第16話 友人と婚約者と
僕の新しい誓いを聞いたセルフィナは、儚げに笑った。
そして両目を閉じ、一つ大きく息を吐く。
もう叶わないであろう、小さな願いを口にした。
「私も、それほどまでに焦がれるような恋がしてみたかったですわね」
「……やっぱり、結婚は嫌なんですか?」
セルフィナは肩をすくめるように笑った。
「ふふ、随分と真っ直ぐに斬り込みますのね。ですが私はエドール家の人間です。子供が夢見る結婚なんて、十になる前に諦めましたわ」
「それじゃ、何でダンスホールの妨害なんてやってたんです?」
「あら。貴方、まだ覚えていらしたのね」
平然と言われて、僕は思わず目を細めた。
いや、昨日の話だし。忘れるわけがない。
それにしても、昨夕のセルフィナと今のセルフィナ。
どうしても同一人物に見えない。
あの幼稚な行動は、一体なんだったんだ。
「実は、双子だったりしませんよね」
セルフィナはくすりと笑って、首を傾げた。
「ふふっ、面白いことを仰いますのね。楽しませてくれたお礼に銀貨10枚……いえ、20枚を差し上げようかしら」
「……双子ではないみたいですね」
「そうね。強いて言うなら、あの下らない建物と調度品に金貨500枚も使うことへの、ささやかな抵抗かしら」
「き、きんっ! 500!?」
「ええ。しかも、まともに使われるのは婚約パーティーの1回きりですのよ。そんなお金があるなら、もっとまともな使い道があるでしょうに」
銅貨10枚で大銅貨1枚。
大銅貨10枚で銀貨1枚。
銀貨100枚で金貨1枚。
つまり金貨500枚は……。
タイル塗りに換算すると……ご、50万タイル!?
それだけあれば何ができる。
えーと、えーと……駄目だ。
僕は大金に縁が無さすぎて、想像が追いつかない。
「い、一体何のためにそんな大金を」
「そんなもの、見栄と打算に決まっていますわ。今回のお相手は伯爵位で、うちの侯爵位より格上です。家格が劣っても、裕福さでは勝っていると見せたいのでしょう」
「贅沢にお金を使うことが目的、ってことなんですね……」
「ね? 下らないでしょう?」
「それは、まあ……。ですが、こう言ってはなんですけど、結婚したらお相手の家も『家族』になりますよね。それって大丈夫なんですか?」
例の人質制度がある限り、家族になるのは危険だ。
財力のある相手と関係を結ぶのは得かもしれないけど、命を天秤に掛けられるものなんだろうか。
「ええ。私のお相手はテンパレス伯のご長男ですわ」
「テンパレス、家」
貴族には縁も興味も無かった僕には誰がどのくらい偉いのかさえよく分からない。
「SSランクの剣『秩序の番人』を持つ、ライゼル様ですから。条件は変わりませんのよ」
「ああ、何となく聞いたことがありますよ。『秩序の番人』」
確か、僕の儀式の2年ほど前に『どこかの貴族の跡取りがSSランクを授けられたらしい』て噂が流れてた気がする。
なるほど。そのときの人が相手なのか。
しかも、同じ立場ならリスクは大して変わらない、と。
「でも、よくこの国が許しましたね」
「ふふ、それには色々と込み入った事情がありますのよ」
口に手を当て上品に笑うセルフィナには勝手に人生を決められてしまう事への不満は見えない。
「本当に、結婚が嫌ではないんですか?」
「あら。どうして?」
「だって、ほら、その、えーと」
言いよどむ僕を見て、セルフィナは楽しそうに言葉を紡ぐ。
「こんな厄介な娘、貰って頂ける相手が見つかっただけでも上出来ではないかしら」
「厄介だなんて……セルフィナ様は立派なお方だと思います」
「ありがとう、ロイド。そう言ってもらえて嬉しいわ」
そう言うとセルフィナは、よそ行きではない、年相応に見える笑顔を浮かべた。
「セルフィナ様、どうかお幸せに」
僕は心の底から湧き上がった言葉を口に出して、話題を畳むことにした。
他人の、それも貴族同士の結婚に僕がこれ以上首を突っ込んでもどうにもならないだろうから。
「ええ。ロイドも幸運を祈りますわ」
セルフィナは上品に笑った。
僕もつられて笑って、穏やかな沈黙が落ちる。
――さて。聞きたいことは大体聞けたかな。
いや、こっちはほとんど貰ってばかりだけど。
僕の気配を感じ取ったか、セルフィナが口を開いた。
「今日はここまでに致しましょうか。あまり姿を見せないでいると、お父様が不審に思われますし」
「はい。貴重なお話を聞かせてもらって、ありがとうございました」
セルフィナは軽く頷いて、にこりとする。
「こちらこそ、有意義な時間でしたわ。……ああ、そう言えば森の件の報酬がまだでしたわね」
「いえいえ、報酬だなんて。僕はアミリーの話を聞けただけで、十分です」
そもそも今日の僕、何かしたっけ。
思い返しても、後ろをくっついて歩いて口を動かしていた記憶しかない。
あれが仕事になるなら、誰も苦労しないと思う。
僕が拒もうとすると、セルフィナは呆れた目を向けた。
それから小さく息を吐く。
「貴方、冒険者なのでしょう? それなら、もう少し報酬に貪欲になりなさいな」
「森でも僕は大したことをしてませんし――」
「――失礼いたしますわね」
そう言って、セルフィナは突然ランタンを絞り始めた。
火は限界まで弱まり、消えそうに揺れている。
1歩半先の彼女の顔すら、よく見えなくなった。
「セルフィナ様? 一体、何を」
「後ろを向いてくださらない?」
――ああ、これはあれだ。猛将覇王モードだ。
多分、何を言っても止まらない。止まる気も無い。
抵抗は無駄だと判断して、僕は言われた通り後ろを向いた。
すると背後から、かすかな衣擦れの音が聞こえる。
続けて、カチャカチャと金具の擦れる音もした。
まま、まさか。報酬って……アレのことじゃ……。
「こちらを向いてもよろしいですわよ」
声がして、ランタンの明かりが強まった。
ダメだ。とても振り向けない。
だって僕には、アミリーという心に決めた人が――。
「どうかされましたか?」
平然とした声が、逆に怖い。
でもこのままじゃ埒が明かない。
ええい、ままよ。僕は覚悟を決めて振り向いた。
そして目の前にあったのは――。
「……剣?」
ランタンの光を受けて、乳白色の金属がきらりと光る。
細長くて、鞘に納められた形。どう見ても剣だった。
それをセルフィナが両手に乗せて、僕へ差し出している。
まるで捧げ物みたいに、丁寧な姿勢で。
「ええ。先ほど貴方の剣が刃こぼれしたでしょう? ですから、これを代わりにと思いまして」
「こ、こんな高そうなもの、貰えませんよ! あんな安物の代わりだなんて、とんでもないです!」
セルフィナは、少しだけ困ったように笑った。
「どうせ私には必要のないものですわ」
「そういう話ではなくてですね」
「我が友人のロイドに使ってもらった方が、その剣も、そして私も喜びます」
そう言うとセルフィナは、『報酬』を強引にぐいっと押し付けてくる。
いや、それよりも。
僕は彼女のある言葉に引っ掛かりを感じて――
「ゆ、友人?」
「あら。嫌ですの?」
「いえいえ! そんなことは決して!」
この言葉は嘘じゃない。
セルフィナと実際に話してみると、とても好感の持てる人物だった。
でも僕は、今はまだ一介の冒険者でしかない。
そんな男を侯爵令嬢であるセルフィナが友と呼ぶのはそれなりに問題な気がする。
「なら問題はないでしょう?」
「ですが、身分が」
「あら。貴方はアミリーさんの婚約者なのでしょう?」
「へ?」
「アミリーさんを世界から奪い返すと。確かに、そう仰いましたわ」
「ま、まあ。それは」
「アミリーさんは国宝のような存在ですわ。では、アミリーさんの家族となるロイドもエドール家に劣る存在ではなくなりますわね。これに何か誤りがあって?」
「えーと、あー、そ、そうなんですかね?」
さすがは覇王だ。
ロイドはアミリーを絡められると弱い、という弱点を見つけた途端に怒濤の攻めである。
「そうですわ。そして、対等な友人にささやかな贈り物をしようとしている私と、その贈り物を拒む貴方。どちらがより正しいと?」
「せ、セルフィナ様、です」
「よろしい。ですが、友人に様付けは頂けませんわね」
「セルフィナ、さん」
「……まあ、今日はこのくらいにして差し上げますわ。アミリーさんに叱られてしまいますし」
そう言うとセルフィナは、「はい、どうぞ」と再び僕に白銀の剣を手渡してきた。
「……ありがとう。大事に使わせて貰うよ」
「ええ。是非」
セルフィナが言い終えた瞬間、書庫のドアが3回鳴った。
この合図は……時間切れ、か。
「さて。どうやら本当にここまでのようですわね。貴方はこのままここにお残りなさい。帰りはミネルバに案内させますわ」
「うん。本当に、色々とありがとう」
「ふふ、それでは。またお会いしましょう」
そう言い残して、エドール家の御令嬢は静かに去っていった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になる!…かもしれません。
軌道に乗ればこちらの作品も挿絵を入れていきたいと思います。
どうかよろしくお願いします!!




