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第37話 小さな命、新たな絆

 懐かしさと、かすかな痛みが胸を刺す。

 町を出て一時間ほど歩いた場所にある洞窟。

 そこは少し前、僕がヘクターたちに置き去りにされ、そして『漆黒の板(タブレット)』が覚醒した場所。


 同時に僕が、生き残るために『親』の命を奪ってしまった場所でもある。


「……行こう」


 リュックのベルトを握りしめ、僕は暗い坑道へと足を踏み入れた。


(ったく。わざわざこんなジメジメしたトコに戻ってくるなんざ、お前も物好きだなあ)


 懐からアイディのぼやきが聞こえる。


「ごめんよ。でも、どうしてもここだけは外せないんだ」


(へいへい。まあ、けじめってやつだろ? 付き合ってやるよ)


(マスター、足元に気をつけてくださいです。粘液で滑りやすくなっています)


「うん、ありがとう」


 以前来たときは恐怖で震えていた道だ。

 でも今は、不思議と怖くない。

 暗闇を見通す『何でもナビ』があるからだけじゃない。

 僕自身が、あの頃とは違うという自信があるからかもしれない。

 赤点で表示される魔物との戦いを避けながら、下層に向かって足を進めていく。


 しばらく歩くと、天井の高い広間に出た。

 あの時、サンダーリザードと戦った場所。

 そこは思っていたよりずっと近かった。あのときは、もっと遠くに感じたんだけど。


 親リザードの死骸は、もう無かった。

 ダンジョンの魔物は死ねば他の魔物のエサとなり、2日もしないうちに骨一本残さず消えてしまう。

 残っているのは、戦いの痕跡こんせきと、かすかに焦げた匂いだけだった。


「……ここだ」


 僕は広間の一番奥、少し高くなっている台座のような岩場に向かう。

 そこが、あいつの巣だった場所だ。


 リュックを下ろし、布に包まれた卵を取り出す。

 ずっしりとした重み。

 それは、奪ってしまった命の重さだ。


 僕は卵をそっと岩場に戻した。


「……ごめん」


 誰もいない空間に、言葉が溶けていく。


「君の親を殺してしまって、ごめん。君を売ろうとして、ごめん」


 謝って許されることじゃない。

 親を奪った事実は消えないし、この卵がここで一人で生きていける保証もない。

 それでも、僕ができるのは、あるべき場所に返すことだけだ。


「……さよなら」


 最後にもう一度、青白く光る殻に触れ、僕は背を向けた。

 これで終わりだ。

 そう自分に言い聞かせて、歩き出そうとした――その時だった。


 ――パキッ。


 乾いた音が、静寂な広間に響いた。

 僕は足を止め、恐る恐る振り返る。


「……え?」


 岩場に置いた卵に、亀裂が入っていた。

 青白い光が、その隙間から漏れ出している。

 光は脈打つように強くなり、亀裂はピキピキと音を立てて広がっていく。


(お、おい。これってまさか……)


孵化ふか……です!?)


 ――パリンッ!


 小気味いい音と共に、殻の上半分が弾け飛んだ。

 中から眩い光が溢れ出し、僕は思わず目を細める。


 光が収まると、そこには――

 一匹の小さな生き物がいた。


「……あ、あれは」


 大きさは猫くらいだろうか。

 親と同じ、水色と黄色の斑模様まだらもよう

 でも、あの凶暴そうな姿とは似ても似つかない。

 頭は大きくて丸く、瞳はつぶらでクリクリとしている。

 背中には、まだ柔らかそうな小さな突起が並んでいた。


「きゅう?」


 小さな鳴き声を上げて、赤ちゃんリザードが首を傾げた。

 その拍子に、口元からパチッと小さな火花が散る。


(うわ、ちっこいクセに一丁前に電気帯びてやがる)


(生まれたてです! マスター、サンダーリザードの赤ちゃんですよ!)


 僕も驚きで固まっていた。

 まさか、返す瞬間に生まれるなんて。


 赤ちゃんリザードは、まだ濡れた体を震わせながら、キョロキョロと辺りを見回した。

 そして――僕と目が合った。


「きゅ!」


 嬉しそうな声を上げて、よちよちと歩き出す。

 目指す先は、僕だ。


「わ、わわっ! 来ちゃダメだ!」


 僕は後ずさりする。

 ダメだ。僕は君の親じゃない。

 それどころか、君の本当の親を殺したかたきなんだ。


 でも、赤ちゃんリザードは止まらない。

 短い手足を一生懸命動かして、岩場から転がり落ちるように降りてくる。


「きゅう~!」


 僕の足元まで来ると、スボンに頭を擦り付けてきた。

 バチバチッと静電気が走る。

 痛くはない。くすぐったいような、微かな痺れ。


「……どうして」


(……『刷り込み(インプリンティング)』ですね)


 ヘルプが静かに言った。


(鳥や爬虫類はちゅうるいの一部は、生まれて初めて見た動くものを親だと認識する習性があるです。この子は、マスターをお母さんだと思ってるですよ)


「お、お母さん!?」


(がっはっは! いきなり子持ちかよ! やるじゃねえかロイド!)


「笑い事じゃないよ! 僕は……こいつの親を……」


 足元で無邪気にじゃれついてくる小さな命。

 その温もりが、罪悪感をえぐってくる。

 この子は知らないんだ。僕が何をしたのか。


 僕は意を決して、足を引いた。

 赤ちゃんリザードが「きゅ?」と不思議そうに見上げる。


「……ごめん。僕は君の親にはなれない」


 心を鬼にして、背を向ける。

 ここに置いていけば、どうなるだろう。

 他の魔物に食べられるか、飢えて死ぬか。

 でも、親の敵に育てられるよりはマシなんじゃないか?


 歩き出す。

 後ろから、ペタペタという足音がついてくる。


「きゅう! きゅう!」


 必死な鳴き声。

 置いていかないで、と言っているようだ。


 僕は立ち止まり、振り返った。

 赤ちゃんリザードは、小さな石につまづいて転んでいた。

 それでもすぐに起き上がり、僕の方へ這ってくる。


 その姿を見て、僕は思ってしまったんだ。



 ――以前の前の僕と同じだ、と。



 何も持たず、誰も頼れず、ただ必死に誰かの背中を追いかけていた。

 見捨てられたら死ぬ。そんな恐怖の中で。


 もし、ここでこの子を見捨てたら。

 僕は、あのヘクターたちと同じになるんじゃないか?


「……はあ」


 大きなため息が漏れた。

 負けたよ。その純粋な瞳に。

 そして、自分の犯した罪への責任に。


 僕はかがみ込み、赤ちゃんリザードを抱き上げた。

 ずしりとした重さの代わりに、温かい体温が手に伝わる。

 パチパチと頬に電気が跳ねた。


「きゅぅ~」


 腕の中で、リザードが安心したように目を細める。


「……仕方ないな。一緒に行くか」


(お、覚悟決めたか?)


「親を奪った責任は取るよ。この子が一人立ちできるまで……それまでは僕が育てる」


 それが、僕なりの贖罪しょくざいだ。


(ふふ。マスターらしいです。にぎやかな旅になりそうですね)


(ま、非常食くらいにはなるんじゃねーか?)


「きーっ!」


 アイディの冗談を理解したのか、リザードがアイディの画面に向かって威嚇いかくした。

 口から小さな稲妻がほとばしり、タブレットに直撃する。


(あだっ!? おい、こいつ今、俺様に攻撃しやがったぞ!?)


「あはは。意外と気が強いみたいだね」


 これなら、王都までの旅路たびじも退屈しなさそうだ。


「よし、帰ろう。……名前、考えないとな」


 僕は新しい家族をリュックの隙間に――息が苦しくないように顔だけ出して――固定すると、洞窟の出口へと向かった。


 外に出ると、空は既に白み始めていた。

 明日は出発の日。

 新しい仲間も増えた。

 

 リュックの重みを感じながら、僕は家路を急ぐ。

 これからの旅が、決して楽なものではないことを予感しながらも。

 今はただ、このぬくもりを守り抜くと、心に誓った。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!

本作を少しでも面白い・続きが読みたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆をタップ、ブックマークへの追加をして頂けますとモチベーションが10倍になります!

あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。

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