第57話 冒険の対価
「うおっ、こいつはすげえ……!」
ディートが震える手で一つを取り出す。
それは手のひらサイズの、六角形の透明な板状結晶だった。
内部で微かな光が脈動しており、まるで宝石のように美しい。
「この輝き、ただの結晶じゃねえぞ。きっと、とんでもねえお宝だ!」
「こ、これ、売れるかな?」
「売れるどころの話じゃねえよリゼ! 王都の質屋に持ち込めば、一体いくらになるか!」
二人は顔を見合わせて、ハイタッチをした。
「やったー! これで借金返済! 美味しいご飯!」
「おうよ! いやあ、死にかけた甲斐があったってもんだ!」
二人は夢中で結晶を回収し、ポケットや鞄に詰め込んでいく。
「ミアちゃんとバルガスさんも! どうです!?」
リゼが手をぶんぶんと振って少し離れた場所で所在なさげに立っていた二人に声を掛けた。
気付けば『幽霊の略奪』でそこら中の箱の中から手当たり次第にお宝を引っこ抜き始めている。
そのせいで、床は結晶だらけだ。
いや、今更だけど……この兄妹、神具を気兼ねなく使い過ぎじゃないか……?
「アタシも、いいの?」
「もっちろん!」
「さあさ、好きなだけ持って行きなよー!」
「……冒険の対価、というものがある」
盛り上がる二人に、バルガスがぽつりと呟いた。
「へ?」
「過ぎた報酬は身を鈍らせ……帰り道で命を落とす。ワシがこの場所に教わった教訓だ」
こういう話はバルガスだけではなく、冒険者の教訓としては実によくあるものだ。
でも、他でもないバルガスが言うのだから説得力が違う。
「……ま、確かにね。今回は『自分が持てるだけ』にしておこうか、リゼ」
「そーだね。ありがとー、バルガスさん。やっぱりボロは着てても心は錦、だよねー」
確かに、このままだと言い方は悪いけど盗掘者というか……そんな気がしなくも無いし。
冒険者に誇りもモラルも関係ない、という人もいるけど最低限の線引きは必要だろう。
「でも、仕事した分は胸を張って貰っていこうよ、ミア」
「まあ……ロイがそう言うなら……」
ミアはそう言って、少し離れた場所で結晶を選り分け始めた。
「この黄色いやつ……お嬢様の髪の色に似てるな。こっちの青いのはミナ姉に……あと、カー姉にはこの黒いやつで……」
ブツブツと呟きながら、色の良いものを慎重に布に包んでいる。
自分の懐に入れる様子はない。
「ミア。自分の分は?」
僕が声を掛けると、ミアはビクリと肩を跳ねさせた。
「う、うるせーな! アタシはいいんだよ。今回はドサクサでついてきただけだし、最後は捕まっちまったしな……。分け前をもらうような活躍はしてねえよ」
ミアは自嘲気味に笑った。
「そんなことないよ。あの時、ミアが飛び込んでこなかったら全滅してた」
僕は足元に転がっていた、小さな結晶を拾い上げた。
他のものより小さいけれど、彼女の双剣が纏う風のように、鮮やかな翠色に輝いている。
「はい、これ」
丁寧にハンカチで表面を磨き、ミアに手渡す。
「……あ?」
「今回のMVP、『疾風の少女』への特別報酬だ。僕からのプレゼントってことで」
差し出すと、ミアは目を丸くして固まった。
それから、みるみるうちに顔が林檎のように赤くなっていく。
「……ッ! ふ、ふん! アンタがどうしてもって言うなら、貰っといてやるよ! ゴミにするのも悪いしな!」
ミアはひったくるように結晶を受け取ると、大事そうにポケットの奥底へとしまい込んだ。
そんな若者たちの様子を、バルガスは少し離れた場所から静かに見守っていた。
その手には何もない。彼は結局、何も拾わなかったようだ。
「バルガスさん。何も持って行かないんですか?」
「ワシは良い。引退した冒険者のリュックには、この光景以上のものは入らんよ」
バルガスは満足げに、光り輝く広間を見渡した。
長年、幻覚だと言われ続け、自分でも信じられなくなっていた記憶。それが真実だったと証明されただけで、彼は十分なのだ。
……でも、僕は彼に何かを渡したかった。
命がけで僕たちを守ってくれた、この誇り高き『元』冒険者に。
僕は、さっき台座から出てきた支給品の中に混ざっていた『1枚のカード』を手に取った。
見たこともない素材でできた、薄っぺらい銀色の板。表面には意味不明な文字列が刻印されている。
(それは『セキュリティカード』です。かつてはこの施設の鍵でしたが……今となってはただの珍しい板切れ、ですね)
ヘルプがそう教えてくれた。
役には立たない。でも、この世界のどこにもない、ここに来た者しか手に入れられない品だ。
「……だったら、これくらいなら入りませんか?」
僕はカードを差し出した。
「これは?」
「古代の鍵、らしいです。もう使えませんが……この世界の鍛冶師には絶対に作れない素材でできています」
バルガスが怪訝そうにカードを受け取り、指でなぞる。
その異質な感触に、彼の目がわずかに見開かれた。
「これを見せられて、貴方を『嘘つき』呼ばわりする人は多くないはずです。……これが、証拠になります」
「…………」
「受け取って欲しいんです。バルガスさん。いえ――冒険者の大先輩の誇りのために」
バルガスはしばらく黙ってカードを見つめていたが、やがて肩を震わせた。
「……ふ。ふは、はははっ!」
豪快な笑い声が広間に響く。
彼はカードを大切そうに胸ポケットにしまうと、僕の背中をバシバシと叩いた。
「ここまで来た甲斐があったというものよ! だが、冥土の土産にしては貰いすぎだな!」
「い、いてて……」
「気に入ったぞ、小僧……いや、ロイド!」
バルガスがニカッと笑う。
「帰ったらワシが最高のパンを焼いてやる。好きなだけ食え!」
「おー、そいつは最高だね」
「やったー! バルガスさんのパン、とーってもおいしいもんねー」
リゼも嬉しそうに手を叩く。
それぞれが、それぞれの報酬を手に入れた。
『全工程、完了』
腕の端末に文字が表示された。
同時に、部屋中の照明が明滅し、光が弱まっていく。
(バッテリー限界です! システム、落ちます!)
ブツン。
唐突に、全ての光が消えた。
再び訪れる、重苦しい静寂と闇。
「うおっ、真っ暗だ」
「ランタンを……。む、火打ち石が見当たらんな。落としたか?」
バルガスが暗闇でゴソゴソと荷物を探っている。
僕もタブレットのライトを使おうとしたが――ふと、思いついた。
「そうだ。せっかくだし、さっき入ってた『サンプル』を使ってみようか」
ライブラリと一緒に、いくつかのサンプルプログラムが入っていたのだ。
僕は左腕の端末を操作し、ショートカットをタップする。
『実行:<燃焼サンプル(小)>』
ボッ。
僕の人差し指の先に、小さな火の玉が現れた。
「おおっ……」
その明かりで、バルガスの持つランタンに火を点ける。
「便利なもんだな。さしずめ、魔法使いになった気分か?」
「はは、そうですね。……よし、『中断』」
指先の火を消す。
確かな手応えがあった。これなら、戦える。
「……終わったか。ま、長居は無用だ。さっさと帰って、温かい飯でも食おうぜ」
「財布も心もほくほく! 早く帰ろー!」
足取りも軽く、リゼが先頭を歩く。
「はいはい」
その少し後を、苦笑いしながらディートがついていく。
「帰りは大丈夫かよ、爺ちゃん」
「ふん。この程度、何でもないわ」
ミアの気遣いを、バルガスは相変わらずの調子で一蹴する。
その後を歩く僕は、手に入ったばかりの『力』をどう活用しようか、そんなことで頭がいっぱいだった。
冒険というのは、帰り道にこそ凶悪な落とし穴が開いている、という基本を忘れてしまうほどに――
異変が起こったのは先頭のリゼがサーバールームの出口に差し掛かった時だった。
「あれ? この扉、誰か閉めたの?」
リゼの声に顔を上げる。
開けたままだったはずの金属扉が閉まっていた。
風か、それとも自動で閉まるような仕掛けがあったのだろうか?
「よいしょっと」
先頭を歩くリゼが引き手を持ち、手前に引っ張った。
扉は先ほどと同じように、やはり大した抵抗もなく、すうっと開いていく。
そのとき、僕は見た。
開かれつつある扉の影。
そこに――エムリアの町中で何十個と見た、『白く点滅する爆弾』が潜んでいるのを。
「――っ!?」
思考が凍りつくよりも早く、不吉な光が瞬いた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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