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第65話 輝石の価値と、猫の目利き


「なんだろう?」


 僕たちが顔を見合わせると、広場の方から聞こえてくる声はさらに大きくなった。

 どうやら、何か揉め事が起きているらしい。

 好奇心旺盛な野次馬たちが、騒ぎの中心へと吸い寄せられていく。

 その数は見る間に膨れ上がり、ちょっとした人垣ができていた。


「……行ってみましょうか」


 カーラが心配そうに眉をひそめる。

 僕も頷き、人波をかき分けて前へと進んだ。

 人だかりの中心で言い争っているのは、恰幅かっぷくのいい中年男性と……

 見慣れた二人組だった。


「おいおい、朝から散々待たせておいて、そりゃないだろう、ダンナ。この間の見積もりの10分の1とは、ひどいじゃないの」


 困り果てたような声で抗議しているのは、ディートだ。

 普段の余裕たっぷりな態度は薄まり、その表情には焦りの色が浮かんでいる。

 そしてその隣では、リゼが所在なさげにおろおろとしていた。


「嫌なら持って帰ってくれ。こっちも商売なんでね」


 宝石商の主人らしき男は、ふてぶてしい態度で腕を組んでそっぽを向いている。

 カウンターの上には、あの六角形の結晶が数十個、無造作に置かれていた。


「どうしよう、お兄。帰還命令も出てるし、明日にはここを出ないと……」


 リゼが小声で囁く。

 そう、彼らは北の任地へ戻らなければならない。時間に余裕がないのだ。


「なあ、ダンナ。聞いての通りだよ。こっちも急いでるんだ」


 ディートが人の好さそうな笑みを浮かべ、必死に交渉しようと試みる。

 でも、その態度は相手に付け入る隙を与えるだけだった。


「だから何だってんだい。あんたらの都合なんざ、俺には関係ないね。そもそもだ」


 宝石商は値踏みするような視線をディートたちに向け、言葉を続ける。


「どこの馬の骨とも知れないお前さんたちが持ってきた、出所の分からねえ石だ。買い取ってやるだけありがたいと思ってもらわなきゃ困る」


「なっ……!」


「まあまあ、リゼ」


 カッとなった妹を、ディートがなだめる。

 周囲の野次馬たちも、どこか宝石商に同情的な雰囲気だ。「鑑定書がないんじゃ仕方ない」「軍人さんだからってゴリ押しはよくないよ」なんて声が聞こえてきていた。


「ディートさん!」


 僕は思わず声を張り上げ、人垣を割って二人の元へ駆け寄った。


「おお、ヒーロー君! それにカーラ嬢まで」


「一体、どうしたんですか?」


「それがさあ……」


 ディートは肩を落とし、事の顛末てんまつを説明してくれた。

 3日前、この店に結晶を持ち込み、鑑定を依頼したこと。

 その時は「かなりの値がつく」と期待させるようなことを言われたこと。

 そして今日、正式な見積もりを聞きに来たら、あり得ないほどの安値を提示されたこと。


「条件が変わったの一点張りでね。『何の鑑定書もない宝石なんて石ころと大して変わらない、てっきり持ってくるものだと思って値付けしていた』なんて言い出す始末さ」


「鑑定書……?」


「ああ。高価な宝石や素材には、産地や品質を保証する『鑑定書』ってのが必要なんだと。そんなの、北の田舎じゃ聞いたこともなかったよ」


 なるほど。完全に足元を見られているわけか。

 彼らが急いで王都ここを出ないといけないことや、王都の商習慣にうとい田舎者だということを見抜いて、買い叩こうとしているんだ。


「ひどい話ですね。……店主さん、それはあんまりじゃないですか?」


 僕が抗議すると、宝石商は鼻で笑った。


「なんだ小僧、こいつらの仲間か? いいか、ボウズ。この世界には『信用』ってものがあるんだ。金貨一枚だって、国がその価値を保証してるから金貨一枚なんだ。出所の分からねえ輝きだけの石ころに、誰が大金を払うってんだい?」


「うぐっ……」


 ぐうの音も出ない。

 言っていること自体は、正論のようにも聞こえる。

 僕が言葉に詰まっていると、ディートが折れそうになっていた。


「……分かったよ、ダンナ。じゃあ、その値段で……」


「お兄!」


 リゼが悲鳴のような声を上げる。

 このままでは、彼らの人の良さにつけ込まれて、丸め込まれてしまう。

 どうすれば……でも――と、諦めかけた、その時。


「にゃはは、面白いことになってるにゃあ」


 どこからともなく、鈴を転がすような、性別の判別しがたい軽やかな声がした。

 野次馬たちがざわめき、道を開ける。

 ひょっこりと人垣の中から現れたのは、旅芸人のようなラフな格好をした、小柄な人物だった。

 ゆったりとしたフード付きのローブを深く被っているが、その隙間から覗く口元には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。


「確かに、おじさんの言う通りかもにゃあ。鑑定書がない石ころなんて、普通は誰も買わないにゃよ」


 その人物は、カウンターの上の結晶を指先でつまみ上げ、傾きかけていた太陽の光に透かす。

 フードの影から、猫のように細められた金色の瞳がキラリと光った。


「……でもにゃあ」


 その人物は、くいっと顎を上げ、フードがずり落ちる。

 あらわになったのは、亜麻色の髪からぴょこんと立った猫の耳と、整った中性的な顔立ちだった。


「この石――いや、『輝石』だにゃ、これ。すごいにゃ。こんにゃ高純度の輝石、見たことにゃい」


 猫耳の人物は宝石商に向き直る。その瞳は、獲物を見つけた猫のように輝いていた。


「おじさん、この店は魔道具に使う輝石も取り扱ってるはずだにゃあ? これが価値がにゃいなんて言うにゃんて、よっぽどの節穴か、何も知らなそうにゃ軍人さんをだまそうとしてる小悪党か、どっちかだにゃあよ?」


「こ、この……! 猫風情が、言わせておけば……!」


 宝石商が顔を真っ赤にして逆上する。

 カウンターから乗り出して、猫耳の人物に掴みかかろうとした。


「おっと」


 その前に、ディートがすっと立ちふさがる。


「まさか、国民を守るのが仕事の俺たちの前で、乱暴しようってのかい?」


 ディートは何もしていない。

 ただ、左腕の『暴食の顎(ギア・キーファー)』を軽く持ち上げた、それだけ。

 でも、その無言の圧力は、そこらのチンピラが振り回す剣よりも雄弁ゆうべんだった。

 宝石商は顔を引きつらせ、脂汗を流しながら後ずさる。


 形勢は、完全に逆転した。


「にゃはは、助かったにゃ、軍人さん」


 猫耳の人物は、ひらひらと手を振る。

 腰からは、髪と同じ色のふさふさの尻尾が揺れていた。

 彼女(だろうか?)は再び結晶を手に取ると、今度は専門的な口調で語り始めた。


「この輝石の透明度、それに内包されてるエネルギーの量。間違いなく一級品だにゃ。これを加工して魔道具の触媒しょくばいにすれば、出力が1.5倍は跳ね上がる。王宮の魔術師たちなら、言い値で買うにゃあ」


「なっ……」


「それを『石ころ同然』とは、大きく出たもんだにゃあ。この町の商人ギルドに報告したら、おじさんの店の信用、どうなるかにゃあ?」


 宝石商の顔が、赤から青へ、そして土気色へと変わっていく。

 観念したように、彼はがっくりと肩を落とした。


「……まいった。わしの負けだ」


 野次馬たちからは、「やっぱり詐欺だったのか」「軍人さん相手にひでえことしやがる」と、手のひらを返したような声が上がり始めた。


「ふん。騒がせて悪かったね」


 ディートはそう言うと、結晶をさっさと懐にしまい込む。

 宝石商は、もはや何も言えずにうつむいていた。


「助かったよ、お嬢さん……でいいのかな? あんたがいなけりゃ、危うく大損するところだった」


「どっちでもいいにゃあ。にゃあはただ、良い輝石をコケにされたのが許せなかっただけだにゃ」


 猫耳の人物はそう言うと、ディートたちににっこりと笑いかけた。


「もし良かったら、こんな店より、にゃあが買い取るにゃあ。もちろん、正当な価格でね」


 その言葉に、ディートとリゼの顔がパッと輝く。

 僕は、この風来坊のようでありながら、確かな目と知識を持つ不思議な商人に、強い興味を抱いていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

もしほんの少しでも面白いなあ、とか続きが読みたいなあ、と思ったそこのアナタ!

ぜひ☆での評価、ブックマーク、いいね!などのリアクションをお願いします!

どうか、どうか作者にモチベを与えてくだされ……。

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