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第62話 白亜宮からの使者

【2章までのあらすじ】

 15歳の儀式で授かったのは、ゴミ同然の板切れ――

 と思いきや、それは世界の法則を書き換える管理者権限付きデバイス【タブレット】だった。

 主人公ロイドは相棒のAIたちと共に、この世界の常識を『論理コード』でデバッグし、押し寄せるトラブルを次々と解決していく。

 王都の地下遺跡での激闘を制し、ついに手の届かない英雄となっていた幼馴染・アミリーと再会。

 監視下での『メモ帳』を使った筆談の末、彼女からの『大好き』という言葉を受け取ったロイドは、彼女を縛り付けるもの全てを破壊する決意を固める。

 論理で常識を覆す異世界プログラミング・ファンタジー、第3章、開幕!



 アミリーとの再会から、はや3日。


 その間、僕はエドール家別邸の一室に閉じ込められていた。

 ベッドで横になる僕が少しでも起き上がろうとすればカーラが飛んできて、それでもダメならセルフィナが一喝してくる。

 結局、僕は大人しく体を休め、思考を巡らせることしかできなかった。

 まあ、全身の痛みで外出どころではなかったのだけど。


 そうした日々を僕が過ごした間に、『金獅子の誇り』は王都を発ち、旅立ってしまったという。


 窓の外、南の空を見上げる。

 今頃はもう、遥か彼方にいるのだろうか。


「……よし」


 ベッドから降り、軽く体を動かしてみる。

 痛みは引き、体も軽い。

 三日間の強制的な休息と絶え間ない思考は、僕の体調を万全にし、一つの結論を固めさせていた。


 着替えを済ませ、部屋を出る。

 向かう先はサロン。セルフィナが待っている場所だ。


 *


「おはようございます。顔色は良いようですわね」


 サロンに入ると、優雅に紅茶をたしなむセルフィナが微笑んだ。

 ミアとカーラは給仕として控えている。

 どうやら、ディートたちは朝から結晶の換金手続きで出払っているらしい。


「おはよう。心配かけたね」


「……それで、どうされるのかしら?」


 セルフィナがカップを置き、真っ直ぐに僕を見る。

 これは今日の予定を聞くような、そういう類のものじゃない。

 僕の覚悟を問う、彼女なりの問いかけだ。


「だいたいの方針は決まったよ」


 僕の言葉を聞いたセルフィナはカップを持ち上げ、「そう」と呟くと静かに口に含んだ。


「ほ、方針ってどんなだよ」


 答えを急かすようにミアが口を挟む。

 それを特に咎めもせず、セルフィナはカップを置くと、真っ直ぐに僕を見た。


 3日間、散々考えた僕の結論。それは――


「まずはこの国の――エルメリアの、中枢に入り込む」


「そう。理由を聞こうかしら」


 セルフィナは眉一つ動かさず、静かに問い返す。

 その瞳は、僕がそう答えることを予期していたかのように落ち着いていた。


「うん。……仮に僕が南へ行って、アミリーに追いついたとして、次に何ができるか考えたんだ」


 この三日間、天井の木目を数えるほどの時間の中で、何度も繰り返した思考の道筋。


「一緒に戦う? それは無理だ。『金獅子』のメンバーになんて飛び入りでなれるわけがない」


「じゃあ、少し離れたところから見てる? それこそ前までと何も変わらないじゃないか」


「いっそのこと、彼女を連れて逃げる? それが一番ダメだ。そんなことをすれば、僕とアミリーの大事な人がどうなるか分かったものじゃない」


 国の威信を背負う英雄の隣に、正体不明の男がいる。

 それだけで、彼女の立場は危うくなる。

 僕が何か行動を起こせば、それは全て彼女の責任になる。


 アミリーの両親。僕の養父母や、友人たち。

 僕にとっても、かけがえのない大切な人たちを危険に晒すわけにはいかないんだ。


「ダメなんだ。今、彼女の慰めになるだけじゃ何も変わらない」


 カーラはいつものように微笑み、ミアは……唇を噛んで視線を泳がせていた。


「現状を変えるには、彼女を縛り付けている――王都ここにある見えない鎖を、僕が断ち切るしかない」


 僕がそこまで言い切ると、セルフィナは「ふぅ」と息を吐き、満足そうに微笑んだ。


「……賢明ですわ。それでこそ、わたくしの友人兼、護衛ですわね」


「うん。感情や願望で動くだけじゃ、何も解決しないからね」


 僕がタブレットに出会い、プログラミングを通して得たものはたくさんある。

 その中でも『結果を得るには、適切な過程が必要』という考え方は、今の僕の基準になりつつあった。


 ――「うまく動いてくれー!」という感情が必要になるのは、最初と最後だけ。

 今は、条件を満たすための材料を全力で揃える時期。

 僕は、そう判断した。


「ええ、その通りですわ。国の仕組み自体を変えるには、中枢に近づくしかありません」


 セルフィナが同意する。

 方針は決まった。だが、問題は手段。


「でも、僕がどうやってくに相手に……」


 王宮は、堅牢けんろうな城壁と、それ以上に分厚い身分の壁に守られている。

 エドール家のコネを使ったとしても、そう簡単に入れる場所ではない。


「わたくしも友人として、できる限りの協力は惜しみませんわ」


 と、言ってくれるのはとても嬉しいのだけど、セルフィナにはもう十分すぎるほど世話になっている。

 もう、これ以上甘えるのはさすがに心苦しくなってきた。


 ――と、僕が考えていたのが伝わったのか、セルフィナは急にイタズラっぽい笑みを浮かべ、


「そうね、いっそのこと、エドール家に婿にでもいらっしゃる?」


 とか言い出したのだった。


「お、お嬢様っ! そ、それはダメですっ!」


「あら。どうしてかしら、ミア?」


「……うう。そ、それは……その」


 顔を真っ赤にしたミアがエプロンの前で指をモジモジとし始めた、その時だった。

 コンコン、とサロンの扉がノックされる。


「お嬢。白亜宮より来客です」


 バルガスの低い声。


「あら。どなたかしら」


「シルヴァーナ家の……今は『監査官』でしたかな」


「アズライトが? 一体何の用かしら。……いいわ、通して」


 *


 バルガスに案内され、入ってきたのは白いマントを羽織った女性だった。

 凛とした顔立ちに、きっちりと結い上げられた紺色の髪。

 銀縁の眼鏡の奥にある瞳は、知的だが感情を排した、冷徹な光を宿している。


挿絵(By みてみん)


「あら、アズライト。相変わらず眉間にしわが寄っていてよ?」


「……無駄口を叩くな、セルフィナ」


 アズライトと呼ばれた女性は部屋を見回し、僕をちらりとだけ見ると、再びセルフィナに向き直る。


「緊急事態だ。人払いを」


「ここにいるのは私の身内と、信頼できる友人ですわ。構わないでしょう?」


 セルフィナが譲らないと見ると、彼女は小さく舌打ちし、仕方なさそうに口を開いた。


「……単刀直入に伝えよう。予定されていたSランク以上の招集は中止となった」


「中止?」


「ああ。そして、速やかに元の領地、配置、持ち場へ戻ること。以上だ」


「それは……にわかには承服しがたいお話ですわね」


 突然王都に来い、と呼びつけておいて目的も果たさないまま今度は帰れ、と。

 いくら国家とはいえ、横暴すぎる。


「言っただろう。緊急事態なのだと」


 セルフィナの言葉に、アズライトは表情を崩さぬまま続ける。


「理由は、国王陛下の体調がかんばしくないため、となっている」


「なっている、ということは」


「ああ。あくまでも表向きの理由だ。本当は……」


 そこまで話したところで、再びこちらへ視線を向けた。


「彼は問題ありませんわ。すべての事情を知っておりますもの」


「……他言は無用だ。もし漏れるような事があれば――」


「相変わらずくどいですわね。このセルフィナの目が節穴だとおっしゃるのかしら。良いから、早く先をお話しになられて?」


 どうやら旧知の間柄あいだがららしいアズライトも彼女の猛将覇王カリスマぶりをよく理解しているらしい。

 僕への警告を早々に諦めたのか小さくため息をつくと、本当の用件について話し始めた。


「……最近(ちまた)を騒がせている、『神のしもべ』という組織を知っているか?」


 その名前に、室内の空気が張り詰める。

 僕たちは顔を見合わせそうになるのを、必死にこらえた。


「……ええ。風の噂程度には」


 セルフィナが何食わぬ顔で答える。


王宮こちらも噂に過ぎない、とたかくくっていたのだが」


「どうかされまして?」


「ついに、具体的な活動が確認された」


「ああ、エムリアでそのような名をかたる集団が騒乱を引き起こしたとか」


「違う。あれは噂話を真に受け、思想を作り上げただけの集団に過ぎん」


 と、いうことはやはりオーギルの件がついに王宮の耳に入ったということか。


「では、本物がいると?」


「ああ。……これは極秘事項だが、監視対象者が神具アイテムを奪われた」


 やはり、ライゼルのことだ。

 神具を奪われた者。

 僕たちには心当たりがありすぎる。


「……さらに信じがたいことに、被害者は()()にも及ぶ」


「さ、3人!?」


 思わず、間抜けな声が出た。

 3名?

 ライゼルだけじゃないのか?


「……何か、不審な点が?」


「え、だって、一人じゃないんですか!?」


 僕が叫ぶと、アズライトがピクリと眉を動かした。

 眼鏡の奥の瞳が、スウッと細められる。


「……ほう? 貴殿、なぜ人数のことを知っている?」


「えっ、あ、いや、それは……」


 まずい。完全に墓穴を掘った。

 しどろもどろになる僕に、アズライトが詰め寄る。


「答えろ。どこでその情報を?」


「そ、それは……風の噂で……」


 僕が苦し紛れの嘘を口にした、その瞬間だった。


 ギチッ。


 全身が、動かない。

 まるで、見えない縄で縛り上げられたかのように、体が強張り、ピクリとも動かせなくなった。


「な、ん……!?」


「私の眼からは逃げられない。『虚言の縄(ライ・タイ)』の前で、下手な嘘はつかないことだ」


 アズライトが懐から、銀色に輝く細い縄のようなものを取り出す。


「……私は王宮直属の『監査官』、アズライト・フォン・シルヴァーナ。これ以上の虚言は、反逆と見なす」


 ――監査官……!

 対象の嘘を感知し、強制的に拘束する。これが、彼女の神具アイテムの力なのか。


「…………」


 アズライトは何も言わない。

 ただ、冷徹な観察眼で、僕の動揺を見透かすように凝視ぎょうししている。

 その「静」の圧力が、雄弁ゆうべんに語っていた。

 ――『さあ、真実を話せ』と。


 そんな張り詰めた沈黙を破ったのは、セルフィナの深いため息だった。


「……はぁ」


 彼女は呆れたように首を振る。


「ロイド。貴方は女性を口説く時以外は、本当に嘘が下手ですわね」


「せ、セルフィナ……」


「観念なさいな。アズライトの目は誤魔化せませんわよ」


 セルフィナは姿勢を正し、昔馴染みらしき監査官に向き直る。


「アズライト。私たちが黙っていたのは、そのの正体を知っていたからですわ」


「……何?」


「被害者が3人というのは初耳でしたが……実行犯については、心当たりがあるどころの話ではありませんの」


 セルフィナはテーブルの上で手を組み、静かに告げた。


「実行犯の一味と思われる男を、捕らえておりますわ」


「――なっ!?」


 初めて、アズライトが表情を崩す。

 冷静沈着な監査官が、椅子から腰を浮かすほど驚愕している。

 今度は、彼女の『虚言の縄』も反応しなかったようだ。

 つまり、彼女は僕たちの言葉が真実であることに衝撃を受けているのだ。


「捕らえた、だと……? あの『神の僕』の者をか!?」


「ええ。この屋敷の地下に、生きたまま拘束してあります」


「ば、馬鹿な……。国が総力を挙げても尻尾すら掴めなかった相手だぞ!?」


 アズライトは信じられないという顔で、僕とセルフィナを交互に見る。


 無理もない。一体誰が信じるというんだ。

 国の威信をあざ笑うかのように暗躍していた組織の人間が、こんな別荘の地下に転がっているなんて。


「……案内を」


 アズライトが震える声で言う。


「……これは白亜宮しろを揺るがす大事おおごとになるぞ」


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