引き寄せるようになる』――、まあ、そんな感じの能力らしい。
多少状況は限定されそうだけど、うまく活用できれば十分に活躍できそうだ。
でも、これが敵味方入り乱れる戦場だったら使いにくいかもしれないなあ。
隊列とかメチャクチャになりそうだし。
「おっと」
気がつけば、膝の上ではルミルが一足先に夢の世界へと旅立ってしまっていた。
そろそろ、僕も休もうか。
モーレッドのいびきが響き渡るテントに身を潜り込ませ、横になる。
守銭奴の商人に、ドMの熱血漢。そしてポンコツな監査官。
でもまあ、少なくとも退屈はしなさそうだ。
そして、あの『神の僕』と戦うにしても、正攻法のパーティーよりこっちのほうが足元を掬えるような気がしないでもない。
待ってろよ、ガランド。
絶対に奴らの尻尾を掴んでやるからな。
次回もお楽しみに~




