第39話 揺れる馬車と小さな相棒
オーギルを出発して数時間が経過した。
僕たちを乗せた馬車は、王都へ続く街道を順調に進んでいる。
それにしても、だ。
「……あのさ、セルフィナ」
「何かしら、ロイド」
「僕、やっぱり御者台の隣とか、荷台とかに行った方が良くない?」
僕はふかふかのクッションに背中を預けながら、向かいに座る令嬢に問いかけた。
エドール家が用意した馬車は、僕が知っている『乗り合い馬車』とは次元が違う。
衝撃を吸収する魔道具が積まれているのか、揺れはゆりかごのように心地よく、内装は走る応接室といった豪華さだ。
そんな空間に、セルフィナと僕が向かい合って座っている。
カーラとミアは、主人の横に控えていた。
「何を仰いますの。貴方は私の『友人』であり、今回の旅の『護衛』兼『客人』ですわ。ここに座るのは当然でしょう?」
セルフィナは優雅に紅茶を傾けながら、きっぱりと言い切る。
揺れる車内で一滴も零さないのは、さすがと言うべきか。
「それに、一人では退屈ですもの。話し相手がいてくれた方が、旅も彩りますわ」
「ふーん、そういうものなのかな……」
庶民の僕には、この高級なシートがいまいち落ち着かない。
お尻がムズムズするというか、何というか。
「それに、ロイド様。御者台に行かれては、お世話ができません」
隣に座るカーラが、ハンカチで僕の額の汗をそっと拭う。
至れり尽くせりだ。
3年間、泥にまみれて生きてきた人間への扱いとは思えない。
「きゅう!」
その時、僕の膝の上で丸まっていた水色の塊が声を上げた。
サンダーリザードの赤ちゃんだ。
居心地が良いのか、すっかりリラックスしている。
「あら。起きたのね」
セルフィナが目を細める。
「近くで見ると、愛らしい顔をしていますのね。魔物とは思えませんわ」
「ええ。人懐っこくて、大人しいですよ」
僕はリザードの顎の下を指で撫でる。
気持ちよさそうに目を細め、パチッと小さな火花を散らした。
「わっ」
ミアが身を引く。
「……相変わらず、危なっかしいペットだな」
「ごめんごめん。でも、噛みついたりはしないよ」
「ふん。魔物なんて信用できねえよ」
ミアはそっぽを向くが、その視線はチラチラとリザードに向いている。
やっぱり気になるらしい。
「そういえば、ロイド。この子のお名前は?」
セルフィナの問いに、僕は言葉に詰まった。
「あー……実は、まだ決めてなくて」
「まあ。昨日から一緒なのに?」
「色々バタバタしてたもので。ただの『リザード』とか『チビ』って呼んでました」
昨夜は卵を返した直後の感傷やら、出発の準備やらで頭が回らなかったのだ。
でも、これからずっと一緒に旅をする家族だ。
ちゃんとした名前をつけてあげないといけない。
「なら、今決めましょうよ!」
ミアが食い気味に提案してきた。
さっきまで「信用できない」とか言ってたのに。
「アタシが良い名前をつけてやるよ。えーっと……『雷丸』とかどうだ?」
「い、いかずちまる……?」
「強そうだし、呼びやすいだろ?」
呼びやすいか?
それに、女の子だったらどうするんだ。
「却下ですわ」
セルフィナが即座に否定した。
「エドール家の馬車に乗るに相応しい、もっと高貴な名前でなくては。『ライトニング・ヴォルト・エンペラー三世』などいかがかしら」
「なっが!?」
僕とミアの声が重なる。
普段呼ぶときに舌を噛みそうだ。それに、一世と二世はどこにいるんだ。
「ロイド様。シンプルに『サン』などは?」
カーラが控えめに提案する。
サンダーのサンか。無難だけど、ちょっと安直すぎる気もする。
(おいおい、センスねえ奴らだなあ)
懐から、呆れたようなアイディの声が響いた。
セルフィナたちがビクリとする。
「アイディ、君なら何かいい案があるの?」
(おうよ。俺様なら、そうだな……『ビリビリトカゲ』)
「見たまんまだね!」
(じゃあ『非常食1号』)
「食べないってば!」
(ちっ、注文の多いマスターだぜ。おいヘルプ、お前なんかねえのか)
アイディに振られ、ヘルプが少し考えてから答える。
(はい。検索結果から、人気のあるペットの名前を抽出しますです。『ポチ』『タマ』『シロ』……)
「犬とか猫の名前だね、それ」
どれもしっくりこない。
みんな好き勝手言い合うせいで、余計に決まらなくなってきた。
その時、馬車が小さな石に乗り上げ、ガタンと揺れた。
「きゅっ!」
リザードが驚いて、口からプッと小さな電気の球を吐き出した。
それは空中でパチンと弾け、火花のように散る。
「わあ、綺麗」
ミアが目を輝かせた。
電気の粒は、まるで小さな星のようだ。
星……。スター? いや、なんか違う。
火花……スパーク?
僕はリザードの目を見た。
つぶらな瞳が、僕をじっと見つめ返してくる。
この子と出会ったのは、暗い洞窟の中だった。
暗闇の中で光る、小さな命の輝き。
「……『ルミル』」
自然と、その言葉が口をついて出た。
「ルミル?」
セルフィナが復唱する。
「うん。光を意味する言葉から取りました。暗い場所でも、この子がいれば明るくなる気がして」
それに、響きも柔らかい。
「ルミル……ルミル、か。悪くねえんじゃねえの?」
ミアも満更でもなさそうだ。
「可愛らしいお名前ですわね」
カーラも微笑む。
「きゅう! きゅう!」
何より、本人が気に入ったらしい。
尻尾を激しく振って、僕のお腹に頭を擦り付けてくる。
名前を呼ばれたのが分かったみたいだ。
「よし、決まりだね。今日から君はルミルだ。よろしくな、ルミル」
「きゅ!」
ルミルは嬉しそうに、またパチッと火花を散らした。
今度は驚いたわけじゃなく、喜びの火花だ。
「ふふ。賑やかになりそうですわね」
セルフィナが楽しそうに笑う。
貴族の令嬢、二人のメイド、喋る黒い板、そして雷を吐くトカゲ。
改めて見ると、とんでもなく混沌なパーティーだ。
でも、不思議と居心地は悪くない。
みんなそれぞれ事情を抱えているけれど、今は同じ方向を向いている。
「さて、と」
僕はタブレットを取り出し、マップアプリを開く。
王都までは、馬車で一週間ほどの道のりだ。
「まずは最初の宿場町を目指しましょう。夕方には着くはずです」
「ええ。安全運転で頼みますわね」
馬車は街道をひた走る。
窓の外には、見慣れたオーギルの山々が遠ざかり、知らない景色が広がり始めていた。
僕たちの旅は、まだ始まったばかりだ。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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