第64話 英雄の休日と、初めてのデート?
王宮から解放された翌朝。
僕はサロンで何をするでもなく、ぼんやりとしていた。
『待機命令』が出ている以上、具体的な行動を起こしようがないのだ。
「いやあ、しかし参ったねえ」
ソファに深く腰掛けたディートが、やけに上機嫌な声で言った。
その手には、空のティーカップが握られている。
「どうしたんですか? 何か良いことでも?」
「ああ、聞いてくれるかい、ヒーロー君。実はね、あの遺跡の石、3日前に宝石取引をやってる店にいくつか持っていったんだよ。そしたらさ……」
ディートは声を潜め、芝居がかった仕草で続ける。
「『これはかなりの値がつく』って言われちまってね! 今日はその、正式な見積もりが出る日なのさ!」
「おお、本当ですか!」
「これでリゼに借りてた路銀も返せるし、故郷に錦を飾れるってもんよ。いやあ、めでたい!」
そう言って彼は、鼻歌交じりでカップをテーブルに戻した。
なるほど、だから朝からやけにソワソワしていたのか。
「良かったじゃないですか」
「ああ! じゃあ、俺たちは一足先に行ってくるよ。それが終わり次第、北の任地へ帰らないといけないからね。長居は無用さ」
ディートとリゼはセルフィナに挨拶を済ませると、意気揚々《いきようよう》と屋敷を出て行った。
騒がしい二人がいなくなると、サロンは急に静かになる。
セルフィナは山と積まれた手紙の処理に追われているし、ミアは彼女の補佐で忙しそうだ。
僕はというと……。
「……うーん」
腰のケースに手をやる。
タブレットは、昨夜から『デフラグ』という作業に入っていて、今はほとんどの機能が使えない状態だった。アイディによれば、地下遺跡で大量のデータを読み込んだせいで、内部の整理が必要なのだという。
つまり、僕は完全に手持ち無沙汰だった。
できることと言えば、屋敷の窓から王都の景色を眺めるくらいか。
「ロイ、どっか行くのか?」
「あー、お屋敷の中をブラブラしてくるよ」
あまりに暇なのでなにか手伝いでも……と申し出たが、バルガスに「余計なことをするな」と睨まれてしまった。
たぶん、屋敷のことをよく知りもしない人間に触らせたくないのだろう。
そんなことを考えながら、フラフラと廊下を歩いていると向こうから誰かが歩いてきた。
「あら。ロイド様、お暇なのですか?」
そこにいたのはカーラだった。
いつものメイド服ではなく、落ち着いた色合いの、上品なよそ行きの服を着ている。
「カーラさん。おはようございます。今日はお出かけですか?」
「おはようございます。はい、今日は非番ですので」
「へえ、メイドさんにも休みとかあるんですね」
僕の素朴な疑問に、カーラはクスリと笑った。
「もちろんですわ。エドール家は使用人の待遇には気を配っておりますので。今日は一日ミアに任せて、久しぶりに王都の空気を吸ってこようかと」
「そうなんですか。楽しんできてください」
僕がそう言って見送ろうとすると、何故かカーラは動かない。
泣きぼくろが目立つ優しそうな目で、じっと僕の顔を見つめてくる。
「あの? 僕の顔になにか」
「ロイド様」
「はい」
「それなら、わたくしとデートでもなさいますか?」
「へ?」
カーラの言葉に、僕は間抜けな声を上げた。
「将来、アミリーさんと王都に来たときに困らないよう、わたくしが案内して差し上げますよ?」
「あ、アミリーと王都でデート……」
その言葉を想像しただけで、顔が熱くなるのが分かった。
アミリーと二人で、この広い王都を歩く。屋台で買い食いしたり、綺麗な景色を見たり……。
「ロイド様?」
「はっ! 僕は一体!?」
カーラの声で、僕は我に返った。
いかんいかん、すっかり妄想の世界に飛んでいた。
「ふふふ。やはり、必要なようですわね?」
「でも、僕だけ遊んでばかりというのも……」
「ええっ!? ロイド様には、ご自分が遊んでばかりに見えていたのですか!?」
カーラが信じられないという顔で、僕を見る。
「うん。あの3年間に比べたら、毎日が新鮮で、楽しくて、幸せで……。遊んでるのと変わらないよ」
その言葉に、カーラの表情から笑みが消えた。
彼女はどこか悲しげな目で僕を見つめる。
「……一体、どれだけひどい環境で、心を殺して働いていらしたのかしら……」
「え?」
「いえいえ、何でもありません。ですが、もう決めました!」
「何がです?」
「今日は、わたくしと一日、デートですよ! これは業務命令です!」
そう言うと、カーラは僕の手をぐいっと握った。
「あ、あの」
「何です?」
「恋人さんに悪いんじゃ……」
「……ロイド様。女性はですね、ミアのように『何を言ってもプラスになる』わけではないんですよ?」
「そうなんですか」
そう返事はしたものの、正直よく分からん。
ミアだって嫌なことを言われたら怒るじゃないか。
身長のこととか。
「ふふ、分かってなさそうな顔ですね? じゃあ」
えいっ、とカーラは僕の腕に自分の腕を絡ませてきた。
「せっかくですから、女の子のエスコートも教えて差し上げます! さあ、まずは腹ごしらえからですわ。腕の良い料理人がやっているお店があるんです」
半ば強引に、僕はカーラに連れられて屋敷を出た。
まあ、たまにはこういうのもいいか。
僕たちの、束の間の休日が始まった。
*
カーラに案内されて歩く王都は、昨日までとは全く違う顔を見せていた。
活気あふれる市場、美しい装飾が施された建物、行き交う人々の楽しそうな笑い声。
連れてこられたのは、大通りから少し入った路地にある、小さなレストランだった。
こぢんまりとしているが、清潔で、スパイスの良い香りが食欲をそそる。
「ここの煮込み料理は絶品ですのよ」
二人でテーブルに着き、おすすめのランチセットを注文する。
運ばれてきたのは、熱々のシチューと、焼きたてのパンだった。
一口食べると、肉の旨味と野菜の甘みが口いっぱいに広がる。
「……おいしい」
思わず、声が漏れた。
お屋敷の料理もおいしいけど、こういうマナーを気にせず食べられる料理は身も心も温まる、そんな気がする。
「ふふ、お気に召したようで何よりですわ」
カーラは嬉しそうに微笑む。
他愛もない話をしながら食事をし、食後にはジェラートを食べに中央広場へ向かった。
ひんやりとした木苺の甘酸っぱさが、満たされたお腹に心地よい。
「あら、ロイド様、口元についていますわよ」
カーラがハンカチを取り出す。
「えっ、どこです?」
「動かないでくださいな。……はい、取れた」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃ、食べ損なった分は……はい、あーん」
カーラが木さじですくった薄紅色のジェラートを、僕の口に近づけてくる。
「あ、あー」
「なーんてね」
ぱくっ、と入っていったのはカーラの口の中だった。
カーラは楽しそうに笑いながら、「これはアミリーさんにお願いしてくださいね?」と言ってきた。
どうやら、からかわれたらしい。
その後も、僕たちは雑貨屋を冷やかし、珍しい楽器の演奏に耳を傾け、束の間の『休日』を過ごした。
「さすがは王都ですね。お洒落なお店がいっぱいだ」
「ええ、ここは流行の最前線でもありますから」
そう言った直後、カーラは「あ」と声を漏らして脇にあったお店のウインドウに釘付けになった。
「櫛、ですか」
横から覗き込むと、そこには綺麗な装飾の施された櫛が陳列されていた。
「……素敵」
値段を見ると……金貨3枚!?
よく見ると、装飾は光を反射して様々な色にきらきらと輝いている。
あれは全部宝石が埋め込まれているのだろう。
以前のミアのときのように買ってあげたかったけど、さすがにそんな持ち合わせはない。
しかも、向こうは『上げた』と言っているけどセルフィナに金貨50枚も用立てしてもらったばかりだ。
「ぷっ」
僕がうーんうーんとうなっている様子が面白かったのか、カーラは突然吹き出した。
「大丈夫ですよ、このような高級品をねだったりはいたしませんので」
そう言って彼女は口に手を添え、上品に笑う。
「カーラさんの神具も、櫛ですよね」
「ええ。でも、私の『型固定の櫛』は、実用一辺張りですもの。こういうものに憧れる気持ちもありますわ」
再びショーウインドーの向こう側に視線を戻した彼女の横顔は、いつも完璧なメイドとして振る舞う彼女とは違う『普通の女の子』の一面を覗かせているようで――
僕は少しだけドキッとしてしまった。
*
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
気づけば、空はオレンジ色に染まり始めていた。
「さあ、そろそろ戻りましょうか」
「はい。本当に、王都に詳しいんですね」
「昔、少しだけ……。さあ、あちらの広場を抜けたら屋敷はもうすぐですわ」
カーラが指差した商業地区の広場の方から、何やら怒鳴り声が聞こえてくる。
「なんだろう?」
僕たちが顔を見合わせると、その声はさらに大きくなった。
どうやら、何か揉め事が起きているらしい。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
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