第35話 共に。
(彼女の体には、直接的な魂の干渉は受けていません。ですが、あのヘクターという男が持っていた剣……)
ヘクターの持っていた剣。
あれは、元々の神具だった『銀の剣』とは似ても似つかない、禍々しいとしか形容のしようのない、そんな存在だった。
(あの武装は複数の魂を継ぎ接ぎした……汚染の危険性が高い、いわば『毒』のようなものを持った存在でした)
「毒……」
(はい。その剣での攻撃を受けた際、傷口から精神を蝕む悪いモノが流れ込んだ可能性が高いです)
ヘルプは「データ」とか「ウイルス」と言いかけて、僕にわかるような言葉を選んでくれたようだ。
(人間で言うなら、傷口に腐ったもん塗りたくられて、高熱が出ちまったみてーなもんだな)
(ミネルバさんの魂は深い眠りにつくことで、これ以上の『毒』の侵食を防ごうとしているのだと思われます)
あの時、ミネルバが必死に耐えていた攻撃の数々。
あれはただの痛みだけじゃなく、心を壊す猛毒だったんだ。
「……治す方法は、あるの?」
(……今の状態では、情報が足りません)
ヘルプは悔しそうに一度顔を伏せ、すぐに上げ直した。
(ですが、『毒』の元凶であるあの剣の――いえ、剣を作り上げた『想具システム』の解析を進めれば、あるいは……)
ヘルプの言葉に、一筋の光が見えた気がした。
つまり、あの男――エディミルを捕まえれば、ミネルバを救えるかもしれない。
「でも、どうやって……」
奴は消えた。どこへ行ったかも分からない。
「あ、何でもナビ!」
(ほう。なかなか良いところに気付くじゃねえか、と言いたいところだがな)
(マスターは、その、行ったことのある場所がそれほど多くないです)
「あ……」
そういえばそうだった。
何でもナビは『捜索する対象』と『対象の周辺の滞在経験』が必要なんだ。
「でも、大体の方角は分かるって言ってなかった?」
(ヤツは同じ場所でカカシみてーにずっと突っ立ってるわけじゃねーだろうが)
「まあ、そうだよね」
しかもヤツには瞬間移動の能力もある。
こちらから探すより、向こうから来るのを待つしかなさそうだ。
「やはり、オーギルにいてもできることは限られますわね」
「うん。だから、僕は――」
――コンコン。
その時、控えめなノックの音が部屋の空気を揺らした。
「ヘルプ、アイディ、一旦戻って」
(へいへーい)
(うう、もう、ですかあ)
アイディはいそいそと、ヘルプは名残惜しそうに僕の腕の中からタブレットへと戻っていく。
この部屋に入ってくるのはセルフィナに近しい人間がほとんどだろうが、万が一と言うこともある。
警戒しておくに越したことはない。
「お話し中、失礼いたします」
入ってきたのは、老執事だった。
その手には、仰々しい封蝋がされた書状が握られている。
「……爺。それは?」
「は。先ほど、王都からの早馬が到着いたしました。緊急の『勅令』とのことです」
セルフィナは書状を受け取り、目を通す。
その表情が――驚きから呆れへ、そして氷のような冷たい怒りへと変わっていった。
「……ふっ、ふふふ。まさか、ここまでとは」
乾いた笑い声。
彼女は読み終えた書状を、雑にテーブルへ放り投げた。
「ロイド。読んでごらんなさい」
促されて、僕は書状を手に取った。
そこに書かれていたのは、信じがたい命令だった。
『国家非常事態宣言。Sランク以上の神具所持者、および指定の管理対象者は、直ちに王都・白亜宮へ集結せよ。拒否する者は反逆とみなす』
「しゅ、集結って……こんな時に?」
「ええ。自分たちの保身のために、国中の『盾』を王都に呼び戻すつもりなのでしょう」
セルフィナは冷ややかに言い放ち、吐き捨てるように続けた。
「補佐官からの報告で、奴がSSランク神具を狙っていることは伝わったはず。それなのにまだ、彼らは勘違いしていますの」
怒りで、彼女の声が低くなる。
「奴の狙いが神具そのものではなく、それを管理する国家の中枢である『自分たち』だと」
だからこそ、地方の守りなど捨ててでも、自分の周りを固めようというのだろう。
なんて浅ましい考えだ。
だが、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべた。
「ですがロイド。これは、好機でもありますわ」
「好機?」
「ええ。この勅令に従うという名目があれば、私は堂々と王都へ入れます。文句など言わせませんわ」
なるほど。
普段は領地から出ることも制限されている『人質』の彼女が、王都へ乗り込む大義名分ができたわけだ。
「奴の狙いがSSランク神具なら、次は必ず王都を狙うはず。奴を追うにも、ミネルバを治す手掛かりを探すにも、王都へ行くのが最短ルートです」
セルフィナは僕の顔を覗き込むようにして、悪戯っぽく言った。
「そこで、ロイド。貴方に頼みがありますの」
「ぼ、僕にできることなら、何でも」
間近で見ると余計に整った顔立ちが際立つセルフィナに思わずドキッとしてしまう。
「何でも、と仰いましたわね?」
「あ、いえ、その、できることなら、ですよ?」
セルフィナが近づいてくる。もう、額同士がぶつかりそうな、そんな距離。
「ごほんっ!」
「ひえっ!」
大きな咳払いに、僕は飛び上がってしまった。
「お嬢様。お戯れはその程度で」
そ、そうだ。執事の人がいるのをすっかり忘れてた……。
いや、あれはセルフィナの有無を言わせない魅力に忘れさせられたのかもしれない。
さすがは猛将覇王。心に決めた人がいる僕でさえ陥落しそうになってしまったぞ。
「あーあ、爺はいっつも堅いんだから」
セルフィナは聞こえるか聞こえないかの独り言で、「良いじゃありませんの。婚約も破棄になりましたし」とかなんとか言ったような気がした。
「で、本当のお願い事とは?」
セルフィナはくるりと半回転して背中を向け、顔だけこちらに向けると、はにかみながら僕に『依頼』をしてきた。
「……私の護衛になってくださいません?」
「えっ、僕が!?」
「何か不服があって?」
そう言って、彼女は更に半回転――つまり、再び僕と正対の姿勢になった。
「い、いえいえいえ、そういうことじゃないんですが、『僕』ですよ?」
「それがどうかして?」
「どうか、って。いや、その、僕みたいのを連れてたらセルフィナ様の名前に傷が」
僕のその言葉に、セルフィナの目元が険しくなる。
何か気に障るようなことでも言ったのかな……。
「……ロイド。一つ、とても気になる点がありますの。せっかくだから、申し上げて宜しくて?」
「え? ええ、どうぞ」
「では。わたくしの認識ではロイドはわたくしの友人ということになっておりますわ。何か間違いがありまして?」
「いえ、僕もそのつもりですけど」
「……わたくしは誰です?」
「え、セルフィナ様、ですよね」
それを聞いた少女ははあーっ、とわざとらしいため息をつく。
「もう、呼び捨てになさいな。様付けで呼ばれる友人がどこにおりますか」
「え、いや、でも」
「私からもお願いいたします、ロイド殿」
執事が深々と頭を下げる。
う……ここまでされるとさすがに断りにくいな……。
前も似たようなことを言われた気がするけど、いきなりはやっぱり難しかったしなあ。
あと、出会い方も最悪だったし。
まあでも、確かにもうそろそろ普通に接してもいいのかもな。
「……わかった。セルフィナ……っ。これで、いいだろ」
「ん、まあ。45点、と言ったところですわね」
「厳しいなあ。これでも相当頑張ったんだけど」
「それでは、もう一度、伺いますわ。友人を守るために、ご同道願えますこと?」
「もちろんだよ、セルフィナ」
そう言いながら、僕は右手を差し出す。
「いや、むしろ僕の方こそ、君の力を借りたい。どうか、一緒に来てくれないか?」
「……」
僕の言葉が予想外だったのか、セルフィナは口をぽかんと開けて呆けている。
「セルフィナ?」
「はっ!? あ、え、う」
僕はほら、と右手を動かす。
だが、セルフィナは一向に握ってこようとしない。
もしかして、貴族の間では『握手』の習慣がないのか?
と思ったけど、ようやくおずおずと右手を伸ばして、ちょん、と触れた途端に――
「い、一緒に!? まあ、その、やぶさかではありませんのことよ、ホホホホホ」
セルフィナは早口でまくし立てながら、またしても半回転。
でもさっきと違って顔はこっちを向いてない。
「どうしたのさ」
「な、何でもありませんわ!」
「むう……お嬢様……何という経験値と免疫の無さ……自分が攻められると余りに、余りに脆うございます。これでご婚約されようとしておられたとは……ああ、爺は、爺は情けのうございますぞ」
セルフィナは向こうを向いたまま、おほほほほー、とか変な笑いをしてるし、執事さんは頭を抱えてる。
一体、この二人に何があったのだろう。
まあ、いいや。そんなことよりも、だ。
ミネルバを治すこと。アミリーを救い出すこと。そして、エディミルとの決着。
全ての手がかりは、王都にある。
この勅令は、僕たちにとって進むべき道を照らす道標だ。
遠慮なく、活用させてもらうことにしよう。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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あと、作者にもこの作品の何が良くて何がダメなのかよく分かってません!できれば感想を頂けますと本当に助かります。




