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第48話 白亜の都『エル・ガルド』

 巨大な影が、僕たちの乗る馬車を飲み込んだ。

 窓から空を見上げると、そこには空を半分以上隠してしまうほどの、馬鹿みたいに高い『壁』がそびえ立っていた。


「うわ、でっか……」


 思わず口が開いたままふさがらない。

 オーギルの防壁も田舎にしては立派なもんだったけど、これに比べたら積み木細工だ。

 雲を突き抜けるような尖塔せんとうに、視界の限界まで続く城壁。

 この壁の向こうでは何十万人もの人が暮らしているらしい。


「……1年ぶりですけれど、相変わらず可愛げのない壁ですわね」


 向かいの席で、セルフィナが憂鬱ゆううつそうに小さくため息をらす。


「ここが王国の心臓、王都『エル・ガルド』。……そして、私たちの豪華な『おり』でもありますわ」


 馬車は巨大な正門へと進んでいく。

 検問所には長蛇の列ができていた。

 衛兵たちは慣れた手つきで荷物を検査し、淡々と列をさばいている。


「検問です。通行証を」


 僕たちの番が来て、御者のクラウスさんがエドール家の家紋が入った通行証を提示する。

 衛兵は書類を確認すると、居住まいを正した。


「……エドール侯爵家ですね。確認いたしました。どうぞ、お通りください」


 過度な敬礼もなければ、嫌がらせのような遅延もない。

 ただ、相手の身分に相応しい礼儀を払い、職務を遂行するだけ。

 その事務的な対応が、逆にこの巨大な都市のシステムとしての強固さを感じさせた。



 城門をくぐると、そこは別世界だった。

 石畳の大通りを行き交う無数の馬車と人々。色とりどりの看板。

 オーギルとは比較にならない大都会だ。


 けれど、どことなく街全体の空気が重い。

 みんな足早に歩いて、余計な会話を避けているように見える。

 華やかさの裏に、ピリピリとした緊張感が張り巡らされているようだ。


「へえ……。これが王都かあ……」


 隣で窓に張り付いていたミアが、拍子抜けしたように呟いた。


「もっとワイワイしてるのかと思ってたんだけどなあ。なーんか、息苦しいっつーか」


「え、僕が言うのもなんだけど、ミアも王都に来るのは初めてなの?」


「悪いかよ」


 ミアがジロリとこちらを見る。


「悪くなんてないけど。去年セルフィナが招集されたときは一緒じゃなかったんだ?」


「ふふ、ミアは今年15になったばかりですから」


 カーラが口元を緩めて補足する。


「えっ! ……あ、あー」


 僕は一瞬驚いて、すぐに納得した。

 彼女の名誉のためにも()()、という具体的な言葉は避けるけども。


「……ロイ、今すごく失礼なこと考えてなかったか?」


 決して大柄ではない僕よりも更に頭1.5個分は小さいミアが上目遣いでにらんでくる。


「いや、全然そんなことないですよ?」


 自分の予想の3倍くらいの棒読みだった。

 僕の視線に含まれる『()()』を敏感に感じ取ったのか、ミアが顔を真っ赤にして噛みついてくる。


「嘘つけ! 可哀想なものを見る目で見やがって! す、すぐに大きくなるんだからな! 見とけよ!」


 そんなやりとりをしている間に、馬車はにぎやかな大通りを進んでいく。

 道沿いには高級そうな宿屋や商店が並んでいるのが見えた。


「……そういえば、あの二人はどのくらいで王都に着くんだろ。歩くって言ってたけど」


 昨夜、別邸での合流を約束したディートとリゼのことを思い出す。


「お二人とも健脚のようですから、明日には着くのではないでしょうか」


 カーラが答える。


「そっか。会えるのが楽しみだね」


「ええ。お出迎えの準備もしませんと」


 僕の言葉に、ミアが窓の外を見ながら口を挟んだ。


「……招待されたとき、すっごい喜んでたよな、あの二人」


「うん。……だって、ほら。あれ見てよ」


 僕は丁度良いタイミングで通り過ぎようとしていた宿屋の看板を指差した。


 ―― 『金獅子の誇り』凱旋がいせん特別値引き! 1泊、お一人様銀貨2枚! ――


「ぎ、銀貨2枚!?」


 ミアが目を丸くする。


「僕がオーギルにいたときの一月の家賃と同じだよ……」


 1週間滞在するとしたら……2人×2枚×7日、で、えーと……に、28枚……!

 あのタイル塗りで稼いだ大金が、たった1週間でほとんど飛んで行ってしまう計算だ。


「それがタダ、か。大喜びもするはずだ」


「僕だって同じ立場だったら嬉しくて踊っちゃうね」


(人間ってのはいつの時代もカネ、カネ、カネで大変だなー)


 ケッケッケ、とタブレットから笑い声が聞こえてくる。


 でも、この物価じゃあ彼らが宿代を浮かせようとするのも無理はない。

 僕たちもエドール家の力があってこそ、今ここでこんなことを言っていられるのだ。

 これが当たり前と思ってはいけない。改めてセルフィナに感謝しよう。


 そんなことを考えているうちに、馬車は貴族街の奥深くへと進んでいく。

 やがて、高い塀に囲まれた立派な屋敷の前で停車した。


「到着しましたわ。ここが王都におけるエドール家の別邸です」


 別邸、と言うにはあまりに立派すぎる屋敷だった。

 けれど、周囲の屋敷と同様に静まり返り、どこか物悲しい雰囲気を漂わせている。


 馬車を降りると、屋敷の重厚な扉が開いた。


「――遅い」


 開口一番、低い声が響いた。

 そこに立っていたのは、執事の爺……ではなかった。


 執事服を着てはいるが、そのサイズが明らかに合っていない。

 丸太のように太い首、岩のような肩幅。めくり上げた袖からは、無数の古傷が刻まれた剛腕が覗いている。

 白髪交じりの短髪に、眼光鋭い三白眼。

 どう見ても堅気じゃない。古強者の冒険者が、無理やり執事のコスプレをしているような威圧感だ。


「到着予定時刻を15分過ぎておりますぞ。たるんでいるのでは?」


「……相変わらず口うるさいですわね、バルガス」


 セルフィナが呆れたように溜め息をつく。

 この厳つい老人は、別邸の管理人らしい。


「検問が混んでいただけですわ。それより、部屋の準備は?」


「抜かりはありません。……む?」


 バルガスと呼ばれた管理人は、僕とミアにギロリと視線を向けた。

 値踏ねぶみするような、強烈なプレッシャー。


「お嬢様。その後ろのひ弱そうなのと、チビはなんですかな」


「彼らは私の護衛ですわ」


「護衛? はっ、笑わせる」


 バルガスは鼻を鳴らし、腕を組んだ。


「こんなヒヨッコどもに、お嬢様の御身おんみが守れるとでも? 王都の風に吹かれただけで飛んでいきそうな貧弱さではないですか」


「あんだと、この筋肉ダルマ……!」


 ミアがこめかみに青筋を浮かべて前に出ようとするのを、僕は慌てて手で制した。


「ミア、落ち着いて。……はじめまして、ロイドです。未熟者ですが、精一杯務めさせていただきます」


「ふん。口だけは達者なようだ」


 バルガスは僕を一瞥いちべつすると、扉を大きく開け放った。


「まあいい、中へ入れ。だがエドール家の敷居しきいまたぐからには、作法は守ってもらうぞ。靴の泥は落としたか? 背筋を伸ばせ! 歩き方がなっておらん!」


「――は、はいっ! すみません!」


 バルガスのげきが飛んだ瞬間、僕の体は思考よりも先に反応していた。

 かかとを揃え、背筋をピンと伸ばす。顎を引いて、視線は真っ直ぐ前へ。


 ……体が覚えている。

 養父であり、剣の師匠でもあったトラセンドさんにも、口酸っぱく言われてきたことだ。

 『強さは姿勢に出る』『心の緩みは足元に出る』と。

 この厳格な管理人のまとう空気は、あの師匠に少し似ていた。


「ふん。返事だけはいいな」


 バルガスは鼻を鳴らしたが、その目は少しだけ緩んだように見えた。


「おい、ロイ。何マジメにビビってんだよ」


 隣でミアが不満げに小突いてくる。


「そういわずにさ。確かに最近、緩んでたと思うし」


「チェッ……。へいへい、分かりましたよーだ」


 その後、厳しいチェックを乗り越えた僕たちはようやく屋敷の中へと足を踏み入れることができた。

 広々としたエントランス、磨き上げられた床。

 ここが、僕たちの王都での拠点になる場所だ。


 アミリー、ミネルバ、そしてエディミル。

 解決しなきゃいけない問題は山積み。


 まずは明日、情報収集から始めよう。

 この重苦しい王都の空気の中で、アミリーに繋がる糸を手繰り寄せるんだ。


 ――待っててくれ。

 僕は拳を握りしめ、静かに決意を固めた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!

本作を少しでも面白い・続きが読みたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆をタップ、ブックマークへの追加をして頂けますとモチベーションが10倍になります!

あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。

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