第18話 張りぼての宴
「ご婚約おめでとうございます、セルフィナ様」
「ロイド様!」
公式にはまだ始まっていないものの、ダンスホールには既に多くの来賓が集まっていた。
僕は一際目立つ青いドレスの女性の元へ向かい、招待への礼を述べる。
「本日はご招待いただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、ロイド様に来て頂けてとても嬉しいですわ」
「今日の一段とお綺麗なセルフィナ様を見られないとは、彼女も大変悔しがることでしょう」
言い慣れない言葉を、事前に用意した台本通りに口にする。
監督と監修は、例のメイドさん二人にお願いしてあった。
こういう場は最初が肝心らしい。
逆に言えば挨拶さえ無難なら、多少崩れても『あえてそうしているもの』だと受け取られるそうだ。
とはいえ、変なアドリブが来れば即座に危機に突入してしまう。
実はけっこうスリリングな状況だったりするのだ。
「ロイド様こそ、随分と凛々しくなられましたわね。その髪型も大変お似合いですわよ」
「いえ、セルフィナ様の方こそ――」
「――おや、フィーナ。そちらの方は?」
「お父様」
声の方を見ると、口ひげを蓄えた初老の男性が立っていた。
『お父様』ということは、この人がエドール侯爵だろう。
セルフィナは父の姿を確認すると、小さく「お耳を」と囁いた。
彼女は耳元に顔を寄せ、声を潜める。
今の僕は『アミリーの婚約者』。
国家に命を握られるリスクを背負うとしても愛を貫く一途な男。
まあ、そんな感じの設定だった。
「――おお、あの『不明』の!」
「お父様、お控えになられて。彼の話を知られるわけには参りませんの」
「……そうだな。どこで国王派どもが聞いているか分からん」
エドール卿は一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに表情を引き締める。
「ロイドさん。これから大変だと思うが、困った事があれば娘を頼りなさい。若輩者だが、少しは力になれるだろう」
「はい。お気遣いありがとうございます」
真っ直ぐに見つめられ、演技のはずなのに、ついそのつもりで返事をしてしまった。
こういう、相手をその気にさせる能力はきっと父親譲りなのだろうな、とエドール親子を見比べる。
「もっとお話ししたいところなのだがね、今日は私が招いた客人も多くてな。これで失礼させてもらうよ」
最後に「では」とだけ言い残し、壮年の紳士は人混みへ消えていった。
もっと傲慢で強欲な、いかにも貴族らしい人物を思い描いていたのだが。
想像していた人物像とはだいぶ違う感じだった、というのが正直な感想だ。
「想像よりずっと気さくな方で驚きました」
「さて。それは、どうかしらね」
セルフィナは自嘲的な笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「あれは、同じ境遇に落ちる人間への同情――いえ、仲間意識といったところでしょう」
「そうなんですか」
『不明』のアミリーと家族になるということは、自由を奪われるということだ。
セルフィナが15になった年から、その重さを背負わされてきた侯爵家なら尚更だろう。
冒険者を毛嫌いする理由も、その辺りにあるのかもしれない。
僕らは自由だ。
極論すれば生きるのも、死ぬのでさえも自由。
自分と比べれば何も持たないに等しい者たちが自由を謳歌している姿は面白いものではないだろう。
「とにかく、今日は楽しんでいって下さいな。お料理も沢山ご用意していますから」
「はい。とても楽しみにしています」
「ふふ、素直で宜しいですわ。では、私は準備がありますので控え室へ戻りますわね」
「ええ。また後ほど」
さて。
セルフィナと別れると、一気に手持無沙汰になった。
知り合いもいないし、忙しそうなメイドさんを捕まえるわけにもいかない。
(あと、先日の姿を見られたメイドの誰かに気付れたくないというのもある)
……今のうちに用でも足しておこうか。
そう思って柱の陰にあるトイレへ向かうと、10人以上が並んでいた。
三つ鐘も近いし、並んでいる間に始まったらセルフィナに悪い気もする。
なら、我慢するか?
……いや、考えたら余計にしたくなってきた。
はあ。仕方ない、並ぶか。
そう諦めかけた時、ふと良い案が浮かんだ。
「そうだ。屋敷の中のトイレを使わせてもらおう」
思い立った僕はダンスホールを出て、屋敷へ向かう。
トイレは正面玄関のすぐそばにあったはずだ。
今の僕は招待客、今の僕は招待客……と心の中で唱えながら、屋敷の中へ入る。
無事、誰かに咎められることなく目的地に到着した。
だが、同じ事を考える人は僕だけではなかったらしい。
「うわ、こっちもか!」
残念ながら、こっちにも順番待ちの列が。
困ったな、これなら向こうで並んでおけば良かった――
と思ったところで、先日屋敷に潜入した際に入った書庫の近くにトイレがあったことを思いだした。
「あそこなら空いてそうだな。奥だし」
ここまで来て今さら並ぶのはもったいない気がした僕は屋敷の奥へと足を向ける。
「よし、やっぱり!」
お目当ての部屋を見つけ出し、僕は思わず声を上げる。
しかも、誰も並んでいない。
賭けに出た甲斐があったというものだ。
――しかし。
ドアノブに手を掛けた瞬間、中から誰かの話す声が聞こえてきた。
「危ない、危ない。誰か入ってたか」
今日はあちこちの偉い人がたくさん招待されている。
もし揉め事を起こせば、セルフィナに迷惑がかかるかもしれない。
……って、待てよ?
確かここのトイレは一人用だったような……。
じゃあ、中から聞こえる声は何だ?
僕は好奇心に逆らえず、つい聞き耳を立ててしまう。
――ドアはそれほど分厚くないらしい。
多少くぐもってはいるものの、会話内容ははっきりと聞き取れた。
やはり、中からは二人分の声が聞こえる。
それも、若い男と女の声。
「――おい、いい加減離してくれ。婚約式に遅れるだろ」
「……いいじゃない。あんな気味の悪い女、少しくらい待たせたって」
「いや、さすがにマズいって」
「どうしたの? あの女のこと、『面白味の欠片もない人形女』って言ってたくせに」
「バカ、誰かに聞かれたらどうする!」
「大丈夫よ。こんな場所に誰も来やしないって」
「万が一ってこともあるだろうが」
「そもそも、向こうから言い出したんでしょ。あの女と結婚してくれって」
女は楽しそうに続ける。
「婚約破棄なんて向こうから出来ないんだから、聞こえたって問題ないでしょ?」
「だからこそだよ。これから財産を頂くってのに、恥までかかせたら可哀そうだろ」
「これに似合わず、お優しいですわねぇ、ライゼル様」
「おい、もうよせ」
「そうよねぇ。今夜はあの子を可愛がらないといけないものね。分は残しておかないと」
「はっ。あんな気持ち悪い女、死んでも御免だ」
「でも、跡継ぎは必要でしょ?」
「生まれた瞬間に人質になる子供が不憫だ、って言えば誰も文句言わないさ」
「そんな事したら浮気されちゃうかもよ?」
「好きにすればいい。あんな人形女に欲情できるのは、物好きか童貞くらいだろ」
「それなら、アタシはどうなの?」
「お、おいやめろ」
「ふふ、すごいじゃない……どう? 最後に」
「へへ、好きだよな」
「ライゼルもでしょ……」
そっとドアから離れ、覚束ない足取りで屋敷を出た。
尿意は完全に引っ込み、代わりに冷たい汗が止まらない。
今の僕は、セルフィナの顔を直視できそうになかった。
いっその事、このまま外へ出てしまおうか。
「――お客様。どうかされましたか」
「……ミネルバさん」
声を掛けてきたのは、筋肉が目立つあのメイドだった。
「あ、いえ。少し気分が悪くなったので、外の空気でもと」
「……そうですか。まもなく三つ鐘です。ダンスホールへお戻りください」
「はい。ありがとうございます」
きっと、セルフィナは全て分かっていたのだろう。
それでも飲み込み、この政略結婚を受け入れた。
僕は友人として、その覚悟を見届けなければならない。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になります!(断言)
少しずつこちらの作品にも挿絵を入れていきたいと思います。(過去話にも入れ始めました!)
どうかよろしくお願いします!!




