第34話 感染する病
セルフィナの話を聞き終えた僕たちは、しばらく言葉を失っていた。
南門で起きた一方的な蹂躙。
そして、SSランク神具を奪う『灰色の男』の脅威。
すべての元凶は、あの男だ。
ミネルバさんが目を覚まさないのも、きっとあいつが関係している。
「……信じられません。神具を奪い、魂まで持ち去るなんて」
僕は重い沈黙を破り、震える声で言った。
神具はこの世界で生きる人間にとって、神様から授かった大事な半身だ。
それを無理やり引き剥がすなんて。
「ええ。わたくしも、この目で見るまでは信じられませんでしたわ」
セルフィナがカップを持つ手が、かすかに震えている。
「あの男は、私の『妖精王の居城』を見て、『相性が悪い』と言いました。恐らく、私の神具が広範囲を制圧するタイプだったからでしょう」
彼女はそこで言葉を区切り、伏し目がちに続けた。
「もし、不意打ちのような形ではなく、正面から対峙していたら……私もライゼル様のようになっていたかもしれません」
SSランクを持つ彼女ですら、死を予感するほどの怪物。
それが『神の僕』、エディミル。
「……奴について、もう少し詳しく知る必要があります」
「ええ、ですからロイドの話も聞かせてほしいのです」
「いえ、僕もセルフィナ様と知っていることはそう変わらないと思います」
そこで僕は視線を落とし、「でも」と続けた。
「彼女なら、何か知っているかもしれません」
「彼女……? ああ、その神具の使い魔のことね」
「はい。どうしてそんなことに詳しいのかは……僕にも上手く説明できないんですが」
「ふふ、大丈夫よ。その神具で例の戦いにも勝ったのでしょう?」
「ええ、いつにも増して大活躍でした」
まあ、どうせ今の時点でも秘密を共有しまくってるんだ。
今更ムキになって隠すようなことでもないか。
そう考えた僕は、手元のタブレットに呼びかけた。
「ヘルプ。聞きたいことがあるんだけど」
(…………)
返事がない。
デスクトップは表示されてるからスリープではないし、聞こえてはいるはずだけど。
「ヘーループー。おーい」
(…………)
「ねえアイディ」
(あん?)
ああ、アイディにはちゃんと聞こえてるみたいだ。
「ヘルプ、どうしちゃったの」
(あー。何かシステム領域にひきこもってんぞ、アイツ」
「ええ!? どうして」
(さあなあ。大方、戦ってる最中のおめーの前でポンコツになったのが恥ずかしくて出てこれねえんだろうよ)
「ああ、そういえばそんなこともあったかも」
ヘルプがエディミルと相対したとき、様子がおかしかったもんなあ。
でも、あいつは普通に恐ろしいヤツだし、ヘルプは女の子だし、ああなっても全然不思議じゃないと思う。
「ヘルプ。僕は怒ってないから出ておいで」
「……やはり、随分と情緒豊かなミニオンですのね」
板と普通に会話している僕を見て、のんびりとした感想を述べるセルフィナ。「この子も話せるようにならないかしら」、と右の太ももあたりをさすっている。
(……ううう、マスター。わたしは、本当にダメなソフトウェアなのです)
しばらく待っていると、タブレットから弱々しいヘルプの声がした。
(マスターの危機にあのように取り乱すなど、わたしはやっぱりポンコツなのです)
「そんなことないよ、ヘルプ。僕はいっつも君に助けられてるんだ」
できるだけ落ち着かせるように、言葉を紡いでいく。
「ヘルプがいなかったら、きっといまごろヘクターの剣で真っ二つになってたに違いないよ」
(けっ、甘やかしてんじゃねー、っての)
「アイディだってこうやって憎まれ口を叩いても、本当は心配してるんだよ」
(ばっ、だ、誰が心配とか)
「だって、ヘルプがどこにいたか、ちゃーんと分かってたんだから。ね、アイディ」
(……ケッ。んなもん、たまたまだよ、グーゼンってやつだ)
ああ、本当に面白い二人だなあ。
僕たち人間よりもずっと人間みたいじゃないか。
「ヘルプさん、わたくしもお顔を拝見したいですわ。是非」
(うううう)
唸りながら、ヘルプが画面の外側から顔を半分だけ覗かせた、瞬間。
(おらっ! とっとと行けや!)
と、アイディが両手で背中を押し、こちら側に放り出してきたのだ。
「おっと」
(きゃっ)と可愛い悲鳴をあげたヘルプはそのまま画面から飛び出し、僕の胸の中に収まった。
僕はすかさず、震えるその小さな体を優しく抱きとめる。
(ま、ままま、ますたー、ごごご、ごめんなさい、すぐにど、どきますね)
(よっこらしょ)
続いて、アイディもいそいそと出てくる。
面倒くさがりの割に出たがりだよなあ、アイディって。
「ああ、いいよ。近くにいてくれた方が安心するし」
僕はヘルプを腕の中に抱え、頭を撫でながら話を続けることにした。
「それで、ヘルプ。落ち着いたらでいいんだけど、教えてほしいんだ」
(……うう、はい。マスター)
「あいつの……エディミルの『神具強奪』って、一体どういう仕組みなの?」
僕は昔、村の学校で習った知識を思い出しながら話を続ける。
「神具は他人には絶対に使えないって、ずっと言われてきたのに」
ヘルプは僕のシャツをギュッと握りしめたまま、顔だけを上げて答えた。
(あれは……本来あってはならない『禁忌』です)
彼女の声が震える。
(神具と所有者は、魂という見えない絆で強く結ばれています)
「うん。僕もそう習った」
(ですが、エディミルという男の持っていた黒い板は、その絆を無理やり断ち切り、自分を新たな所有者として登録してしまうのです)
「絆を断ち切る……そんなことが可能なのか」
(本来なら不可能です。ですが、あちらの端末は……手段を選びません)
少しだけ言い淀んで、ヘルプは続ける。
(対象の魂を傷つけようが、心を引きちぎろうが、お構いなしです)
アイディが鼻を鳴らして口を挟む。
(要するにだ。鍵のかかったドアを、ドアノブごとバールでへし折ってこじ開けるようなもんだ)
いつもはやさぐれ感の強いアイディが珍しく嫌悪を露わにして、吐き捨てるように続けた。
(……開けられた方は、たまったもんじゃねえがな)
「なんてヒドい奴なんだ……。ところで、スマトフォーって何?」
(ずこーっ)
アイディが盛大にずっこける。
(そ、そこからかよ! 何となく分かりそうなもんだろうが!)
「うん、ごめん。多分、タブレットに似た感じの神具だよね?」
(わかってんじゃねえか)
「でもさ、形が違うよね、向こうの方がだいぶ小さいっていうか」
(まあ、気になるのは分かるがな、この話は後にしとけ)
「うん、わかった。じゃあ、ミネルバさんは? 神具を奪われてないよね?」
(……それについては、私の推測になりますが)
ヘルプは申し訳無さそうに眉を下げた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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