表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/91

第66話 猫の商人と、強引な晩餐会


 広場での騒動を収めたあと、僕たちは猫耳の商人に案内されて移動することになった。

 彼女が向かった先は、賑やかな大通りから一本入った、日が差さない薄暗い路地裏。

 表通りの華やかさとは無縁の、湿った空気と埃っぽい匂いが漂う場所だ。


「こんな場所で商売してるのかい?」


 ディートが警戒して周囲を見回すが、先導する猫耳の少女――アーチェは、ぴょこぴょこと耳を揺らしながら気にした様子もない。


「表通りは家賃が高いし、ギルドの目もうるさいにゃ。商売ってのは、場所代をケチってナンボだにゃあ」


 アーチェは路地の突き当たりにある、木箱が積まれただけのスペースで足を止めた。

 そして、背負っていた自分の身体ほどもある巨大なリュックを、ドサリと地面に下ろす。

 見た目に似合わず、とんでもない重量がありそうだ。地面が少し揺れた気がする。


「よいしょ、と。……開店だにゃ」


 彼女がリュックの留め具を外すと、それは複雑な機構で展開し、あっという間に簡易的なカウンターテーブルへと変形した。

 中から次々と現れる天秤、ルーペ、数種類の試薬ビン、そして羊皮紙の束。

 まるで手品のような手際に、僕たちは目を丸くする。


(ほほう。こいつは面白えガジェットだな。空間効率を極限まで計算してやがる)


 ケースから、アイディの感心したような声が響く。


(ですがマスター、許可のない路上販売は違法行為の可能性がありますですよ? あまり深入りしないほうが良いかもしれないです)


 ヘルプが心配そうに忠告してくるが、もうここまで来て引き返すわけにはいかない。


「さあ、見せてみるにゃ。その『石ころ』を」


 アーチェがカウンター越しに手招きする。

 ディートがおそるおそる懐から結晶を取り出し、差し出した。


 アーチェは片目に片眼鏡モノクルを装着し、結晶を手に取る。

 その瞳は真剣そのもの。

 さっきまでの軽薄そうな態度はどこへやら、熟練の職人の顔つきになっている。

 彼女は結晶を光に透かし、表面を指で弾き、試薬を一滴垂らして反応を見る。


「……ふむ」


 長い沈黙。

 リゼがゴクリと喉を鳴らす。


「……うん。間違いないにゃ。純度、変換効率ともに最高級品だにゃ」


 鑑定を終えたアーチェは満足げに頷き、片眼鏡を外した。


「王宮の魔道具職人たちが血眼になって探してる『古代種』の輝石だにゃ。さっきは1.5倍と言ったにゃが、下手な職人が扱わなけりゃ2倍は跳ね上がるにゃ」


「そ、そんなにか……!」


「おにゃあさん、見る目あるにゃあ。どこで拾ったかは聞かないけど、いい仕事したにゃ」


 アーチェはニヤリと笑うと、カウンターの下をごそごそと探り、ずしりと重そうな革袋を取り出した。


「約束通り、市場相場の八掛けで買い取らせてもらうにゃ。手数料とかめんどくさいのはにゃ()しにゃ。即金で払うにゃ」


 彼女が革袋を逆さにすると、ジャラジャラという小気味いい音と共に、眩いばかりの金貨の山がカウンターに築かれた。


「――っ!?」


 ディートとリゼの目が、限界まで見開かれる。

 それは、さっきの悪徳宝石商が提示した金額の、優に十倍はあろうかという大金だった。


「こ、こんなに……!?」


「問題にゃいにゃ。これでもにゃーんと()()()の利益分は引いてあるにゃ」


 震える手で金貨の山をすくい上げるリゼ。

 その目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「お、お兄……これだけあれば……」


「ああ……! ああ、リゼ……!」


 ディートもまた、男泣きしていた。


「やっと……やっと城の雨漏りが直せるぜ……! 玉座の間なんて、雨が降るたびに水浸しだったんだ……! ジイさんたちもこれで浮かばれるってもんさ!」


「宿舎の壁も直せるね! 今年の冬は、こごえなくて済むよぉ……!」


「部下たちに……腹一杯肉を食わせてやれる……!」


 二人は手を取り合って喜んでいる。

 亡国の王族と聞いていたけれど、その生活ぶりは僕の想像を絶する極貧ごくひんぶりだったようだ。

 Sランクの英雄が、雨漏りと隙間風に悩まされているなんて、世知辛いにも程がある。


(……ケッ。あんな立派なアゴしてる割に懐事情はシビアなんだな)


清貧せいひんを尊ぶ、立派な騎士様たちなのです。……多分)


 アイディとヘルプも、どこか同情的な声を出す。


「いい取引だったにゃ。にゃあも久しぶりに骨のある商売ができて満足だにゃ」


 アーチェはホクホク顔で結晶を布に包み、収納していく。

 その手つきは慈しむように丁寧で、彼女が商品を単なる金蔓カネヅルとしてではなく、価値あるものとして扱っていることが伝わってくる。


「それにしても、そんなに目利きができるなら、冒険者ギルドの専属鑑定士とかになれるんじゃ? そうすれば、こんな路地裏じゃなくて、もっといい場所で店を持てると思うんだけど」


 僕が素朴な疑問を口にすると、アーチェは心底嫌そうな顔をして「べっ」と舌を出した。


「冗談じゃにゃい。ギルドは『場所代』だの『登録料』だの『税金』だので、売り上げの4割も上前をはねる、世にも恐ろしい悪魔のような組織だにゃ」


 彼女は親指で地面を指す。


「にゃあはにゃあの足で稼いで、にゃあの目で見て、にゃあの手で売る。その利益は全部にゃあのものだにゃ。誰かに管理されるなんて、真っ平ごめんにゃんだにゃ」


 徹底した実利主義。そして、自由への執着。

 組織に属さず、自分の才覚だけで渡り歩くその姿は、どこかたくましく、そしてまぶしく見えた。


「さて、商談成立だにゃ。長居すると衛兵に見つかるから、にゃあはそろそろずらかるにゃ」


 アーチェは手早く店を畳むと、再び巨大なリュックを背負い込んだ。

 小柄な体からは想像もつかない怪力だ。


「ありがとな、猫の嬢ちゃん。助かったよ」


 ディートが涙を拭いて礼を言う。

 アーチェはニカッと笑い、片手を挙げた。


「にゃはは。また『良いモノ』が手に入ったらにゃあに連絡するにゃ。金になるなら、地獄の底まで駆けつけるにゃ!」


「次はどこへ行くんだ?」


 僕が尋ねると、彼女はふさふさの尻尾を揺らして振り返った。


「そうさにゃあ。この王都はまだ稼げそうだし、もう少しだけこの辺りをうろつくにゃ」


 そして、意味深な視線を()に向け、ウィンクを一つ。


「それに……近いうちに、また会える気がするにゃあよ」


 そう言い残し、アーチェは路地の奥へと姿を消した。

 嵐のように現れ、嵐のように去っていった不思議な商人。

 僕たちは顔を見合わせ、苦笑した。


 *


 屋敷に戻ると、日は既に傾きかけ、空は茜色に染まっていた。

 サロンではセルフィナがまだ山積みの手紙と格闘していたが、僕たちの帰還に気づいて手を止めた。


「おかえりなさい。……随分と晴れやかなお顔ですわね。無事、解決しましたの?」


「ええ、おかげさまで」


 僕は事の顛末を報告した。

 ディートたちも、懐が温かくなったおかげで、憑き物が落ちたように表情が明るい。


「いやあ、本当に助かりましたよセルフィナ殿下。危うく二束三文で買い叩かれるところでした。これで心置きなく帰れます」


 ディートが深々と頭を下げる。


「では、俺たちは明日の朝一番で発ちます。帰還命令もありますので」


「まあ。もう発たれますの?」


「ええ。これ以上ご迷惑をおかけするわけにもいきませんし、何より軍の命令は絶対ですから。遅れれば、始末書どころか営倉えいそう入りですよ」


 ディートが冗談めかして言うが、目は真剣だ。

 彼らは現役の軍人だ。

 ここでのんびりしていた時間は、彼らにとって奇跡のような休暇だったのだろう。


 だが、セルフィナは優雅に紅茶を一口すすると、首を傾げて言う。


「そのお話ですが、もう一日延期できませんこと?」


「え? いやあ、ですから、明日出てもギリギリなんですよ。歩きですし」


 ディートが困ったように笑う。

 しかし、セルフィナは引かない。引くどころか、勝者の笑みを浮かべて傍らに控えるミアに視線を送った。


「ミア」


「はい、お嬢様。もうバッチリ手配できてます!」


 ミアが一枚の羊皮紙をディートに差し出す。


「と、いうわけですわ」


「え、いや、なんのことだか?」


 ディートが書類を受け取り、目を白黒させる。

 そこには、王都の運送ギルドの印章と、『特別優先手配』の文字が躍っていた。


明後日あさって発の、北方警備隊基地へ直行する高速馬車を手配しましたわ。それに乗れば、明日徒歩で出るよりも二日は早く着けるでしょう」


「なっ……!?」


 ディートとリゼが驚愕の声を上げる。

 たしか、高速馬車といえば軍の将校や高位貴族が使うような特別な移動手段だったはず。

 それを、たった一日で、しかも他人のために用意するなんて。


「そ、そりゃあ、ありがたい話ですが……一体どうして?」


 ディートがおそるおそる尋ねる。

 何か裏があるんじゃないか、と勘繰かんぐりたくなるのも無理はない。


 セルフィナはにっこりと微笑み、宣言した。


「明日の夜、こちらで晩餐会パーティーをすることにしましたの」


「は……?」


「命の恩人を、お茶一杯で帰したとあってはエドール家の名折れ。地下遺跡の攻略と、皆様の門出を祝して……ささやかながらもよおさせて頂きますわ」


 要するに、金と権力で時間を買ったということだ。

 強引で、豪快で、そして最高に彼女らしい気遣いだった。


 そして、この『門出』の意味には……たぶんディートたちの帰還以外のものも含まれているのだと思う。


 だからなのか、セルフィナの言葉には少しの寂しさが込められていたように感じた。


「……ははは。参ったな。そこまでされちゃあ、断れないや」


 ディートが観念したように両手を挙げる。


「やったー! 貴族のパーティーだ! 美味しいものいっぱい食べられる!?」


 リゼが無邪気に喜ぶ。

 その笑顔を見て、僕も自然と頬が緩んだ。


 こうして、彼らの王都滞在はもう一日だけ延長されることになった。


 明日の夜はパーティーだ。

 今のメンバーで過ごす最後の夜になるかもしれない。

 そう思うと、胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。

新キャラ、猫獣人のアーチェの登場エピソードでした!

彼女が今後のストーリーにどう関わっていくのか……ご期待ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ