第54話 空っぽの入れ物
警備システムとの戦闘を終え、僕たちは通路の奥へと進んでいた。
しかし、数百メートルも進まないうちに、先頭を歩くバルガスの足取りが再び乱れはじめた。
「……はぁ、はぁ……」
荒い呼吸と共に、大盾を持つ手が微かに震えている。
気力で立ってはいるが、体力の限界はとうに超えているはずだ。
「バルガスさん。……少し、休みましょう」
僕は彼の肩に手を置き、足を止めさせた。
「何を言う。ワシはまだ――」
「分かってます」
僕はバルガスの目を真っ直ぐに見つめ返す。
「でも、この先何があるか分かりません。今は少しだけ、盾を下ろしてください」
バルガスは少しの間、悔しそうに顔を歪めたが、やがて大きく息を吐き出した。
「……ふん。お嬢が選んだだけのことはあるようだな」
彼はその場に腰を下ろし、重い大盾を横に置いた。
僕たちもそれに倣い、短い休息を取る。
「ほい、じーちゃん。お嬢様から」
「む、これは」
あれは……ヒールポーションか。
傷の回復はもちろんだけど疲労も軽くなる高級品だ。
「必要になるだろうからってさ」
「ふふ。すべてお見通しというわけか」
「もうさっきみたいな無茶したらダメだぞ」
「わかっておる」
そう言って、バルガスはポーションを一気に煽った。
ああ見えて、ミアはお年寄りにはけっこう優しい。
行く先々の町でも、こっそり親切にしているところをよく見かけたものだ。
「お前も、お手柄だったぞ」
「きゅ!」
リュックのポケットに戻っていたルミルに干し肉を差し出す。
さっき危機を救ってくれたご褒美だ。
ルミルはあっという間に平らげると、もっともっと、とねだり始めた。
「お前も随分大きくなったよなあ」
「きゅ?」
抱き上げると、ずっしりとした重さを感じる。
出会った時なんて、片手で簡単に持ち上げられたくらいだったんだけど。
成体の大きさが前に見たあのサンダーリザードくらいだとして、一体どのくらいで大人になるんだろう。
「さて、と」
そんなことを考えていると、ディートがおもむろに立ち上がった。
「ねえ、リゼちゃん」
「なに、お兄」
「お兄ちゃん、もう出ちゃいそうだから向こうで出してくるね」
「はあ!? こんなところで!?」
リゼが目を剥く。
僕とミアもギョッとして顔を見合わせた。
「い、いや、さっきの広い部屋……通路の入り口あたりでやってくるよ」
「ちょ、このオッサンいきなり何言い出すんだよ! トイレくらい我慢しろって!」
ミアが顔を赤くして怒鳴るが、ディートは真剣な顔で首を振る。
「しょうがないじゃないの、もう限界なんだから。……パンパンなんだよ」
ディートが左腕を少し持ち上げる。ガントレットが悲鳴のような音を立てていた。
ああ、そっちの『出す』か。たしか放出ってやつだ。
「わ、わかったよ! できるだけ隅の方でやってくれよ! 帰りもあそこ、通るんだからな!」
大いに誤解したミアは「しっしっ」とディートを追い払うように手を振る。
「じゃあ、ここで待ってますから」
「悪いね。すぐ戻るよ」
ディートは小走りで広場の入り口――さっき通ってきた通路の方へと戻っていった。
数分後。
ズドォォォォォォォォンッ!!
凄まじい轟音が響き渡り、通路の奥から突風が吹き抜けてきた。
天井からパラパラと埃が落ちてくる。
「あひゃっ!?」
飛び上がるミア。
「……あのオッサン、どんだけ溜め込んでたんだよ……」
ミアが呆れ果てたように呟く。
あれだけの攻撃を吸収しきれるなんて、やっぱりすごい性能だな。
「お待たせー。あー、スッキリした」
しばらくして、ディートは何事もなかったような顔で戻ってきた。
ガントレットの光は消え、元の鉄色に戻っている。
「……あの、ディートさん。今の音、地上まで響いたんじゃ……」
「大丈夫大丈夫。ここは地下深くだし、下水道が反響を抑えてくれるさ」
本当に大丈夫だろうか。
一抹の不安を覚えつつも、バルガスの回復具合を確認して僕たちは再び歩き出した。
*
通路の突き当たりには、ひときわ巨大な金属の扉が待っていた。
取っ手も鍵穴もない、一枚岩のような扉だ。
こんなのどうやって開けるんだ?
と思いながら軽く押すと、地響きのような重低音を立てて左右に開き始めた。
ついに姿を現した、禁断の領域。
その隙間からあふれ出したのは、ひんやりと冷たく、乾いた風だった。
タブレットの赤いルート表示は僕を示す点のほんの先で終わっている。つまり――
「――ここが、最深部」
僕たちは息を呑んで足を踏み入れた。
そこは、これまでの通路や広間とは比べ物にならないほど巨大な空間だった。
天井はずっと高く、闇に沈んで見えない。
そして何より目を引いたのは、整然と立ち並ぶ『黒い巨塔』の群れだ。
大人の背丈の二倍はある黒い箱が、規則正しく列をなし、奥へ奥へと続いている。
まるで、巨人の墓標のようだった。
「おいおい……。なんだこりゃあ」
ディートが口をぽかんと開けて見上げている。
「宝の山って雰囲気じゃねえな。どっちかっていうと……墓場か?」
「……死んでおるな」
バルガスが足を引きずりながら、黒い塔の一つに手を触れた。
どうやら、みんなも同じような感想のようだった。
(……電力システムが終わってやがる)
腰のケースからアイディの声がした。
(はい、下水道からの水力発電、もしくは地下での地熱発電で最低限の電力は供給されてはいるようですが……)
(ここの上に町一つ建てちまったんだもんなあ。太陽光はとっくの昔におっ死んだってことか)
二人が何か言ってるけど、相変わらずよく分からない。
「つまりは、どういうことなの?」
(ここの機械どもはものすごーくエネルギーを食うんだが、現状はぜーんぜん足りてねえ)
「エネルギー……タブレットのチャージみたいなこと?」
(はい。このままではデータの閲覧も、機能の拡張も不可能です)
(つまり、ただのガラクタってこったな!)
「ええええええっ!?」
ガーン、という効果音が聞こえそうなほど、ディートたちが肩を落とした。
「が、ガラクタ……。銀貨10枚も払ったのにそりゃないよ」
「だから言ったんだよーお兄、帰りはどうすんのさー」
頭を抱える二人。
(でも、ここの起動自体は可能性がゼロではありませんです)
「本当!?」「本当かい!?」「ほんとっ!?」
ヘルプの一言に全力で食いつく三人。
(その、お金になるかは分かりませんですが……。)
「いや、お金はまあ、欲しいけどさ。ここまで来て何にも無し、って方がよっぽど辛いんだよねえ」
「うんうん。せめてお土産になるような、すっごいこととか起きて欲しいもんねー」
(それでは、非常用電源装置《UPS》を探してくださいです)
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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