第3話 IDEとヘルプ
「えーと、こんなもんかな……」
町に戻った僕は、すぐ準備を始めた。
漆黒の板の指示を実行するため、言われた道具を買い揃えて町はずれの空き地へと運びこんだ。
そして――
「それじゃ、魔術師さん。お願いします」
「はーい。その鉄の棒にやればいいのね?」
「ええ。確か、そう言ってました」
「はあ。よく分かんないけど、銀貨一枚ならいくらでもやってあげるわよ」
雷魔法が得意だという魔術師は、ロッドを掲げた。
天へ向けるように、腕を伸ばす。
「天に住まう雷の精霊よ。我が声、聞き届けたならば、あの物へ雷光を落とせ! 『サンダーボルト』っ!」
詠唱が終わった瞬間。
雷が落ちて、針金でぐるぐる巻きにされた鉄の棒へ直撃した。
青白い光が走り、空気が焦げる。
「やった! あとはこれをこうして……」
湯気を立てる鉄棒へ駆け寄る。
中央にくくった太い縄を握った。
「で、これを上でぐるぐる回す……」
「じゃ、私はこれで帰っていいのね?」
「ええ、はい。多分大丈夫だと思います」
魔術師は首を傾げる。
「ちなみに君、さっきから何やってんの?」
「え、あ、えーと……ちょっとした実験でして。ははは」
魔術師は「ふーん」と興味なさげに言った。
そして、そのまま去っていった。
「言われた通りにやってみたけど……」
指示は全部こなしたはずだ。
漏れはない。ここまでは完璧。
あの直後、板はまた黙ってしまった。
光も消え、反応がなくなった。
でも、絶対に蘇らせてみせる。
僕の神具を。
「……あっ!」
鉄棒を回して数分。
ついに漆黒の板が変化した。
表面に『起動中……』と表示される。
そして――
(……よう。ちゃんと言われた通り出来たみたいだな)
「や、やった……」
(あ、おい。手を止めんな。まだ足りねえんだ。もっと回せ!)
「あ、うん!」
あの偉そうな声が戻ってきた。
はたから見たら、僕は変人だろう。
でも、今はどうでもいい。
僕はこれから、忙しくなる。
(いやー、それにしても娑婆に出たのはいつぶりだ? なあヘルプ)
声は、僕じゃない誰かに話している。
でも返事はない。
(……無視かよ。相変わらず可愛くねえ奴だな)
ヘルプが何なのかは置いとく。
まず知りたいのは、板の正体だ。
「ねえ、君の名前は……『漆黒の板』でいいのかな?」
(はあ? なんだそのダセー名前は)
「え、違うの? 神官の人はそう呼んでたけど」
(それは人間が勝手につけた名前だ。この板自体は『タブレット』っていう)
「あ、そうなんだ。じゃあ君のことはタブレットって――」
(いや、そうじゃねえ。タブレットは、この板の名前だ)
「……どういうこと?」
(口で言っても難しいか。ん、まあ、行けるだろ)
彼は独り言みたいに呟く。
そして、妙に軽い声を出した。
(よっと!)
次の瞬間。
タブレットから何かが飛び出した。
「わわっ! 何か出てきたっ!」
子犬くらいの大きさの、黒っぽい小さな人型。
人間というより、悪魔みたいな見た目だ。
依頼書に描いてあったアークデーモン。
あれを小さくして、可愛げを足した感じ。
(これが俺様の姿だ! タブレットは……まあ、お前らの言う『家』みたいなもんだな)
「あの中に住んでるの!?」
(まあ、そこは深く考えんな。そういうもんだと思っとけ)
「わ、分かったよ。全然分かんないけど。……それで、君はなんて言うの?」
小悪魔は胸を反らす。
(俺様はとうご――いや、分かんねえか。通称はIDEって呼ばれてる。どうだ、イかした名前だろお?)
板と彼の名前は別らしい。
何が何だか、まだ分からない。
でも、今はそれより質問がある。
聞きたいことが山ほどある。
「あいでぃーいー。何か呼びづらいね」
(いや、呼びやすくしたのがそれなんだが)
「じゃあ、短くしてアイディって呼んでもいい?」
(……聞いちゃいねえな)
アイディは渋い顔をした。
(うーん。イーが抜けただけでも別物なんだが……まあいいや。好きにしな)
「うん、ありがとう。それで、僕は――」
(ロイド・アンデール。十八歳。身長百六十八。体重五十七。職業は冒険者。……だろ?)
僕は絶句した。
まだ何も言ってないのに。
アイディは大笑いする。
(がっはっは! どーだ! 驚いたか!)
「そ、それは驚くよ! でも魔導書には『鑑定』の能力を持つ物もあるって……もしかして、アイディは魔導書なの!?」
アイディは鼻で笑った。
(おいおい。あんなカビの生えた骨董品と一緒にすんな)
「魔導書が骨董品って……」
(所有者の生体情報なんざ、リアルタイムに更新されんだよ。これくらい朝飯前だっつの!)
そこで、声が急に焦る。
(あ、でもクルクルはやめるなよ! 充電不足で落ちるのは良くねえからな)
相変わらず、よく分からない。
でも、ろくな戦闘経験もなかった僕にAランクモンスターを倒させた。
それだけでもこれが凄いものだということだけは分かる。
だから僕は、いよいよ核心を聞く。
「それで、さっきの能力なんだけど……」
(あー、あれな。いやー俺様、説明とか苦手でよー)
アイディは肩をすくめて言う。
(なんつーの。現場主義っていうか。ぶっつけ本番っていうか。体で慣れろっていうか)
「そ、そうなんだ。でも、できれば早いうちに聞いておきたいな」
(……だよな。分かった。ちっと待ってろ)
「……? うん」
アイディはタブレットへ振り返った。
そして、大声で呼びかける。
(おい、ヘルプ! 無視してんじゃねえ。いい加減出てこい!)
(ったく。いつまでへそ曲げてんだ、あの正義面は!)
(おい、聞いてんだろ! いつぶりか分かんねーけど仕事だぞ!)
(……チッ)
小さな舌打ちが聞こえた気がした。
アイディは、さらに煽る。
(おら、早くしろよ。この頑固女! おめーはこのくらいしか役に立たねーんだから、たまには役に立てや!)
なおも何の反応もないタブレットを前に、アイディは(むー)と腕組みをする。
(あー、そうか。お前が無視すんならこっちにも考えがある!)
そして遠くの誰かに大声で話すときのように両手を口に当てると、
(皆さーん聞いてくださーい! このヘルプはー、実はー……)
と大声を上げ始めたところでようやく、タブレットが反応した。
(ああーっ! もう! 何なんです! いい加減にするです!)
アイディとは違う、女の子みたいな声がした。
(やーっと反応したか。こいつは昔から反応が悪くてよー)
(だ、誰のせいだと思ってるですか! アンタみたいな大喰らいが無理やり入ってきたからです!)
(あー、はいはい。俺様が悪うございました。んな事より仕事)
(はあ? 何を言ってるです? ヘルプたちの仕事なんてもう――)
その声が、急に震えた。
(え!? えええ!? そ、外が見えるです!?)
(今頃気付いたのかよ。ほれ。あいつが新しい『所有者』だ)
(ま、所有者っ!?)
驚く声と同時に、タブレットから何かが飛び出す。
「ま、またっ!」
驚く僕の目の前に、小さな女の子がふわっと着地した。
(じゃじゃーん、です!)
金髪がふわふわ揺れている。
大きな碧眼で、白いワンピース。
背中には白鳥みたいな羽。
天使そのものの見た目だった。
「き、君は……」
(私、ヘルプと申しますです。主に機能についての疑問や質問に答える役目ですです)
「ヘルプ、ちゃん」
(やだもー! マスターったら。ちゃん付けだなんて、私照れちゃうです!)
アイディが何か言いかけた。
(こいつ、こんな見た目だけど生まれてから千ね――)
その途中で、鈍い音がした。
がん、という音だ。
アイディは脛を押さえて跳ねた。
(だまらっしゃい、です!)
「うわー。痛そう」
(……あ、あら。わたくしとしたことが! 少し足を滑らせてしまったです。あは、あははははー)
いや、完全に狙ってたと思う。
でも今は、そこじゃない。
疑問に答える役目。
それなら助かる。聞きたいことは山ほどある。
「ヘルプ。早速だけど教えてもらえるかな」
(はいっ! マスター、喜んで! です!)
「アイディの、あの能力って……何なの?」
(お答えするです、マスター。あれは『プログラミング』と呼ばれる機能ですです)
ヘルプは急に真顔になった。
左手を腰に当てる。
目を閉じて、右の人差し指を立てた。
あれが彼女の仕事モードらしい。
「ぷろぐら……」
(プログラミング、ですわ。アイディの能力を知っているなら、もう実戦で使ったです?)
ヘルプは片目だけ開いた。
逆に質問してくる。
「うん。僕の力じゃ勝てない相手だったけど、あの力で勝てたんだ。あれは……凄かった」
(とんでもないです! 勝てたのはマスターの力です!)
ヘルプは両目を見開く。
眉を吊り上げて、まくしたてる。
(あんなゲス悪魔の力なんて、ろくなものじゃないのです!)
感情表現がすごい。
怒りがそのまま飛んでくる。
けれど、ヘルプは急に咳払いした。
(……こほん。失礼しましたです)
そして、元のポーズに戻る。
(プログラミングというのは、『あらかじめ決めていたことを実行する』仕組みのことなのです)
「そうか。それで命令とか条件とか、書いてあったんだね」
(その通り、ですわ! さすがマスター。飲み込みが早いです)
「もう少し詳しく聞いてもいい?」
(ええ、もちろん。まずは『モード』についてお話しましょう。モードというのは――)
モードは、行動の傾向を選ぶもの。
敵にダメージを与える攻撃モード。
敵の攻撃から身を守る防御モード。
攻撃は手動で『実行』させ、動かす。
防御は展開させておけば自動で動く。
要するに、そういうことらしい。
(お次は『命令』についての説明です)
命令は、体をどう動かすか。
『斬る』や『殴る』、『距離を取る』『跳躍する』など。
ものすごく雑にまとめると、そういう話だった。
「改めて聞くと……凄いね。プログラムって」
(ああん? 勘違いすんな。凄いのは俺様だっつーの)
アイディが割り込む。
(プログラムなんてもんは、ただの情報に過ぎねーんだからよ)
「あ、ごめんごめん。アイディって凄いんだね」
(け。分かりゃあいーんだよ、分かりゃあ)
脱線しそうだったので、僕はヘルプに戻した。
(さて……命令には『判断』や『繰り返し』があるですよ)
(それぞれに『分岐』や『回数による繰り返し』など、派生形もあるです)
「覚えるのが大変そうだね……」
(最初のうちは使える種類も限られるです。出来るものをじっくり覚えるのが良いですよ)
「え? 最初から全部は使えないの!?」
(……ええ。残念ながら無理です。マスターはまだ経験が不足してるです)
アイディが笑う。
(まーだまだヒヨッコのお前に、俺様が使いこなせるわけないだろ!)
(アンタは黙ってるです!)
ヘルプは即座に叱った。
(でも経験を積めば、スキルレベルの上昇とともに能力が解放されていくですよ)
「焦らずやるしかないってことかあ」
(ま、そういうこった)
アイディが続ける。
(どっちみち、今の<対象>数じゃお話になんねーんだからよ)
「対象?」
(対象というのは……簡単に言えば『何を』とか『どうする』といった目標や行動を、名前にしたものです)
「ああ。<噛みつき攻撃>とか、<無効化シールドを展開>とか、そういうやつ?」
(もー、マスターったら。本当に素晴らしいですです!)
「いやあ、それほどでも……」
ヘルプは少しだけ真面目な顔になる。
(ただ、こればかりはマスターが経験して身につけないと増えないのです)
(敵の攻撃なら、ある程度見たり、一度受けてみるです)
(マスターの行動なら、練習を重ねて動きとして身につけるです)
(あと、スキルランクの上昇とともに増えるものもあるですよ)
「ということは、いきなりSSランクのドラゴンを倒す、とかは無理そうなんだね……」
(SSランクがどの程度かは分かりませんが……少なくとも、相手の攻撃を一度は受けられる体力が必要です)
(それと、防御を貫ける最低限の力と技も必要になるですよ)
「大体分かったよ。ありがとう、ヘルプ。いきなりは無理だけど、続けていればいつか強くなれるってことだね」
(ま、そーゆーこった!)
アイディが鼻息を鳴らす。
(ってわけで最強目指して、明日からガンガン戦うからな! そのつもりでいろ!)
「うん。二人とも、よろしく!」
まだまだ聞きたいことはある。
でも、鉄棒を回す腕が限界だった。
名残惜しいが、いったんここまで。
そう思った、その時――
「――おい。テメー、どうして生きてやがんだ」
背後から、聞き慣れた声が飛んできた。
三年近く、聞かされ続けた声だ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になります!(断言)
少しずつこちらの作品にも挿絵を入れていきたいと思います。(過去話にも入れ始めました!)
どうかよろしくお願いします!!




