第70話 災禍を断つもの、始動
翌朝。
僕たちは再び、王宮『白亜宮』へと向かう馬車に揺られていた。
昨夜の侵入者――エディミルとの接触。
その事実は、膠着していた事態を動かすのに十分すぎる材料だった。
「……で。なんでミアがいるの?」
向かいの席、セルフィナの隣に座っている小柄な少女に声をかける。
彼女は相変わらず、フリルがついたいつものメイド服姿だった。腰に無骨な双剣を差しているのが、ひどくアンバランスだ。
「ああん? 文句あるのかよ」
ミアが不機嫌そうに睨み返してくる。
「文句はないけど……今日は王宮での会議だよ? たぶん護衛はいらないんじゃないかなあ」
「お嬢様が『ミアも来なさい』って言ってきたんだよ。なら、断れるわけねーだろ」
ミアはぷいっと顔を背けた。
隣のセルフィナは、口元に手を当て、意味ありげに微笑んでいる。
……まあ、セルフィナのことだ。何か考えがあるのだろう。
*
白亜宮に到着すると、前回と同じくアズライトが出迎えてくれた。
だが、通された場所は前回の大広間ではなく、奥まった場所にある作戦会議室だった。
窓はなく、重苦しい空気が漂っている。
部屋には宰相をはじめ、軍務大臣や騎士団長クラスの重鎮たちが顔を揃えていた。
彼らの視線が、僕に突き刺さる。
「……報告は聞いている」
宰相が口火を切った。
「昨夜、エドール家別邸に『神の僕』の幹部らしき男が現れたそうだな」
「はい。エディミルと名乗っていました」
僕は昨夜の出来事を簡潔に説明した。
勧誘されたこと。断ったこと。そして、去り際に残された言葉。
「『ガランドのベル』……か」
軍務大臣が腕を組み、唸る。
「ガランドというのは、恐らく西にある鉱山都市ガランドのことだろう。かつてはミスリル採掘で栄えたが、今は廃坑寸前の寂れた街だ」
「では、『ベル』というのは?」
アズライトの問いに、重鎮たちは顔を見合わせ、首を横に振った。
「分からん。人名か、地名か、あるいは特定の施設か……。王宮の大書庫や賢者たちにも照会し、調査させることにしよう」
「だが、奴が次の目的地として示した以上、そこに何かがあるのは間違いない」
宰相が指先で机を叩く。
「現地へ飛び、実態を解明する必要があるな。敵の拠点があるなら、それを叩き潰さねば」
結論は出た。
僕は、西へ向かう。
「そこで、だ。ロイド殿」
宰相が居住まいを正し、僕を真っ直ぐに見た。
「国としては、この件に関して公式に軍を動かすことはできん。敵は神出鬼没。大軍を動かせば、それだけ目立つ」
宰相は言葉を濁したが、言いたいことは分かった。
軍が動けば、国民や他国の注目を集める。「なぜ軍が動くのか?」と探られれば、『Sランク神具の譲渡』という、国がひた隠しにしたい不都合な真実が露見するリスクが高まるからだ。
「故に、貴殿らのような、敵と接触経験があり、かつ『規格外』の力を持つ少数精鋭で、秘密裏に事を運んでもらいたい」
宰相は一枚の羊皮紙をテーブルに滑らせた。
「王宮直属の非公式特務部隊――通称『災禍を断つもの』。本日をもって、貴殿をその隊長に任命する」
「……隊長、ですか」
「不服か? 貴殿の実績と、その神具の能力を評価してのことだ」
宰相は鷹揚に頷き、さらに続けた。
「それに伴い、貴殿の神具『漆黒の板』を、大司教の代理権限をもって特例で『Sランク』に認定する」
「……はあ」
僕は気の抜けた返事をした。
今さらランクなんてどうでもいい。
SだろうがFだろうが、使える機能が変わるわけじゃない。
その時、左腕のミラーリング端末が震えた。
画面を見ると、文字が表示されている。
『IDE:はあ? 俺様たちがS一個だと? SSSSSSSSSSSSSSくらいの間違いじゃねーのか』
文字情報だけで伝わってくるアイディの不満げな様子に、僕は苦笑を噛み殺す。
「……それで、報酬の話をさせていただいても?」
セルフィナが静かに切り出した。
宰相は大きく頷く。
「うむ。国としては、活動資金の提供はもちろん、奴らを壊滅させた暁には……そうだな、どのような望みも叶えようではないか」
その言葉を聞いた瞬間、僕の背筋が伸びた。
「……今、『どのような望みも』と仰いましたね?」
「む? ああ。王家の名にかけて約束しよう」
宰相は、僕のような平民が望むものなど、金か地位くらいだと思っているのだろう。
だが、僕が欲しいのはそんなものじゃない。
「では、一つだけ」
僕はきっぱりと言い切った。
「……アミリー・ベイシカ」
その名を口にした瞬間、室内の空気が凍り付いた。
「彼女の冒険者引退、および『金獅子の誇り』からの脱退。そして何より……現在、彼女とその周囲に課せられている『人質状態』の即時解除を求めます」
「なっ……!?」
重鎮たちが色めき立つ。
バンッ! と誰かが机を叩いた。
「貴様! 我々に指図する気か! 分をわきまえろ!」
「国家の決定に異を唱えるなど、言語道断だ! 平民風情がつけあがるな!」
怒号が飛び交う。
だが、僕は引かない。彼らの怒りなど、想定の範囲内だ。
「いいえ。指図ではありません」
僕は静かに、しかしはっきりと言った。
「取引ですよ」
僕は懐からタブレットを取り出し、画面を彼らに向けた。
そこには、『REC』の赤い文字が点滅している。
「この会話は、僕の『漆黒の板』ですべて記録しています」
「な、なに……!?」
「もし、僕たちが命を懸けて戦っている間に、アミリーやその家族、故郷の友人、僕の友人も含めて何かあったら……。あるいは、国が『どのような望みも叶える』という約束を違えるようなことがあれば」
僕は冷ややかに微笑んだ。
「この記録がどうなるか、お分かりですよね? 『国は高ランク神具持ちを人質で脅して従わせている』……そんな事実が公になれば、どうなるでしょう」
脅迫だ。
一介の平民が、国家元首クラスの人間を脅している。
不敬罪で即刻捕縛されても文句は言えない。
でも、彼らは動けなかった。いや、動けるはずがない。
僕たちが持つ情報と戦力が、今の彼らにとって唯一の頼みの綱であり、同時に彼らの喉元に突きつけられた刃だからだ。
長い、重苦しい沈黙が流れた。
やがて、宰相が深く息を吐き出した。
「……よかろう」
苦虫を噛み潰したような顔で、彼は言った。
「ただし、成果を上げてからだ。敵の拠点を壊滅させ、王都の脅威を取り除くこと。それが果たされた暁には……約束しよう」
「言質は取りましたよ」
僕は録音を停止し、タブレットをしまった。
これで、最低限の安全は確保できたはずだ。
「では、直ちに出発の準備を……」
「待て。出発の前に、会わせたい者たちがいる」
宰相が手を挙げた。
「貴殿らだけでは数が足りん。国としても、手をこまねいていたわけではないのだ。……アズライト、案内せよ」
「はっ」
アズライトが扉を開け、僕たちを促す。
「こちらへ。……既に、別室にて待機させてある」
僕たちは会議室を出て、王宮の奥へと進んでいく。
長い廊下の先にある、一室の前でアズライトが足を止めた。
「ここだ。……この中に、『災禍を断つもの』のメンバーが控えている」
アズライトが重厚な扉を開け放つ。
その部屋の中にいたのは――
はい、というわけでここから本格的に新章『西部編』、突入です!
『災禍を断つもの』のメンバーとは!?
グランドのベルとは一体何なのか!?
正月休みが終わるまではハイペース投稿を頑張りますので引き続き応援よろしくお願いします!!




