第41話 人類の敵
タイトルは
人類の敵
と呼んでください……!
王都への旅、初日の夕刻。
僕たちを乗せた馬車は、最初の経由地である宿場町『シエヌ』に到着した。
街道沿いにあるこの町は、普段なら物流の中継地点としてそこそこの賑わいを見せているはずだ。
けれど今は、王都からの「非常事態宣言」の影響で、いつもとは違う異様な熱気に包まれていた。
「……こりゃあ、宿を取るのも一苦労だな」
窓の外を見て、僕はため息をついた。
どの宿も『満室』の札を掲げているのが見える。
唯一空いていそうなのは、裏通りの古びた安宿くらいだ。窓から椅子が飛んできたり、酔っ払いが店の前で寝ていたりする、かなりハードな環境だけど。
「まあ! あそこ、とても賑やかそうですわね!」
セルフィナが窓に張り付かんばかりの勢いで、その安宿を指差した。
目はキラキラと輝いている。
「ロイド、あそこに泊まってみませんこと? 庶民の暮らしというものを肌で感じる良い機会ですわ!」
「い、いやいや! さすがにそれは……!」
僕が止めるより早く、カーラが冷静に横やりを入れる。
「お嬢様。あのような場所ではダニやノミがおりますし、お風呂もありませんよ」
「……うっ。お、お風呂がないのは困りますわね……」
セルフィナはしゅんとして、大人しく席に戻った。
好奇心は旺盛だけど、貴族としての生活水準は譲れないらしい。
「ご安心ください。エドール家と懇意にしている商会の迎賓館を手配してあります」
馬車は喧騒を抜け、町外れの静かな丘の上に建つ屋敷へと滑り込んだ。
石造りの立派な建物だ。宿屋ほどの設備はないかもしれないが、プライバシーは確保されている。
「では、私は馬の世話がありますので、厩舎の方へ」
到着するなり、御者のクラウスさんが帽子をとって一礼した。
「はい。長い道中でお疲れかと思います。クラウスさんも、どうかゆっくり休んでください」
「痛み入ります。……では、ロイド様も」
僕たちは屋敷の管理人に挨拶を済ませ、荷物を運び込む。
部屋割りはシンプルだ。
二階にある一番広い主寝室を女性陣(セルフィナ、カーラ、ミア、そして眠り続けるミネルバ)が使い、僕は一階の客間を使うことになった。
「ふう……」
荷解きが一段落し、ソファに腰を下ろす。
ふと視線を感じて顔を上げると、カーラがじっと僕を見ていた。
「……あの、カーラさん? 何か顔についてる?」
「いえ。ロイド様は、本当に働き者ですね」
カーラは蕩けるような甘い笑みを浮かべ、僕の乱れた襟元を直してくれた。
自然な距離の近さに、少しドキッとする。
「年頃の男の子が、文句も言わずに一生懸命で……。ふふ、なんだか可愛らしいですわ」
「え、あ、そうかな? これくらい普通だよ」
「その『普通』ができる殿方は、そう多くはありませんのよ?」
カーラは悪戯っぽく僕の頬をつん、と突いた。
なんだろう、すごく褒められているのに、頭を撫でられる子供のような扱いだ。
悪い気はしないけど、妙に背中がむず痒い。
「あら。カーラもロイドのことが気に入ったのかしら」
「ふふ、さて、それはどうでしょうか」
そう言うと、カーラは身を翻してセルフィナの世話へと戻っていった。
本当に、つかみ所のない人だなあ。
「ああ、そうですわ」
カーラの淹れた新しい紅茶を一口飲み、ソーサーに置いたところでセルフィナは何かに気付いたように声を上げた。
「ロイド、ミア。二人に少しお願いがありますの」
追加の仕事か。一体何だろうか。
僕たちは姿勢を正して話の次を待つ。
「ああ、どうか楽になさって」
セルフィナは立ち上がると窓の方に近づいていく。
夕暮れに染まるシエヌの町並み。
それを眩しそうに眺めた後、こちらへ向き直った。
「私、シエヌの町並みを見てみたいのですけれど……」
「お嬢様、それは無理ですよ。ここはオーギルに近すぎます」
確かに、この辺りはまだエドール卿の領地。
セルフィナに心当たりのある人間は一人や二人じゃないだろう。
もし商店街で買い食いしているところを見つかってしまったら――ちょっとした騒ぎになりかねない。
「ええ、承知しておりますわ」
残念そうに肩をすくめた彼女のお願いはむしろここからだった。
「そこで、二人に頼みがありますの。私の代わりに市場を見てきて、どんな物が売っているのか、どんな料理があるのか、教えてくれませんこと?」
「えっ、偵察ってこと?」
「ええ、そうよ。……というのは建前で」
セルフィナは少しだけ声を潜め、柔らかく微笑んだ。
「今日は二人とも気を張り詰めっぱなしだったでしょう?」
そうだったっけ……。
野党に襲われたとき以外はけっこう気が抜けてたような記憶があるような。
「私の目の届かないところで、少し息抜きをしてらっしゃいな」
しかし、セルフィナの猛将覇王の前ではそんな疑問は些末未満の問題になる。
彼女が決めたなら、それはその時点でもう決定事項なのだ。
「で、でも、お嬢様の護衛が……」
「ここにはカーラもいますし、屋敷の警備もおります。大丈夫よ」
ミアが戸惑っていると、カーラも背中を押した。
「行ってらっしゃいませ、ミア。お使い、頼みましたよ?」
「……へいへい。分かりましたよ」
あっさりと押しきられ、ミアが観念したように頷く。
そして、『どうせ反対しても無駄』と、黙ってやりとりを見ていただけの僕をちらりと見た。
「ほら、行くぞロイ。お嬢様の命令だ」
「あはは。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
こうして僕は、少し不機嫌そうな、でも足取りは軽い――
小柄な少女と共に、夕暮れの町へと繰り出すことになったのだった。
*
シエヌの商店街は、夕食の時間を迎えてさらに活気づいていた。
屋台からは香ばしい串焼きの匂いが漂い、酒場からは陽気な笑い声が漏れてくる。
「へえ、結構賑わってんじゃん」
隣を歩くミアが、珍しそうにキョロキョロしている。
いつもはすこしぶっきらぼうな彼女も、今は年相応の少女の顔に見えた。
「ミアは、こういう市場とか好きなのか?」
「……こういう場所ってソワソワするだろ」
「え? そうかなあ」
「む……ロイは人がいっぱいいて、皆がワイワイやってるのを見ても何とも思わないのかよ」
「あー。そういうことか」
つまりは、ミアはお祭りのような雰囲気が好きなんだろう。
「なんだよ、そういうことって」
「えー。内緒ー」
「何だよ、言えよ! でないとロイの秘密みんなにバラしちゃうぞ!」
「げっ! そ、それだけはご勘弁を!」
そんな、まるで同年代の友達同士の他愛ないやりとり。
戦いのことや、これからの不安を忘れて、ただの若者として過ごす時間。
僕たちは屋台で買い食いをしたり、珍しい雑貨を冷やかしたりして時間を過ごした。
「あ、これ美味そう。ロイ、半分こするか?」
「うん、いいよ。……おっ、これ、美味い。ミアは勘がいいなあ」
「べ、別にたまたまだし!」
僕が素直に褒めると、ミアはすぐに顔を赤くしてそっぽを向く。
怒っているわけじゃなく、ただ照れているだけなのが分かりやすくて面白い。
帰り道。
ふと、一軒の露店が目に留まった。
そこは女性向けの小物を扱っている店で、綺麗な刺繍が入ったハンカチや、香油の瓶が並べられている。
ミアの足が、ピタリと止まった。
彼女の視線は、淡い青色の小瓶に釘付けになっている。
「……綺麗な色」
無意識に漏れたような呟き。
それは、澄んだ湖のような色の香油だった。
「欲しいのか?」
「へっ!? い、いや、別に! アタシはこういうガラじゃねえし! 似合わねえだろ!」
慌てて否定して、歩き出そうとするミア。
でも、その目は名残惜しそうに小瓶を見つめている。
「……似合うと思うけどな」
「は?」
「これ、ください」
僕は店主に銀貨を渡し、その小瓶を買い取った。
「おい、何してんだよ」
「やるよ。僕たちの初陣記念」
小瓶を差し出すと、ミアは目を白黒させた。
「はあ? 初陣って、ほとんどロイが倒してたじゃないか! アタシはたったの二人だけで……!」
「いいから。……それに、その色、ミネルバの髪色に似てると思ってさ」
僕の言葉に、ミアがハッとした顔をする。
そう。ミネルバの髪は、淡い青色だった。この香油の色とよく似ている。
「……それに」
僕は身をかがめ、ミアに顔を寄せると、小瓶の蓋を開けた。
「ほら、とってもいい香りだよ」
「っ……!?」
ミアの顔が、一瞬で耳まで真っ赤になった。
彼女はパクパクと口を開閉させた後、ひったくるように小瓶を受け取った。
「……ば、バカじゃねえの! 余計なお世話だ!」
そう叫んでスタスタと歩いていく。でも、その手は小瓶を壊れ物のように大事に包み込んでいた。
(……おめーよぉ)
「なに、アイディ」
(灰色ヤローよりある意味で『人類の敵』になれる素質あんぞ)
「はあ?」
懐から聞こえたアイディからの苦々しい声。
僕にはその言葉が何のことだかさっぱり分からない。
前にトラセンドさんに習ったとおり、僕は普通に女の子と接したつもりだけどなあ。
*
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。




