第17話 友人からの誘い
「それでは、ロイド様。お気をつけてお帰りくださいませ」
「ありがとう、ミネルバさん」
ミネルバの案内で再び例の小屋へ戻った僕は、化粧を落とし、服も自分のものへ着替えて、ようやく一息。
「くれぐれも、あちらの品を処分などなさらないように」
「う……分かりましたよ。セルフィナさ……様のご命令なんですよね」
ミネルバが「アレは捨てるなよ」、ともう一度念を押してきた。
どうやら皆様、僕の痴態が大変お気に召したようで……喜んで頂けたようで何よりです。
「ご理解いただき恐縮です。あと、それから――」
分かれる直前、最後にミネルバは表情を引き締め、こう告げた。
「ご理解頂いているかとは存じますが――」
僕は黙ったまま次の言葉を待つ。
「本日のことは森に入ってからここまで、全てご内密に願います」
「ええ、もちろんですよ」
セルフィナがたまに森の掃除をしていたこと。僕がメイドに扮して屋敷に潜入したこと。色々な情報交換を行ったこと。僕とセルフィナが友人になったこと。
もちろん、僕からそれらを他人にペラペラと話す気は一切無い。
大切に心の中にしまっておくつもりだ。
「では、私はこれで」
そういってミネルバは屋敷に戻った後――この場にいるのは僕一人となった。
足元には、大きな布に包まれた『土産の品《メイド服》』。
テーブルの上では、『報酬の品』が乳白色に輝いている。
ミネルバ曰く、やはりこの剣はミスリル製で、それも超高純度の業物らしい。
……冒険者業を営む男で、『剣』にドキドキを覚えないヤツがいるだろうか。
いや、いない。
僕はワクワクを抑えきれず、テーブルの上の剣に手を伸ばす。
柄に手を掛け、軽く引く――
「うわ、なにこれ」
しゅらり、と小気味いい音を立てて、刀身が抜けた。
油を差しても引っかかっていた、あの安物とはまるで違う。
適度な長さ。
重すぎず、軽すぎない重量。
柄の感触も、指に吸い付くみたいだ。
しかも、この乳白色の刀身。
さすがは最高級の魔法金属製である。
もしこれを店で買ったら――。
値段の想像すらできないけど、僕の想像力を遙かに超えていることだけは間違いないだろう。
僕とセルフィナが友人になった記念の剣。本当に、大事に使わないとな。
「……本当にこんなの、貰って良かったのかなあ。あとで返せ、とか言われないよね」
(――かっかっか。そんな貧乏くせえこと、あの嬢ちゃんが言うわけねえだろ)
僕の庶民丸出しの独り言に、懐から返事が返ってきた。
セルフィナとの会話の途中から静かだったから、てっきりスリープ状態だと思っていたけど……。
どうやら、タブレットは起動したままだったらしい。
「ああ、アイディ。さっきはいきなり引っ込んだけど、どうかしたの?」
(あー、あれな。ヘルプの奴がベソかきそうだったからよ。無理やり引っ張り込んで、巣に放り込んでやった)
「放り込むって……。で、そのヘルプは?」
(ますたあー、ますたあーって、まだ泣いてるぞ。今は呼んでも聞こえねえかもな)
呆れたような声が続く。
(ったくよ。役に立たねえサポートもいたもんだぜ)
「そっか……。じゃあ今はいいや。聞きたいことがあったわけでもないし」
(ああ、ほっとけ。それより早く戻って充電した方がいいぜ。もう半分も残ってねえ)
「え? もうそんなに? 家を出たときは満タンって聞いてたけど」
(さっきのザコ戦だな。ディフェンスモードを使いすぎた)
少し間を置いて、補足が入る。
(対象を増やしすぎると、あれはエネルギーを馬鹿食いする)
アイディの画面を操作し、防御モードのプログラムを見る。
ギルドからエドール卿の屋敷までの間に組んだものだ。
「……今持ってる20種類、全部入れたのは多かったかな」
(多すぎだ。サンダーブレスとか、明らかに要らなかっただろ)
即座にツッコミが入る。
(稲妻を武器回避して、どうすんだよ)
「無効化シールドは消費が激しいみたいだし。あんまり入れない方がいいかな、って思ってさ」
(はあ……前途多難だぜ、こりゃ)
タブレットとアイディは確かに万能だ。
とんでもない力を持っている。
だけど、動けば普通に疲れる。
筋肉痛にもなる。
エネルギー管理とプログラム作成で、頭もひどく使う。
なので、色々とキツい。
「……こうして見ると、意外と弱点も多いよね。タブレットって」
(そりゃ、お前が力を引き出せてねえだけだ。
とりあえず、ランク1に上げてみろ)
声が少し楽しそうになる。
(見える世界が変わるぜ)
「うん。頑張るよ」
この世界を変えたいなら、タブレットの性能を引き出すことは必須だ。
国の中枢にいる連中と、同等かそれ以上の力が要る。
でなければ、『誓いを果たす』なんて絵空事にすぎない。
武力。
知力。
資金力。
組織力。
何でもいい。
まずは、自分と周りの人を守れる力を身につける。
全部は、それからだ。
*
セルフィナから剣を貰って2日後。
つまり、タブレットが起動して4日目の朝。
昨夜は攻撃プログラムを調整していたせいですっかり夜更かししてしまった僕は、ドアが外れるんじゃないか、と思うほどのノック音で叩き起こされた。
「だれだよ……こんな朝っぱらから……」
どがん、どがん、とドアが悲鳴を上げている。
「御免! 御免! ロイド・アンデール様は在宅か!」
「あいあーい……今行きます」
気休め程度のつっかえ棒を外し、ドアを開ける。
「お休みのところ、申し訳ございません」
そこに立っていたのは、セルフィナ付きの執事だった。
小脇には、白い布に包まれた荷物を抱えている。
さっきまでの勢いが嘘みたいに、物腰は丁寧だ。
「ロイド様。本日は何かご予定は?」
「ええっと……いえ。特には」
「それでは、こちらを。お嬢様からのお手紙です」
「セルフィナ様から? ……何だろう」
まさか、またあのメイド服を着ろ、とかじゃないよな……。
恐る恐る封筒を受け取り、三つ折りの便箋を開く。
――――――
親愛なるロイド・アンデール様。
先日はありがとうございました。
久しぶりに、心から楽しい時間を過ごせました。
私の人生でも、とても貴重なひとときです。
ただ、1つ心残りがございます。
ロイド様をお食事にお誘いできなかったこと。
そこで急ではございますが、
明日開かれる婚約記念パーティーに、
ロイド様をご招待したく思い、筆を取りました。
ぜひアミリー様の分まで、
私の晴れ姿をご覧いただければ幸いです。
心より、お待ちしております。
アミリーの友人
セルフィナ・オル・デ・エドールより。
追伸:拒否権はございません。
――――――
………………。
……あ、封筒にもう1枚ある。
これは招待状か。
「……執事さん。パーティーって今日じゃなかったですか? 手紙には明日ってありますけど」
「はい。昨日はロイド様がいらっしゃらなかったようでしたので」
「え、昨日から来てたんですか?」
「はい」
「すみません。昨日は沼地で、遅くまで……攻撃プロ……いえ、訓練をしていまして」
「それは結構なことです」
「あ、でも……僕、着ていける服なんて――」
「こちらを」
待ってましたとばかりに、白い布が差し出される。
それを開くと、艶のある黒い服が現れた。
「お前たち。準備を」
「はいっ!」
元気な返事とともに、入口の横からメイドさんたちが現れる。
了承も取らず、ぬるりと室内に侵入。
昨日と同じ手際で、僕の服を脱がせ始めた。
もう慣れたものだ。
パンツ1枚にされるくらい、どうってことない。
そう、アレ《メイド服》を着せられるより、何倍もマシだ。
「では、私は屋敷へ戻ります。パーティーは三つ鐘から。どうか余裕をもってお越しください」
「はい。ご招待、ありがとうございましたとお伝えください」
「それは、ご本人からの方が喜ばれます。私は、参加をご快諾いただいたとだけ」
「なるほど、確かにその通りかもしれません。分かりました、御礼は僕の口から」
「ご理解頂き恐悦にございます」
執事との会話の間にも僕の準備は着々と進んでいた。
と、いっても僕自身は何もせずに突っ立っているだけなのだが。
そんな僕にメイドさんから声が掛かる。
「サイズの方はいかがですか?」
「サイズ、ですか?」
いかが、と言われてもよく分からないのだが。
「失礼しました。どこか窮屈だとか、そういった不具合がないかと」
「ああ、いえ、全然!」
彼女の心配は全くの杞憂と言い切れる。
着せられた服や靴はいずれも僕のために作られたかのようにぴったりだったのだから。
「それは良かったです。念のために採寸しておいて正解でした」
「採寸?」
「はい、ミネルバ様とお召し物を交換されましたでしょう?」
「ええ、まあ」
一瞬、嫌な思い出とともにアイディの爆笑姿が脳裏によぎる。
「そのときに、私の『快適の巻き尺』で測らせていただきました」
「へえ……採寸できる神具、ですか……って、じゃあこの服って!」
「はい、ロイド様のために特別に仕立てたものとなります」
何もそこまでしなくても……。
と、思ったけど今日はセルフィナの晴れの日だ。
その辺の仕立屋で借りたサイズの合っていない服で行くわけにもいかないだろう。
ならば、ここも好意に甘えておくことにしよう。
僕は一言礼を言い、ついでに少し気になったことを聞いてみる。
「そういえば……今日はミネルバさん、いないんですか?」
「はい。旦那様の命で、今日はご来賓の警護に」
「ああ……なるほど」
どこかで聞いたことのあるような『ミネルバ』の名前。
やはり気になったのでギルドで聞いてみると、やはり彼女は有名な元冒険者だったらしい。
それがどうしてああなったのかは分からないけど、まあみんな色々あるしね。
あんまり首を突っ込むのも野暮というものだろう。
「はい、いかがですか?」
そんなことを考えている間に、準備は終わった。
メイドさんが持参してきた鏡で自分の姿を確認してみる。
白いシャツ。
黒地に白の刺繍が入ったジャケット。
黒のスラックス。
どれも手触りがやたらと滑らかで、きっとすごい生地を使っているのだろう。
「次は御髪を。私の《型固定の櫛》なら、1日経っても崩れることはありません」
そう言って、籠から琥珀色の櫛を取り出す。
これがこの人の神具らしい。
……子供の頃は、武器や魔術書ばかり欲しがってた。
さっきの巻き尺もそうだけど、今はこういうのも悪くないと思ってしまう。
年を取っても使えるし、何より痛みとか争いとは無縁なところが良い。
髪を整え、軽くメイクもしてもらい、ついに『余所行きロイド』が完成した。
時刻は二つ鐘が鳴ってから、少し経った頃。
少し早いけど、もう屋敷へ行こう。
この格好じゃ、ギルドにも訓練にも行けないし。
それに――。
セルフィナの相手も早く見てみたいし。
一体どんな人なんだろう。いい人だといいんだけどなあ……。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になります!(断言)
少しずつこちらの作品にも挿絵を入れていきたいと思います。(過去話にも入れ始めました!)
どうかよろしくお願いします!!




