第46話 衛星都市エムリアの騒乱(後編)
そこからは、時間との勝負だった。
僕がナビで方向を示し、軍服の青年が爆弾の元へ走る。
広場のベンチの下、街灯の裏、ゴミ箱の中。
あちこちで発見される不気味な脈動を続ける魔法爆弾。
それを青年は躊躇いなくガントレットで掴み、そして――
「――『吸収」
と、唱えるとそのたびに爆弾はシュンと吸い込まれ、ガントレットが輝きを増していく。
Aランク相当と思われる『自分本位な爆弾』は物理的な衝撃や魔力干渉で即起爆する厄介な代物だが、彼の神具の前では無力だった。
「何度見てもすごいですね、それ……」
「へへっ、照れるじゃないの。もっと褒めてもいいんだぜ?」
そう言って青年は飄々《ひょうひょう》と笑う。
軍服を着ているということは、この町の衛兵だろうか。
その手際の良さは惚れ惚れするほどで、タブレットの示す矢印マークが次々に消滅していく。
「ヒーロー君、あといくつだい?」
「あと1個です! あっちです! 頑張りましょう!」
僕は最後の一つに向け、再び足を動かし始める。
後ろでは、息を切らせた青年の「うひー、やっぱリゼの言うとおり少しは鍛えておきゃーよかったかなあ」とかそんな感じの独り言が聞こえてきていた。
*
「まさか。ここに!?」
「マジかよ……」
僕だけでなく、軍服の青年も驚いていた。
最後の一個の場所、それは……僕たちが泊まる予定の、あのホテルだった。
「いや、ここは金持ちの象徴みたいな建物だもんなあ。あり得る話か」
だが、すぐに納得したようなことを言って、そしてこっちに向き直る。
「ヒーロー君。案内ありがとね。ここまでで大丈夫だよ」
たかが一個だとしても、リスクがあるなら一緒に行く必要はない、そういう話だろう。
だけど――
「いえ、僕も行きます。ここには僕の……」
彼女たちとルミルは……僕の、何だろうか。
「ここには、僕の大切な存在がいるんです」
考えている時間が惜しいので、ひとまずは仮に、そんな風に定義しておいた。
「オーケー少年。じゃあ、最後まで一緒に頑張ろうか」
青年は、にいっと笑うとホテル入り口の両開きのドアに右手を掛ける。
「はい!」
その隣、僕は左手でドアを開いていく。
入り口から一歩踏み込むと、視界に入って来たのは記憶に新しい、だだっ広いロビーフロアだった。
豪華な調度品に赤い絨毯、天井は吹き抜けになっていて、10メートル以上の高さがある。
そこに吊るされている巨大なシャンデリアの光は、そろそろ夕闇に染まろうとする時間帯でも関係なく室内に煌めきをもたらしていた。
ソファに腰掛ける上質そうな宿泊客、落ち着いた立ち振る舞いで接客をする使用人たち。
そんな場所にいきなり入ってきたのは薄汚れた男二人。
何事か、と視線が一斉にこちらを向く。
この状況に一瞬固まりかけた僕の前に、隣にいた青年が一歩踏み出し、ジェスチャーを交えながら話し始めた。
「あー皆さん。私は王国軍に所属するディートリッヒ・フォン・アイゼンベルク少尉であります」
「軍人さん?」
ロビーが少しざわめく。
そういえば、僕も彼の名前を聞いていなかった、と今になって気付く。
しかも、衛兵ではなく軍人さんだったとは。
「実は、このホテルに魔法爆弾が仕掛けられていることが判明しました」
ざわめきがどよめきに変わる。
「今から解除作業を行います。念のためロビーからは避難をお願いできますでしょうか」
*
「いやあ、ヒーロー君が支配人さんと知り合いで助かったよ。俺の恰好じゃ信用されないところだった」
「いえ、たまたまですよ」
あのあと、「怪しい。何かを企んでいるのでは?」という疑念から話がこじれそうになったのだけど、僕のことを覚えてくれていた支配人が身元を保証してくれたお陰で、うまく避難させることができた。
「しっかし、見つからないねえ」
「そうですねえ。怪しいところはほとんど見たと思うんですけど」
壺の中、収納の引き出し、ゴミ箱、カーペットも剥がしてみたけど、例の白く点滅する光はどこにも見当たらなかった。
そんなとき。
「あーっ! ロイ! そんなとこでなにしてんだよ!」
上空から聞き慣れた誰かの声がする。
見上げると、そこにいたのはやはり――
「ミア」
「み、ミアじゃねーよっ! 勝手に出て行ったっきり戻りもしねーで! あ、アタシ、ろ、ロイになんかあったんじゃねーか、って、し、しんぱ――」
吹き抜けになっている3階――
つまり、エドール家の名で貸し切ったフロアの手すりから話すミアの声は、途中から耳に入らなくなってしまった。
「ディートリッヒさん」
「長いからディートでいいよ」
「はい。ディートさん」
「うん」
「「やっと、見つけた」」
*
「よりによって……あんなところに」
吹き抜けの天井から吊り下げられた、巨大なクリスタルシャンデリア。
その中心で、白い光が激しく明滅している。
(あー。ありゃあヤバいな。シャンデリアに触っただけでドカン! だろうな)
アイディの冷静な分析が焦燥感をかき立てる。
(マスター、もう恐らく5分も持ちません。避難を強く推奨しますです)
「あの段階まで行かないと気づけないようにしてたんだろうね」
ミアに出した指示通り、3人の少女が階段から降りてきた。
「ロイド。ここにも爆弾があるというのは本当ですの?」
「ロイ、さっきアタシのこと無視しただろ、なあ、おい!」
僕は何も返さず、天井で脈動する不気味な爆弾を指差して短く指示を出す。
「みんな、ここは危ないんだ。今すぐに外に避難して」
「で、ですが、その」
カーラが何事かを言いよどむ。
「どうしたの?」
「そ、その、実はルミルちゃんの姿が見えないのです……」
「何だって!?」
「その、セルフィナ様がお戻りになられた際に少し慌ててしまいまして……」
防御していたとはいえあの爆音と閃光だ。
しばらくは回復できなかっただろうし、主がそんなことになれば冷静でいられないのも当然だろう。
「気がついたらいなくなっててさ。ほんとだぞ」
「きっと、ロイドがいないことに気付いて探しにいったのでしょう」
「……くそぉっ!」
僕は奥歯を噛みしめる。
小人に足場を作らせる時間もない。僕には爆弾を解除するスキルもない。
いや、後悔している暇もないんだ。
「ルミルーッ!」
いくら呼びかけても「きゅー」という鳴き声は聞こえてこない。
(マスター、残り60秒です)
「……みんな、ここを出よう」
「ロイ……」
「ほら、行きますわよ! 急いで!」
僕の出した結論は、非常に合理的なものだった。
無茶なギャンブルをして全てを失うより、確実な生き残りを選ぶ。
ただ、それだけ。
噛みしめた唇から、血のような味がしたけど、きっと気のせいだ。
「ヒーロー君、君は立派だ」
ディートの言葉とともに、僕は出口に体を向ける。
(30、29、28……)
ヘルプの正確なカウントダウンが進む。
大丈夫、まだルミルがここに残っていると決まったわけじゃない。
そう願う願望と、僕の匂いを探して辿り着いたリュックの中で、泣き疲れて眠っているルミルのイメージが重なって……どうしても一歩を踏み出せない。
――いや、だめだ、ここを出ないと!
と、強く思った、その時。
バーン!
ホテルの出口、つまり外から見れば入り口のドアが勢いよく開いたのだ。
「――お兄!」
そこには、ディートさんと同じ緑の軍服を着た少女が立っていた。
茶色の髪をポニーテールに結い、青い瞳が意志の強さを物語っている。
その右手には、兄とは対になるようなガントレットが――
「――リゼッ!」
ディートはそれ以上何も言わず、ただ真上を指差すだけだった。
でも、それだけで十分らしい。
「おーけー!」
二人はシャンデリアの真下へと走る。
「ロイド君、下がってな!」
ディートが僕を制する。
リゼと呼ばれた少女が、右手を頭上にかざした。
「『強制徴収』っ!」
彼女のガントレットから、半透明の布のようなものが射出された。
それは幽霊のようにシャンデリアのガラス細工を『すり抜け』、内部の魔法爆弾だけをふわりと包み込む。
「えっ……すり抜けた!?」
「せぇのっ!」
リゼが腕を引く。
布に包まれた爆弾が、物理法則を無視してシャンデリアを透過し、彼女の手元へと引き寄せられていく。
だが。
シャンデリアを通過した直後、爆弾が限界を超えて膨張し、強烈な閃光を放ち始めた。
「しまっ――! 起爆する!」
この距離じゃ、3人ともホテルごと吹き飛ぶぞ!
「あぶない!」
僕が叫んだ瞬間、ディートが妹の前に割り込んだ。
「支配人さーん。俺、弁償する金ないからさあ、今のうち謝っとくねー!」
彼はニカッと笑い、左手のガントレットを床に叩きつけた。
「『放出:1!』」
ドォンッ!
ディートが詠唱した瞬間、ガントレットが爆発した。
その反動を利用した彼の体は、勢いよく垂直に飛び上がる。
目指すは、頭上で爆発寸前の光の塊。
「食らえ、俺の特大の愛をォォッ!」
彼は左手を大きく広げ、光の中へと突っ込んでいった。
「吸収最愛っ!!」
カッ――――!
視界が真っ白に染まる。
音すらも置き去りにするような、圧倒的な光がホテルのロビーを包み込んだ。
*
……やがて、光が収まる。
恐る恐る目を開けると、ホテルは無事だった。(ディートが爆発で空けた穴以外)
シャンデリアにも、客室にも、爆発の痕跡は何もない。
ただ、床の上で一人の男がのたうち回っている――それだけだった。
「あんなにカッコつけて着地失敗するとか、お兄ダッサ」
うつ伏せで倒れているディートと、呆れた顔で彼を見下ろしているリゼ。
どうやら、空中で爆発を全て吸収した後、着地に失敗して派手に落ちたらしい。
「いやーもう、最後の力加減を間違っちゃってさあ」
「言い訳しないの。ほら、立って」
妹のリゼの手を借りて立ち上がろうとしていたディートのところに、僕も慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「おお、ヒーロー君。無事かい?」
ディートは腰をさすりながら立ち上がった。
「本当に、ありがとうございました。あなたたちがいなかったら……」
僕の言葉に、ディートははぁーあ、と大げさなため息をつく。
「ヒーロー君。君の名前は?」
「……ロイド。ロイド・アンデールです」
「おーけーロイドくん。いいかい、こういうときはね、こうするのさ」
ディートは僕の右腕を取り、手を挙げさせた。
そしてその手を――
パチーン!
とディートの手が叩いてきた。
「あ、わたしもー」
続けてリゼも、パチーン。
そしてディートとリゼで、パチーン。
「どうだ、良い感じだろ?」
「うん。これ、いいね!」
無言での『やってやったな!』感がたまらない。今度は僕たちの中でも流行らそう。
――と、そんなことを考えていたら、出口の方から声が。
「な、なあ。もう、大丈夫なのか?」
そこにあったのは、扉から半分だけ出ていたミアの顔だった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。




