第44話 衛星都市エムリアの騒乱(前編)
僕たちを乗せた馬車は街道を順調に進んだ。
オーギルを出発して6日目、到着したのは王都への最終中継地点である商業都市、『エムリア』。
「……すごい人の数だなあ」
窓の外を見て、僕は思わず声を漏らした。
「でもさ、なーんかバタバタしてるよな、ここも」
「やはり、あのウワサ話のせいでしょうか」
――国家転覆を狙う犯罪組織の活動が活発になっているららしい。
――そいつらは千を越える魔物を操り、町を襲うらしい。
――オーギルでは王国補佐官が狙われ、護衛に付いていたSSランク持ちが大ケガをしたらしい。
――連中は、神の僕というらしい。
――政治結社のような組織で、仲間が国中にたくさんいるらしい。
――既に滅ぼされた町もあるらしい。
――そして、次はいよいよ王都へ攻撃を仕掛けるらしい。
――らしい。――らしい。――らしい。
シエヌでは『本当』の中に『大げさな表現』が混じっていた程度だったものが、王都に近づくほど段々と真偽不明の情報が混ざりだしていく。
(恐怖ってもんは簡単にパニックを引き起こすからなあ)
退屈に耐えきれなくなったのか、アイディがタブレットから飛び出してきた。
最近はこうして外に出てくる頻度が増えた気がする。
「わ。アイディくん。こんにちは」
(おう、櫛のねーちゃん。何度も言ってるが、『くん』はやめてくれや。むずがゆくてよ)
「ごめんなさい。でも、それは譲れないの」
(はあ。さいですかー)
「アイディ、どうしたの」
(いや、ヒマだったからよ、チビと遊んでやろうかと思ってよ)
「あー。でも、寝てるみたい」
ルミルは指定席の僕の膝の上できゅー、きゅー、と寝息を立てていた。
(んだよ、俺様がせっかく出てきてやったのによー)
「ふふ、じゃあ、わたしと遊びましょうか?」
ずずいっ、とプレッシャーを掛けながらカーラがアイディに迫っていく。
(あ、ああ! そうだ、そういや用事を思い出したぜ! じゃあな!)
そう言うとアイディはタブレットの中に素早く飛び込んでしまった。
「ああん、もう」
残念そうなカーラ。
怖くてあまり聞けていないのだけど、アイディに対する態度だけが違うのはなぜなんだろう……。
「あ、そういえばさ、今日ってホテル? っていうところに泊まるんだよね」
僕はとりあえず適当に話題を変えておくことにした。
「はい。宿屋とはあらゆる面でグレードの違う宿泊施設ですよ」
「へえ。それをひとフロア全部でしょ? すごいよねえ」
「その程度、大したことではありませんわ。国賓クラスになれば建物ごと貸し切り、ということも珍しくありませんもの」
余りにスケールの違う話に、僕は「はえー」と間抜けな声を漏らすことしかできなかった。
セルフィナはこれ以上ないくらい『貴族』な人だけど、『無駄遣い』を嫌う。
少なくとも、見栄のために大金を捨てるような真似はしない。
これには、きちんとした理由がある。
「お嬢様、アタシのワガママ聞いてくれて、本当にありがとうございました」
ミアが頭を下げる。
他の町の宿屋で、いつものように部屋に運びこもうとしたミネルバの姿を好奇の目で見られたのが許せなかったらしく、ちょっとした騒動を起こしてしまったのだ。
あのときは結局野宿になったもんなあ。この時期はまだ寒かったよ、外は。
「構いませんわ。わたくしもあのような侮辱は二度と聞きたくありませんもの」
セルフィナはいつものように平然と、涼やかに答える。
……本当に余計なお世話なんだろうけど、エドール家はこの覇王少女を跡取りにした方が良いような気がしてならない。
「お、あれかな、ホテルって」
そうこうしている間に、高くそびえる建物が見えてきた。
「うっわ、でっか!」
5階……いや、6階?
今まで見たことのない大きな建物に思わずテンションが上がってしまう。
そして、そんな僕を、他の3人は微笑ましいものを見ているような目をしていた。
……しょうがないだろ、デカいものが嫌いな男はいないんだから。
と、まあ、そのあたりのやりとりはともかく。
ホテルに到着した僕たちに降りかかってきたのは想定外のトラブルだった。
「も、申し訳ございません! 本当に、何とお詫びすればよいか……!」
ホテルのロビーに到着するなり、滝のような汗を流した支配人から平謝りが始まったのだ。
どうやら、予約したフロアの一室に飛び込みの客を入れてしまったらしい。
支配人の横に立つ、使用人の少女は顔が真っ青で完全に縮み上がってしまっている。
「この者には厳しい処分をしておきますので……」
「およしなさいな。その程度のことで」
「し、しかし」
「ほら、あなたはお行きなさい。次は同じことを繰り返さないよう」
「は、はいっ!」
「……ほら、セルフィナ様が御慈悲をくださっているのだ、お前は下がりなさい」
支配人に促され、少女は最後にもう一度謝罪の言葉を口にしてバックヤードに下がっていった。
それを見届けて、カーラが口を開く。
「わが主はそう申し上げておりますが、エドール家としては軽々に認めるわけにはいきません」
「そうだよ。護衛からしてもワケ分かんねー奴が紛れ込むのは困るぜ」
「どんな方なんでしょうか」
僕が尋ねると、支配人は困ったように頭を掻いた。
「はあ……。男女のお二人連れでして」
「旅行者の方ですか?」
「あ、いえ、その余り身元に関わることは、その」
まあ、お客のことをペラペラ話すはずがないか。
逆に僕たちのことを外に話すような施設ならどんなに立派でも泊まる気にならないし。
「今はどちらに?」
「確か、町の西側にある『鐘の広場』を観光すると仰っていました」
部屋にいてくれれば話が早かったんだけどな。
探しに行ったところで顔を見ても分からないし、とりあえずここで待つしかないか――
僕ら4人はそれぞれ顔を見合わせ、そんな空気が固まりかけた、その時だった。
――ドォォォォォォンッ!
腹に響くような重低音と共に、ロビーの巨大なガラス窓がビリビリと震えた。
天井のシャンデリアが激しく揺れ、悲鳴が上がる。
「なっ!?」
音の発生源は――西の方角か?
外から、人々の叫び声が聞こえてくる。
「助けてくれー!」「爆発だー!」という切迫した声。子供の泣き声。
「行きますわよ!」
言うが早いか、セルフィナがドレスの裾を翻して駆け出した。
「ちょ、セルフィナ!」
僕は慌てて後を追いながら後ろを振り返り、指示を飛ばす。
「ミア! カーラとルミルを頼む! 部屋で待機してて!」
「えっ、あ、ちょっ! ロイ!?」
ミアの返事も聞かず、僕もセルフィナの後を追って飛び出した。
セルフィナはこんなとき、脇目も振らずに動く。
その姿こそ彼女だと思うし、そしてそれは友人としてとても誇らしく思う。
とはいえ、護衛としては彼女の肌に傷一つ付けるわけにはいかない。
僕はアイディにこの状況に有効そうなプログラムを準備するよう指示していく。
(ったく、おめーらは次から次へとよくもまあ揉め事に巻き込まれるもんだぜ!)
「まったくだ!」
そう言って、更に強く舗装された石畳を蹴る。
セルフィナの背中はもう、すぐそこまで迫っていた――
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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