第53話 鉄の守護者と疾風の少女、意地っ張りな老兵
『対象ハ生物ト断定。心臓部ノ破壊ニテ処分シマス』
無機質な宣言と共に、大型の右腕が変形する。
手首が回転し、指が収納され――鋭利で巨大な円錐状のスパイクに変化した。
シュィィィン……!
高速回転する鉄の杭。
それが、逆さづりにされたミアの心臓へと狙いを定める。
「い、いやぁぁッ!」
ミアが悲鳴を上げ、ギュッと目を瞑る。
ワイヤーで拘束され、回避は不可能。
助けようにも、距離がある。
――いや、届く。
僕の思考が加速する。
あれはよく分からない光線や爆発物じゃない。
ただの「突き」だ。鋭く、速いだけの物理攻撃。
なら、知っている。
僕は似たような攻撃を、何度も見てきた。
巨大蜂の毒針攻撃。
対象として登録済みの動きだ!
僕は地面を蹴り、ミアとスパイクの間に割り込んだ。
タブレットを構える。
「<ディフェンシブプログラム>! <対キラービー>!」
――ガッギィィィィンッ!!
凄まじい衝撃音が響き渡った。
高速回転するスパイクが、僕の目の前で停止している。
見えない障壁が、死の一撃を完璧に防ぎ止めたのだ。
だが、衝撃は消えたわけではない。行き場を失った運動エネルギーは、より脆い部分へと跳ね返る。
バギィ!
金属が引き裂かれる音がした。
大型の右腕が、肘のあたりからひしゃげ、根本から千切れ飛ぶ。
跳ね返った自らの攻撃に耐えきれず、自壊したのだ。
「ロ、ロイ……!?」
ミアが恐る恐る目を開ける。
目の前には、無様に腕を失い、火花を散らす大型の姿があった。
そして、僕は見た。
腕が千切れ飛んだその断面。装甲がめくれ上がり、内部が剥き出しになっている。
その奥で、紫の光が脈打っていた。
「見つけた……コアだ!」
僕は叫んだ。
「リゼ! 右腕の付け根! 装甲が剥がれて丸見えだ!」
「おっけー! 任せて!」
リゼが反応し、走り出す。
敵も察知したのか、残った左腕から粘り気のある泥のようなものを噴出し始めた。
『右腕部装甲、中破。損壊箇所ノ修復ヲ開始』
「させるかよッ!」
ミアが体を捻り、拘束されたまま短剣を投げつけた。
カォン!
正確に投擲された刃が、左腕の関節に突き刺さる。
大型は泥を破損箇所に塗ろうとしていたようだが、腕が曲がらず、どうしても届かない。
「おい、鉄クズ! アタシにこんな恥ずかしい格好させといて、タダで済むと思うなよ!」
動きが止まる。
完全に露出したコア。
そこに、ディートを盾にしたリゼが走り寄っていく。
危機を察知した大型は、慌てて光線や火炎を兄妹へ向けて乱れ打つ。
だが、『暴食の顎』にことごとくを食らい尽くされ、気付けば『遠隔攻撃』と定義するのが難しい距離まで肉薄されてしまっていた。
「今だ、リゼっ!」
「『幽霊の略奪』――『強制徴収』ッ!」
至近距離から侵入した半透明の布が、コアを絡め取る。
ズズズッ……バキィッ!
リゼが腕を引くと、細い管を引きちぎりながら、巨大な紫の球が引きずり出された。
それと同時に、大型の赤い光が消滅する。
『ギ、ガガ、システム……ダウン……』
そして、フゥーン、という気の抜けた音とともに大型は完全に停止した。
ミアを拘束していたワイヤーも力を失ったようで、逆さづりだった彼女は急に自由の身になる。
「わぷっ!」
僕はとっさに手を伸ばし、ミアを受け止めた――
つもりだったが、勢いに負けて二人でもつれ合いながら倒れ込んでしまった。
「いってぇ……」
僕の上に、ミアが乗っかっている形だ。
柔らかい感触と、ミネルバの髪色を思わせるあの香り。
そして――
「……あ」
至近距離で目が合う。
ミアの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
彼女は慌てて飛び退くと、スカートの裾を必死に押さえた。
「……お前、見ただろ」
「はあ?」
「とぼけんな! アタシの……その、ナカ! 見たんだろ!?」
ミアが涙目で睨んでくる。
まあ、逆さづりにされてたわけだし。
そりゃあ物理的に視界に入ってしまったことは否定できない。
「うーん……まあ。不可抗力ってやつかな」
「うう……っ、このスケベ! 変態! ド変態!」
「そ、そんな恰好で来るのが悪いんだろ!」
僕の名誉を大いに傷つけるミアの発言は許容できるものじゃない。
僕はひらひらのメイド服を指差し、責任はむしろ少女の方にあることを指摘した。
「うっさい! アタシはこれが戦闘服なんだよ! ……あーもう! 忘れろ! 今すぐ記憶から消去しろ!」
ミアは顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいる。
さっきまでの殺伐とした空気が、一気に緩んだ。
「やれやれ。若いってのはいいもんだねえ」
ディートが呆れたように肩をすくめて近づいてきた。
「それにしても、とんでもねえ化け物だったな。あのスパイク、まともに食らってたらドラゴンだってきっと串刺さ。よく防いだよ、ヒーロー君」
「僕の能力は『守る』ことに関しては得意ですから。……それに、リゼさんの能力も凄かったです」
「あはは、ありがとーねー。でも、あの装甲は反則だよー」
「おい、アタシのこと、忘れんなよな」
「ああ、うん、ミアもすごかったよ」
「なーんかキモチがこもってねえ気がするんだよなあ」
「あはは、気のせい気のせい」
僕ははそう言いながら、周囲を見渡してみた。
鉄人形達は大型の停止に連動したらしく、間抜けなポーズで床に転がっていた。
(大型機が中継サーバーの役割をしていたようですね。これで全機能停止です)
ヘルプの報告に、全員が安堵の息を吐く。
これで、ようやく先に進める。
そう思った、矢先だった。
ドサッ、と重い音がした。
振り返ると、膝をついているバルガスの姿が。
大盾を杖にして何とか体を支えているが、顔色は土気色。
荒い息と共に、大量の汗が滴り落ちている。
「バルガスさん!」
僕たちは慌てて駆け寄る。
「なんでもない。……少し、息が切れただけだ」
強がっているが、足が震えて立ち上がれないようだ。
長時間の戦闘と、慣れない地下の環境。
引退した身には過酷すぎたのだろう。
「……ロイド君」
ディートが静かに言った。普段の軽薄さは消えている。
「ええ、今日はここまでにしておきましょうか」
僕はディートの意図を汲み、撤退を提案する。
目的は達成していないが、これ以上進むのはリスクが大きい。
なら、また出直せばいい。また準備を整えて、万全の状態で。
「いや、ワシはまだ」
「大丈夫ですよ。もう入り方は分かったんです。今日は休んで――」
だが、そんな甘いものを『冒険』とは言わないのだろう。
申し訳なさそうに割り込んだヘルプが残酷な事実を告げてくる。
(残念ですが、マスター。一度出たら、ここにはもう二度と入れないかもしれませんです)
「えっ……どういうこと?」
(今回の侵入と戦闘で、恐らくセキュリティレベルが上がりました)
「……どういうこと?」
(入り口の認証システムが、パスコード式から生体認証に変更される可能性が高いです)
「……つまり?」
(つまりは、あんなに簡単には開かないようになるって事だな)
「タブレット使っても無理なの!?」
(はい。生体情報は機密性が非常に高く設定されていますので……)
「でも、バルガスさんが前に1回入ってるじゃないか」
(それは時間経過によって警戒が解かれ、パスコード式に戻ったのだと思うです)
「それってどのくらいかかるの?」
(半年か、1年か……あるいは10年かかるかもしれません)
「そんな……」
今ここで引き返せば、全てが閉ざされる。
10年。そんなに待てない。
アミリーに繋がるお宝がこの先にあるかもしれないのに。
でも、バルガスを置いていくわけにはいかないし、無理をさせれば死んでしまうかもしれない。
究極の選択に、僕が唇を噛み締めていると――
ガシッ、と力強い手が僕の肩を掴んだ。
「……行くぞ、坊主」
バルガスだった。
震える足に力を込め、歯を食いしばって、大盾を抱え直して立ち上がっている。
「ワシが限界だと、勝手に決めるな」
「でも、バルガスさん……」
「このくらい、冒険者なら日常茶飯事だ。ここで引き返して、また10年、嘘つきのままでいろと言うのか?」
その瞳には、老兵の意地と誇りが燃えていた。
彼は知っているのだ。ここが正念場であることを。そして、ここで退けば、二度とチャンスがないことを。
「待ってください、無理です!」
僕は止めようとするが、ディートが僕の前に腕を出して遮った。
「行かせてやりなよ、ヒーロー君」
ディートはニヤリと笑った。
「男の意地ってやつさ。それに、なあに。次にまたあんなのが出てきたら、そん時は迷うことなく撤退すればいい。俺が担いで逃げてやるよ」
「……分かりました」
僕たちは覚悟を決めた。
バルガスを中心に陣形を組み直し、さらに奥へと続く巨大な扉に向かう。
この先に、遺跡の心臓部――サーバールームがあるはずだ。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
本作を少しでも面白い・続きが読みたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆をタップ、ブックマークへの追加をして頂けますとモチベーションが10倍になります!
あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。




