第56話 システムアップデート
(……ようこそ、管理者様。371,591日ぶりのアクセスですね。お変わりはありませんでしたか?)
ヘルプとよく似た声は何かを話しかけてきた。
でも、声の出所が分からない、天井のような、壁のような、部屋の奥のような……。
「だ、誰かいるの……?」
(あの、あれはあまり気にしなくて良いのです)
(そうだぜ。勝手に喋るだけのカカシみたいなもんだと思っとけ)
二人がそう言うなら考えても仕方ない。ここは素直に頷いておこう。
「……うん、分かった。で、お宝はどこにあるの!?」
僕の言葉にアイディは「ずこーっ」と言いながらコケた。
(目の前にあるだろうが! ズラーッとよ!)
「え? あの黒い箱が宝箱なの?」
(まあ、正解っちゃあ正解なんだが)
ヒュン、ヒュン、ヒュン……。
(お、ブートが終わったみてーだな)
アイディの言葉同時に、例の声で『システム、起動完了』という言葉が聞こえてきた。
直後、天井から降り注いだのは無数の光。
暗闇に沈んでいた黒い巨塔たちが、光に照らされ一斉に明滅を始める。
空中に浮かび上がる、見たこともない文字や図形の羅列。
神具や魔道具が放つ光とは違う。もっと規則的で、冷たく、けれど息を呑むほどに美しい、光の洪水だった。
「……きれい」
ミアが呆然と呟き、空中に浮かぶ光の粒子に手を伸ばす。
だが、指先は何にも触れず、光をすり抜けた。
「あれ? なんだ、これ。幻なのか?」
バルガスも、言葉を失って周囲を見回している。
かつて彼が迷い込み、夢だと思い込もうとした光景。
それが今、完全な形で蘇っているのだ。
「へえ、こいつは驚いた。廃墟かと思ったら、光の宮殿だったとはね」
ディートが口笛を吹く。
「おいリゼ、見ろよあの壁。文字が流れてるぜ。えーとなになに? 『ここにはお宝がザックザク』――!」
「ほんと!? すごい、お兄あんなの読めたんだ!」
「――だったらいいなー、なんて」
「またバカなこと言って!」
がつん、とディートがスネを蹴られる音が聞こえた。
「あだーっ!」
ディートがスネを押さえてピョンピョン跳ねる。
そんな時、アイディが痺れを切らしたような声を上げた。
(おい、ぼさっとしてんじゃねえ! ここが生きてるうちに『報酬』をふんだくるぞ!)
「報酬って!?」
(決まってんだろ! タブレットの『強化』だよ!》
「あ、あっぱでーた?」
(マスター。時間がありません。予備電源の残量はわずかです)
ヘルプも急かすように言う。
(急いでタブレットを、あの中央の台座に接続してくださいです。システムに残された『遺産』を回収します)
「わ、わかった!」
僕は部屋の中央にある、ガラスのような質感の台座に走った。
そこにタブレットを置くと、台座が淡く発光し、空中にタブレットの画面のようなものが浮かび上がった。
『同期開始。……システムアップデートを確認』
左から右に、長い四角が塗りつぶされていく。
それと同時に、僕の頭の中に新しい「感覚」が流れ込んでくる。
剣の稽古で新しい型を覚えたときに似てる……?
いや、そうじゃない。
これは――あのときの……『ヘルプの頭突き』のときと同じ感覚だ。
『……デバイスランク上昇。ランク1→ランク2へ移行します』
(キタキタキタァッ! ランク2だ!)
アイディが歓喜の声を上げ、拳を突き上げて飛び上がっている。
(これでようやく、メモリ不足のカクつきともおさらばだぜ!)
「ランク2……。一体、何が変わったの?」
(山ほどあるが、一番でかいのは『並列処理』と『バックグラウンド実行』が可能になったことだ)
アイディが得意げに語る。
(今までは『何でもナビ』を使いながら、俺様……つまり『戦闘用プログラム』を動かすことができなかっただろ?)
「うん。戦闘中に地図が見られないのはちょっと不便だったよね」
(だが、これからは違う。表でアプリを動かしながら、裏でプログラムも走らせられるってワケだ!)
画面には、新たな機能のリストが次々と表示されていく。
『マルチスレッド機能、解放』
『<スレッド1>、<スレッド2>……最大5つのプログラムを並列稼働可能』
『座標・照準補正機能、追加』
『ターゲット指定方式拡張:視線入力・指差し指定』
「並列稼働……つまり、防御しながら攻撃したり、別々の命令を同時に出せるってこと?」
(ご名答だ。お前の脳みそがついてこれるなら、3倍の仕事ができるぜ)
3倍。それは単純計算でも戦力が跳ね上がることを意味する。
今まで「防御」か「攻撃」かの一択だった戦術が、「防御しながら移動して攻撃」といった複合的な動きに変わるのだ。
さらに、台座の一部がスライドし、プシュウという音と共に中からいくつかの人具らしきものが乗った台がせり上がってきた。
置いてあるのは黒い箱や、コードのようなものだ。
「……これは?」
(ハードウェアの支給品です)
ヘルプが説明する。
(左にあるのが『急速充電器』と『大容量外部バッテリー』です。これがあれば、雷がなくてもエネルギーを補充できます)
「えっ……本当!?」
僕は思わず身を乗り出した。
これまでは、あの鉄棒セットに頼るしかなかった。
それが、旅先での最大の悩みだったのだ。
(はい。この『バッテリー』に予めエネルギーを貯めておけば、ケーブルを繋ぐだけで充電可能です。また、『充電器』を使えば、微弱な地脈から時間をかけてエネルギーを集めることもできますです)
「これを考えた人は天才だね……」
つい、しみじみとした口調になってしまった。
(はい。本当に『天才』なのですよ……)
そんな、僕の深い考えもなく何気なく呟いた一言に、ヘルプも同調してくれた。
「そっちのは?」
(あれは『ミラーリング端末』です)
それは、腕に巻くバンドのような形をした、小さな黒い板だった。
手に取ってみると、タブレットの画面がそのまま小さく映し出されている。
(それを腕に装着すれば、タブレット本体を鞄に入れたままでも、手元で画面を確認したり、コードの書き換えが可能になります)
「すごい……! これなら、剣を持ったままでも操作できる!」
僕は早速、端末を左腕に装着した。
軽い。邪魔にならない。手首を返すだけで画面が見える。
これで、いちいちケースから出し入れする隙がなくなる。
僕は、冒険者として一皮も二皮も剥けたような気がした。
(おいおい、だからといって暗い場所に入れっぱなしってのはやめろよな)
「うん、分かってるって」
アップデートはさらに続く。
最大の目玉とも言える『データ』のインストールが完了した。
『新規ライブラリを獲得しました』
『1:熱エネルギー生成(Fire_Gen)』
『2:身体能力拡張(Body_Boost)』
『3:空気弾(Air_Shot)』
(『ライブラリ』。要するに、便利なプログラムの詰め合わせセットだ)
「そんなものもあるんだ……」
つまり、自分で作らなくても良いってことか。
まだまだ不具合を起こしがちな僕としては非常にありがたい。
(まあ、ここは開発系の資産があんま見当たらなくて3つだけだがな)
アイディが解説する。
(でもな、『身体能力拡張』は面白いぜ)
「どういう機能なの?」
「端的に言えば身体能力を一時的にブーストする能力だな。まあオメーにもわかりやすく言うなら『火事場の馬鹿力』を強制的に引き出すようなもんだ)
「僕が岩を持ち上げたり、ミアみたいに速く走れるようになるってこと!?」
僕の質問に対して、アイディは『ちっちっち』と人差し指を左右に振って、
(お前だけじゃなく、他人でもできるんだぜ?)
「えー? 本当にー?」
僕は半信半疑で振り返った。
ちょうどディートたちが、周囲の探索をしていたところだ。
「んんっ……! くそっ、硬ってえな!」
ディートが黒い塔の一つに取り付き、側面パネルをこじ開けようと四苦八苦している。
大柄な彼の腕力を持ってしても、古代の金属はびくともしないようだ。
「ディートさん、何をしてんるです?」
「あ、いやね、そこの天使のお嬢ちゃんがね」
「ヘルプがどうかしたんです?」
「この中に少しは金になりそうなものがあるって教えてくれてさあ」
そう言うと、ディートは再び蓋外しに取りかかる。
リズが箱を押さえ、ディートは額の血管が弾けそうなほど力を入れているが、隙間すら見えないような有様だった。
(その、中の記憶装置には珍しい石を使っていましたから、今でもそれなりの取引になるのではないかと言ったのですが……)
「え、そうなんだ!」
これは良いことを聞いた。
ヘルプが言うならきっと間違いないんだろう。
僕は腕の端末を操作し、即興でコードを組んでみる。
<スレッド1>
<対象:指で指定した味方>
<実行:筋力強化(出力倍率:5.0)>
「……ん? なんだい? 男に指を指される趣味は……」
僕は彼を指差したまま、実行ボタンを押した。
「うおっ!?」
バギャッ!!
凄まじい音がして、頑丈な金属パネルが紙切れのようにねじ切れ、部屋の反対側まで吹き飛んでいった。
「なっ……!?」
ディートが目を剥く。
勢い余って掴んでいたラックの支柱に手をかけると、分厚い鉄骨が飴細工のようにグニャリと曲がった。
「うわああっ! なんだこりゃあ!?」
自分の指がラックにめり込んでいくのを見て、ディートが悲鳴を上げる。
「す、すごすぎる……! 『中断』! ブレーク!」
僕は慌ててプログラムを停止させた。
力が抜け、ディートがその場にへたり込む。
「そういうのやるなら『やるよー』って言って頂戴よ、ヒーロー君」
「す、すいません! まさかここまでだなんて思ってなくて!」
(ケケケッ! 大成功だな! ま、反動で明日は筋肉痛確定だがな!)
僕は冷や汗を拭った。
これなら、仲間を強化して戦うこともできそうだ。
「……お? おいリゼ、見てみろよ」
へたり込んでいたディートが、破壊したラックの中を覗き込み、声を上げる。
「なになに? わわっ!」
そこに整然と並んでいたのは――
赤、青、緑……色とりどりに輝く、宝石のような物体だった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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