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第40話 持たざる者たち

 ルミルの名前も決まり、馬車の中に流れるのは穏やかな空気。


 そんな中、僕は鉄の棒をクルクル回しながらぼんやりと考え事をしていた。

 おもに、これからのこと。そして、荷台に置いた『荷物』のこと。

 もちろん、いくら考えたところで結論など出るはずもなく、小さくため息をつく。


 セルフィナから声が掛かったのは、そんなタイミングだった。


「ねえ、ロイド。次の町まで、あとどれくらいかしら」


「ちょっと待って」


 僕は『何でもナビ』を起動し、地図を二本指で狭めるようにして広域を表示させる。


「えーと、シエヌは……あと、56分32秒だってさ」


「本当に凄いのね、『たぶれっと』は」


 セルフィナは傾けていたティーカップを止めて、タブレットの画面を凝視していた。

 揺れる車内で一滴も零さないのは、さすがと言うべきか。


「ロイド様、お茶のお代わりはいかがですか?」


「あ、大丈夫だよ。ありがとう」


 カーラがポットを持ち上げたのを手で制する。

 カーラはタブレットの異常さをいくら見せても何も反応しない。


 余計なことに関心をいだかない。要求には十二分に答える。

 貴族に仕えるメイドとして素晴らしい心得といえるだろう。


「何か?」


「あ、いや。こんな妙な神具アイテムなのに、大して驚かないんだなー、って」


「お嬢様の御友人ですもの。そのようなことをすれば失礼に当たります」


「とか何とか言ってるけどさ、お嬢様から使い魔(ミニオン)の話を聞いて『アイディくんに会ってみたいなあ』って言ってたのは誰だっけー?」

「み、ミアっ!」


 ミアに抗議しているカーラの顔は真っ赤だ。


「アイディ? 呼ぼうか?」


「い、いえ、そんなっ。でも、その、小さくて生意気な感じなのですよね?」


「ああ、まあ、そう言われれば確かに」


「それと、歯と眉がギザギザで、悪魔を可愛くしたような外見だとか」


「そう言われればそう見えないこともないかなあ」


 どう見ても興味が限界突破してるカーラの質問責め。

 やっぱり、一度見せた方が――


 なんてことを考えていた、その時だった。


 ヒヒヒヒーンッ!


 突然、御者台の方から馬のいななきが聞こえ、馬車が急停止。

 いや、これは御者の操作ではなく、何者かによって無理やり止められたような感覚だ。


「きゃっ!」

「っと!」


 つんのめる体を3年間鍛えに鍛えた自慢の下半身で制し、隣にいたカーラを素早く抱き留める。

 膝にしがみつくルミルもしっかりと確保。

 そしてバランスを崩したセルフィナは小柄なミアが全身で止めていた。


「何事ですの!?」


 僕は慌ててマップ画面を指で広げ、詳細表示に切り替える。

 広域表示に切り替えると、敵や味方の点表示が省略されてしまうことを忘れていた。


「敵だ! 前方に10名!」


 地図には、『敵』を示す赤点がこの馬車の行く手を遮るように広がっている。


「へっへっへ。上等な馬車が通りかかったもんだなあ!」

「おいジジイ、命が惜しかったら馬から降りな!」


 外から聞こえてくる下品な怒号。

 窓の隙間から覗くと、男たちが道を塞いでいるのが見えた。

 彼らが手に持っているのは、錆びついた鉄の剣や、手入れのされていない斧。

 どれも神具アイテム特有の魔力の光を帯びていない――

 ただの『人具ヒュテム』のようだった。


「……野盗ね」


 セルフィナが冷ややかな目で窓の外を窺う。

 御者のクラウスは『手綱』の神具アイテム持ち。

 馬を扱うプロではあるけれど、戦いのプロではない。


「出るよ」


 腰を浮かせた僕を、小さな手が制した。


「アンタは動かないで」


 ミアだった。

 彼女はニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、腰のホルダーから二本のナイフを抜いた。

 あの客間でリンゴの皮を剥いていた、あのナイフだ。


「護衛の仕事、ミナ姉の代わりが務まるかどうか、見せてやるよ」


「いや、相手をめるのは良くない。ミア、ここは一緒に――」


「――はんっ! 誰にもの言ってんだか」


 ミアは僕の意見を聞かずに扉を開け、飛び出した。


「ああ、もう! 護衛だぞ、僕らは!」


 僕も少し遅れて、すぐ後ろにつく。

 

「おい、アタシ一人で十分だって言ってるだろ!」


「僕たちはセルフィナの護衛じゃないか! チームで動くのが当たり前だろ!」


「あんだとお!?」


「何だよ!」


「おいおい、どんな護衛かと思えばチビな小娘とヒョロヒョロの兄ちゃんじゃねえか」


「しかも出てきて早々、ケンカしてるぜ?」


 それを聞いた男たちが「げひゃひゃ」と下卑げひた笑い声を上げる。


「ボス、こんな奴らさっさとやっちまってアレをごっそり頂きましょうぜ」


 手下らしき男が馬車の後部にあった荷台を指差す。

 大方、『あそこには金目のものがぎっしり……!』とかそんなことを考えているのだろう。

 だが――


「ミネルバを――」「ミナ姉を――」


「「渡すわけないだろっ!」」


 あそこにはもちろんある程度の物資もある。けど、こんな連中に指一本触れさせたくないモノも眠っているのだ。


「おらっ! 『風妖精の突撃スプライト・スプリント』!」

「食らえっ! <対人プログラム、水面蹴り>!」


 僕たちの声と攻撃が同時に走る。

 ミアから放たれる超加速の上段回し蹴りに、僕の人間離れした速度の回転足払い。

 それがそれぞれ手近な敵にクリティカル・ヒットして、あっという間に二人が戦闘不能となった。


「な、なんだこいつら、息がピッタリじゃねえか!」


「くそっ、俺達を油断させるためだったんだな!」


「んなわけないだろ! こんな変態と一緒にすんじゃねーよ!」


「ぼ、僕だって、こんな生意気女、一緒にされたくないね!」


(お前らなあ、ガキじゃねえんだからよー)


(け、ケンカは良くないのですよ)


「ちっ、調子に乗りやがって! 野郎ども、囲んで袋叩きにしろ!」


 リーダー格の男が怒号を飛ばす。

 残った盗賊たちが、半月状に散開してジリジリと距離を詰めてきた。


「ミア。背中、合わせられるか?」


「はあ? アンタに背中なんか預けられるかよ」


 ミアは悪態をつきながらも、僕の背後にピタリと位置取った。

 口とは裏腹に、その行動は合理的だ。


「アタシは前をやる。アンタは後ろでコソコソやってな!」


「はいはい。後ろは任せてくれ」


 ミアが両手の短剣を構える。

 その刃が淡いみどり色の風をまとい、鋭く輝き出した。


「一応言っとくけどさ。アタシの『双燕の短剣ツイン・スワロー』はBランクだ。アンタらの錆びたナマクラじゃ、傷一つ付けられないよ?」


 Bランク。

 人口の上位数パーセントしか持たない、選ばれた『勝ち組』の証。

 ミアの言葉は、ただの口上程度のつもりだったんだろう。

 だけど――その言葉は、男たちの最も触れられたくない部分を逆撫さかなでしてしまった。


「……B、ランクだと?」


 リーダー格の男の顔から、笑みが消えた。

 代わりに浮かんだのは、ドス黒い憎悪と嫉妬しっと


「ふざけんじゃねえぞ……!」


「あ?」


「俺が貰ったのはFランクの『地中探しの棒グラウンド・ファウンダー』だぞ!?」


 『地中探しの棒グラウンド・ファウンダー』。

 確か、地中に『何か』があると反応するという神具アイテム

 でも、効果はそれだけ。どれだけの深さに何が埋まってるかも分からない。

 ――まあ、率直に言ってしまうと、神具アイテムとしての評価も、世間一般的な評価も『F』に相応ふさわしい、そんな神具アイテムだった。

 

「こいつは『煌めく火打ち石(グリント・フリント)』だ! 確実に火が付く火打ち石だと!? そんんなもんで何をしろってんだよ!」


 男たちの目が血走る。

 それは単なる物欲ではない。

 生まれ持った運命の格差に対する、どうしようもない呪詛じゅそだ。


「たまたま当たりを引いたガキが……調子に乗ってんじゃねえぞォッ!!」


「殺せ! 恵まれた奴ら全員、引きずり下ろして殺せぇッ!」


 爆発した殺気が、物理的な圧となって僕たちを襲う。

 死兵のような形相で突っ込んでくる男たち。


「っ!?」


 その異様な気迫に、ミアが一瞬ひるむ。

 Bランクの神具アイテムを持っていようと、彼女はまだ若い。

 社会の底から噴き出した『持たざる者』の怨念を受け止めるには、経験が足りなかった。


「死ねェッ!」


 大剣が振り下ろされる。


 ガキン!


「くっ、このぉっ!」


 間一髪のところでミアの双剣が二本がかりでそれを止めた。

 だが、体格差か、それとも『命懸けの戦い』に心が飲まれてしまったか。

 Bランク武器の切れ味をもってしても、男の粗野な大剣はじりじりとミアの顔に近づいていく。


「くそっ! <対人・集団プログラム、速攻A>!』


 すぐに助けに行きたいところだが、こっちはこっちで馬車へと向かう集団を止めなくてはならない。

 カーラは戦闘力が皆無だし、押し入られたら即アウト。

 そして、万が一にもセルフィナに傷をつけるようなことがあれば――

 僕は護衛どころか友人としても失格となってしまう。


「ぐあっ!」


「ぐえっ!」


 僕の改良した対人用プログラムで、馬車に向かっていた6人をあっという間に倒していく。

 いや待て、6人だって!?

 最初の2人、この6人、ミアのところにいる……1人。

 でも、さっき見たマップの表示だと、たしか――!


 ヒュンッ!


 僕が異常に気がつくと同時に、風切り音と共に街道脇の木陰から一本の矢が飛んできた。

 その矢は、両手が塞がっているミアの死角から飛んできていて――


「――ミアッ!」


 僕は叫ぶと同時に、タブレットを構えて前に飛び出した。


「<ディフェンシブモード>っ!」


 ガキンッ!


 目の前に展開された不可視の障壁シールドに、矢が弾かれる。


「なっ……?」


 ミアが目を見開いて僕を見る。

 恐らく、これが彼らの『狩り』の必勝パターンだったのだろう。

 大剣の男もまた、目を見開いていた。


「がはっ!」


 僕は自前のパンチで男をノックアウトすると、その勢いのまま走り出した。


「ミア! 僕についてこい!」


「え、あ、うん!」


 僕はミアを背後にかばい、『伏兵』の場所へ向かって一直線に駆けていく。

 その様子を見た伏兵は、もはや隠れるのは無駄と悟ったのだろう。

 姿を見せ、巨大な機械式の弓を引き絞り始めていた。


「これを防げるかあっ!?」


 あれは――神具アイテムか。

 なるほど、コイツが本物のボスってわけか。

 男はこちらと目が合うと、ニヤリと笑う。


「俺様の『穴だらけの機械弓(ビーハイブ・ボウ)』の餌食になりなァ!」


 そう言って放たれた矢は、一本ではなかった。

 まるで何十人もの弓兵が一斉に掃射したかのように、連続で矢が吐き出される。

 雨あられと降り注ぐ矢の嵐。

 避ける場所などどこにもない。


「死ね死ね死ねぇっ!」


 ミアが顔を強張らせる。

 超加速を使えば避けられるかもしれないが、僕を置いていくことになる。

 

「ミア! 大丈夫だ! 守りは僕に任せろ!」


「――信じるぞ、ロイ!」


「ああ、信じろ!」


「アイディ! 全部落とすぞ!」


(へいよ! 任せときな!)


 カカカキンカカカキカカカ!

 カンカカカカッカカカカ!


 空中で乾いた音が連続する。

 僕たちの目の前、数メートルの空間に見えない壁が出現したかのように、飛来した数十本の矢が次々と弾かれ、地面に落ちていく。


「な、なんだとォ!?」


 弓使いが驚愕に目を見開く。

 必殺の連射が、一本たりとも届かない。


「今だ、ミア! やれっ!」


「っ……! 任せな!」


 ミアが僕の背後から飛び出す。

 矢の雨が止んだわずか一瞬のすき

 『双燕の短剣(ツイン・スワロー)』が風をうならせ、ミアの体が一陣の疾風と化した。


「ひっ、く、来るなァ!」


 弓使いが慌てて次弾を装填そうてんしようとするが、もう遅い。

 ミアは一瞬で距離を詰め、交差させた短剣を一閃させる。


「遅いんだよ!」


「ぐあっ……!」


 弓使いが吹き飛び、機械弓はあさっての方向へ吹っ飛んで行ってしまった。


 ――静寂が戻る。

 立っているのは、僕とミアだけだった。


「はぁ、はぁ……」


 ミアが肩で息をする。

 怪我はないが、精神的に疲れた顔をしていた。


「……怖かったか?」


「……ううん。ただ、なんつーか、重かった」


 ミアは倒れている男を見下ろす。

 リーダー格の男が、血を吐きながらもまだ僕たちを睨んでいた。


「へっ……殺せよ……。どうせ俺たちは、クソみたいな人生なんだ……。当たりを引いたお前らには、一生分からねえよ……」


 その言葉に、ミアが唇を噛む。

 彼女には言い返す言葉がないのだろう。自分が恵まれていることを、否定できないから。


 だから、僕が前に出た。


「分かるよ。痛いほどね」


「……あ?」


 男が怪訝けげんな顔をする。


「僕の神具これ、なんだか分かるか?」


 僕はタブレットを見せた。


「……なんだそりゃ。ただの板じゃねえか」


「そう。判定は『不明アンノウン』。何の役にも立たない、正真正銘のゴミ扱いだったよ」


「は……?」


 男の目が点になる。


「3年間、荷物持ちとして殴られ続けた。パーティーの盾にされて、殺されかけたこともある。君たちと同じ、クソみたいな人生だったよ」


 僕は男の目の前にしゃがみ込み、目を合わせた。


「見ての通り、僕はギリギリのところで救われた(かくせいした)。でも、例えそうじゃなかったとしても、人様に迷惑を掛けるような生き方だけはしない。それをするくらいなら死んだ方がマシだ」


「…………」


「神様が決めたランクなんて、ただのスタート地点だ。良いのがもらえなくて、そこで座り込んで不貞腐れるくらいなら、まだいい」


 僕は続ける。


「でも、他人の足を引っ張るようになったら、それこそ本当に終わりだよ」


 男は何か言い返そうとして、口をパクパクさせ、やがて力なく項垂うなだれた。

 反論したくても、目の前にいる『不明アンノウン』の僕に負けた事実が、それを許さない。


「……これから、どう生きるかは好きにしなよ。僕は何も強制しないから」


 僕は立ち上がり、背を向けた。

 説教臭かったかもしれない。

 でも、これは自分自身への言葉でもあった。


「……ロイ、ド」


 ミアが複雑そうな顔で僕を見ている。


「アンタ、あんな板切れで……苦労してたんだな」


「まあね。でも今は、最高の相棒だよ」


(けっ。泣かせること言ってくれるじゃねえか)


 懐でアイディが鼻を鳴らす。


「素晴らしいですわ、ロイド」


 馬車から降りてきたセルフィナが、静かに拍手していた。


「貴方のその強さこそが、今の王都に必要なものですわ」


 盗賊たちは街道警備隊に引き渡すため、縛り上げて街道の端に転がしておいた。

 僕たちは再び馬車に乗り込み、王都への旅を再開する。


 ガタゴトと揺れる車内。

 ミアはもう軽口を叩かない。

 ただ、時折僕の方を見て、何かを考えているようだった。


 この少しほろ苦い初戦を経て、僕たちは初めてチームとして成長した。

 そして、ミアが僕を呼ぶときの名前が変化したのも、このときからだった。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!

本作を少しでも面白い・続きが読みたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆をタップ、ブックマークへの追加をして頂けますとモチベーションが10倍になります!

あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。

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