第51話 鉄の守護者
隠し扉の奥には、なだらかな下り坂の通路が続いていた。
壁や天井には、一定間隔で青白いラインが走り、足元を照らしている。
松明もランタンも必要ない、不気味なほど均一な明るさだ。
「……これだ。ワシが見たのは、この光景だ」
先頭を歩くバルガスが、壁に手を這わせながら震える声で言った。
ひんやりとした、石とも金属ともつかない滑らかな感触。
「へえ……。こいつはすげえや」
ディートが感心したように口笛を吹く。
「リゼ、見てみろよ。この壁、継ぎ目がないぞ。一体どうやって作ったんだろうなあ」
「触らないでよ、お兄。何が起きるか分からないんだから」
リゼは右腕のガントレットを通路の奥に向けたまま、周囲に視線を送る。
彼女の軍人としての勘が、この場所の異質さを感じ取っているのかもしれない。
「灯りも置いてないのに、こんなに明るいなんて……。なんだか、気味が悪いなあ」
「ははっ、リゼは怖がりだね。これは冒険だよ、男のロマンだぜ、ロマン」
軽口を叩くディートだが、その目は笑っていなかった。
彼もまた、ガントレットを装着した左手をいつでも振るえる位置に置いている。
「私、女だし」
彼らはSランクの神具を持っているし相応に鍛えてはいる。
でも、どこまで鍛えたとしても人間を超越できるわけじゃない。
不意打ちを食らえば死ぬ。その緊張感は常に持っている。
「慎重に行きましょう」
僕はそう言って、腰のケースに入れたタブレットに呼びかけた。
「……ヘルプ、何でもナビ使いたいんだけど、目的って何がいいかな」
(マスター、この場所については既にマップが取り込まれていますです)
「えっ、そうなの? こんな場所、初めて来たんだけど」
(ここは、今からずっとずっと昔に建造された……『データセンター』と呼ばれる場所です)
「でーた、せんたー」
いつも通りよく分からない単語が出てきたのでとりあえず復唱だけしておいた。
(はい。ここには膨大な量のデータが眠っていますですよ)
(タブレットからしたらとんでもねえお宝があるかも知れねえぞ?)
「そうなの!?」
(ああ。ライブラリやIDE用のアドオン、もしかしたらアップデートファイルもあるかもしれねえ)
「……なんか凄そうだね!」
アイディは早口で色々教えてくれたけど、何を言っているのかさっぱりだった。
とりあえず、喜んでおくことにする。
「で、ヘルプ。マップがあるとどうなるの?」
(ふっふっふ。ナビ開始ボタンをタップしてくださいです)
何やら自信ありげなヘルプの言うとおりにボタンを押してみる。
「あっ、これって!」
すると、この場所を上から見たような精緻な地図と、ずっと先まで延びた赤い線が表示されたのだった。
(目的地までのルートは赤い線で表示されてますです)
タブレットをのぞき込んでいたバルガス、ディート、リゼの3人から『おおお』というため息が漏れた。
「いやあ、それ本当に凄いねえ」
「どう見てもSSクラスだよね」
「もしこれがあの時あってくれたならっ……!」
僕も割と慣れてきたけど、傍からみればこんなの反則も良いところだと思う。
攻撃に防御、索敵や運搬、土木工事までできちゃう。
今では、たった3年の苦労でこんな幸運をつかんで良いんだろうか、なんて怖くなってしまうくらいだ。
「……ねえ、ヘルプ。で、結局、ここって何なの?」
古代遺跡というには、あまりにも綺麗すぎる。埃こそ被っているが、風化している様子が全くない。
(そうですね……ここは……『記憶の保管庫』のような場所です)
今度は僕にも分かるようにしてくれたのか、だいぶ分かりやすい表現だった。
(知恵や記録を集めて、眠らせておくための場所……。そう思ってくださいです)
(んー、随分と懐かしい匂いだなー、おい)
アイディも口を挟んできた。
(それにな、ここは『当たり』だぜ。壁ん中のラインを見てみな。まだ生きてやがる)
「生きている?」
(ああ。微弱だがエネルギーが流れてる。心臓部はまだ死んじゃいねえってことだ)
アイディの言葉に、ごくりと喉が鳴る。
生きている遺跡。
バルガスが遭遇した鉄人形も、まだ動いているということか。
「それじゃあ、行きましょう」
行くべき道は分かった。あとは、実際に足を動かして進むだけ。
「こっちです」
僕たちは矢印の指す方へ向かって、一歩目を踏み出した。
*
「……なんだ、こりゃあ」
しばらく通路を進むと、左右に大きなガラスで仕切られた部屋が見えてきた。
バルガスが眉をひそめる。
ガラスの向こうには、奇妙な形をした黒い箱や、車輪のついた椅子のようなものが整然と並んでいる。
その光景に、僕たちは足を止めざるを得なかった。
「椅子に……車輪?」
ディートがガラスに顔を近づける。
「おいおい、正気かよ。こんなもん座ったら滑って転んじまうぜ?」
「それに、あの黒い板……。ロイドさんの神具に似てない?」
リゼが指差した先、机の上には、タブレットを一回り大きくしたような黒い板が置かれていた。
それが何十、何百と並んでいる。
(……ここはハズレだな。たぶんもう『死んで』る)
アイディが吐き捨てるように言った。
「死んでる?」
あの板や椅子に元は命があったということだろうか。
(ああ。完全に朽ちた抜け殻だ。中身は全部消えてるだろうな)
かつて、ここでは大勢の人が、あの黒い板に向かっていたのだろうか。
想像しようとしても、うまくできない。
工房とも、ドミニムの現場とも違う。
無機質で、冷たくて、整然としすぎている。
「なんだか、墓場みたいだねー……」
誰かのポツリとした呟きが、通路に反響した。
その言葉が、妙にしっくりきた。
ここは、かつて生きていた文明の死体が、腐らずにそのまま残っている場所なんだ。
「……行くぞ。長居は無用だ」
バルガスが空気を断ち切るように言った。
僕たちは頷き、再び歩き出す。
*
ディートが息を切らせ始め、リゼに「だからトレーニングしなよ、って言ってたのに」とたしなめられた頃、ようやく景色が変わった。
狭い通路を抜けると、巨大なドーム状の空間に出たのだ。
「こいつは……でかいな」
天井は見えないほど高く、壁一面に埋め込まれた謎の板が明滅し、低い唸り声のような音が響いている。
その広さは、オーギルのエドール邸がすっぽり入りそうなほどだ。
(マスター。警告レベル上昇。……います)
ヘルプの声が緊張を帯びる。
空間の中央。
さらに奥へと続く大扉を塞ぐように、異様な『それ』は鎮座していた。
「……あれは」
バルガスが呻くように言った。
それは、人の形をしていなかった。
黄色と黒の奇妙な縞模様が描かれた、鉄の塊。
足はなく、どっしりとした台座のような胴体に、不釣り合いなほど巨大な単眼が一つ。
例えるなら……そう、鉄でできた『巨大な卵』。
その周囲には、護衛のように数体の人形が待機している。
だが、それもまた異様だった。
中身がなく、鉄の骨組みだけが剥き出しになったようなスカスカの身体。
顔にあたる部分には表情などなく、ただ赤いガラス玉のような眼が一つ埋め込まれているだけ。
どれもピクリとも動かない。ただのガラクタの山に見える。
「バルガスさんの見たゴーレムって、あいつらですか?」
「いや……あの卵は見た記憶はないが……ワシを襲ったのは、あの鉄人形だ、間違いない」
バルガスが盾を構え直す。
その手は、恐怖で震えているのを必死に抑え込んでいるようだった。
「お兄……。あれ、ゴーレムじゃないよ」
リゼが青ざめた顔で言う。
「魔力を感じない。魂も感じない。……なのに、凄く嫌な予感がする」
「ああ。俺の『暴食の顎』も疼いてやがる。食いでがありそうだ」
ディートも軽口を叩きながら、額に汗を滲ませていた。
Sランクの神具を持つ彼らでさえ警戒する相手。
(マスター。あれは『自律防衛システム』です)
ヘルプが早口で告げる。
(言葉は通じません。交渉も不可能です。ただ、排除するためだけに動く機械です)
その時。
僕たちが広場に足を踏み入れた瞬間――
ブォン……。
風を切るような低い音と共に、中央の巨大な鉄卵の単眼が、カッと赤く発光した。
『侵入者ヲ検知。排除行動ニ移行シマス』
抑揚のない、無機質な音声が広場に響き渡る。
ガシャリ、ガシャリと音を立てて、周囲の人形たちが動き出す。
その動きは、魔法生物のような滑らかさではなく、何かのカラクリ仕掛けのような、硬質で正確な動作だった。
「来るぞッ!」
バルガスが叫ぶ。
無機質な殺意を撒き散らしながら、鉄の軍団がこちらへ向かって走り出す。
王都の地下深く、忘れられた場所で。
僕たちと古代の守護者たちとの、戦いの火蓋が切って落とされた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
本作を少しでも面白い・続きが読みたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆をタップ、ブックマークへの追加をして頂けますとモチベーションが10倍になります!
あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。




