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第31話 還らざる日々

※本エピソードより第2章となります。あらすじが不要な方は飛ばしてください。


【第1章のあらすじ】


神より神具アイテムを授かる15歳の儀式。

幼馴染のアミリーが伝説級の神具アイテムを授かる一方、主人公のロイドが手にしたのは――

使い道の分からない、『漆黒の板』。

判定は『不明アンノウン』。それは事実上の『ゴミ』を意味していた。


あれから3年。ロイドはCランクパーティーの雑用係として虐げられていた。

そんなある日のこと。ダンジョンで仲間達に囮にされた時だった。

死を覚悟した瞬間に『板』が目覚めたのだ。

そこから飛び出してきたのは、口の悪い悪魔のような姿のアイディと、世話焼きで天使のような姿のヘルプの二人。

彼らが住むその神具【タブレット】の力は、『命令を書いて、実行』したり、便利な『アプリ』を実行したり。

ロイドはその力で強敵を倒し、そして、自分を裏切った仲間たちと決別した。


 過去を清算した彼は、大家のドミニムから紹介された『タイル塗り』の仕事を通して、プログラミングが戦闘だけでなく、日常の作業すら効率化する万能の力であることを学ぶ。

 そして、ひょんなことから出会ったSSランクの神具を持つ侯爵令嬢セルフィナとの交流の中で、この国の残酷な真実を知ることになったのだった。


 ――高ランクの神具を持つ者は、その力を恐れた国によって、家族や友人を人質に取られ、自由を奪われている。

 それは、今や国の英雄として祭り上げられている幼馴染アミリーも例外ではなかった。


 友人となったセルフィナの婚約パーティーに招かれたロイドだったが、婚約相手の裏切り行為を知ってしまい、困惑する。

 そんな中、オーギルの町を大量の魔物が襲ってきたとの報告が入る。

 元Aランク冒険者のミネルバとともに魔物の大群の討伐と、自分を虐げてきたヘクターとの真の決着へと向かい、見事に勝利したロイド。

 そして、事件の裏で暗躍する『神の僕』エディミルとの遭遇のあと、全ての力を使い果たしたロイドはその場に倒れ込んでしまったのだった――




 何かが、聞こえる――。

 よく聞き取れないので頑張って耳を澄ましてみると、かーん、かーんという乾いた音。

 それと、小さい男の子の掛け声が聞こえてきた。


 音を感じ取れるようになると、次は穏やかな風が肌に当たる感触がした。

 その風は草と土の匂いも一緒に運んできて……とても心を落ち着かせてくれる。


 はて、ここはどこだろう。

 僕は確か、オーギルに襲撃した魔物の大群と戦って……いや、違うか。

 それを途中で放り投げて、ヘクターとの決着を付けて――

 えーと、それからどうしたんだっけ……。

 よく思い出せないけど、もうが登っているなら起きなくちゃ――


 思い切ってまぶたを開いてみる。


 目に飛び込んできたのは――

 あご髭を生やした大人の人。

 そして背の低い草に覆われた土混じりの地面、疎らに建てられた木と土の質素な家屋、きらきらと太陽の光を反射する小川、それに架かる数本の丸太を並べただけの簡素な橋。


 オーギルにこんな場所、あったっけ。

 でも見る物全てに既視感を感じる。何だかとても懐かしいような……。



「――どうした、ロイド。もう疲れたか」


 きょろきょろと辺りを見回す僕に、目の前にいた男の人が話しかけてくる。


 ――いや、何を惚けているんだ、僕は。

 この人は身寄りを失った僕を育ててくれた大恩人の一人、トラセンドさんじゃないか。

 そうだ……ここは僕が生まれ育ったメムの村。

 そして今はトラセンドさんに無理を言って剣の稽古けいこをつけてもらっていたところだった。


 自分から頼んでいながら、ぼーっとするなんて、とても良くないことだ。


 僕は「なんでもありません」と答えると、手に持った木でできた剣をぎゅっと握って、そして力いっぱい振り回した。


「たっ! えいっ! やあっ!」


「――ふんっ!」


 だけど、トラセンドおじさんが軽く振っただけの剣に僕の剣はあっさりと打ち払われて、いつも通り、手ぶらにされてしまう。

 そして、僕の顔の前におじさんの持っていた木の剣の先が向けられた。



「ま、まいりました」



 僕が両手を上げて負けを認めると、おじさんは剣を引いてくれた。

 ――はあ。今日もダメだったかあ。



「ロイド。前にも言った通り、お前は上段に構えたときに無駄な動きが多い。下段と同じような気持ちで構えられるようになりなさい」


「は、はい」



 そうは言われても、おじさんは僕よりもずっと背が高いんだから、力が入ってしまうのは仕方ないじゃないか。

 それに、おじさんはAランクの剣を持つ、すごい人なんだ。

 元から僕みたいな子供がかなうわけなんて無いんだから、少しは手加減してくれても……


 なんて、自分勝手なことを考えたら、途端に手が痛みだした。

 強く握っていたものだから、剣同士がぶつかったときに痛めてしまったのだろう。


「いてて……」


「ロイド! だいじょうぶ!?」


 庭にあるミュレの木影から、銀色の髪をした女の子が走ってきた。

 近くに住んでいる同い年の女の子は僕が痛めた手を取って心配そうに見ている。


「こ、こんなの平気だよ! 修行に女はじゃまなんだから、あっち行っててよ!」


「で、でもわたしは、ロイドのことが心配で……あっ」


 僕は自分の手を強く引いて、女の子の手を振り払ってやった。

 戦いは男のやることなんだから、女の子に心配されるなんて、すごくかっこ悪いことなんだ。


 それに、僕たちはもう8つ。

 いつまでも僕にベタベタするのはやめて欲しい。

 ただでさえ、いつもみんなからアミリーとのことを冷やかされているんだから。


「ロイドっ!」


「ひっ」


 僕がアミリーの手を振り払うと、すぐにおじさんがおっかない声で僕の名前を呼んできた。

 あまりの大声に、僕はびびってすくみ上がってしまう。


「今の態度は何だ! それが冒険者になって、困っている人を助けたいと言っている人間のやる事か!」


「そ、それは……その……」


 おしゃべりなおばさんとは違って、いつもは無口なおじさんがこうなってしまう時はすごく怒っているときだ。

 目がつり上がって、とても怖い顔になっている。


「他人の優しさを素直に受け取れない人間が、人助けなどどうして出来る!」


「ううう……」


「お、おじさんっ、もうやめてくださいっ。どうか、ロイドを怒らないで……」


「アミリーちゃん、すまないね。こいつ、可愛い子から手を握られて照れちゃっただけだから。悪気はないんだ」


「そんな、おじさん、ロイドは悪くなんてないです。わたしが勝手に手を触っちゃったから、痛かったんだと思います」


 あんなことをした僕を、アミリーはいっしょうけんめいにかばってくれていた。

 でも、アミリーの話すその言葉たちが自分の情けなさをよけいに感じさせてしまって、辛くなってしまう。


「……はあ。ロイド、アミリーちゃんを大事にしないと、一生後悔することになるぞ」


「こ、後悔なんてしないよっ! 何だよ、こんなブス! みんなアミリー、アミリーってさ!」


 無性に悔しくなった僕は、顔を背けて心にもない事を言ってしまう。

 そして、しまった、と思った時にはもう遅かった。


「…………」


 ――周りの音が、急速に消えていく。

 小鳥たちにさえずりも、小川のせせらぎも、風に揺れる草木の騒めきも、何も、かも。

 そして、無音となった空間に、()()の声だけが響く。


「そう……じゃあ、世界最高の神具アイテムに選ばれた私は、ロイドなんて無視して、世界最高のパーティーに入るね」


「えっ?」


 慌てて顔を戻すと、そこにいたのは大きくなったアミリーの姿だった。

 微かに見覚えのある、15歳のアミリーは冷たく乾いた、興味の無さそうな目でこちらをみている。


「そして世界最高の人と結ばれるわ。強さも、富も、名声も、あなたみたいな『不明クズ』には到底届かないような最高の男の人とね」


「あ、アミリー!」


「じゃあね。所詮私とあなたでは住む世界が違うのよ」


「待ってくれ! お願いだ! 僕は――!」


 去ってゆくアミリーに手を伸ばした途端、辺りが急に暗くなり――

 そして、ぼんやりとした無数の人影が現れた。


 顔は見えないけど、子供から老人まで男女様々な人たちが僕を取り囲んでいる。

 その中には、おじさんやおばさん、村の人達やヘクターたち、セルフィナまで。

 そして、彼らは口々に僕のことをののしり始めた。



「『不明クズ』が! お前はこの家の面汚しだ!」

「あーあ、この村からまさかあんな不明ゴミが出るなんてねえ」

「いやでも、あいつは元々孤児(みなしご)なんだろう? じゃあ、他の場所で生まれたことにすれば」

「それよりも、目障りだから村から出ていって欲しいよ」

「せっかく『不明クズ』をパーティーに入れてやったのによお、俺をこんな目に遭わせやがって」

「マジで恩知らずだよね。性格までクズとか、終わってるわ、お前」

いやしい底辺冒険者の分際で、馴れ馴れしく話しかけないでくださる? 耳がけがれてしまいますわ」


 一通りの罵声ばせいを浴びせられた後――去って行ったはずのアミリーの影が現れた。そして……


「3年も放っておいて、今更何の用なの? 私はもう、とっくに――」


「そんな! 待ってくれ! アミリー、僕はっ!」


 アミリーの口がぱくぱくと動く。

 だけど、声は聞こえない。

 そして、視界が揺れ始めた。

 ぐらぐら、ゆらゆらと。

 その振動により、あらゆるものが壊れていく。

 人も、世界も、僕の体も。


「――――」


「な、何? なんて言ってるの?」


 崩壊する世界の中、アミリーの言葉に必死に耳を傾ける。

 彼女は一体、僕に何を伝えようとしているのか――


「――――ま」

「――――さま」

「――ロイドさま」

「――ロイド様っ!」


 …………ロイド様? はて、なんのこっちゃ。


「……はっ!」


 今度こそ本当にまぶたを開くと――

 目に入ってきたのは複雑な模様の入った天井と、やけに豪華なシャンデリアだった。


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