第71話 寄せ集めの特務班
「にゃはは! 待ってたにゃあ、隊長さん」
入って早々に声をかけてきたのは、あの猫耳の商人――アーチェだった。
彼女は僕の顔を見ると、ひらひらと手を振る。
「よろしくだにゃ。にゃあは金払いさえ良ければ、地獄の底までついていくにゃあ」
「アーチェ……さん? 君もメンバーなの?」
「商売の匂いがするところにアーチェあり、だにゃ。国が雇ってくれるって言うから、二つ返事で引き受けたにゃ」
彼女はニシシと笑う。相変わらずの守銭奴ぶりだ。
その時、彼女の腰の裏側あたり――服の下から、くぐもった話し声が聞こえた。
『せやけど姐はん、今回の契約金、ちーっと安すぎまへんか? 足元見られてんちゃいます?』
「……ん? 今、誰か喋った?」
僕は思わず辺りを見回す。部屋には彼女と、奥にいるもう一人しかいないはずだ。
アーチェは「にゃ?」ととぼけた顔をして、自分の腰のあたりをバシッと叩いた。
『痛っ! 何すんねん!』
「気のせいにゃ。空耳だにゃ」
「いや、なんか変な訛りみたいな感じで誰かが喋ったような……」
「にゃあは何も聞こえなかったにゃ。疲れてるんじゃないかにゃあ?」
アーチェは首をかしげ、あくまでも『知らない』スタンスを貫くようだ。
……まあ、いいか。
彼女が優秀な商人であることは、先日の件で証明済みだ。
物資の調達や鑑定で役に立ってくれるだろう。
「そして、あちらが」
「おう! 待ってたぜ! 俺がもう一人のメンバー、モーレッドだ!」
部屋の奥で筋トレをしていた男が、アズライトの紹介と同時に立ち上がった。
燃えるような赤髪の短髪。上半身は胸当て一枚という軽装で、はち切れんばかりの筋肉を晒している。
いかにも『熱血』といった風貌の青年だ。
「俺ぁ、熱い戦いができるって聞いて志願したんだ! よろしく頼むぜ、隊長!」
「あ、ああ。よろしく、モーレッドさん」
暑苦しい握手を交わす。
握力だけで手が砕けそうだ。
「僕はロイド、ロイド・アンデールです。そしてこれが僕の神具、『漆黒の板』。中に……仲間がいます」
タブレットを掲げると、画面にアイディとヘルプが表示される。
(よう。俺様がアイディだ。よろしくな、新入りども)
(ヘルプです。皆様、仲良くしてくださいです)
二人が挨拶すると、新メンバーたちは興味津々といった様子で覗き込んできた。
「ほう! しゃべる板か! 魂が燃えてる感じがするぜ! 気に入った!」
モーレッドがバシバシと僕の肩を叩く。
「へえ……。こいつは珍しいにゃあ。これ、本当に神具かにゃ? 証明書はあるかにゃ?」
アーチェが値踏みするような目でタブレットを見る。
(ケッ、俺様に証明書なんて不要だぜ! なんたって『最・強』だからな!)
『へえ、生意気なボウズやなぁ。あないのを身の程知らず、いうんやろな』
また、アーチェの腰から声がした。
……やっぱり、何かいるよね?
「それで、二人の神具は? できればランクも教えてほしいんだけど」
僕が視線を向けると、彼は胸当てをドンと叩いた。
「俺はこれよ! ……だが、今は『本気』を見せられねえ」
「え?」
「俺ぁ、本番じゃねえと燃えねえんだ! ここで見せるような安っぽい力じゃねえからな!」
真っ白な歯を輝かせて笑うモーレッド。
……大丈夫だろうか、この人。
やる気はありそうだけど、実力は未知数だ。
「にゃあも見せる気はにゃいにゃ。見たいにゃら金を払うにゃ」
「……」
僕は部屋を見渡した。
猫耳の守銭奴商人と、暑苦しい筋肉マン。
これから一緒に戦う仲間だというのに、どちらも能力を見せる気、なし。
いや、そんなことよりも。
もっと危険な香りがする事実がある。
「……え、二人だけなの?」
そう、なんとこの部屋には彼ら二人しかいなかったのだ。
僕がアズライトに問うと、彼女は「うむ」と真顔で頷いた。
到着が遅れていて、これから合流予定……ということもないらしい。
「だが、私も同行する」
「えっ、アズライトさんが?」
それは心強い……と言いたいところだけど。
彼女は『監査官』だ。荒事は専門外なんじゃないだろうか。
「そのー、失礼ですけど、アズライトさんは戦いとかは……」
僕が言い淀むと、後ろで控えていたセルフィナが口を挟んだ。
「期待してはいけませんわ、ロイド。この子は昔から、段差もない場所で当たり前のように転ぶ程度でしてよ」
「なっ……! セ、セルフィナ! 余計なことを!」
アズライトが顔を赤くして抗議するが、否定はしない。
どうやら事実らしい。
……戦力としては、期待できなさそうだ。
僕は頭を抱えたくなった。
国家の存亡をかけた極秘プロジェクト。
そのメンバーが、商人と、未知数の筋肉と、運動音痴の監査官。
ディートやリゼのような正規軍人だっているんだ、動かそうと思えば動かせる駒はいるはずなのに。
もちろん、この場所にいる以上は彼らもSか最低でもAランクはあるのだろう。
でも、モーレッドはともかく、アーチェは元々商人だ。
どんな神具かは分からないけど、きっと鑑定や計算などの後方支援の能力に違いない。
おそらく、あの時使っていた片眼鏡や試薬を入れた瓶あたりだろうか。
となると、まともに戦えそうなのは最悪、僕とモーレッドの2人だけ、ということになる。
いくら僕が身体能力強化で味方を強化できるとはいっても、これじゃあ限界があるぞ。
なんなら、この間までのメンバーのほうがよっぽどバランスが良かった。
「ふふ、お困りのようですわね、ロイド?」
今にも頭を抱えそうな僕の苦悩を見透かしたように、セルフィナが微笑む。
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「では、我がエドール家より最初の支援物資をお届けいたしましょう」
「え? いやあ、それはありがたいけど。一体何を?」
「ミア」
ああ、そうか。
段取りの鬼なセルフィナのことだ。
すでに「こういうこともあろうかとミアに持たせておりますわ!」な展開か。
強力な魔道具か、あるいは活動資金か。
みんなの期待に満ちた視線が、後ろに控えるミアに集まる。
「え、ちょ、お嬢様。アタシ、支援物資なんて持ってきてないですよっ!?」
ミアが慌ててエプロンのポケットを探る。
違うらしい。
いや、もしかして、指示を聞き逃したりしたのか?
「ほら、ミア」
「え? え? え?」
セルフィナは後ろからミアの両肩を掴むと、ぐいっとみんなの前に押し出す。
そして、ここにいる全員に向けて話し始めた。
「我が臣下にミネルバ、というとても武芸に長けた者がおりますの」
困惑するミアをよそに、セルフィナは言葉を続けていく。
「この子はミネルバを姉のように慕っているのですわ」
ミアの顔を覗き込み、「ね?」と聞くセルフィナ。
こくん、と頷くミア。
そして再びこちらへと視線を戻し、口を開く。
「ミネルバは、わたくしを守るために『神の僕』の卑劣極まりない攻撃を受け、『眠り病』を患ってしまいましたの」
「何!? それは大変だ! このモーレッドの正義の血が騒ぐぜ!」
モーレッドはセルフィナの話に興奮して拳を握りしめている。
彼はきっと、良いやつだ。
「当家が神の僕を追う理由は一つのみ。ミネルバを元に戻す方法を見つけるため、です。国家の存亡など二の次ですわ」
「……今のは、聞かなかったことにしておこう」
そう言った旧友に目配せをして、セルフィナは更にプレゼンを続けていく。
「それに、ランクこそBですが速度に優れた汎用性の高い神具を持っていますのよ?」
「いいにゃ、速さは商人にとってもとても大事にゃ」
アーチェも興味深そうにミアを見ている。
「また、見ての通りの外見ですから、潜入や斥候、聞き込みにもきっと大活躍ですわ」
「ふむ。つまりは、彼女を――」
アズライトが眼鏡の位置を直す。
「――ええ、『コード・ブレイカー』の4人目として、推挙いたします」
「お、お嬢様……」
ミアが信じられないという顔で振り返る。
「ふふ。ロイドと離れたことで仕事が手につかなくなっても困りますもの」
「そ、そんなことは!」
「あら。行きたくないのかしら?」
セルフィナに覗き込まれ、ミアは顔を真っ赤にして、ぶんぶん、と首を横に振る。
「それじゃ、決まりね」
にっこりと微笑むセルフィナ。
彼女は、まるで妹を送り出す姉のような、優しく、そして厳しい顔でミアに向き合った。
「ミア」
「はい」
「『敵』はとても強大で、きっと貴女には勝ち目がないでしょう」
「……」
「ですが、たとえ負けたとしても――正面から挑んだのなら、それはきっと貴女の大きな糧になります」
「お嬢様……その、アタシ……」
「ロイドといっしょに、世界を見てきなさい。そして、一回りも二回りも素敵な淑女として返ってくるのです。これは、命令であり、約束です。守れますね?」
ミアの瞳が潤む。
そして、涙をこらえるように唇を噛み締めると、力強く頷いた。
というわけで、ミアが正式にパーティーの一員となりました!
筋肉マンに猫耳商人、運動音痴の堅物メガネっ娘も加え、メンバーも一新です!
西には一体、何が待っているのか……次回もお楽しみに!




