第32話 眠れるモノたち
「……ここは」
以前、どこかで見たような……。
「おはようございます」
ぼんやりしている僕に声が掛かった。
その方向へ首をひねると、すぐそばに二人の人影があることに気づく。
どちらも見覚えはあるけど……
「あ……えーと……」
「カーラ、ですよ。そろそろ覚えてくださいまし」
「す、すみません。頭がぼーっとしてて」
メイド服の女性はふふ、と口元を押さえて笑うと、水差しを傾け金属のコップに水を注ぎ始めた。
「ここは、侯爵様のお屋敷ですか」
「ええ。戦場でお倒れになったロイド様を、お嬢様がこちらまでお運びに」
「……そっか。でも、大丈夫なの?」
エドール卿は冒険者をかなり毛嫌いしているようだったけど、治療だけじゃなくこんな豪華な客間に入れてくれるだなんて。
「その点は、どうかご安心くださいまし。全て順調、世はことも無し、ですわ」
「はあ」
何だか良く分からないけど、大丈夫なようだ。
「起きられますか? ご無理はなさらないよう」
カーラがコップを差し出してきた。
今、自分の喉がものすごく渇いていたことに、ここでやっと気付いた。
「うん、だいじょ……痛っ!」
僕はカーラからコップを受け取ろうと起きようとした途端、体がズキン、と痛んだ。
どこかじゃない。全身が、だ。
それでもこの乾きには抗えない。
僕は痛む体を無理やり起こすと、受け取ったコップの中身を一気に煽った。
「ご無理はなさらぬようにと申し上げましたのに」
カーラは少し残念そうに空になったコップを受け取った。
もしかして、抱きかかえて優しく水を飲ませてもらえる……とかそういう可能性もあったのでは――
「い、いやいや、もう平気だから!」
ただ、この人も例の『ロイドメイド化作戦』にノリノリで加わった一人だ。
決して、油断してはならない。
そして、『櫛』の神具を持つメイド、カーラの横にはもう一人。
彼女もまた、同じデザインのメイド服。
カーラと比べて頭二つ分くらい小さい少女は、器用な手つきで黙々とリンゴの皮を剥いていた。
「あ……君は」
見覚えがあった。
僕がパーティー会場で一人、手持無沙汰にしていた時……
飲み物を持ってこようか、と気を利かせてくれた、あのメイドさんだ。
それに、確か……。
あの悪夢のような女装タイムの時にも、この子と廊下ですれ違っていた気がする。
まあ、あの時のことは彼女もきっと覚えていない、だろう。
自分から無駄に距離をとる必要もないだろうし、僕はできるだけ愛想よく声をかけることにした。
「あの時はありがとう。飲み物、受け取れなくてごめんね」
「…………」
けれど、返ってきたのは沈黙だった。
それもただの沈黙じゃない。
彼女は――その可愛らしい顔を歪め、親指の爪を噛みながら、下から僕を睨みつけていたのだ。
まるで、親の敵でも見るような目で。
「え……?」
「……何が『ごめんね』だ、この変態。今日はメイドじゃなくていいのかよ」
「へ、へんっ……!」
しっかりと、覚えられていたようだった。
いやでも、彼女の目は蔑みとか嫌悪感とか、そういうものじゃない気がする。
僕も2年くらい前まであの目つきになっていたからよく分かる。
あれは、理不尽に対する怒り、だ。
「あの、僕、何か気に障ることでも……」
「はあ? 自覚なし? ふん、これだから男は嫌いなんだ」
彼女は苛立たしげに腕組みをして、顔をぷい、と背けてしまった。
「こ、これ、ミア! お客様になんて口を!」
カーラさんが慌てて嗜めるが、ミアと呼ばれた少女は止まらない。
「カー姉は黙ってて! アタシはこいつを絶対に許さないんだから!」
「許さないって……僕が何をしたって言うんだよ」
身に覚えがない。
強いて言えば、まあ、アレだけど、あれは不可抗力だ。
僕にはどうしようもなかったんだ。
弁明の機会があたえられるなら、僕は半日ぶっ通しでも喋り続けられるだろう。
しかし、ミアが怒っている原因は全然違ったものだった。
「とぼけんじゃねえよ! ミナ姉のことだよ!」
「ミナねえ……?」
「ミネルバさんのことですわ。この子、名前を縮める癖がありますの」
突然出てきた知らない名前に、カーラがフォローを入れてくれた。
「そっか、ミネルバのことか」
「呼び捨てにすんなよっ!」
「ご、ごめん。ミネルバさん、だよね」
ミアはふんっ、と鼻を鳴らした後、つり上げた目でこちらを睨んできた。
「あんたがミナ姉を巻き込んだせいであんなことになったんだ……!」
「巻き込んだ、って……」
ミアが怒っている理由は分かった。
ミネルバは僕を庇い、ヘクターの攻撃を一身に受けて倒れてしまったのだ。
彼女がミネルバを慕っているなら、その原因である僕を恨むのも無理はない。
「ミア、いい加減になさい。その話はしないと約束したでしょう?」
「いや、いいんだ。ミア……さんの言うとおりだよ。確かに、巻き込んだのは僕だ」
ミアを止めようとするカーラを制し、ミアに向き合う。
「でも、大丈夫だよ」
そして、僕は努めて明るく言った。
彼女を安心させるためにも、僕の相棒たちが教えてくれた事実を伝える。
「ミネルバさんは無事だから」
「……はあ?」
ミアの眉間の皺がさらに深くなる。
「僕のタブレット……神具の診断だと、『命に別条はない』って出てたんだ」
そう言いながら僕はベッド脇のサイドテーブルに置いてあったタブレットのスリープを解除する。
「確かに酷い怪我だったけど、適切な治療を受ければすぐに元気に――」
「ふざけんなっ!!」
ドンッ、とベッドの枠を蹴り上げられる音が響いた。
小さな体のどこにそんな力があるのか、ベッド全体が揺れる。
「な、何だよ急に!」
「何が『無事』だ! 何が『命に別条はない』だ! 適当なこと言ってんじゃねえぞ!」
「て、適当なんかじゃ……」
「じゃあ何でだよ! 何でミナ姉は目を覚まさないんだよ!」
ミアの叫び声が、部屋の空気をビリビリと震わせた。
「え……? 目を覚まさない?」
ミアの目尻に、涙が浮かんでいるのが見えた。
それは単なる怒りではない。深い不安と悲しみの色だった。
「屋敷に運び込まれてから二日、一度も起きないんだよ! 息はしてるしキズも塞がってるのに、まるでピクリともしないんだ!」
「まるで動かない……?」
「ええ。それはまるで、魂を抜き取られたかのようだ、と」
目を伏せたカーラが補足してくれた言葉に僕の心は一瞬で凍り付いてしまう。
「魂――!」
脳裏によぎるのは、あの灰色の男――エディミルの言葉。
『魂を使った特製の想具』。
『魂を抜いちゃった』。
まさか……ミネルバも?
「お医者も『原因不明の昏睡』しか言わないし! これのどこが『無事』なんだよ!」
ミアの悲痛な叫びに、僕は言葉を失った。
カーラも沈痛な面持ちで俯いている。
ヘルプの診断は、あくまで肉体的なものだけだったのだろうか。
もし、魂や心といった精神的な領域に干渉されていたとしたら――
そんなキズ、ただの回復魔法やポーションで治せるわけがない。
「ヘルプ、聞きたいことがあるんだけど」
正直、ヘルプ達が万能すぎるところをあまり見られたくない。
でも、今は一刻も早く情報が欲しい。
セルフィナに近い、この二人くらいなら見られても良いだろう――
そう思った、のだが……
(……)
タブレットからは何の反応もなかった。
「あれ?おーい」
画面をぺしぺし叩いても何の反応もない。
僕がモタついていると、ミアの目つきがますます厳しくなっていく。
「さっきからあんた、何してんだよ」
ダメだ、事情は分からないけど応答がない。
ひとまず、ここは――
「……ミア、ごめん。僕の認識が甘かったみたいだ」
「謝って済むなら衛兵はいらねえんだよ! ミナ姉を返せ!」
全くの暴論に返す言葉もない。
どう言葉をかければいいか分からず、僕が口ごもってしまった、その時だった。
「――そこまでになさい、ミア」
張り詰めた空気が、凛とした声によって断ち割られる。
入り口に立っていたのは、質素な部屋着に身を包んだセルフィナだった。
でも、いつものような覇気はなく、どこか疲れ切った様子だ。
「お、お嬢様……」
「ミネルバのことは、ミアだけではなく、皆が心配しています。ですが、それについてロイドの責任は一切ない、というのが当家の出した結論です」
「でもっ――」
「――主に1から10まで説明させるつもりですか、ミア」
「うう」
セルフィナの迫力に少女は何も言い返せず、涙をぽろぽろとこぼしながら唸るだけだった。
「カーラ、ミアを連れて下がりなさい」
「……承知、いたしました。ほら、ミア」
促されたミアは悔しそうに僕を一睨みすると、早足で部屋を出て行った。
カーラが「失礼いたします」と深く一礼し、その後を追う。
重厚な扉が閉まり、部屋には僕とセルフィナの二人だけが残された。
「……申し訳ありません、ロイド。メイドたち――その中でもあの子は特に、ミネルバを慕っていたものですから。まるで、実の姉のように」
「いえ。僕の力不足でミネルバさんに無理をさせたのは事実です。……それより、彼女の容体は」
「ミアの言ったとおりですわ。『原因不明の昏睡』。お抱え医師の診断ではそれ以上のことは何も」
セルフィナは力なく椅子に腰を下ろした。
「ですから、ロイド。今のわたくし達には貴方の力が必要なのです」
「僕の?」
「ええ。あのとき、あの戦場で、貴方の経験したものの話を聞かせてもらいたいのです」
「もちろんです、ですが――」
「――ええ、分かっていますわ。まずは、オーギル襲撃事件の全容について聞きたいのでしょう?」
セルフィナは、真っ直ぐに僕を見た。
「あの魔物の群れがどうなったか。オーギルは、冒険者ギルドは。――そして。私の婚約者、ライゼル様がどうなられたか」
そこまで話したところで、ほんの少しだけ表情を和らげた。
そのわずかなギャップに、一瞬だけ心が跳ねた、ような気がする。
「お互いの情報が合わされば、きっと色々分かってくることでしょう。もちろん、ミネルバの身に何が起こったのかも、ね」
僕は、黙って頷いた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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