第15話 偽るものたち
あれから2時間ほど経った。
無事に……と言っていいかは微妙だ。
それでも僕は何とか屋敷に潜り込み、セルフィナと合流できた。
合流後に案内されたのは、『書庫』という小部屋だった。
雨戸が締め切られているので昼なのに真っ暗で、ランタンが必要なのは少し面倒に感じる。
でも外から見られる心配がないのはありがたい。
僕の地声も紙束に吸われて外へ漏れないし、ある一点さえ除けばまさにうってつけと言って良い良い場所だった。
「見ての通り、この『漆黒の板』にはこの二人が住んでいまして。僕がまともに戦えるようになったのも、彼らのサポートのお陰なんですよ」
気兼ねなく声を出せるようになり、僕は住人を紹介した。
能力も、ほどほどにぼかして説明していく。
「まあ。とても可愛らしい使い魔ですのね」
「ええ……まあ……すみません。いつもはこんなんじゃないんですが」
「さすが『不明』と言われた神具ですわ。他の使い魔とは比べ物にならないほど……その……とても個性的ですわね」
狙い通り、彼女は同じ方向へ進んでくれた。
『この二つの使い魔が能力だ』という理解だ。
それは良い。
けれど、別の問題も同時に起きていた。
タブレットから二人が出てくるなり、黒い方は爆笑。
呼吸ができないほど、笑い転げている。
白い方は、息を忘れるくらい見とれていた。
実に豊かな反応で、所有者の変化を味わっている。
僕も、相手が侯爵令嬢だから控えてはいた。
でも、その『変化』への我慢はもう限界だ。
そろそろ愚痴っても、罰は当たらないはず。
「……それで、そのー。やっぱり、いくらなんでもこれはやりすぎじゃないかって思うんですよ」
「あら。よく似合っていてよ?」
(ひーっ、ひーっ! お、お前は俺様を笑い死にさせる気か! ぷふーっ!)
「アイディの反応を見る限り、そうは思えないんですけど」
(真に受けてはいけませんですよ! コレの目は腐っているのです! 私は……こほん。マスターはとっても美しいと思いますです!)
「ほら。ヘルプさんはそう言っていますわよ」
(ど・こ・が・だ・よっ! ほれ、よく見てみろ!)
アイディがそう言うと、画面いっぱいに映像が広がる。
そこにいたのは、ハウスメイド風の服を着た男だった。
しかも化粧までされている。
おえっ! 誰だコレ!
……はい、僕です。
――『交流を禁じられた冒険者を招け』。
そんな無理難題を押し付けられた執事が考えた策は。
『ロイドとミネルバの服を交換し、新入りメイドとして潜入させればいいじゃない!』
……という、世にも恐ろしい『悪魔の閃き』だった。
さらに今は婚約パーティーの準備で、臨時メイドが多いらしい。
新顔が混ざっても、誰も気にしない。
その外的要因まで追い風になった。
つまり作戦としては良い。
そこは重々、理解している。
けれど……。
だからと言って。
いくらなんでも女装は無いだろう。
下半身には黒いタイツを履かされた。
上半身は、色々隠せるぶかぶかの長袖だ。
徹底的に『男らしさ』を消す工夫まで入れてくる。
しかも途中から、メイドの三人までノリノリだった。
終いには下着まで女物を勧められた。
あの時は本気で、アイディ起動を迷ったよ。
ねえ神様。僕が何をしたの。
悪いことでもしたのかな。
(はわわわわー。やっぱり、お綺麗ですー。マスターでは無くて、お姉さまと呼ばせてほしいです……)
「いや、やめてよヘルプ。どう見ても男だよこれ」
(うーむ。言われてみれば……確かに、さっきのオッサンみたいなネーチャンよりは……ぷーーーっ! やっぱ駄目だ、こっち見んなっ!)
「あらあら」
僕が恥辱を受けているというのに、反応はひどい。
セルフィナは平然、アイディは爆笑、ヘルプは恍惚。
誰1人として、同情も労いもくれなかった。
これ以上続けても、状況が悪くなるだけだ。
そう結論づけた僕は、一時撤退を宣言した。
「……話を戻しましょう」
そして強引に、神具の話へ引き戻す。
「というわけで、『漆黒の板』はまあ、こんな感じの神具だったわけです」
「随分と賑やかな神具ですのね。――私のと交換してほしいくらいですわ」
「な、何を言うんですか! セルフィナ様のはSSですよ!? S・S!」
「あ、誤解なさらないで。別に、妖精王の居城が嫌って訳ではありませんのよ」
「それじゃ、どうしてなんですか? SSランクって、世界でも50人くらいしか持ってないのに」
何でもない質問のはずだった。
なのにセルフィナは目を伏せ、口を閉ざしてしまった。
たっぷり10秒ほど考えたあと、彼女は静かに言った。
「……ロイドは、ランクについて考えた事があるかしら」
「ランク、ですか……」
神具のランク。
SSからFまでの8段階と『不明』に分かれている。
それは常識だけど、理由まで考える人は少ない。
大半は『儀式でそう言われたから』で終わりだ。
僕もその一人で、根拠なんて分かっていない。
同じAランクの金床と大剣が、なぜ同列なのか。
そんなの考えても仕方ないし、困ったことも無い。
「……いえ、正直あまり考えたことは無いです。高いほど強い、くらいしか。セルフィナ様には何か考えがあるのですか?」
「いいえ、私だって似たようなものですわ。妖精王の居城がSSの位階に相応しい力を持っているのも、確かなのだと思います」
そう言いながらセルフィナは、右腿の横辺りを軽く叩く。
するとコン、コンと、固いものをノックする音がした。
「あの……セルフィナ様が何を言いたいのか、正直よく分かりません。僕は頭が良くないので、はっきり言って頂けた方が……助かります」
ランクの捉え方は、僕と大きく違わないらしい。
その上で、自分の神具は最高評価だと言う。
字面だけなら自慢に見える。
でも彼女の表情は、どこか沈んでいた。
いったい何を伝えたいのだろう。
「どうか、お気を悪くなさらないで。……そうね、ロイドはこの屋敷にあちこち衛兵がいることに気付いたかしら」
「ええ、門の所とかにいますよね。朝も夜も交代で見張ってるって聞きましたよ」
「では、彼らはエドール家が雇った人間ではないとは知っていて?」
「あ、そうなんですか。……え?」
賊の侵入を防ぐ私兵だと思っていた。
でも違うなら、誰が何のために置いている。
交代要員も含めれば、少なくとも10人以上はいるだろう。
人を雇えば金がかかる。
そんな大金を使ってまで、いったい何を守る気なんだ。
「それじゃ、一体あの人たちは」
「彼らは、王国軍から出向してきた兵士たちですわ。反乱分子を取り締まるための」
考えてみれば、確かに衛兵たちは妙だった。
婚約パーティー直前は、エドール家にとって大事な時期のはず。
そんな時に、身元の怪しい冒険者を通すのは変だ。
そもそもセルフィナが交流を禁じられるほどなのだ。
冒険者を良く思っていない可能性は高い。
それなのに昨日も今日も、挨拶には軽く目を向けるだけ。
ほとんど素通しだった。
昨夜預けた鍵だって、普通は簡単に渡さないはずだ。
考えれば考えるほど、彼女の話が正しく思えてくる。
「反乱分子? この町にそんな危険な人がいるようには見えませんけど……」
「国が恐れているのは私――いいえ、正確にはこの、妖精王の居城ですわ」
「ええっ!? どうして!」
(……おいおい、腐ってやがんなあ。おめーの国はよ)
「この力は、人間1人が持つには強すぎるのです。数人のSSランク持ちが結託して反乱を起こせば、この国は深刻な被害を受けるでしょう」
「だから……セルフィナ様を監視してる、ってことですか?」
「いいえ、違いますわ。彼らの役割は監視ではありません」
セルフィナは、そこでいったん息を置いた。
そして、言葉を選ぶように続ける。
「――人質に突き付けた刃、ですのよ」
「ひと……じち……。……まさか!」
「ええ。私が国家に反逆、または逃亡を図った瞬間に、私の家族は1人残らず皆殺しになりますわ」
セルフィナの声は淡々としていた。
その淡々さが、逆に怖い。
「これは、全てのSSランクと、一部のSランクを持つ人も同様ですわ。人質を取られているのは、私だけの話ではありませんのよ」
つまり、高ランクの神具を持つ人は皆、家族を取られる。
ということは……。
もしかして、アミリーの家族も……?
「それは……良い方の『不明』ランクも、同じなんでしょうか」
神具の話から始まって、僕は『SSランク』の闇を知ってしまった。
ただ、厳密に言えば『不明』は『価値の付けようがない』という話で、『SS』とは別物、のはず。
だからアミリーの両親や、まだ小さかったアミリーの妹は、暗い影から逃げられているんじゃないか。
そんな甘い希望に縋って、僕はくだらない質問をしてしまった。
「私の知っている『不明』の方は、お一人だけですわ」
セルフィナの声のトーンがどんどん下がっていく。
「ですが、その方と周りの方々は……」
一瞬の沈黙。少しの逡巡のあと、少女は再び口を開いた。
「その方の周囲の方々は、エドール家よりずっと厳しい環境です」
「……ずっと厳しい環境、って」
セルフィナは言いにくそうに続ける。
「家族だけではなく、親戚一族、親しいご友人方まで王都の施設にいらっしゃると」
既に僕は相槌すらも打てなくなっていた。
黙ったまま、セルフィナの言葉をただ聞くことしかできない。
「当然自主的に、ではなく――常に厳しい監視が付いているそうですわ」
僕の脳裏に、優しくて温かったアミリーの家族や友人たちの顔が浮かんでくる。
「彼女もまた、その人たちにほとんど会わせてもらえないと。そう仰っていました」
そこまで聞いたところで、僕の視界に火花が散った。
――は、ははは。
暗い影から逃れる、だって?
はは、何をバカなことを考えてるんだ、僕は。
家族を人質にして、『逆らえば殺す』国に、何を期待していた?
神具のランクだけで、人を決める世界に、何を求めていた?
この世界は、とっくに闇に落ちている。
影から逃げるも何も、あったもんじゃない。
ははは、ははははは。
腕と奥歯の震えが止まらない。
胸の奥から、どろりと赤く熱いものがこみ上げてくる。
(マスター! 歯茎と手の平から出血を感知しましたです! どうか落ち着いてくださいです!)
(うるせえ、止めんな、チビ女!)
(なっ! 何を言うです――)
アイディが割って入る。
声が、いつもより低い。
(――こいつにはな! これくらいの『怒り』が必要なんだよっ!)
画面越しに、睨みが刺さる。
アイディは続けた。
(3年サボった分、今からでも胸に滾るものを入れなきゃならねえんだ!)
さらに、言葉が重なる。
(サポートなら、目を逸らすんじゃねえっ!)
(……うう。でもぉ)
――顔を上げる。
アイディが、珍しく真剣な顔で僕を見ていた。
ヘルプが、泣きそうな顔で僕を見つめていた。
セルフィナが、申し訳なさそうに眉を下げていた。
口には出していないのに、感情だけは伝わったらしい。
生まれて初めて知った、この赤熱した感情。
あの3人と対峙した時とは、まるで違う。
熱すぎて、少し気を抜くと狂いそうだ。
でも、これは消しちゃいけない。
捨てちゃいけない。
飲み込んでもいけない。
アミリーを、どうしても手に入れたいなら。
この身を焦がすほどの感情は、吐き出すべき日が来るまで、心の奥の奥に溜め込む。
そして、ずっと燃やし続けるんだ。
拳を握る指の力を、少し弱めた。
口の中に溜まった液体を、無理やり喉へ押し込む。
それから大きく息を吐いた。
「……アイディ、ヘルプ。ありがとう。もう大丈夫だから。セルフィナ様、取り乱してすみませんでした」
いったん区切って、僕は続ける。
声が、少しだけ落ち着いた。
「それで、その『不明』の人なんですが。もしかして、銀色の髪をした女の子だったりしませんか?」
「……貴方、アミリーさんとお知り合いなのかしら」
「し、知っているんですか!?」
「ええ。それはもう。私たちは数少ない同期のお友達でしたから」
「あ……あ、アミリーは元気でしたか」
「ええ。……と言いたいところなのですが――」
「――何か!?」
セルフィナが手のひらを軽く上げた。
落ち着け、と言うみたいに。
「ロイド。ちょっと落ち着きなさいな。私が彼女と最後に会ったのは1年前です。ですから、最近のアミリーさんについては分かりかねますの」
「……す、すみませんでした。でも、1年前までは元気だった。そう分かっただけでも良かったです」
大丈夫。
アミリーは有名人だ。
情報の集まる大きな町まで出れば、今の消息だって掴めるはず。
場合によっては、とんでもない相手が出るかもしれない。
でも、立ちはだかるなら全員ぶん殴る。
そう決めたし、関係ない。
「もう。アミリーさんが絡んだだけで、完全に別人ですわね。それほど親しい間柄だったのかしら」
「どうなんでしょう。僕はそうだと思ってましたけど……向こうはどうだったのか」
「あらあら。ということは、貴方が『神授の儀』のすぐ後に村を出て、そのまま行方知れずになったという、あの幼馴染の男の子なのかしら?」
「僕の事、聞いてるんですか?」
「ええ。あの時は最後まで名前は教えてくれなかったけれど。貴方のことだけは、みんなで協力して王国軍には内緒にした。そう仰っていたわ」
さっきの話では、『親しい友人』も軟禁対象だと言っていた。
それなのに、なぜ僕だけ外れたのか。
怒りのせいで放り出していた疑問が、今さら戻ってくる。
でも答えは簡単だった。
村のみんなが、『不明』の僕を庇ってくれた。
守ってくれていただけなんだ。
「……参ったな。もう1つ、誓いが増えちゃいました」
「誓い……?」
「ええ。二つあったんですけど、村のみんなも助けないといけなくなりました。そうしないと、アミリーはきっと笑ってくれません」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になる!…かもしれません。
軌道に乗ればこちらの作品も挿絵を入れていきたいと思います。
どうかよろしくお願いします!!




