第67話 便利屋ロイドと、知らない帰郷者
風変わりな商人との出会いから一夜明け、屋敷はにわかに活気づいていた。
今晩の晩餐会に向けみんな忙しなく動いている。
ただ、『貴族のパーティー』でイメージするような堅苦しいものではなく、参加者は僕たちと監視名目のアズライトだけという、どちらかといえば身内の食事会のようなものに近いようだ。
そのせいか、みんなどことなく楽しそうに手を動かしていた。
「……暇だ」
――なのに僕ただ一人、庭園のベンチで手持ち無沙汰にしている。
誰に手伝いを申し出てもやんわりと断られてしまい、やることが無い。
たぶん、屋敷の勝手もわからない僕に余計なことをされたくないのだろう。
膝の上に乗るルミルも、「きゅ~?」と退屈そうに欠伸をしている。
そんな僕の前を、難しい顔をしたバルガスが通りかかった。
「むう。確かにあそこに置いたはずなのだが……」
「バルガスさん。どうしたんですか、なにか手伝えることがあれば」
「む……。ロイドか。気持ちはありがたいが、お前さんは待機命令中なのだろう」
「でも、別に何もするな、ってわけじゃないですから」
「そうか……だが、今は探し物をしていてな。この屋敷に不慣れな――」
「探し物! 任せてください!」
バルガスの言葉に食い気味で飛びついた僕は、早速左腕のミラーリングデバイスで『何でもナビ』を起動した。
「何を探せばいいですか!?」
「お、ああ。祝い酒を冷やすための、銀のワインクーラーをな」
「了解です。ヘルプ、検索!」
(はいはい、お任せくださいです! ……検索中……ヒットしました!)
「あれ、ヘルプ。これって」
画面上の矢印が、屋敷の2階より更に上を指し示しているように見えた。
(はい。先日のアップデートにより、何でもナビも機能強化されましたですよ)
「え、どんな機能なの!?」
(ターゲットや場所が不明瞭でも方向だけじゃなく高さも表示するようになりましたです)
「へー、それはすごいや!」
「ま、またその『たぶれっと』か。一体何を言っているのかはさっぱりだが……」
「それでバルガスさん、2階より上にあるみたいなんですけど」
「2階……屋根裏部屋……ああっ!」
どうやら、なにか心当たりがあるらしい。
「行ってみましょう!」
僕達はさっそく、屋根裏部屋へ移動することにした。
*
屋根裏は、長年閉ざされていた部屋の独特な匂いがした。
窓はなく、中は薄暗い。
「きゅ?」
僕の肩に乗ったルミルが、暗さを察知して口元をパチパチさせようとする。
「あ、ルミル。ここは埃っぽいから火花はダメだよ」
「きゅー」
ルミルは残念そうに鳴く。
バルガスが持ってきたランタンの明かりを頼りに、僕たちは奥へと進んだ。
そこには、木箱や白い布を被せられた家具らしきものが積み上げられていた。
「ワインクーラー、普段は使わないんですか?」
「ああ。ここ数年、こういった催しがなかったからな」
バルガスは少し寂しげに、布を被った家具を見渡した。
「旦那様や奥様、若様たちもめっきり王都にいらっしゃる回数が減ってしまった」
そうか、バルガスは知らないんだ。
国の監視と、反乱防止のための規則。
それが、セルフィナが『妖精王の居城』を授かった3年前から始まっていることに。
首にかけられた縄を気づかれてはならない。
改めて、理不尽な規則だと思う。
「それは……寂しいですね」
絞り出した僕の言葉。
それを聞いたバルガスは自分の話で僕を感傷的にさせてしまったと思ったのだろう。
「だからこそ……だ」
そう言ってこちらに顔を向けると、ニカッと笑った。
「明日は久々の宴だ。血は繋がっていなくとも、お嬢様が心を許した『友人』たちとの席だ。……最高の準備をしてやらんとな!」
「……はい!」
(マスター、反応はこの奥です。あの大きな木箱の下あたりですね)
ヘルプのガイドに従い、部屋の奥へ進む。
そこには、冬用の厚手のカーテンが入っていると思われる、巨大な木箱が積み上げられていた。
「この下か……。どかすぞ」
バルガスが袖をまくり上げる。
でも、さすがに一人じゃ腰をやりそうだ。
「手伝います。……<身体能力拡張>、出力1.16倍」
僕はこっそりとプログラムを起動する。
前回の『3倍』で地獄を見た反省を活かし、計算し尽くした数値だ。
グンッ、と体に力が満ちる。
爆発的なパワーではない。
あくまで自然に、体の芯が太くなったような感覚。
「せーのっ!」
僕たちは息を合わせて木箱を持ち上げ、脇にどかした。
1.16倍の恩恵か、思ったよりも軽く感じる。
木箱の下から現れたのは、厳重に梱包された包みだった。
バルガスが丁寧に布を解くと、薄暗い部屋の中で、鈍い銀色の輝きが顔を出した。
「おお、これだ……! まったく、こんな奥に仕舞い込んでいたとは」
「きゅー!」
ルミルも「あったー!」と言うように声を上げる。
「泥棒に入られんよう、ワシが隠したんだったな。……すっかり忘れておったわ」
バルガスはバツが悪そうに頭を掻いた。
*
無事にワインクーラーを回収し、1階のホールへ戻る。
そこでは、明日の会場設営が行われていた。
今回は立食形式にするらしく、椅子は壁際に寄せられ、中央のスペースを空けてある。
「あら、ロイド様。探しましたわ」
ホールに入ると、カーラが小走りで近寄ってきた。
「カーラさん。どうかしたんですか?」
「はい。実は、ロイド様にお手伝いいただきたいことがありまして」
カーラは少し困ったように、ホールの隅を指差した。
そこには、物置から出してきたと思われる丸テーブルが8台、固めて置いてある。
「このテーブルをホール中央に並べたいのですが、わたくし一人ではバランスよく配置するのが難しくて……。あの『小人さん』たちにお手伝いいただけないかと」
「ああ、なるほど。配置はお任せですか?」
「いえ。料理を取りやすくするために、中央を開けた正方形……ドーナツ型に並べたいのです」
カーラが指先で四角形を描く。
なるほど。
縦3列、横3列。その真ん中だけを空ける配置か。
「分かりました。やってみます」
僕はタブレットを取り出し、<平時モード>を起動する。
これまでのランク1では、単純な繰り返ししかできなかった。
でも、ランク2になった今のタブレットなら、『多重ループ』が使える。
縦の列と横の列。二つの繰り返しを組み合わせることで、面での配置が可能になるんだ。
僕は頭の中でロジックを組み立て、指先を走らせる。
<繰り返し変数X:1~3>
<繰り返し変数Y:1~3>
<条件:X=2 かつ Y=2 の場合>
<スキップ(Continue)>
<それ以外>
<テーブルを座標(X,Y)へ運搬>
――よし、こんな感じかな。
「実行!」
画面からワラワラと飛び出した小人たちが、一斉に丸テーブルに取り付く。
彼らは「イチレツメ!」「ニレツメ!」「マンナカ、トバス!」と声を掛け合いながら、驚くべき手際でテーブルを運んでいく。
縦横に整然と並び、中央だけがぽっかりと空いた綺麗な配置。
人力で測りながらやれば数十分はかかる作業が、ものの数秒で完了した。
「ま、まあ……! 完璧ですわ!」
カーラが目を輝かせて手を叩く。
「なんか、複雑なこともできるようになったね」
(へっへーん。ランク2の実力、思い知ったか!)
アイディが得意げに鼻を鳴らす。
確かに、これならもっと色々なことに応用できそうだ。
*
「……届かねえ」
二人の手伝いを終え、気分よく窓際に目をやると何かを持ったミアが背伸びをしていた。
高い位置にあるカーテンレールに、飾り付けをしようとしているらしい。
踏み台を使っているけれど、あと数センチが届かないようだ。
プルプルと震える指先が、飾りを引っかけようと空を切っている。
僕はタブレットに手をかけ――ようとしたところで、よく考えれば自分の身長で十分に間に合いそうだ、と思い直して空手のままミアに近づいていく。
「……よいしょ、と」
僕は彼女の後ろに立ち、ひょいとその飾りを受け取ると、そのままレールに掛けた。
「――っ!?」
背後からの気配に、ミアがビクリと肩を跳ねさせて振り返る。
至近距離で目が合った。
「……あ」
「これでいい?」
「……あ、ああ。……サンキュ」
ミアは少し顔を赤くして、視線を逸らした。
そして、ボソリと呟く。
「……アンタ、いつの間に背ぇ伸びたんだよ」
「え? そうかな。変わってないと思うけど」
「ふん。……ま、高いとこだけは任せてやるよ。ほら、次はあっちだ」
ミアは足早に次の窓へと向かっていった。
その足取りが、なぜか少しだけ弾んでいるように見えて、僕は苦笑しながら彼女のあとに続いたのだった。
*
昼下がり。
買い出しを頼まれた僕は、一人で街へ出ていた。
手配していた料理を買い込み、両手に荷物を抱えて帰路につく。
今日のパーティーが終われば、きっとまた状況は変わっていく――
そんなことを考えながら広場のベンチの横を通り過ぎようとした時、声をかけられた。
「……あ。君、もしかして」
足を止めて振り返る。
ベンチに座っていたのは、同い年くらいの少年だった。
飾り気のないシャツとズボン。どこにでもいそうな、平凡な村人の格好。
彼は僕の顔をじっと見て、懐かしそうに目を細めた。
「やっぱりそうだ。ロイド、だろ?」
「えーと……どちら様で?」
記憶にない顔だ。
王都で知り合いなんて、ほとんどいないはずなんだけど。
「……忘れちゃったか。ま、無理もないよな」
少年は力なく笑った。
「俺はケイーク。ケイーク・タイカー。メムの3つ隣にある村の出身なんだ。3年前の神授の儀式で、君と一緒だったんだけど」
「あ……ああ、そういえば!」
言われてみれば、そんな名前の人がいたような……気がする。
3つ隣の村。合同儀式で顔を合わせたくらいで、話したことも無い。
まあ、僕が『不明』だったから覚えていたんだろうなあ。
「こんなところで会うなんて、驚いたよ」
「うん、そうだね。まさか王都で地元の人に会えるなんて」
とりあえず話を合わせる。
ケイークは空を見上げ、独り言のように語り始めた。
「懐かしいよなあ。メムは綺麗な川が流れてるんだっけ」
「うん。ケイークさんの村は」
「うちはもっと山間の方だよ。秋になると生る木苺が美味くってさ」
「……そうなんだ。それで、ここでは何を?」
見た感じ、かなり精悍な体つきをしているけど、着ているものから見て冒険者という感じじゃない。
非番中の兵士か商人のキャラバン隊の護衛か何かだろうか。
「俺さ、もう故郷に帰ることにしたんだ」
ケイークは僕の質問に答えず、これからの予定についてだけ話してきた。
「あ、ああ、そうなんだ」
「うん。見たかった景色も見られたし、もう十分さ」
観光にでも来ていたのだろうか、とも思ったけど何かが違う。
彼の言葉は、どこか上滑りしている気がする。
『見たかった景色を見た』と言ったけれど、その目には感動も満足感も感じられないのは何故だろうか。
「ケイーク! 何をしている!」
そのとき、彼の名前を呼びながら衛兵が近寄ってきた。
「何が便所だ! 嘘つきめ!」
「いや、用を足した帰りに同郷の人がいたので挨拶してただけですよ。なあ?」
説明を聞いた衛兵がギロリと僕を睨む。
「あ、うん。本当ですよ。僕はメムの村出身でして」
僕の身の上なんてどうでもいいのだろう、衛兵は「ふん」と鼻を鳴らすと再びケイークへ向き直り、彼の腕を掴んだ。
「さあ、来い!」
強引に引きずられていく先には馬車が止まっていた。
おそらく、あれに乗せられるのだろう。
「じゃあな、ロイド。幸運なんてものは、ほどほどが一番なんだぜ」
「余計なことを話すな!」
「何かはよくわからないけど、道中、気をつけて」
「ああ。……君も、達者でな」
ケイークのその言葉を残し、二人は雑踏の中に消えていった。
……彼は一体何者だったんだろう。
一方的に思い出話をされて、一方的に別れを告げられた。
噛み合わない会話の余韻だけが、妙に心に残った。
「ケイーク、か……」
歩き出しながら、記憶の糸を手繰り寄せる。
3年前の儀式。
アミリーと僕が連続で『不明』と判定されて騒ぎになった日。
確かその直前に、別の人も何か凄い神具を授けられていたような……。
「……思い出せないな」
ま、いっか。
今は今夜のパーティーのことだ。
僕はリュックを背負い直し、屋敷へと急いだ。
まさかのケイーク・タイカーの再登場です。え?だれ?という方はプロローグをご参照ください……
ちなみに名前の元ネタは『体育会系』です。仲間内でウェーイやってるイメージでした笑。




