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第9話 不条理な悪意

 エドール侯爵の屋敷に着いた頃には、もう太陽が沈みかけていた。

 衛兵に断りを入れ、敷地の奥へ早足で向かう。

 建築中のダンスホールが目的地だ。


「ドミニムさん! 遅くなって済みません!」


 入口前にドミニムがいた。

 頭にバンダナを巻き、本業の顔になっている。

 僕は駆け寄って、まず頭を下げた。


「はあああ。良かった、来てくれたかあ……」


 怒鳴られると思ったのに、彼は安堵していた。

 そのまま、気になる言い方をする。


「ちょっと準備に手間取ってしまって……」


 言い訳を終える前に、ドミニムは肩を落とした。

 そして、ぼそっと続ける。


「あんまり遅いもんだから、ロイドまでボイコットかと思ったよ」


 僕は言葉を飲み込み、顔を上げた。

 今の「まで」が妙に引っかかる。


「す、すみませんっ。え? ()()()()()?」


 嫌な予感がして、僕は周囲を見回した。

 手伝いは四人のはずなのに、僕しかいない。

 半開きの扉の中も、静まり返っている。


「……あの、他の人はどこに行ったんですか?」


 ドミニムは、苦い顔のまま親指で外を指した。

 その仕草が、やけに疲れて見える。


「俺を置いて出ていっちまったよ……」


 僕は目を丸くした。

 まだ状況が飲み込めない。


「出て行ったって、一体、何が――」


「――あら。また随分と薄汚れた方がいらっしゃったのね」


 背後から女性の声がした。

 丁寧なのに、氷みたいに冷たい。

 嫌悪というより、敵意が混じっている。


「こ、これはこれは、セルフィナ様! ()()いらしたんですか……?」


 振り返ると、青いドレスの金髪の少女が立っていた。

 いかにも高貴なお嬢様、といった雰囲気だ。

 その後ろには、執事風の初老の男もいる。


 セルフィナ。エドール家の長女だ。

 町で知らない者はいない、とまで言われる存在。

 僕ですら名前を聞いたことがある。

 大人びているけど、年齢は確か僕と同じだったはず。


「おかしなことを仰いますのね。自分の家の敷地にいてはいけないのかしら?」


 セルフィナは小首を傾げ、微笑む。

 けれど、その目は笑っていない。


「い、いえっ。そんな、滅相も無い!」


 ドミニムは反射的に腰を折った。

 セルフィナは靴音を鳴らしながら近づいてくる。

 そして、僕の前で止まって眉をひそめた。


「何故お父様は、このような汚らしい平民を敷地に上げるのかしら。理解できませんわね」


 視線が僕に刺さる。

 ドミニムは慌てて僕の背中を軽く叩いた。


「ほらっ、ロイド! ご挨拶を」


 僕は口を開きかけた。


「あ、僕は――」


 だけど、言葉は最後まで出なかった。


「――結構ですわ。貴方の名前など聞きたくありませんの」


 セルフィナは小さく鼻で笑う。

 そのまま、畳みかけてきた。


「ついでに言うと、顔も見たくありません。今すぐ出て行ってくださらない?」


 敵意は確定だった。

 それでも、理由が分からない。

 冒険者の世界で馬鹿にされるのは慣れている。

 けれど、貴族の娘にここまで言われる筋はない。


 普通の人はランクなんて気にしない。

 金払いが良くて、話が合えばそれで終わりだ。

 彼女にも事情があるのかもしれない。

 でも、僕も仕事で来ている。

 簡単に引き下がるわけにはいかないのだ。

 嫌味と嫌がらせと理不尽に耐える力だけは三年分ある。

 だからこんなの、痛くもかゆくもない。


「お目汚し失礼しました。でも、僕には仕事があります。ここを離れられません」


 僕が言い終えると、セルフィナは肩をすくめた。

 そして、軽い調子で提案してくる。


「そう。それなら、今ここで帰るなら銀貨十枚を差し上げますわ。いかが?」


 セルフィナは後ろを振り返り、顎で示した。

 執事が一歩前に出て、袋を差し出す。


「ほら、受け取りなさいな」


 なるほど。これで他の三人も帰したのか。

 働いても最大十枚、帰っても十枚。

 確かに、ほとんどの人はその場で帰ってしまうだろう。


 でも、僕は違う。

 損得だけで動けるなら、そもそも冒険者を続けてない。


「お気遣いありがとうございます。でも、遠慮します」


 言った瞬間、セルフィナが目を見開いた。

 予想外だったらしい。


「えっ?」


 僕は袋を見ず、軽く会釈する。

 そして、仕事場へ向き直った。


「それでは、仕事にかかりますので」


「待ちなさい!」


 背後から声が跳ねる。

 セルフィナは焦ったように言い直した。


「それなら二十枚出しますわ。それなら文句はないでしょう?」


 僕は一度だけ息を吸った。

 曖昧にしたら、終わらない。

 ちゃんと線を引く。


「すみません。この仕事はエドール様の依頼だと聞いています」


 セルフィナの顔色が変わる。

 僕は言葉を区切り、続けた。


「ご本人から中止の指示が出るなら別です。でも、僕の判断で投げたら、僕とドミニムさんの評判に傷がつきます。だから、手は引けません」


 一息で言い切ってから、僕は少しだけ柔らかく言う。

 喧嘩をしたいわけじゃない。できるだけ、笑顔で。


「それと、ここにいると塗料でドレスを汚すかもしれません。お嬢様はお屋敷へ戻られた方が安全です」


「……あとになって後悔しても知りませんわよっ!」


 セルフィナは踵を返し、屋敷へ走り去った。

 靴音だけが妙に響く。

 執事だけが取り残され、気まずそうに立っている。


「ロイドぉ……お前さんってやつは……」


 ドミニムの声は半分呆れ、半分感心だ。

 僕は気持ちを切り替えて、作業場を見回した。


「ドミニムさん、始めましょう。僕は素人です。どこから手を付ければいいですか」


 ドミニムは咳払いを一つして、表情を作り直す。

 職人の声に戻った。


「あ、ああ、そうだな! じゃあ今からやり方を説明するよ!」


 *


 お嬢様とのひと悶着はあった。

 でも、僕は何とか受け流せた。

 その後はドミニムに塗り方を教わり、作業開始……のはずだった。


「いきなり本番なんですか? 練習なしで!?」


 僕が思わず叫ぶと、ドミニムは目を逸らした。

 その反応が嫌な予感を加速させる。


「ああ。とにかく時間が無いんだ。お前さんなら器用だし、出来るはずだ!」


 時間が無い。

 その言い方が引っかかる。

 僕は手を止め、核心を聞いた。


「ちょっと待ってください。これ、いつまでに終わらせればいいんですか?」


 ドミニムは口をもごもごさせた。

 歯切れが悪い、なんてものじゃない。

 言いたくないのが丸わかりだ。


「……ゅう」

「え?」

「……うじゅう」

「何ですって?」


 僕が詰めると、彼は観念したように吐き出した。


「今日中……それも、日付が変わるまで」


「はあ? きょ、今日中? 冗談ですよね?」


 ドミニムは、笑えない笑い方をした。

 顔が青い。


「冗談だったらどんなに良かったか……」


 消え入りそうな声。


「これが出来なきゃ俺は……俺は……」

「どうしてそんなことに――」


 僕の背筋が冷えた。

 そして、さっきの青いドレスが浮かぶ。


「あ、もしかして!」


 ドミニムは大きく息を吐き、うなずいた。

 もう隠す気もない。


「そうなんだよ……原因はあのお嬢様さ」


 彼は遠くを見るように、続ける。


「最初からこの建築に反対だったらしくてな。手を変え品を変え、邪魔をしてくるんだ」


 愚痴の勢いが止まらない。


「でも、大工仕事の間は危ないって理由で遠ざけられたんだ。でも、床の仕上げなら素人にも口が出せるからな」


「そんな……」


 ドミニムは手を振り回し、声を荒げる。

 職人のストレスが噴き出していた。


「そもそも床のタイルなんて塗らなくていいんだ! 明日にはその上から、立派なじゅうたんが敷かれるんだから!」

「あの……延期とかは無理なんですか?」


 ドミニムは首を横に振り、声を落とした。

 ここからは現実の話だ。


「あのお嬢様、ずっと渋ってたらしいんだがようやっと婚約が決まったって話でな。三日後に婚約パーティをやるんだと」


 彼は指を折りながら説明する。

 僕も必死で頭に入れる。


「明日の昼には、じゅうたん張りと調度品の運び込みが始まる」

「だけど塗料は乾くまで、最低でも半日は掛かる」

「だから日付が変わる頃までに終わらせないと……全部が遅れていって、きっと大変なことになる」


「……わかりました。出来るだけやってみましょう」


 僕が言うと、ドミニムは少しだけ救われた顔をした。

 それでも、申し訳なさは消えないらしい。


「悪いな。妙なことに巻き込んじまって……」


「いいえ。いつも親切にしてくれるドミニムさんのピンチですから」


 ドミニムは、照れたように笑った。

 そして、言いかける。妙に嬉しそうに。


「は、ははは。お前さんってやつは……なあ、冒険者なんてやめてよお。今からでも俺の弟子に――」


 その瞬間、入口の扉が開いた。

 僕は反射的に振り返る。

 またセルフィナかと思ったが、違った。

 執事の『爺』が立っている。


「お仕事中、失礼を致します。ドミニム様に旦那様より伝言がございます」


「あっしに?」


「はい。ぜひドミニム様を晩餐に招きたい、と」


 ドミニムは顔を引きつらせた。

 嫌な予感が的中したのが、見て分かる。


「いや、無理ですよ。あっしには仕事が――」


 執事は視線を伏せ、言葉を選んだ。

 でも、内容は逃げ場がない。


「それは承知しておりますが……旦那様たっての願いでございまして」

「どうか、無理をお曲げいただけないでしょうか」


 ドミニムは固まった。

 僕も分かった。これはセルフィナの手だ。

 平民が侯爵本人の招待を断れるわけがない。

 敵は思ったよりしつこいし、悪知恵も働くようだった。。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になる!…かもしれません。

軌道に乗ればこちらの作品も挿絵を入れていきたいと思います。

どうかよろしくお願いします!!

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