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第47話 輝く夜と国境の守護者たち

 爆弾騒ぎが収束した後、僕たちは現場の警備隊による事情聴取を受けることになった。

 とはいえ、それは形式的なものに過ぎず、1時間も掛からずに終わってしまう。


「――ロイド、ご苦労様でした」


 肩透かしな気分で詰め所を出た僕を待っていたのは、セルフィナだった。


「セルフィナ! わざわざ待っててくれたの!?」


「当然です。友人がこのような場所にいるのに自分だけ休んでなどいられませんもの」


「アタシたちもいるぞっ!」


「きゅー!」


 セルフィナの後ろから、ミアとカーラ、そしてルミルが顔を出した。


「ルミル! 一体どこ行ってたんだ! 心配したんだぞ」


「……それが、客室に戻ったらミネルバのベッドの中に潜り込んでおりまして」


 カーラが苦笑しながら教えてくれる。


「なんでまた、そんなところに……まあ、無事で良かったよ」


 僕の匂いが残っていたリュックを探したけれど見つからなくて、同じ『仲間』の匂いがするミネルバのところへ行ったのかもしれない。

 再会を喜んで撫でてやると、ルミルはパチッと小さな火花でお返しをしてくれた。


 これで、ようやく一息。

 色々あったけどそろそろ戻ろうか、と思ったところで――

 例の二人が詰め所から出てきたのだった。


「やあやあ、皆さんお揃いで」


「ディートさん、リゼさん!」


「どもー」


 緑の軍服を着た兄妹――

 ディートリッヒとリーゼロッテは、まるで散歩から帰ってきたかのような気楽さで手をひらひらさせている。


「もう大丈夫なんですか?」


「ああもう全然。みんな話の分かる人たちでね」


 僕はセルフィナという後ろ盾があったおかげで、驚くほどあっさりと解放された。

 一方で彼らは『軍人』という肩書きが大きかったのだろう。

 この国において、身分や肩書きというものがいかに強い力を持つか、改めて思い知らされる。


「ロイド、わたくしもぜひお二人にお話を伺いたいですわ」


 セルフィナがカーラに目配せをする。カーラはうやうやしく頷いた。


「失礼いたします。私、エドール家に仕えます侍女のカーラと申します。お二人はこのあと、何かご予定はおありですか?」


「いや、もうこんな時間だしね。今日は飯食って宿に帰るだけかな」


「おなかぺこぺこだよー。今日は夕飯抜きかと思ってたもん」


「それでしたら、我が主セルフィナ・オル・デ・エドールの晩餐へご招待させていただけないでしょうか」


「セルフィナ……って、あの?」


 ディートが少しだけ目を見開いて、セルフィナを見る。

 『エドール家』の名前はうろ覚えでも、SSランカーのセルフィナの名前は国境警備隊にとっても無視できないもののようだ。


「ええ、ご迷惑でなければ」


「そうかあ、貴女が……。いやはや、お噂以上の美人だ。もちろん、喜んでお邪魔させていただきますよ」


「ありがとうございます。では、こちらへ」



 *



 ヒュルルルル……ドォォン。



 闇に包まれたエムリアの空が一瞬だけ明滅し、直後にカラフルな火花が開いて散っていく。

 爆弾事件で心に傷を負った市民を励ますために、急遽はじまった花火大会。

 町のあちこちから歓声が聞こえてくる。


 ホテルの3階テラスという特等席にいる僕らもまた、一発ごとに目を輝かせていた。


「ディートさん、少し休みましょう」


 僕らから離れた手すりのそばで巨大なガントレット――『暴食の顎(ギア・キーファー)』を上空へ向けていたディートに声を掛ける。


「ああ、ヒーロー君。ありがとね」


 左腕を下げ、飲み物を受け取ったディートは疲れも見せず、相変わらずの飄々《ひょうひょう》とした表情のままだった。


「それにしても、本当に凄いですね、その『ぎあ』……」


「『暴食のギア・キーファー』、ね。発音しにくいよねえ。ウチがこの国になる前までに使ってた言葉らしくてさ。ウチの爺さんたちに勝手に名前変えられちゃったのよ」


「いいえっ! とってもカッコいいと思います!」


「あ、ああ、そう? どうもね」


 ディートは少し照れくさそうにグラスの中身をあおり、ふう、と一息つく。


(『攻撃』なら何でも吸収して、好きなタイミングで吐き出せる神具アイテムか……こいつは俺様も面白えと思うぜ。あと、名前がイかしてやがる)


 僕は心の中で懐のアイディに全力で同意する。


「はは、まあこうやって早めに吐き出してやらないと後が大変なんだけどね」


 最後の一個を吸収したときから比べて、ガントレットの輝きはかなり暗くなった気がする。


「じゃあ、最後の一発はちょっと大きいのでいくか!」


 人々を苦しめるはずだった爆弾魔法が、こうしてちょっとだけカタチを変えただけで、人々を勇気づける光となる。

 あのテロリストたちも、やり方さえ違えば、誰かを笑顔にできたのかもしれない。


「『放出フライゲーベン:3《ドライ》』!」


 青年の詠唱と共に、大きな光の玉が夜空へ昇る。

 弾けた瞬間、エムリアの街全体を昼間のように照らし出し、七色の流星となって降り注いだ。


 ――たとえ一瞬だけだったとしても、間違いなく輝いていた。

 そんな風に語られるような人間でいたい。

 夜空を見上げながら、改めてそう思う。


 ……なんてことを考えていると、後ろから拍手と歓声が上がった。


「素晴らしいですわ! わたくし、感動いたしました!」


「ははは。セルフィナ嬢にお喜び頂けて、コイツもきっと喜んでいることでしょう」


 そういって左腕のガントレットをこんこん、とノックすると先端の口のようになっている部分からプシュー、と蒸気のような排熱が漏れ出した。


「しかしまあ、偶然にしても出来過ぎ、ってやつですなあ」


「ほんとほんとー、まさか部屋がブッキングしてて、しかもそのお相手が侯爵令嬢ご一行だったなんてねー」


 ディートとリゼ、そしてセルフィナの3人がテーブルを挟んで和やかに話をしている。

 その脇で給仕に勤しむカーラとミア。

 テーブルの上には豪勢な食べ物や飲み物がこれでもか、と乗っかっている。

 ルミルはすっかりお腹がいっぱいになって、一足先に夢の世界に行ってしまった。


「それで……お二人はSランクなんですよね?」


 僕は三人の話が一段落したタイミングを見計らって、気になっていたことを切り出してみた。


「そうだよ?」


「ああ、お兄。ロイドさんはきっと例の事情知ってるんだよ」


 リゼがサンドイッチを頬張りながら補足する。


「なるほど、そういうことね。まあ、セルフィナ嬢の護衛ならそりゃ知ってるか」


 僕はゆっくりと頷いた。

 この国ではSSランクとSランクの神具アイテムには厳しい使用制限が課せられている。

 なのに今日の二人は人目もはばからず、それこそ街中で堂々と力を使っていた。

 緊急時だけにいちいち聞きはしなかったけど、それがどうしても不思議だったのだ。


「ヒーロー君、それはね。僕たちは軍人だからさ」


「軍人、ですか」


「お兄、それじゃ分かんないでしょ。ごめんねーロイドさん、お兄はこうやって言葉足らずにカッコつけるのが好きみたいでさー。アゴ割れてるくせに」


「何言ってんの、このアゴがいいんじゃないの」


「はいはい。わかったから。もう少し分かりやすく説明しなさい。以上」


「はああ、まったく、出来のいい妹を持つと大変だよ」


 といいつつ、相変わらず余裕の笑みは崩さない。

 この人も感情にまかせて怒鳴り散らすことなんてあるんだろうか。想像できない。


「えーとね。僕らにはルールっていうか特権があるのよ。『国民の生命が脅かされていて、神具アイテムを使用することでそれらを回避できる場合、許可なく行使できるものとする』ってのがね」


「え、そんなのがあるんですか!?」


「うん。だって、敵が国境を攻めてきてヤバい! ってときにいちいち王都へ手紙を出して『許可くださーい』なんてやってられないでしょー?」


「まあ、たしかに」


 国防の要である国境警備隊にまで制限をかけていては、国が滅びてしまう。

 だから特例として、「事後承諾」での使用が認められているということか。


「でも、危ないときに自分の意志で使えるのは良いですね」


 先日のオーギル襲撃の際に、もしセルフィナが最初から参戦できていれば、戦況はもっと早く好転していたはずだ。

 もしかしたら、ミネルバだってあんなことにはならなかったかもしれない。


「まあ、危ない仕事だし自由もないし。一部の人らには『王国派の忠実な番犬』とか言われるしで、そんなに良いものではないけどね」


 ディートはそう言って肩をすくめると、空になったグラスを置いた。

 その横顔には、飄々とした態度の裏にある、Sランクとしての苦労が少しだけ滲んで見えた気がした。


「――っと、湿っぽい話はここまでにしようか。せっかくの美酒と美女が台無しだ」


 ディートはパンと手を叩いて空気を変えると、改めてセルフィナに向き直った。


「それよりセルフィナ嬢。今回は本当に悪かったね。ホテルの手違いとはいえ、俺たちが貴女の部屋を横取りしちまった形だ」


「兄の浪費癖のせいで安い宿を探していたんですが、何がどうなってこうなったのか、いつの間にかここに泊まることになってしまって。図々しく居座ってしまい申し訳ありません」


 リゼが深々と頭を下げる。


「お気になさらないでくださいな。おかげでこうして、素敵な花火も見られましたし」


 セルフィナは優雅に微笑み、提案する。


「それよりも、お二人は王都での滞在先はお決まりでして?」


「いやー、それがねえ。軍の宿舎はむさ苦しいし、かと言って高級宿に泊まる金もないし、どっかのボロ小屋でも借りて生活しようかなと」


「お兄が行く町行く町でムダ遣いするのが悪いんでしょ!」


「いやあ面目ない。殺風景さっぷうけいな北のながめから解放されたもんで、つい、ね」


「ふふふ。でしたら、我がエドール家の別邸にいらっしゃいませんか?」


「え、いいんですか?」


「ええ。命の恩人ですもの。部屋は余っておりますし、歓迎いたしますわ」


「やった! お兄よくやった! 今回だけはめてやる!」


「リゼちゃーん、今回だけって……。いやでも、本当に感謝するよ、セルフィナ嬢。地獄に仏、いや女神だね」


 二人は顔を見合わせて喜んでいる。Sランクとは思えない庶民的な反応に、僕もつい笑ってしまった。


「では、明日は馬車をご用意いたしますわ。せひご一緒に――」


「――いえ。それは遠慮させてください、セルフィナ様」


 ディートが片手を挙げて、セルフィナの誘いをさえぎった。


「え? どうしてですか?」


 思わず、反射的に聞いてしまう。

 僕も彼らには聞きたいことが山ほどあった。

 何よりも、あの神具アイテムと能力名のセンスが……僕が年齢とともに失った『何か』を蘇らせるような気がしてならないのだ。

 あれを、もっと間近で見てみたい。


 ――そんな僕の身勝手な欲望を、ディートはさらりと受け流した。


「今は、神から与えられたほんのわずかな自由時間だからね。なら、可愛い妹とデートしながらのんびり歩いて行きたい気分なのさ」


「……うわ、寒っ。何言ってんのこのバカ兄」


 リゼが即座にジト目を向けるが、ディートは気にしない。


「それに、俺たちは軍属だ。一介の軍人が大貴族の馬車に同乗して関所を通ると、後々セルフィナ嬢に変な噂が立っちまうかもしれないからね」


 ……なるほど。

 前半のキザな台詞は冗談めかしていたけれど、本音はそっちか。

 彼は彼なりに、立場あるセルフィナのことを気遣きづかってくれているんだ。


「……承知いたしました。では、白亜宮はくあきゅうにてお会いいたしましょう」


「ええ。――じゃ、そろそろおいとましようか、リゼ」


「えっ、もう!?」


 リゼがテーブルの上に残ったたくさんの料理に目をやった。

 それを察したカーラがすかさず口を開く。


「こちらはお二人のお部屋にお運びいたします。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」


「ほんとですか!? お兄、凄いよ! これが貴族なんだよ! 没落ぼつらくしたウチとは大違いだよ!」


「こら、リゼ。余計なことは言うもんじゃない」


「あー、ごめんごめん」


 珍しく兄にたしなめられたリゼは恥ずかしそうに頭を掻いていた。

 でもすぐに、さっきまでの調子を取り戻す。


「じゃ、私達は部屋に戻りますね! お兄のイビキがうるさかったら遠慮なく言ってください! 私の『幽霊の略奪(ガイスター・ラウプ)』で顔をグルグル巻きにしちゃいますから!」


「そんなことしたら死んじゃうよ!」


 北方警備隊所属の兄妹はそんなことを言いながら、テラスから繋がる二人の部屋へと戻っていった。


 兄、ディートリッヒ・フォン・アイゼンベルク少尉。

 妹、リーゼロッテ・フォン・アイゼンベルク准尉。

 共に神具アイテムランクは『S』。


「……さて。僕たちも休みましょうか」


 その緑色の二つの背中を見送りながら、僕は大きく伸びをした。

 椅子の上で体を丸めているルミルを抱きかかえ、自分の部屋へと足を向ける。


「そうですわね。ロイド、今日は本当にご苦労様でした」


「セルフィナも。無理しないでね」


「ええ。おやすみなさい」


「いい夜を」


 こうして、エムリアでの長い一日は終わった。

 明日はいよいよ、王都『エル・ガルド』へ。


 そこで僕たちを待つものが何なのかは分からないけれど――

 僕たちなら、きっと大丈夫。


 僕は夜風に吹かれながら、腕の中で眠る温もりを確かめるようにそっと撫でた。


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!

本作を少しでも面白い・続きが読みたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆をタップ、ブックマークへの追加をして頂けますとモチベーションが10倍になります!

あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。

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