第43話 箱の中の真実
宿の裏手、使用人用の馬車止めスペース。
夜の冷気の中、僕は一人――いや、一人と2体で、荷台の木箱と向き合っていた。
「……さて。と」
僕は鍵を開け、重い蓋を持ち上げた。
中には、不自然な姿勢で固まったままのヘクターが収まっている。
元々は固着カメラで首から上だけは動く状態で屋敷の地下牢に放り込んでいたのだが、荷台から妙な声が聞こえるのはマズい。
この旅に出る際に『全身完全固定』に切り替えざるを得なかったのだ。
(うわ……。ひでえ絵面だな、おい)
懐から飛び出したアイディが、箱の中を覗き込んで露骨に顔をしかめる。
(10メートルから落ちて、骨折れたまま固定されてんだろ? いたそー)
(マスター。バイタルが低下しています。固定を解除すれば、ショック死の可能性もありますですよ)
ヘルプも淡々と、しかし心配そうに警告する。
「死なれたら困るな。話を聞かなきゃいけない」
僕はポーションの小瓶を準備し、タブレットを操作した。
「……解除」
パシャリ、というシャッター音の直後――
「ギッ、アアアアアアアアアッ!!」
静寂を切り裂く絶叫が響いた。
時間が動き出した瞬間、先送りになっていた激痛が一気に彼を襲ったのだ。
「い、でぇ! 腕が、足がぁッ!」
箱の中でのたうち回ろうとするが、折れた骨がそれを許さない。
ヘクターは泡を吹いて白目を剥きかけた。
「ほら、飲め」
僕はすかさずポーションを口に突っ込み、無理やり流し込んだ。
完治はさせない。死なない程度に、意識を保てる程度に回復させる。
「げほっ、ごほっ……! はぁ、はぁ……」
荒い呼吸を繰り返すヘクター。
脂汗が滝のように流れ落ちている。
彼は焦点の定まらない目で僕を見た。
「……テメエ……」
「一日ぶり。……さて、ヘクター。話してもらおうか」
僕は箱の隅に固定されている、禍々しい赤黒い剣――『想具』を指差した。
「あいつは何だ? お前たちに何があった?」
ヘクターの視線が剣に向く。
一瞬、動揺が走ったように見えたが、すぐに鼻で笑った。
「……知るかよ」
「とぼけるな。スレイアとトイーアはどうなった」
「知らねえっつってんだろ! あいつらは勝手にくたばったんだよ! 役立たずどもが!」
ヘクターは唾を吐き捨てた。
嘘をついているようには見えない。だが、真実を語っているようにも見えない。
ただひたすらに、僕との対話を拒絶している。
(……チッ。こいつ、口を割る気はねえな)
アイディが不快そうに言う。
(面倒くせえ野郎だ、お前、どんだけコイツに嫌われてんだよ)
「そんなの、こっちが聞きたいくらいだよ」
これ以上問いただしても無駄だ。
彼は、僕という人間に屈することを何よりも嫌悪している。
なら、別の方法で事実を確かめるしかない。
(マスター。ひとつ、役に立ちそうなアプリがありますです)
ヘルプが画面の中から提案する。
(ランク1で解放された新機能、『周辺ログ解析』です)
「ログ解析……?」
(はい。物体に残った強い魔力の痕跡から、過去の音声を復元する機能です)
(要するに、あの時なにがあったのか、音で聞ける機能ってこった)
(あの男――エディミルという男の話が事実であれば魂を素材にしているようです)
ヘルプはしかめっ面で続ける。
(で、あれば。形成時のデータが焼き付いているかもしれませんです)
「なるほど。本人が喋らないなら、物証に聞けばいいってわけか」
僕はタブレットを操作し、『ツール』フォルダを開く。
「な、何をしやがる……」
ヘクターが怪訝な顔をする。
僕は構わず、タブレットを赤黒い剣へと向けた。
「『周辺ログ解析』……起動」
画面上にノイズ混じりの波形が表示される。
僕はスライダーを動かし、時間を遡らせていく。
剣が作られる直前、あの戦場での会話へ。
ザザッ……。
『……おい、見ろよ。あいつ、怪しくねえか?』
ノイズの向こうから、ヘクターの声が聞こえてきた。
『灰色の……亜人か? もしかしたら、アレが今回の騒ぎのボスかもしれねえ』
『どうするの、ヘクター?』
『決まってんだろ。やっちまえば俺たちの手柄だ。オーガを見て逃げ帰ったなんて言わせねえぞ』
明確な、彼らの意思。
そして、ヘクターの冷酷な指示が続く。
『トイーア、スレイア。遠距離からやれ。当たればラッキー、外れても「ボスを追い払った」って言える』
『了解だ』『オッケー』
ヒュンッ! ボウッ!
矢と火球が放たれる音。
直後――
シュンッ!
風を切るような、鋭い音が響いた。
魔法の防御や反射じゃない。恐らくこれは――純粋な速度による回避音、か?
『え……? きえ……』
ドスッ。ドスッ。
『がはっ……』『ひゅ……』
二つの、重いものが倒れる音。
一瞬だ。
矢と魔法を紙一重でかわし、超高速で距離を詰め、心臓を一突きにしたのか。
『あーあ。バッテリー無駄にしちゃった』
あの男――エディミルの軽い声。
まるで虫でも払ったかのような気安さ。
(……なるほどな。魔法障壁や反射みたいな高負荷な処理は積んでねえのか。あくまで物理演算でゴリ押したってわけね)
アイディが冷静に分析する。
そして、ログは続く。
『あ、あああ、ああ』
ヘクターのうめくような絶望の声。
『え? キミはやらないの? この二人、仲間なんでしょ? もう死んじゃうよ?』
『た、たすけ』
『ふーん、はいはい、なるほどねー。君たち、随分と歪んでるねー。想具にしたらさぞ醜いのができそうだ』
『た、頼む、命だけは』
『んー。ボクは別に人殺しが好きなわけじゃないんだけどなあ。降りかかる火の粉は振り払うけどね』
『そんなことよりさ、キミ、ロイド君ってのにものすごい恨み抱えてるんでしょ』
『な、どうしてそれを……』
『彼らが教えてくれたよ? ロイドのせいだ、アイツを殺す、ってログがびっしり! もうびっくりしちゃった』
『ろ、ろぐ……?』
『ああ、ごめんごめん。言ってもわかんないよね。あ、そうだ。それならボクが力を貸してあげよっか?』
『いったい、何を』
『君の持ってるその神具を、究極に強くしてあげる』
『ご、ゴミだと……?』
『うん。そんなの、ただ刃が欠けないってだけで威力は人具よりマシな程度のものじゃないの』
『う……』
『さあ、どうする? NOなら二人の魂は元に戻してあげるよ。少なくとも、ヒトとして死ねる』
エディミルの声は重ねて問う。
『ねえ、どうするの?』
『お、俺は――』
明確な、取引の提案。
そして、その直後に聞こえてきたのは――
『……い、YES、だ』
震える、けれどハッキリとしたヘクターの声だった。
『お? いいの? 仲間なんでしょ?』
『うるせえ……うるせえ! どうせこいつらは、俺がいなきゃ何もできねえんだ!』
音声データから、ヘクターの逆上した声が再生される。
『俺のために死ねるなら本望だろうが! 力をよこせ! あの『不明』野郎を見下せる力を、俺によこせェッ!』
――プツン。
そこで音声は途切れた。
シン、と静まり返る夜の裏庭。
僕はゆっくりと視線をヘクターに戻した。
「……これが、あの時の会話か」
「…………」
ヘクターは俯いている。
言い逃れようのない証拠。自分の醜悪な本性が、機械的な音声で再生されたのだ。
泣き崩れるか? 謝罪するか?
いや、違った。
「……く、くく……」
肩が震えている。
笑っていた。
「はは……ははははっ! そうだよ! 俺がやったんだよ! 文句あるか!」
ヘクターは顔を上げ、血走った目で僕を睨みつけた。
そこには、一欠片の反省も後悔もない。あるのは、ドス黒い開き直りだけだ。
「俺は選んだんだよ! あいつらを助けることよりも、テメエをぶっ殺す力をな!」
「……仲間の命よりも、僕への憎しみを取ったってことか」
「当たり前だろ! テメエみたいなゴミの下に立つくらいなら、悪魔に魂売った方がマシなんだよォッ!」
口の端から血が垂れる。
強く噛み締めすぎた歯茎が裂けたのだろう。
それでも彼は、痛みを快楽に変えるかのように叫び続ける。
「へっ……ざまあみろ。俺は後悔なんかしてねえぞ。あいつらだって、俺の一部になれて喜んでらぁ!」
(……うわぁ。こいつ、完全にイッちゃってんな)
アイディが心底嫌そうな顔をする。
(ここまで腐ってると、逆に清々しいくらいだぜ)
僕もそう思う。
こいつはもう、僕が知っているヘクターじゃない。
劣等感と憎悪で自分を塗り固めた、別の生き物だ。
説得も、断罪も、今の彼には届かない。
「……そうか。分かったよ」
僕は『解析』を終了し、再び『固着カメラ』を起動する。
「お前が何を思おうと勝手だ。でも、事実は記録された」
僕は冷ややかに彼を見下ろす。
「殺せよ……! 中途半端な情けかけてんじゃねえぞ、偽善者がぁっ!」
純粋な殺意に満ちた獣の咆哮。
「いつか、絶対に殺してやる……! この首が繋がっている限り、俺はテメエを……ッ!」
それを遮るように、僕はシャッターを切った。
――パシャリ。
憎悪に顔を歪め、口から血を流した鬼のような形相のまま、ヘクターの時間が再び凍りつく。
静寂が戻った。
「……行こう」
僕は箱の蓋を閉じ、鍵を掛けた。
重い溜息が出る。
彼は最後まで、僕に頭を下げなかった。
その歪んだ強情さは、ある意味で「人間らしい」のかもしれない。
エディミルという規格外の存在に触れてもなお、悪意という形で個を保ち続けた執念。
それは、僕たちがこれから立ち向かう敵にとって、計算外のノイズになるかもしれない。
僕は震える手を握りしめ、屋敷へと戻った。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。




