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第42話 月夜の誓い

 屋敷に戻ると、すっかり日も落ちて夜になっていた。

 夕食を済ませ、それぞれの部屋でくつろぎ始めた頃。

 僕の部屋のドアがノックされた。


「……ちょっといいか」


 入ってきたのはミアだった。

 手には大きなタオルと、洗面器を持っている。


「どうした?」


「あのさ……ちょっと手伝ってほしいんだ。ミナ姉を……バスルームに運びたくてさ」


 ミネルバは依然として昏睡状態のままだ。

 ミアにとって、彼女は敬愛する先輩であり、姉のような存在。

 甲斐甲斐かいがいしく世話を焼きたい気持ちは痛いほど分かる。


「分かった。すぐに行く」


「……言っとくけど、変なとこ触んじゃねーぞ」


 ジロリ、と殺気のこもった目で睨まれる。


「触らないって! 信用ないなあ……」


「男なんて信用できるか。……まあロイなら大丈夫だろうけどさ」


 最後の一言は、ほとんど聞こえないくらいの小声だった。


 僕たちは二階の主寝室へ向かった。

 ベッドには、静かに眠るミネルバの姿がある。

 長身で筋肉質な彼女を、小柄なミアやカーラだけで運ぶのは重労働だ。

 かといって、僕が抱きかかえるのも(ミアの警告的に)問題がある。


 なら、彼らの出番だ。

 僕はタブレットを取り出し、コマンドを入力する。


「<平時モード>……搬送、実行!」


 画面からワラワラと飛び出した7人の小人たちが、ベッドの上のミネルバを取り囲む。

 彼らは「イチ、ニ、ノ、サン!」と掛け声を合わせ、ミネルバを担架に乗せるように軽々と持ち上げた。


「……もう、何でもアリだな、それ」


 ミアが呆れ半分、感心半分といった様子で呟く。

 小人たちは慎重かつ丁寧に、ミネルバをバスルームへと運んでいった。

 僕は当然、指一本触れていない。


「ありがとな。……アンタは外で待ってて」


 バタン、とバスルームの扉が閉ざされる。

 僕は扉の前の壁に背を預け、腕を組む。

 何やら話しかけているのか、くぐもった声のような音が聞こえてきた。


「……」


 盗み聞きはいけない、とは分かっているのについ聞き耳を立ててしまう。


(おい)


「あひゃあっ!」


 突然タブレットから響いた声に僕は飛び上がってしまう。

 これじゃ、『後ろ暗いことをしてました』と自分から白状しているようなものだ。


(ひゃひゃひゃ、なーにビビってんだよ、盗み聞きヤローが)


「そ、そそそ、そんな、人聞きの悪いっ!」


 小声で必死に反論する。

 そんな情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地を自ら捨てていく僕に、


(良いこと教えてやろうか。タブレットにはな、『集音機能』ってのがあるんだぜ?)


 アイディはとても魅力的……いや、悪魔的なアイディアを提供してきたのだった。


「……どうやるの?」


(ま、マスター! そんなこと、いけませんですよ!)


 僕の人道にもとる行動を、すかさず止めに入るヘルプ。


(うるせー、おめーは黙ってな!)


 だが、アイディはすかさずヘルプを羽交い締めにし、口を塞いだ。

 とんでもない絵面だった。


(おら、デスクトップの『マイク』を実行しろ)


 ここまで来たら最後まで突っ走るしかない。

 好奇心は猫をも殺す、なんて言葉がどこかの外国にはあるらしいけど、今の僕はもう止まれない。


 僕の指は、迷うことなく『マイク』と書かれたアイコンをタップしていた――



「……ごめんね、ミナ姉。こんな狭いお風呂でさ」


 タブレットから聞こえてきたのは、普段の勝気な口調とは違う、慈愛じあいに満ちた声だった。


「早く起きてよ……また稽古つけてくれよ。今度こそ一本取ってやるからさあ……」


 しゃか、しゃか、と何かがこすれるような音。


「……今日ね、あいつと一緒に賊を倒したんだ。少しはミナ姉に近づけたかな」


 ざあ、と何かを流すような音。


「あいつ、頼りない顔してるけどさ……いざって時は、すげえんだよ。私の背中、守ってくれたんだ」


 独白は続く。


「怖かったよ。目が血走っててさ。あいつら、アタシを本気で殺す気だったんだ」


 声のトーンが明らかに落ちていた。

 それだけ衝撃だったのだろう、あの『Fランク』の男が。


「でも、あいつが『任せろ』って言った時、なんか……大丈夫だって思えたんだ」


 再び、声のトーンが明るくなる。


「……へへ。悔しいけどさ。ミナ姉が認めた男なだけはあるよ」


 声は明るいのに、鼻をすするような音がした。

 もしかして、泣いているのか――


 僕はそこまで聞いたところで、『マイク』アプリを終了させた。


 天井を見上げる。


「ヘルプ、ごめんよ。君の言うとおりだった。こんなことすべきじゃなかった」


(マスター……)


(……今回は俺様が悪い。つい悪乗りしちまった)


「いいさ。だったらついでに背負えば良いんだから」


 自分でいうものなんだけど、僕はもう既にかなりのものを背負ってしまっている。

 正直、もうキャパシティに余裕はないと思っていた。だけど――


 ――残念ながらここには誓いを立てるための立会人がいない。

 なら、今回は窓から覗くあの月に誓おう。


 僕が、無事にミアとミネルバを再会させる。絶対に、だ。


 *


 しばらくして、扉が開いた。

 湯気と共に、少し目の赤いミアが出てきた。

 ミアの言葉を受け、僕は運搬プログラムを起動する。

 すぐに、新しい寝間着を着せられたミネルバが、小人たちに運ばれてきた。


 さっき買った青い香油の香りが、ふわりと漂う。

 眠っているはずのミネルバの顔は、心なしか安らいでいるように見えた。


「……終わったよ。サンキュ」


 ミアは僕と目を合わせず、ぶっきらぼうに言った。


「いいよ。気にしないで」


 ミネルバを寝室のベッドに戻し、小人たちがタブレットへ帰還する。

 部屋には、心配そうに見守っていたセルフィナとカーラもいた。


「お帰りなさい、ミア。ミネルバもさっぱりしたようですわね」


「はい、やっぱりミナ姉は美人です」


「ですが、この香りは……? 香油のようですが」


「う、うん。良い香りだろ?」


 ミネルバの髪を丁寧ていねいくしかすカーラの疑問。

 それに対してなぜか頬を染めるミア。


「ええ、とても。ですが、かなり上等なものでしょう? そんなお金、いったいどこから――」


 カーラの妙に鋭い追求が続く。


「――ろ、ロイにもらったんだよ」


「あらあ?」


 ミアに向いていた二人の視線が、今度はこっちに来た。


「な、なに、その目は。僕はミアに似合いそうだな、って思っただけだよ」


「ロイド……貴方にはアミリーさんという人がありながら……」


「いえ、お嬢様。彼のあれはきっと、パッシブスキル(てんねん)なのでしょう。無意識なのです。本人でさえも気付いておりません」


 カーラの言葉に深くうなずくセルフィナ。


「……確かに。手遅れにならなければ良いのですが」


「いえ、残念ですが、もう遅いかと。既に、彼を呼ぶ名が『ロイ』になっております」


「……え……?」


 はっとした表情で口元を押さえるミア。

 え、もしかして気付いてなかったの? 嘘だろ?


「な、なんだよ! ちょっと縮めただけだろ! 戦闘中は一秒を争うんだから! なあ、ロイ!?」


 ミアが顔を真っ赤にして早口でまくしたてる。

 必死の言い訳だ。


「あ、ああ、そうだぞ」


 というか、何が問題なのかよく分からない。

 ミアは仲の良い人の名前を省略する癖があるという話だった。

 なら、護衛チームとしても喜ばしい話のはずだろう。


「ふふ。『なあ、ロイ』ですって。ミアったら、すっかり懐いてしまって」


「なっ、懐いてねえよ!」


 僕は苦笑しながら、ミアに言った。


「まあ、呼び方なんて何でもいいよ。好きに呼んでくれ」


「……ふん。許可なんて求めてねえよ、バーカ」


 ミアはそっぽを向いたが、その耳まで赤いのは隠せていなかった。


「セルフィナ様は決して取り込まれませんよう、ご注意なさいませ」


「そうね、気をつけるわ。あの時も少し危なかったですし」


 心なしか、カーラとセルフィナの距離が遠ざかったような、そんな気がした。

 さて、夜も更けてきた。

 これ以上ここにいる理由もない。


「……それじゃ、僕はこれで」


 ふわふわして居心地の悪い空気から逃げるように、僕は部屋を出た。

 向かう先は、自室ではなく屋敷の裏手に止めた馬車。

 正確に言えば、その『荷台』だ。

 そこには、もう一人の『眠れるモノ』がいる。

 ミネルバのように大切にされることもなく、ただ荷物として運ばれてきた男が。


 気は進まないが、奴もまたエディミルを捕らえるのに必要なピースになるはずだ。

 この状況で好き嫌いや私怨にこだわってはいられない。


 覚悟を決めろ、ロイド・アンデール。

 拳や剣じゃなく、今度はこころでぶつかる番が来た、それだけだ。


 僕は夜の闇に身を沈めるように、暗がりへと足を進めた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!

本作を少しでも面白い・続きが読みたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆をタップ、ブックマークへの追加をして頂けますとモチベーションが10倍になります!

あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。

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