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第60話 代償と報償


 チュン、チュン……。

 窓の外から、小鳥のさえずりが聞こえる。

 カーテンの隙間から差し込む日差しが、まぶたを通して「起きろ」と促す。


 目を開ける。

 ここは……そうだ、エドール家が王都に構える別邸だ。


 段々と記憶が戻ってくる。


 そうそう、昨日は地下に眠る古代遺跡に行ったんだった。

 鉄の守護者たちと闘って、神のしもべ・ミュズガルとも戦って――


 そう、僕のタブレットが一気に強化バージョンアップされたんだった。


 さあ、今日は何から始めようか。

 まずは……そうだ、昨日持ち帰った結晶がどれくらいになるのか質屋に行ってみようか、な――


「……ん?」


 そんなことを考えながら体を起こそうとした、その時だった。


「――っ!? ぎゃあああああああっ!!」


 のどから、声にならない悲鳴がほとばしった。

 痛い。痛い痛い痛い!

 指一本動かしただけで、全身の筋肉という筋肉が、悲鳴を上げて断裂しそうな激痛が走る。


 背中、腕、足、腹筋、首。

 どこもかしこも、まるで石にされたみたいに重くて硬い。

 布団をぐことすら、岩を持ち上げるような重労働に感じる。


(マ、マスター! 大丈夫ですか!?)


 枕元に置いてあったタブレットから、ヘルプの悲痛な声がした。

 画面の中の彼女は、涙目になってオロオロとしている。


「だ、大丈夫じゃ……ないかも……これ……」


 口を動かすだけで、頬の筋肉がピキピキと引きつる。


(ケケケッ! ざまあみろってんだ)


 一方、アイディはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべていた。


(最後にぶっ放した『空気弾エア・ショット』の反動もデカいが……何より、他人に無理をさせた代償ツケが回ってきたんだよ)


「つ、ツケ……?」


(おうよ。他人だけ働かせてオメーはピンシャンしてるなんざ、そんなあめー話があるかってんだよ! あいつらの限界を超えさせた負荷が、管理者オメーにフィードバックされたのさ!)


「そ、そんな……」


 昨日の戦いで、僕は調子に乗って『3倍』なんていう無茶な出力を出してしまった。

 その反動が、これか。

 一晩寝れば治るようなレベルじゃない。全治数日はかかりそうだ。


 ……ってことは。


「ううっ……だ、誰か……水を……」


「痛ってぇ……! くそっ、体が動かねえ……!」


「腰が……ワシの腰が砕けたわ……!」


 廊下や隣の部屋から、地獄の底から響くようなうめき声が聞こえてきた。

 ディート、ミア、そしてバルガスだ。

 それじゃ、「ううう……」とだけ聞こえるうなり声がリゼか。


 思い返してみても、昨日の夜、僕らがどうやって屋敷に辿り着いたのか記憶にない。

 なんとなくミュズガルを地下室へ放り込んで『固着カメラ』で固めたのはうっすら覚えているんだけど……。

 着替えもしてないということは、恐らくその直後にベッドに倒れ込んだのだろう。


「……お、おはようございます……ロイド様……」


 ドアが少しだけ開き、カーラが顔を出した。

 いつもはツヤツヤしている彼女の顔がやつれている。

 どうやら、朝からあちこちの部屋で介護に追われていたらしい。


「す、すみません、カーラさん……。あの、水を……」


「はい……ただいま……」


 カーラが重たそうに水差しを持ってきてくれる。

 僕はそれを、震える手で受け取った。

 コップを口に運ぶだけで、腕の筋肉が悲鳴を上げる。


 こぼさないように必死に飲み干し、ようやく一息ついた。


「……あ、ありがとう。生き返ったよ」


「……それは何よりでございます。ですが、その」


 そこでカーラは何かを口ごもる。

 まるで、これから言うことがとても口に出しづらいことであるかのように。


「……お嬢様が、お戻りになられました」


 カーラの口が、死刑を告げるかのように重く開いた。


「えっ」


「お嬢様は大変ご立腹でございます」


「ご、ごりっぷく……」


「皆様、這ってでもサロンへ来るように、とおっしゃっています」


 その言葉に、僕の背筋に冷たいものが走った。

 筋肉痛とは別の、種類の違う痛みが予感された。


 *


「――皆様。これは一体、どういうことかしら?」


 サロンのソファに深々と腰掛けたセルフィナが、氷のような冷たい声で言った。

 腕を組み、床に転がる僕たちを見下ろしている。


 そう、転がっているのだ。

 僕、ミア、ディート、リゼ、そしてバルガス。

 全員、生きる屍(ゾンビ)のような動きで何とかここまでたどり着いたものの、椅子に座る気力もなく、絨毯じゅうたんの上に死体のように横たわっていた。


「わたくしが行きたくもない舞踏会に顔を出し」


「聞きたくもない自慢話にうんざりしていた間に」


「屋敷の中が死体安置所(モルグ)のようになっているとは」


「思いませんでしたわ」


 部屋を歩き回るセルフィナの視線が、僕たち一人一人を刺す。


「説明してくださる? ロイド」


「あ、う……はい……」


 僕は痛む腹筋に力を込め、何とか上体を起こした。

 地下遺跡を見つけたこと、そこで鉄の守護者やミュズガルと戦ったこと。

 それらを、しどろもどろになりながら説明する。


「……それで?」


「あ、あと、ついでに『神のしもべ』の幹部の人も倒して、捕まえました。ミュズガルって名乗ってました。今、地下室でカチカチになってます」


 セルフィナが小さく息を呑む。


「……また彼らですのね。王都の地下にまで入り込んでいたとは」


 彼女は驚くというより、不快感を露わにした。


「ええ。今回の狙いは地下遺跡の調査のようでしたが、僕のタブレットを奪おうともしてきました」


「あらましについては理解いたしました」


 彼女はそこで一息入れ、腕組みをして僕を見据えた。


「それで、今回のその無謀な戦い……。一体、何が目的でしたの?」


「えっと……」


 僕は正直に答えることにした。


「お金、です」


「お金?」


「はい。昨日、アミリーの情報を聞きにギルドへ行ったんです。でも……」


 昨日の屈辱的で、絶望的なやりとりを思い出す。


「面会を頼んだら、3年待ちだって言われて。でも、『特別優先枠』を使えばすぐに会えるって聞いて、それで……」


「……いくら必要と言われまして?」


「き、金貨10枚……」


 僕がそう言うと、一瞬の沈黙が落ちた。

 そして――


 バンッ!


 セルフィナがテーブルを叩いた音だった。


「……バカじゃありませんの!?」


「ひっ」


「たかが金貨10枚……! そんな『はした金』のために、貴方は死にかけたというのですか!?」


 セルフィナが立ち上がり、僕の目の前まで歩いてくる。

 怒っている。でも、その瞳は――潤んでいた。


「私に一言言えば、その程度の小銭、いくらでも用意しましたわ!」


「で、でも、それはセルフィナのお金だし……」


「友人が、たかがお金のために命を落とすことの方が、よほど迷惑でしてよ!」


 彼女の声が、わずかに裏返る。


「……悔しいですわ。貴方にとって私は、その程度の相談もできない相手でしたの?」


 目に涙を浮かべて怒る彼女に、僕はぐうの音も出なかった。

 横で見ていたディートが、申し訳なさそうに頭を垂れる。


「……いやあ、面目ない」


「うう……ごめんなさい……」


 リゼも小さくなって、しゅんとしている。

 バルガスに至っては、完全に気配を消していた。


 セルフィナはハンカチで乱暴に目元を拭うと、カーラに目配せした。


「承知いたしました。いかほどで?」


「全部で構いません」


 二人は短く会話すると、カーラが「承知いたしました」とだけ告げ、部屋から退出していった。


「……それに、悠長に稼いでいる時間はありませんわ」


「えっ?」


「……『金獅子の誇り』に、移動命令が出ました」


 セルフィナの言葉に、痛みを忘れて身を乗り出した。


「公式には『南方に蔓延はびこる魔物を退治するため』との通達ですが……」


 彼女は声を潜める。


「実際は、北の森林地帯で『神のしもべ』が活発化しているという噂のためでしょう」


「そんな話があるんですか」


「あくまでも噂、でしてよ? その程度の話にすら振り回されているのでしょうね」


「え、『金獅子の誇り』ってこの国最強の冒険者パーティーじゃないの……?」


 ミアが不思議そうな顔をする。


「だからこそ、ですわ。彼らには神具アイテムを奪う能力がありますもの」


「そういや、昨日のヤツもそんなこと言ってたっけ」


 今となっては『金獅子の誇り』が純粋な『最強冒険者の集まり』じゃないことくらい、僕にも分かってる。

 彼らは、国民の不満のはけ口の広告塔か、歪んだシステムを悟られないための目くらましに過ぎないのだ。


「移動って、いつなんですか?」


「……3日後、です」


 セルフィナの言葉に、僕は思わず唾を飲み込んでしまった。

 そのとき、部屋のドアがノックされ、カーラが再び入室してきた。


「お嬢様、お待たせいたしました」


 手に持っていた袋をセルフィナに手渡す。

 受け取り、中身を確認したセルフィナは僕の方に向き直った。


「ロイド」


 真っ直ぐな瞳で僕を見据える。

 ――これは……猛将覇王カリスマモード、だ。


「セルフィナ・オル・デ・エドールとして命じます」


「はい」


 僕はたたずまいを直し、激痛をムリヤリ押し込めて背筋を伸ばす。


「これを持ち、今すぐにアミリーさんに会ってきなさい」


「……!」


 渡された革袋を確認すると、中にはぎゅうぎゅうに金貨が詰め込まれていた。


「セ、あ、これ、え?」


 それを見た瞬間、僕の庶民脳は一瞬で機能不全に陥ってしまった。


「カーラ。中身は?」


「はい。50枚、ご用意させていただきました」


「急ぎでしたので、これだけしかご用立てできませんでしたわ。足りまして?」


 僕だけじゃない。ディートたちも目を剥いていた。

 そんな大金を「これだけ」と言い切るセルフィナに、恐ろしさと頼もしさを同時に感じてしまう。


「いやいや、十分すぎます! このご恩、絶対に忘れません!」


「……」


 セルフィナは何も言わず、ただじっと僕を見つめていた。

 その目は、言葉にしなくても「行ってらっしゃい」と言っているようだった。


「セルフィナ……ありがとう」


 僕は深く頭を下げ、革袋を両手で抱くようにして立ち上がった。

 激痛が走る。足がガクガクと震える。

 でも、そんなの構っていられない。


「行ってきます!」


「ロイ! ちゃ、ちゃんと帰って来いよっ!?」


 ミアの声を背中に受けて、僕は部屋を飛び出した。


 *


 王都の大通りを、僕は走った。

 いや、走っているつもりだった。

 実際には、壊れかけの人形のような、ギクシャクした動きだったと思う。


「ぐっ、ううっ……!」


 一歩踏み出すたびに、全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 太ももが裂けそうだ。背中が燃えるように熱い。

 すれ違う人々が、奇妙な目で僕を見て避けていく。


(…………)


 いつもなら憎まれ口を叩くアイディも、心配そうに声を掛けてくるヘルプも、今は静かだった。

 僕がどこへ向かっているのか、何のために走っているのか。

 それを分かってくれているからこその、沈黙だった。


 ここで止まったら、一生後悔する。

 3年前、何も言えずに逃げ出したあの日と同じ思いは、もうしたくない。


「待っててくれ、アミリー……!」


 歯を食いしばり、痛みを意志の力でねじ伏せる。

 金貨50枚の重みが、僕の背中を押してくれた。


 ギルドはもうすぐそこだ。

 ドラゴンの頭蓋骨が見えてきた。


 僕は最後の力を振り絞り、あの門へ向かって足を動かし続けた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

もしほんの少しでも面白いなあ、とか続きが読みたいなあ、と思ったそこのアナタ!

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どうか、どうか作者にモチベを与えてくだされ……。

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