第25話 オーギル防衛戦・7
「一緒にこの戦場に来た仲じゃないか。無視するだなんて、つれない男だねえ」
「いや、僕のことは良いから持ち場に戻ってよ!」
振り向きながら、持ち場に戻るよう説得を続ける。
「あそこはしばらくは大丈夫だろうさ。誰かさんのおかげでね」
「そうかもしれないけど! これは僕の個人的な行動だから」
いくらシモンズから遊撃部隊に任命されたとはいえ、これはエゴであり、ただのワガママだ。
他人を巻き込むわけには行かない。
「なら、アタシだってそうさ」
「はあ!?」
「アタシはアンタが気に入ったんだよ」
「ええ!?」
「だから、何としてでもお嬢様の元に返してやりたくなったんだ」
ミネルバはそう言うと速度を上げ、僕を一気に追い抜いていく。
そして、まるで僕の障壁になるように前のポジションに入った。
「いや別に、僕はセルフィナ様とはただの友達だから!」
「分かっちゃいないねえ」
肩をすくめるミネルバ。
「今のお嬢様はね、その友達すら自由に作れないんだよ!」
「……あ」
そうだった。
セルフィナは家族だけではなく、友人に至るまで国家による監視下にあったんだ。
『何か』あったときの人質として――。
「それを全力で守ろうとするのが何がおかしいんだい!?」
全ては、主の幸せのため。
なんと見上げた忠義心なのだろう。
「でも、この辺にはもう敵もそんなにいないし!」
走りながらタブレットを取り出し、周辺の状態を確認する。
やはり周辺には敵を示す赤い点はほとんど無かった。
「分かっちゃいないねえ、ロイド」
「え、何が」
「この事件、何から何までおかしいだろ?」
「それは、確かに」
「なら、最後までそれは変わらないさ。このまま、すんなりいくはずが無い」
元・熟練冒険者の勘、ってやつだろうか。
確かに、何となくおかしな感じがする。
うっすらとした違和感が消えないというか、だれかに操られている感じがするというか。
「わかった。気をつけるよ」
「ああ、それが良い。でも、アタシがアンタを絶対に守るから、安心しな」
「それは心強いなあ」
「はは、任しときなって。で、ヘクターってのはまだなのかい?」
「ちょっと待って」
懐からタブレットを取り出し、状況を確認する。
黄色い点が中心に一つ。
それと重なるように青い点が一つ。これはミネルバのものだろう。
さっきまではウジャウジャしていた赤点はこの周辺には一つも無い。
そして目的地を示す、旗。
「旗が……動いてる……?」
人間の記憶など、あやふやであいまいなもの。
でも、自分の覚えていた旗の位置からはだいぶ南――
つまり、こちら側にズレているような気がした。
「ミネルバ、止まって!」
「っと、どうしたんだい」
「ヘクターが、こっちに来てる」
ほら、とタブレットの画面を見せる。
「……な、なんだいこりゃ!?」
しまった。ミネルバに見せるのはこれが初めてだったか。
でも、長々と説明している暇はない。
「あー、これが『漆黒の板』の能力の一つなんだ」
「へ、へええ! これは……ここの地図かい?」
「うん、で、これが僕でこっちの旗がヘクターなんだけど……」
「確かに、こっちに来てるね」
良かった。
さすがは百戦錬磨の元・冒険者。
割とすんなり、『そういうもの』として納得してくれたみたいだ。
「気絶してたちかで目を覚ましてこっちに戻ってるところじゃないのかい?」
「だったらいいんだけど」
視線を上げる。
戦場の中心地からはかなり離れたこの場所にも土煙が立ちこめていて、視界は悪い。
足を止め、煙の向こうに目を凝らす。
「――ロイド。もしかして、アイツかい?」
肩にかかる程度の赤髪、ハーフメイル、青いマント。
「うん。間違いないよ」
土煙の向こう側から現れたのは、どこからどう見ても、あのヘクターだった。
だけど――
「ミネルバ。もしかしたら、あれは違うかもしれない。一応警戒しておいて」
「どういうことだい」
そう言いながら、ミネルバは背負っていた大斧の柄に手を掛ける。
「上手くは言えないんだけど。アイツはあんなヤツじゃないっていうか」
だって、僕に手を振りながら笑顔で駆け寄って来るヘクターなんて、あり得ないから。
「オーガの丸太で頭でも殴られておかしくなったんじゃないか?」
「それだったらケガとかしてないとおかしいというか」
どうにも判断しきれないまま、ヘクターはどんどん近づいてくる。
それも、満面の笑みを浮かべて。
何より怖いのは、3年間一緒にいた僕の目にも、それが作り笑いには見えないところだ。
一体何が楽しいのか、全くわからない。
いや、それ以前に、ヤツは味方なのか? 敵なのか?
構える? 逃げる? 歓迎する?
態度を決めかねている間に、ついにヘクターはすぐ近くまでやってきてしまった。
「ああ、アンタたち! 俺を助けに来てくれたのか!」
「そうさ。アンタがヘクターかい?」
「イエス、その通りだぜ!」
「……で、何をそんなにニヤついているんだ。助かったのがそんなに嬉しかったのか?」
「いいや。違うね」
ヘクターは相変わらずニコニコと笑いながら、キッパリとその笑顔が命が救われたことへの喜びではないと断言した。
「じゃあ、何がそんなに楽しいんだい」
「はははっ! これが楽しくなくて何なんだよ! ひゃ、ひゃひゃひゃ、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
馬鹿笑いをしたヘクターの右手に細かい光の粒のようなものが集まっていく。
そこで僕はやっと次の手を打つことができた。
『何でもナビ』の画面にある『中断』ボタンをタップ。
ナビゲーション状態がキャンセルされたと同時に、表示がデフォルトに切り替わる。
「楽しいに決まってんだろ。だってよお、俺のこの手で」
光の粒子は次第に形を成し、大振りの剣のようなシルエットとなり、『実体化』していく。
ギザギザの形状はまるで彼の心象を写し取ったかのよう。
怒りか憎しみか、それとも恨みか。
刀身は赤黒く、血を練り込んだかのような怪しい光沢を放っている。
「『不明』をぶっ殺せるんだからよっ!」
『何でもナビ』に赤点で表示されたヘクターは、その、剣というにはあまりに禍々《まがまが》しいモノを振り上げると――
「まずいミネルバ! そいつは『敵』だっ!」
なんの躊躇も無く、一気に振り下ろしたのだった。




