第20話 オーギル防衛戦・2
「か、閣下!? せ、せめて兵はお貸しいただけないですか! このままではこの町は!」
必死に縋るエドール卿を無視して王国補佐官は冷徹に行動を進める。
「何をしている。可及的速やかに行動せよ」
「は……はっ!」
「我々も護衛に加わりますぞ」
「おお、テンパレス卿。それは大変心強い」
「皆様も死にたくなければ急ぎ町を出るとよろしかろう。では、我らはこれで」
補佐官の一声で、会場は完全にパニックになった。
皆が我先に出口へ殺到し、走り出す。
そして僕も、同じように走り出した。
「カーラ! 剣を!」
「は、はい!」
剣を両手に抱えたまま固まっていたカーラから、それを引っ掴む。
僕は人でごった返す出口とは逆方向へ駆けた。
いつもより鮮やかな青のドレス。
セルフィナの元へ。
「セルフィナ様、申し訳ありませんが、これでお別れです」
「ロイド!」
「セルフィナ様は町の皆の避難をお願いします!」
「貴方はどうするの!」
「僕は……。もし、僕が帰らなかったら、アミリーに『ごめん』って伝えておいてください!」
「ちょ、ちょっと、お待ちなさ――」
返事は聞かない。聞けない。
「さよならっ!」とだけ叫んで、僕は再び駆け出した。
――良かった。最後に挨拶は出来た。
僕にしては上出来だ。
背後では、セルフィナが出陣を求め、父親と口論を始めていた。
しかし、それが許されることはないだろう。
国王の命令なしでSS神具を行使しようものならどんな罰が待っているか分からない。
お忍びで森の魔物を間引くのとは規模が違いすぎる。
僕は人でごった返す出口を避け、トイレへ向かう。
タイル塗りのときに一通り建物の構造を見ておいて良かった。
僕の体格なら、あそこの窓から外へ出られるはず。
トイレに入り、便器に上る。
自分の身長より高い窓枠へ手を掛け、体を引っ張り上げようとした――
が、腰の剣が何かに引っかかって進めなくなってしまう。
「く……このっ」
「ロイド様! 手を!」
「ミネルバさん!」
窓から上半身を出した僕に気づき、ミネルバが駆けつけた。
差し伸べられた手を握ると、彼女は気合いを込めて叫ぶ。
「おらぁっ!」
凄まじい力で、僕は外へ引っ張り出された。
「ありがとうございます!」
そう言ってすぐに僕は冒険者たちの元へと駆けだした――のだが。
「あの、ミネルバさん!?」
「はい、何でしょうか!」
「なんで付いてくるの!?」
何故かミネルバも僕の後を付いてくるのだ。
既にエドール邸の門は通り過ぎ、町の中央通りに差し掛かろうとしているのに。
「方向が同じだけだよ!」
「ええっ?」
中央通りに入る角を曲がる。
住人たちも慌てて避難を開始しているが、かなり混乱しているようだ。
「ロイド様こそ、これからどうされるつもりだい!?」
「そんなの、決まってるじゃないか!」
と、町の北門の方を指差す。
「そりゃあ奇遇だね! アタシもそうしようとしてたところさ!」
「えっ、セルフィナ様の傍にいなくて大丈夫なの!?」
走りながら会話しているせいか、二人の口調はかなり砕けてきていた。
いや、お互いにこれが『素』なのだろう。
「アタシはエドール家の武官だからね! 事情があって出陣できない主に代わって戦場に出るのは当然だろう!?」
「え、メイドさんじゃなかったの!?」
「は、普段はヒマだからねえ、アレは趣味みたいなもんさ!」
「しゅ、しゅみぃっ!?」
「なんだい、アタシがこういう服着たいと思うのはおかしいかい?」
「い、いえっ、とても似合ってますうっ!」
走りながら会話を続ける。
僕が昨日ギルドで集めた情報によると、ミネルバはやはり元・冒険者だった。
それも限りなくSに近いAランカーという超大物。
そんな人がなぜエドール家の武官になったのかは分からないけど、まあ色々事情があるのだろう。
「すいませーん! 通してくださーい!」
「慌てるんじゃないよ! まだ時間はある! 落ち着いて避難しな!」
僕とミネルバは南へ向かう人の波に逆らって進んでいく。
この町で伝説になりつつあるミネルバが一緒に来てくれる。
これほど心強い助っ人はない。
「そういやロイド、アンタのランクは!?」
「――『不明』っ!」
もう、臆さずにはっきりと言えるようになった自分の神具のランクを叫ぶ。
「な……アンタが、あの!?」
よほど驚いたのか、ミネルバの速度が緩んでいき、そして足が止まった。
「うん。ダメな方の不明を授かったのは僕だよ」
ミネルバに合わせるように僕も足を止め、振り返った。
二人して、ここまでノンストップで走ったせいで乱れていた息を整える。
「……はっ、面白いじゃないか」
「やっぱり、おかしいかな。不明なのにこの戦いに参加しようとしてるなんて」
「はは、よく言うよ。セルフィナ様が認めたということは、もう不明ではないんだろう?」
「……うん。きっと、僕も役に立てると思うよ」
「なら何の問題も無いね。行こうじゃないか、アタシらで戦いをひっくり返しに、さ」
そう言うと、ミネルバは再び足を動かし始めた。
僕も戦場へ向かって走り出す。
タブレットが覚醒して、今日で4日目。
今日は使うこともないと思っていたのに、それどころか最大の舞台が来るとは。
つくづく、人生は思い通りにならない、と思う。
*
町の北門を抜けると、山岳部手前の平原一帯で土煙が舞い上がっていた。
広い範囲で激しい戦闘が続いているのだろう。
魔法か、神具の固有スキルによるものと思われる爆発と発光。
それに伴う轟音が、断続的に響いている。
「ロイド、まずは本陣を目指そう。戦場の後方に、臨時の指令所が設営されているはずさ」
「うん。あ、あれじゃない? 本陣って!」
「よし、まずは状況確認だね」
土煙が最も濃い方向へ向かって走っていると、町の象徴である鷲の旗が目に入った。
その旗の下には十人ほどの人影が集まっている。
その足元には、布の塊のようなものが転がっていた。
……いや、違う。あれは、寝かされた人間だ。
治療に走り回る人数より、倒れている者の方が圧倒的に多い。
本陣と思しき場所は、もはや医務所と区別がつかない状態だった。
その惨状を前に、自然と脚が速くなる。
「すみません! 遅くなりました!」
「――何だ、お前たちは! ここは危険だ、早く逃げなさい!」
到着と同時に、指揮を執っていた人物に声を掛ける。
長身痩躯で片眼鏡を掛けた中年の男――ギルド長のシモンズだ。
だが一目では僕たちのことが分からなかったらしく、しっしっと手で追い払われた。
「何だい、シモンズ。もうアタシの顔を忘れちまったのかい?」
「お前のような似非メイドなど私は知ら……んんっ!? お前、もしかしてミネルバか!」
「ああ、助太刀に来てやったよ!」
「じゃあ、そっちのは……」
「僕ですよ! ロイドです!」
そう言って、後ろに流していた前髪を無理やり前へ引っ張る。
『いつものロイド』に戻した。
シモンズは片眼鏡をくいくいと上下させ、僕の顔をじっと見る。
そしてようやく気付いたのか、「ああっ!」と声を上げた。
「そんなことはどうでもいい! 今の戦況はどうなってる!」
「あ、ああ。正直かなり厳しいと言わざるを得ない」
シモンズは一度息を整え、続ける。
「今は遠距離攻撃のできる後方部隊の支援で、何とか前線を維持している。だが、これ以上怪我人が増えれば……」
「――ギルド長っ!」
続きを遮るように、戦場側から女性の叫び声が飛んできた。
息を切らし、足をもつれさせながら駆け戻ってきた彼女は、倒れ込むように帰陣する。
彼女は顔だけを上げ、絶え絶えの声で報告した。
「左翼側が……突破されました……後方部隊が襲われるのも時間の問題です」
「そうか。分かった。私が後方部隊の護衛に回ろう」
「ぎ、ギルド長は王都から派遣されてきた方のはずでは?」
「だからといって、ここで逃げるわけにもいくまいよ」
「シモンズさん……」
「報告ご苦労だった。皆、私が出た後は本陣を引き払い、町の中まで下がりなさい」
シモンズは周囲を見回し、続ける。
「ギルドの地下室なら、そう簡単には見つからない。三日耐えれば、必ず救援が来る。いいね」
そう言い切ると、戦場へ視線を向けた。
次に、僕たち二人へと向き直る。
「ロイド。君は私と共に後方部隊の救援に回ってくれ。補給品も届ける必要がある」
そしてミネルバを見る。
「それと、ミネルバ――」
「左翼側を何とかしろ、ってんだろ? 任せときな!」
「――ああ、助かるよ。本当に、君を手放すんじゃなかった」
「おや? またアタシを口説こうってのかい?」
「そうだな。もし生き残れたら……またアタックさせてもらうよ」
「はっ! そん時ゃ、また振ってやるよ!」
シモンズは苦笑し、腰の細剣型の神具を抜いた。
それに合わせるように、ミネルバも背負っていた大斧を構える。
二人は、武器同士を軽く触れ合わせた。
「武運を」
「君もね、ミネルバ」
「ほら、ロイドもやんなよ」
「あ、うん」
促され、ミスリルの剣を抜く。
そして二人の武器が交わる場所へ、そっと合わせた。
「みんなで、オーギルを守りましょう」
その一言に、救護部隊の人たちや、意識のある怪我人までもが声を上げた。
「応!」と、力強い返事が返ってくる。
……その声に、極限の状況にもかかわらず、心がぞくりと震えた。
そして、いつかアミリーとも、こんな場に立てたら――そんなことを考えてしまった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になります!(断言)
軌道に乗ればこちらの作品も挿絵を入れていきたいと思います。(過去話にも入れ始めました!)
どうかよろしくお願いします!!




