第22話 オーギル防衛戦・4
『ヘクターを助けてほしい』。
そんな勝手な願いを残して、トイーアは前線の支援へと戻っていった。
今の状況で、自由に動けそうなのが僕くらいに見えたのだろう。
それでも、あれだけバカにしていた相手に頼み事をするとは。
相当な覚悟があるとでもいうのだろうか。
「ロイド君、ここはもう大丈夫だ。あとは彼らに任せよう」
声を掛けられて、ようやく周囲に意識が戻る。
気付けば、前線を抜けてきたゴブリンたちは一掃されていた。
僕は短く頷き、『中断』でプログラムを止める。
そして、シモンズの元へと戻った。
「ご苦労だった。素晴らしい働きだったよ」
トイーアの件でモヤモヤしていた僕だったけど、初めてギルド長に褒められ、つい嬉しくなってしまった。
裏返った声でギルド長の賞賛に答える。
「こ、これで少しは押し返せたなら良いんですけど」
「ああ。ミネルバも期待通りのようだ」
言われてみれば、左翼方向から来ていたゴブリンたちは一匹も来なくなっていた。
きっと、彼女が左翼に開いた穴を見事に塞いでくれたのだろう。
「シモンズさん、次はどうしたら」
「気が急く気持ちは分かるが、あれだけ動き回ったのだ。少し体を休めなさい」
「え……あ、はい」
僕とシモンズ、そしてミネルバの働きにより、ひとまず戦況は落ち着いた。
ある程度パーティーの裁量で進められる普段のクエストとは異なり、これは共同作戦。
指揮を執る者の命令で動く必要がある。
つまり今は次の命令があるまで待機するしかない。
ただ、やることがなくなると今度は何か余計なことを考える空白ができてしまう。
……あんな奴の事なんて、知ったことか。
そう思う自分がいる。
でも、僕は聞いてしまった。
トイーアに、託されてしまった。
いや、そもそも助けてほしい、ってどういうことだ?
僕にやられた傷のせいで思うように動けないとでも言うのか?
その前に、あいつは今、どこにいる?
「あの、シモンズさん」
「何だね」
「この作戦って一体どんな内容なんですか?」
「ああ、そうか。ロイドは後から来てくれたのだな。分かった、手短に話そう――」
*
「――以上だ。何か質問はあるかね?」
「いえ、よく分かりました」
頭の中にたった今教えてもらった作戦の概要を反芻していく。
――。
この作戦は大きく分けて4つのブロックに人員を分けている。
中央前列にタンク。
彼らの役割は二つ。
中央後方の遠距離攻撃部隊を守ること。
そして、敵の最短ルートをせき止め、両サイドに敵を分散させること。
中央後方に控える遠距離攻撃部隊は敵の進軍ルートの限定が主な仕事となる。
そしてタンク部隊の脇から弧の曲線で展開するのは近接攻撃部隊。
中央で止められ、両サイドに染み出た敵を各個撃破するのが彼らの役目。
となると――
恐らく、剣の神具であるヘクターは左右のどちらかにいるはずだ。
「シモンズさん」
このまま放っておいて死なれでもしたら寝覚めが悪くなる。
そう、だからこれはあいつらのためじゃない。
あくまでも、僕の平穏のためだ。
僕は誰にしているのか分からない言い訳を心の中に並べ、シモンズへ話しかけた。
「あの、少し聞きたいことが」
「何だね?」
「……ヘクターは、どこに配置されていましたか?」
「ヘクター? 確か……左翼側だったかと思うが」
「勝手なお願いですが、様子を見に行っても良いでしょうか」
僕とヘクターが何やら揉めていた、くらいのことはシモンズも知っていたのだろう。
僕の申し出に、シモンズは少し怪訝な表情を浮かべた。
そして少しの間、何かを考え、口を開く。
「よし、ロイド。君をこの戦いにおける遊撃隊に任ずる」
「ゆうげき……たい?」
「ふ、要は『好きに動いて良い』、ということだよ」
「え、良いんですか!?」
「ぜひ、苦戦している仲間たちをフォローしてやってくれ」
「は、はい!」
「それにね、私もミネルバの様子が気になる」
「え、でもミネルバはAランカーですよね」
「ああ。神具は、ね。でも彼女は現場を離れてもう3年だ」
そうか、セルフィナと同じように長時間の戦いには耐えられないかもしれないのか。
「わかりました! 行ってきます!」
僕が踏み出そうとした瞬間。
懐に入れたタブレットから小さな声が響いた。
(……マスターは、あのヘクターという男を助けに行くですか?)
(自分を殺そうとしたヤローだぞ。放っとけよ)
(戦闘時の高揚で、マスターの判断が鈍っている可能性がありますです)
ヘルプはそう言った後、心底嫌そうな声で続けた。
(大変遺憾ですが、「ほっとけ」という点だけに関しては私もIDEの意見に賛成しますです)
「……だよねえ。でもさ」
(けっ、甘ちゃんだな)
「本当。自分でもそう思う」
(はぁ……。ですが、マスターが決めたなら仕方ありませんです)
ヘルプの声は溜息混じりだったけど、どこか楽しそうでもあった。
(マスター、タブレットを取り出してもらえるですか?)
「え、ああ。分かった」
一度足を止め、白いシャツの中に放り込んでいた真っ黒な板を取り出す。
すると、いつもの黒いアイディの画面の上に――
見慣れない、小さな窓が表示されていた。
「ん、なにこれ。えーと……」
画面を覗き込みながら、思わず声が漏れる。
「所有者『ロイド・アンデール』のタブレットスキルランクが上昇しまし……たあ?」
興奮で声が裏返ってしまった。
「0から1、だって! これ、もしかして!?」
(はい。マスターは先ほどの戦闘により、スキルランク上昇が認められましたです)
にこーと笑って、ヘルプは続ける。
(新しい機能『ツール』と『アプリケーション』が解放されましたですよ!)
(プログラムも色々出来るようになったぜ! がっはっは!)
アイディが言っていた『世界が変わる』というランク1。
この非常時ではあるけれど、ついに到達してしまったらしい。
ランクアップの条件は、アイディもヘルプも把握していない。
上昇の際には、タブレットから一方的に告げられるだけ。
相変わらず、仕組みは謎だらけだ。
……けれど、今はそんなことはどうでもいい。
「プログラムは……」
少し考えてから、僕は首を振る。
アイディ曰く、「トライアンドエラーの繰り返しだ」のプログラミング。
ちょっと今は新機能を試す時間は無さそうだ。
「ツールとアプリケーションって、どんなのがあるの?」
(色々ありますです)
ヘルプは即座に答えた。
(ただ、今の状況で一番役に立ちそうなのは、道案内アプリだと思うですよ)
「なびげーしょん……」
(おい白いの)
アイディが横から口を挟む。
(お前、アプリの事は転送しなかったんかよ)
(だって……)
ヘルプは少し言い淀んだ。
(いくらマスターでも、こんなに早くランクアップするとは思ってなかったですよ)
言い訳するように、続ける。
(それに、一度に送りすぎると『頭ぽやーん』の可能性が上がりますです)
前にヘルプの頭突きで貰った知識のおかげで、言葉の意味は何となく分かる。
『アプリケーション』は、特定の機能に特化したプログラムだ。
誰でも簡単に実行できるよう、あらかじめ梱包されている。
一方で、こちらから改変はできず、用意された機能を使うことしかできない。
便利ではあるが、短所もはっきりしているものだ。
もう一つの『ツール』は、アイディや各アプリケーションを補助するための調整機能。
いわば、追加の工具のようなものらしい。
どちらも重要そうだが、今は悠長に考えている余裕はない。
ひとまず『アプリケーション』に絞って話を聞こう。
「とりあえず時間が無いからさ」
歩き出しながら、僕は促す。
「手短に頼むよ。ナビゲーションって何なの?」
(はい。それでは実際に操作しながら説明しますです)
ヘルプはいつものお仕事モードのポーズになった。
(まず、タブレットのIDEを『バックグラウンド』に下げてくださいです)
「えっと……こうかな」
(はい。次は『デスクトップ』上にある『何でもナビ』のアイコンをタップしてくださいです)
言われるままに指を動かす。
断片的な説明を繋ぎ合わせていくと、概要が見えてきた。
『何でもナビ』は、モノや人の位置を地図に表示するアプリらしい。
しかも、かなり精度が高い。
ただし制限もある。
探索対象を見たことがあり、かつ、その場所に行ったことがある場合のみ有効。
条件を満たさないと、エラーになるか、大まかな方角しか示されない。
だがここは、僕が三年も住んでいる土地の近くだ。
探している人物のことも、もちろん知っている。
(最後に、『探索開始』ボタンを押すですよ)
「……それっ」
一拍置いて、画面を見て目を見開く。
「……おおっ、何か出た!」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になる!…かもしれません。
軌道に乗ればこちらの作品も挿絵を入れていきたいと思います。
どうかよろしくお願いします!!




