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第36話 オーギルとの別れ

 セルフィナの護衛として、王都へ同行することが決まった。

 それは僕がずっと夢見ていた「世界一の冒険者」への第一歩であり、同時にアミリーを救い、ミネルバを治すための戦いの始まりでもある。


 屋敷での打ち合わせを終え、今後のスケジュールを確認し合ったあと、僕は一度自宅へ戻ることにした。

 出発は明日の早朝。

 それまでに、この町でやり残したことを全て片付けておきたかったからだ。


 エドール邸を出て、慣れ親しんだ道を歩く。

 日は少し傾き始めていた。

 3年間、毎日歩いた下宿への道。

 荷物持ちとして罵倒されながら歩いた日も、空っぽの財布を握りしめてうつむいた日もあった。

 でも今日は、景色が違って見える。

 足取りも、不思議と軽かった。


 町外れのボロ小屋――僕の城が見えてくる。

 すると、その前に腕組みをして立っている人影があった。


「――よう。お帰り、英雄さん」


「ドミニムさん」


 大家のドミニムだった。

 腕を組み、仁王立ちして僕を待っていたようだ。

 もしかして、また家賃の催促だろうか。

 いや、そんなわけない。

 あれは、これから何が起こるか――分かってる人の目だ。


「もう体は平気なのか?」


「ええ、おかげさまで」


「お前さんがセルフィナ様に屋敷へ引きずられて行ったのを見て何事かと思ったぜ」


「ははは、あのときは色々限界だったみたいで。ドミニムさんの方は大丈夫でしたか?」


「見ての通り、ピンピンしてるよ。かみさんも娘も無事さ」


 あの時はみんなパニック状態だった。

 慌てて逃げようとして転んだりした人も多かったみたいだけど、彼は無事だったようだ。


「それは、何よりです」


 僕がそう言った後、少しの沈黙が訪れる。


「……ドミニムさん、待っていてくれたんですか?」


「お前さんはいつもこの時間に帰ってきてたしな」


 ドミニムは照れくさそうに鼻の下をこすった。

 そして、少し真面目な顔になって僕を見る。


「聞いたぞ。王都へ行くんだったな」


「……耳が早いですね」


「ウチのかみさんのウワサ話好きを舐めるなよ?」


「お見それしました」


「で、どのくらいで帰ってくるんだ?」


 その質問に僕は黙り込んでしまう。

 それを見たドミニムは鼻をすすりながら、僕の肩をバシッと叩いた。


「わかってるよ、もう帰ってこないつもりなんだろ?」


「……はい。実は、ドミニムさんにこの家をお返しする話をしようと」


「いいよ、この家はロイドにやる。たまーに来たときに使っても良いし、物置にしてくれたって構わねえ」


 そう言ったドミニムの目は既に真っ赤だ。


「……ありがとうございます。遠慮なく使わさせてもらいます」


 ――善意はありがたく受け取った方がいい。

 最近になって考え方を変えたことの一つだ。


「あーあ。寂しくなるなあ。お前さんなら、いつか俺の跡を継いでいい親方になれると思ってたんだが」


「あはは。買いかぶりすぎですよ」


「いや、本気だぞ? お前さんの仕事は丁寧だし、何より根気がある。職人向きだ」


 そう言って笑うドミニムさんの顔は、父親のように温かかった。

 身寄りのない僕に部屋を貸し、仕事がないときは世話し、時には小言を言いながらも支えてくれた人。

 この人がいなければ、僕は3年も持たずに野垂のたれ死んでいたかもしれない。


「ドミニムさん。今まで、本当にお世話になりました」


 僕は深く頭を下げた。


「お前さんには、ずいぶん助けられたよ。……いや、違うな」


 ドミニムさんは首を横に振る。


「助けられたのは、俺たちの方だ。今回の魔物の件だってそうだろ?」


 ドミニムの声はもう完全に涙声だった。


「お前さんが体を張ってくれたおかげで、この家も、町のみんなも無事だったんだ」


「それは、僕一人じゃなくて、みんなで……」


「謙遜するな。胸を張れ」


 ガシッ、と強い力でもう片方の肩も掴まれる。


「お前はもう、『不明』のロイドじゃない。このオーギルを救った、立派な冒険者だ。……だろ?」


「……はい!」


 ドミニムさんは満足げに頷くと、懐から小さな包みを取り出し、僕に押し付けた。


餞別せんべつだ。旅の足しにしな」


「え、でも家までもらっちゃったのに、これ以上は……」


「いいから取っとけ! 出世払いでいい。その代わり、世界一になったら自慢させてもらうからな。『あいつは俺が育てた』ってよ!」


 豪快に笑うドミニムさんに、目頭が熱くなる。

 僕は包みをありがたく受け取り、もう一度深く頭を下げた。


 とても人情に厚くて、お人好し。

 僕はそんな彼を、心の底から尊敬している。


「必ず、良い報告を持って帰ってきます」


「おう。待ってるぞ! ……元気でな!」


 ドミニムさんは背を向けると、ひらひらと手を振って去っていった。

 その背中が見えなくなるまで見送ってから、僕は小屋のドアを開けた。


 *


 部屋の中は、相変わらず殺風景だ。

 でも、ここが僕の3年間の全てだった。


 荷物をまとめる。といっても、大した量はない。

 着替えと、日用品。

 そして――


 僕は部屋の隅、床板が少し浮いている場所へ向かった。

 板を外し、床下の収納スペースを覗き込む。

 そこには、布に包まれた『あるもの』が鎮座していた。


 ずしり、と重い。

 両手で抱え上げ、慎重に机の上に置く。

 布を解くと、青白く光る殻を持つ、大きな卵が現れた。


(……おいおい。まさか、そのデカブツを持っていくつもりか?)


 懐からアイディの声がした。


「うん。これだけは、置いていけないんだ」


(重いし、嵩張かさばるし、邪魔なだけだろ。売っぱらっちまえばいいじゃねえか)


「売ろうとしたよ。でも、買い取ってもらえなかったんだ」


 あの時、ギルドで断られたことが、今となっては運命のように思える。


「それに……これは僕の『罪』だから」


 プロローグとも言えるあの日。

 僕は生きるために、親リザードを殺した。

 向こうだって襲ってきたんだ、正当防衛だと言い張ることはできる。

 でも、この卵を守ろうとしていた親を殺し、その卵を金に換えようとした事実は変わらない。


 結局、換金もできず、かといって捨てることもできず、こうして床下に隠していた。

 心のどこかで、ずっと引っかかっていたんだ。


(……ふん。相変わらず甘っちょろいこって)


(マスターのそういう優しいところ、私は好きですよ)


 ヘルプがフォローしてくれる。


「ありがとう。これを……あるべき場所に返してくるよ」


 僕は卵を丁寧に布で包み直し、リュックの底にしっかりと固定した。

 背負うと、ずっしりとした重みが肩に食い込む。

 それは、僕が背負うべき責任の重さのようにも感じられた。


 部屋を見渡す。忘れ物はない。

 さあ、次はギルドだ。


 *


 夕方のギルドは、いつもならクエストから戻った冒険者たちで賑わっている時間だ。

 扉を開けると、喧騒けんそうが僕を迎えた。

 けれど、その空気はいつもより少しだけ、落ち着いているように感じた。


「おっ、ロイド! 来たか!」


 僕の姿を見つけて声を上げたのは、あのスキンヘッドの冒険者だった。

 彼を中心に、数人の冒険者が集まってくる。


「みんな、怪我は大丈夫?」


「おう! この程度、慣れっこよ!」


「あちこち痛ぇけどな。生きてる証拠ってやつだ」


 みんな包帯を巻いたり、湿布を貼ったりしているけれど、表情は明るい。

 昨日の今日で、よくこれだけ笑えるものだと感心する。

 冒険者って、やっぱりタフだ。


「……シモンズさんは、やっぱりいないんだね」


 僕はギルド長の席を見やった。そこは空席だった。


「ああ。あの王都からきてた補佐官とかいう野郎に連れて行かれたよ」


 ライアンが忌々《いまいま》しげに舌打ちする。


「ギルド長だけじゃねえ。Bランク、Cランクの連中は、ほぼ全員『護衛』として徴収されちまった」


「この町の守りなんてどうでも良いってことなんだろうよ」


 この話は護衛が決定した後の打ち合わせでセルフィナから聞いた話の通りだった。

 今のオーギルに残されているのは、Dランク以下の冒険者たちだけ。


「……大丈夫なの? この町」


 僕が不安を口にすると、樽みたいな体型の冒険者が、腹を揺らして笑った。


「がっはっは! 心配すんなって! 高ランクがいなくなりゃ、それだけ俺たちの取り分が増えるってもんよ!」


「そうそう。それに、魔物の大群はロイドとミネルバが追い払っちまったんだろ?」


「え? あの量をか!?」


「いやいや、アンタらはケガして本陣に戻ったから見てないんだろうけど、突然消えたんだよ!」


「それはロイドが敵のボスをぶっ飛ばしたら一緒に消えたって話だろ」


「マジかよ!」


 冒険者達が『魔物の大群はなぜ突然消えたか』について話し始めた。

 でも、残念だけどどれも間違いだ。


 正解は『エディミルが目的を果たした瞬間に魔物達も煙のように消えた』、だ。

 ヘルプは『かそーげんじつ』どうとか言ってたけど、本物のような幻というか幻のような本物みたいな仕組みらしい。

 その証拠に、魔物達の死体は一欠片すら残っていない。まるで、最初からいなかったかのように。


「でも、みんなが無事で良かったよ」


 とりあえず深入りしてもしょうがないので、僕はあいまいな言葉で話題を終わらせることにした。


「お前も無事で何よりだ!」


「でも、僕たちからすればロイドも依頼を取り合うライバルだぞ?」


「その通りだ。平和ボケしてると、今度はロイドにおいしい依頼を全部持っていかれちまう」


 樽のおじさんがニヤリと僕を見る。


「違げえねえ! Dランクの俺じゃ、ロイドの荷物持ちになるしかねえかあ!?」


 どっと笑いが起きる。

 それは嫌味や嫉妬しっとではなく、仲間として認めてくれているからこその軽口だった。

 3年間、ずっと『不明』と馬鹿にされ、荷物持ちとして扱われてきた僕が。

 今、彼らの輪の中心で、一人の冒険者として笑い合っている。


 それが何だか、むずがゆくて、嬉しくて。

 でも、いつまでもオーギル(ぬるま湯)に浸かっているわけにはいかない。


「……僕、しばらく町を離れることになりました」


 僕は意を決して告げた。

 みんなの笑い声が、少しだけ止まる。


「王都へ行きます。……ちょっと、やりたいことがあって」


 沈黙が落ちたのは一瞬だった。

 すぐにタル夫さんが、僕の背中をバシッと叩いた。


「おう、行ってこい! お前みたいな規格外は、こんな田舎町に収まる器じゃねえよ」


「そうだそうだ! 王都で一旗揚げてこい!」


「シモンズさんたちが戻ってくるまで、この町は俺たちで守っとくからよ。安心して行ってきな!」


「オーギルから飛び立った『不明アンノウン』のロイドが王都で大活躍! なんてなったら、俺たちも鼻が高いぜ!」


 みんなの言葉が、温かい。

 昨日の戦場で、背中を預け合った仲間たち。

 ランクなんて関係ない。ここには確かな絆があった。


「ありがとう、みんな……!」


「湿っぽいのは無しだぜ! ほら!」


 樽のおじさんが、カウンターからジョッキを持ってきた。

 中身はエールだ。


「今日は特別に俺達のオゴリだ!」


「乾杯! オーギルの英雄、ロイドの旅立ちに!」


「か、乾杯っ!」


 ジョッキをぶつけ合う音が響く。

 一口飲んだエールは苦かったけれど、喉の奥が熱くなるほど美味しかった。


 こうして、僕は冒険者ギルドのみんなに送り出された。

 「行ってきます」という言葉に、「おう、任せとけ!」と返してくれる仲間たちがいる。

 それだけで、僕はどこまでだって行ける気がした。


 ギルドを出ると、空には一番星が輝いていた。

 さあ、行こう。

 過去の清算。それが終われば、いよいよ王都への旅立ちだ。


 僕は背中のリュックのベルトを握りしめ、ダンジョンのある森の方角へと歩き出した。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!

本作を少しでも面白い・続きが読みたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆をタップ、ブックマークへの追加をして頂けますとモチベーションが10倍になります!

あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。

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