第12話 汚名返上
遠くで、鐘が鳴っている。
聖神教の教会の、時刻の鐘だ。
ということは……もう朝か。
昨日は家に戻って、鉄棒を置いた。
そこまでは覚えている。
そのあと、ベッドに倒れたら終わりだった。
プログラムの疲労が返ってくる。
それは知っていた。
でも想像より、ずっと重かった。
いや、原因はそれだけじゃない。
頭の方が、先に燃え尽きた。
昨日は濃すぎる一日だったのだ。
初起動。アイディとの出会い。
サンダーリザード。三人との決着。
初めてのプログラム作成。
楽しいとか嬉しいとか、確かにあった。
でもそれで走り切れたのが不思議だ。
思い出して、少しだけ笑ってしまう。
鐘が、まだ鳴っている。
一つ、二つ……三つ。
「三つ!? まずい、もう昼じゃないか!」
跳ね起きて、服を引っつかむ。
顔を洗って、髪を整える。
寝癖が、意地でも残ろうとする。
今日は休んでもいい。
そんな甘い声が頭をよぎる。
でも、三年のツケが重い。
追いつくまでは、止まれない。
そう自分に言い聞かせる。
それが今の僕の、最低ラインだ。
「おはよう、ヘルプ!」
(おはようございますです、マスター。今日はどうされますか?)
「まずギルドに行って、依頼を見てくる。無ければ東の森でモンスター相手に修行するよ」
言いながら、息を整える。
声に出すと、気持ちが固まる。
(さすがはマスター、頑張り屋さんなのです。でもコンディションは……もう少し休息を取った方がいいですね。活動には支障ないと思うですが)
「わかった、ありがとう」
タブレットを懐にしまう。
昨夜買ったパンを齧り、家を出た。
「……って感じで、『三段突き』って音声条件にして三連続で『突き』を入れておけばさ」
(かっかっか、そんなもん一回見せたら終わりだろうが! 呼吸を掴まれたら打ち終わりにズバッとやられちまうぞ)
アイディの声が、頭の中で笑う。
僕は歩きながら、指で空を突いた。
「あー、そうか。途中で条件分岐した方がいいのかな」
(でもダラダラ書くと動きが鈍る。ほどほどにな)
「短くまとめるのって難しいなあ」
(そこがプログラマーの腕の見せ所ってやつよ。ま、精々精進するんだな!)
そんな戦闘談義を続けながら、ギルドに入る。
独り言に見えるのは、もう慣れた。
僕はこの場所じゃ、空気みたいなものだったし。誰も気にしない――
――はずだった。
「おっ! 来た来た! 今日は遅かったじゃねえか!」
いきなり声が飛んできた。
後ろに誰かいるんじゃないかと思わず振り返る。
でも、後ろに見えたのは出入り口のドアだけだった。
「え……僕ですか?」
声の主は、スキンヘッドの冒険者。
顔は見たことがある。
けど名前は知らない。つまり、よく知らない人。
「聞いたぜぇ。お前、あの三人をぶん殴ったんだってな!」
「え、どうしてそれを……」
僕が目を泳がせると、別の声が挟まる。
「昨日の君、変な気配だったからさ。気になって戻ったの」
ひらひらと手を振る、あの女性。
雷魔法を頼んだ魔術師だ。
「あ……雷魔法の」
「そうそう。まさかあんな展開、笑うでしょ」
スキンヘッドが、さらに食いつく。
この人、距離が近い。
「イキり坊主どもが鼻血垂らしてさ。受付で『ロイド外してくださあい』だぜ?」
僕は口を噤んだ。
その光景が、妙に目に浮かぶ。
笑えないのに、笑いそうになる。
「僕は前から思ってたよ。あそこまでやられて、何もしないのかって」
今度は別の男の声。
周りを見れば、いつの間にか輪ができていた。
「揉め事は当人同士。口出ししない。それがウチの空気なんだよね」
「それと、やり返さない腰抜けには、情けをかけない流儀だ」
「まあ何にせよ、これで一端の冒険者だな!」
あれよあれよと、話が転がる。
僕は置いていかれそうになる。
慌てて、手を振った。
「いや、僕はただ殴っただけで……」
「またまた。急に動きが別人のようになってまるで長年修行した達人のようだった、って聞いたぜ?」
スキンヘッドが、にやにやする。
嫌な方向に期待されている。
「ヘクターを十メートル飛ばしたんだろ。なあ、どうやった?」
「え、えーと……」
言葉が詰まる。
ここでタブレットの話をするのは危険だ。
でも、変に黙るのも目立つ。
冒険者の価値観はシンプルだ。
強い奴が偉い。弱い奴は眼中にない。
だから今の熱は、僕が強く見えたせいだ。
正直、ありがたくもある。
でも騒がれるのは困る。
僕は小声で、懐に意識を向ける。
「アイディ、ヘルプ。どうしよう」
(ま、いいんじゃね。どうせ隠しきれねーよ)
アイディはあくまでも軽いスタンスだ。
でも一理ある。
(私は、もう少し伏せたいです。けど決めるのはマスターです)
反対に、ヘルプは慎重姿勢。
僕は少しだけ考えて、結論を出した。
「……二人とも、外に出て」
タブレットを取り出す。
周りの視線が、一斉に寄ってくる。
そして次の瞬間。
(じゃじゃーん!)
ヘルプが元気よく飛び出した。
続いてアイディが、だるそうに出てくる。
「……なんだそのちっこいの。使い魔みてえだな」
(樽みてーな体形のオッサンに言われたくねーな)
「た、樽ぅ!? 口わりいな、おい!」
スキンヘッドが真っ赤になる。
周りがどっと笑い、空気が軽くなる。
(申し訳ございませんです。見た目通り口も悪くて、私たちも苦労してますです)
「うわ、何この子。可愛い。天使か?」
雷魔法の女性が、顔を寄せてくる。
ヘルプが照れて、ふわっと浮いた。
「ねえこれ、『漆黒の板』から出てきたの? 関係ある?」
「うん。あの板に住んでるんだって」
「ついに使い方、分かったのかよ!」
スキンヘッドが目を輝かせる。
僕は言い方を選びながら、頷いた。
「動かすには魔力とは別の力がいるみたいでさ。昨日、偶然が重なって動いたんだ」
ここまでなら、嘘じゃない。
でも本題は言わない。
プログラムの話は、まだ伏せる。
「それから二人が、戦うための力を貸してくれるようになった」
「能力強化とか、戦闘サポートか。なるほどな」
「うん。まあ、そんな感じ」
周りは勝手に納得していく。
僕の狙い通り、方向がズレた。
少しだけ胸を撫で下ろす。
「これで『不明』から卒業だな!」
「いや、再検査って王都の総本山じゃないと無理じゃなかったか?」
「なら王都に行け。ギルド長に言えば紹介状が出るだろ」
「その前に路銀だ! 稼げ稼げ!」
盛り上がりが、僕を置いて走る。
ありがたいけど、浮かれてる場合じゃない。
僕は手を上げて、話を切った。
「あの、先に依頼の確認だけしたいんだけど」
「お、おう! すまん! 行ってこい!」
視線を浴びながら、受付へ向かう。
受付嬢が苦笑いで迎えた。
「随分騒ぎになりましたね」
「すみません……」
「いえいえ。衝撃だったんでしょう」
「それで、何かあります? 一人で受けられそうな依頼とか」
受付嬢の顔が、曇る。
それだけで察してしまう。
やっぱり、無いか。
「……それがですね……」
「やっぱり無いですか?」
僕は肩を落としかけた。
でも、彼女は首を振った。
「……いえ、あります。あるにはあるんですが……」
「あるんですか?」
「はい。指名依頼です」
「指名依頼って、あの?」
「そうです。ロイドさん指名で、今朝入りました」
指名依頼。
パーティーまたは個人を指名する特殊な依頼。
そんなもの、百戦錬磨なベテランだけの領分だと思っていたが……。
嫌な予感が、背中をつつく。
「依頼主は誰ですか?」
「……セルフィナ様です」
背後が、ざわっと揺れた。
小声がいくつも刺さってくる。
主に、やらかしたのか? 目をつけられたのか? というもの。
「それで、依頼内容は?」
「報酬も含めて、屋敷で直接伝えるそうです」
受付嬢は言いにくそうに続けた。
その顔だけで、内容が透ける。
「それと、伝言がありまして」
「伝言?」
「『貴方に拒否権はございませんわ』とのことです……」
ああ、やっぱり。
背中の熱が、すっと冷える。
さっきまでの喝采が、潮みたいに引いていく。
でも、僕は答えた。
「分かりました。受けます」
「ええっ!? 大丈夫ですか!?」
「だって、拒否権は無いんでしょう?」
受付嬢が、心配そうに身を乗り出す。
声のトーンが、少しだけ柔らかい。
「手続きは進めますね。……あの、途中でギブアップもできますから」
「大丈夫です。命まで取られるわけじゃないですし」
それに。
セルフィナは、昨夜の僕を知っている。
今のアミリーのことも、知っているかもしれない。
繋いでおいて損はない。
そして彼女自身も、昨夜は妙だった。
胸の奥に何か抱えている顔だった。
もちろん、最悪もある。
夕方のセルフィナが出てきて、仕返し。
その可能性だって高い。
それでも行く。
今は、情報が欲しい。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になる!…かもしれません。
軌道に乗ればこちらの作品も挿絵を入れていきたいと思います。
どうかよろしくお願いします!!




