ペンギンなう!2 第五話 判りやすいくらい悪い奴ら
第五話 判りやすいくらい悪い奴ら
「ここに来たのはジェシカには内緒なッ! 」
「そうそう、頼むよ、同じ男同士仲間だろ。そうだそこで一杯奢ってやるから」
片手拝みで懇願するアーノルドと、近所の屋台の赤ちょうちんを指差すシルベスタ。
ペンギン相手に浮気の口止めを依頼をするアホな兄弟。
コイツらの中でオレ(ペンギン)に対する認識はどうなっているのだろうか。
まあ、中身は人間だから、オレは良いんだが……。
赤ちょうちんには『酒』『串焼き』『おでん』と書かれている。『おでん』はなんだか分からないが食い物だろう。頷いてオレはアンナの手を引っ張って屋台に向かった。
屋台にはすでにガタイのいい客が飲んでいる。
「あー、父ちゃんッ! 」
背後からアンナの叫ぶ声が聞こえた。
「あれ、誰だこの娘」
「なんだペンペンの連れか、オマもスミに置けないね。よし、この娘の事はデミには黙っててやるからジェシカにも内緒な」
何故にここでデミの名前が出てくるのかワカランし、元々言葉が通じないんだ、ペンギン相手に口止めを考えるな。
「あん? 」
コップ酒を持って屋台で元々飲んでいた、赤ら顔のガタイのいい男が振り返った。まだ明るいのに、もう大分出来上がっているようだ。
振り返った男の顔に額から左頬にかけて三本の傷跡がある。歴戦の戦士かベテラン冒険者といった風情だ。コイツがアンナの親父か?
「おお~、アンナか。……ヒック。しばらく見ない間に大きくなったな――ッテ!? 」
かなり酔ってるらしく、シルベスタの顔を見てブツブツ言っていたが、途中でシルベスタが頭を引っぱたいた。
「ああ、こっちか、いやに筋肉がついたな~――ドワッ!? 」
それはアーノルドだ。やっぱり殴られた。十歳の女の子と二マイトルはある筋肉オヤジをどうやったら間違えるんだよ。
「イテテ冗談だよ、っていうかシロクロになって、ちっちゃくなったな。ええ~」
そして最後にオレの頭をなでる。もはや人間でも無いが。コイツ完璧な酔っ払いか?
「グアー…略…(オレはただのペンギンだ)」
「そうかそうか、お前も一杯飲みたいのか、いいだろ付き合え」
なぜかオレにコップに入った酒を突き出す。一言もそんな事、言ってないのだが。
「おお悪いなあ」「さすが持つべきものは筋肉仲間だな」
シルベスタと、アーノルドがアンナパパから酒を注いでもらってる。
「父ちゃん、アタシはこっち。そっちは知らないオジサンで、こっちはペンペン」
アンナが猛然と抗議をする。ある意味当たり前だな。
「ん~、なんかアンナに似た娘がいるな。でもこんな所にいるはずがないし……。嬢ちゃんどっから来たんだ――イッタッ!? 」
「あたしが本物ッ! 」
そう言って、酒樽に腰掛けた親父の向こう脛を蹴飛ばした。
「ん~うん? ……アッッハッハッハハハハハ、なんだよ軽い冗談じゃねえかよ」
「父ちゃん、本気で間違えてただろ」
笑ってごまかす親父を、アンナはジト目で睨んだ。
「……母ちゃんと似ておっかねえなぁ」
親父が肩をすくめて酒をすする。こいつも女房の尻に敷かれるタイプか。
それを見てアンナが深いため息をつく。
「オヤジ、酒とおでんと串焼き適当に頼む、オレ達二人と……こっちの娘とペンギンは酒抜きで」
シルベスタ良い奴だな。オレ達の分も頼んでくれた。
はいよ――、とオヤジは、鍋から取ったおでんを先に出してくれた。
もちろん、ペンギンのオレには地面に直置きだったけど。まあ仕方ない。ペンギンにマトモな料理を出してくれるだけマシだ。
おでんという野菜や魚肉の練り物を煮た食い物と串焼きでお腹を満たす。
ハァ~、味のしみた大根うめ~。オークばら肉の串焼きも最高。
アンナも嬉しそうに食べていて、アンナパパも嬉しそうだ。
そしてシルベスタとアーノルドはそんなアンナパパとすっかり打ち解けていた。
同じような筋肉バ……もとい脳筋……いや体格の良い者どうし気が合った様だ。
ひとしきりお腹を満たした所でアンナが、父ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど――、と話を切り出した。
「ウチの製塩業の権利、売ったの」
親父が驚いた顔で、どうしてそれを――、と聞き返してきた。
「やっぱり本当だったんだ……。昨日、どっかのゴロツキが製塩業の譲り渡し状とかいうのを持ってきた。家を出てけって言ってた」
「なっ、それでお前、家を追い出されたのか? 大丈夫か、怪我は無いか」
飛びつくようにアンナの顔を覗き込んで、心配する親父。そんなに心配なら製塩業の権利を売るとか、しなきゃいいのに。
「あたしは大丈夫。ペンペンが助けてくれたから」
「何? お前がペンペンか、そうか噂は聞いてるぞ。お前は……えっと、え~っと~……」
酔っ払い親父は何かを必死に思い出そうとする。
「父ちゃん、聞いた事も無いのに思い出そうとしても無理だよ。……父ちゃん酔っ払うといつもこうなんだ。脳みそが働かないから、脊椎反射で受け答えするんだ」
あきれて親父に反論していたアンナが、最後はあきらめてオレに向き直って説明した。ふむ、頭で考えずに筋肉で考えるアーノルドと系統が似てるかもしれない。
「まあ、男って奴はそういうもんだぜ」
「そうそう。ある意味ホントの正直者だ」
シルベスタが深く頷き、アーノルドが持論を展開する。そんな理屈が通用するのはお前たち二人だけだ。
「それより、なんで製塩業の権利を売ったの」
「ああ、それには海よりも深い深い、よく分かんない位深い訳があってだな、俺もよくわかんないんだよな~ハッハッハハハハ……ぐう」
と問い詰めるアンナに親父は、惚けて笑ってごまかしそのうち寝てしまった。しかたねえ親父だな。
「兄貴よ~、製塩業の権利書なんて勝手に譲れるものなのか? 」
「さあな、普通はダメなんじゃね」
と兄弟は半分他人事で話をしている。
「あんたらはこの男の家族かね」
そのとき屋台のオヤジが聞いてきた。
「いや、今日始めてあった」
「そのわりには体格も似てるし意気投合してたよな、兄弟かと思ったよ」
「「……まさか」」
類は友を呼ぶというか、確かに筋肉ブラザーズと言っておおかしくない暑苦しさだ。
「グアー…略…(兄弟じゃねえけど、なんか事情知ってるのか)」
このオヤジなんか知ってるのか。
「なんかペンギンが鳴いてるな……まだ腹減ってるのか、おでん食うか」
そういって屋台のオヤジはオレにおでんの追加を出してくれた。やっぱりオレの言葉は通じなかった。まあこれが普通なんだけど。
おでんはありがたく頂いた。
「あたし娘だけど。父ちゃん、何があったか知ってるの」
「一昨日の事なんだがな……」
アンナが聞くと、屋台のオヤジはアーノルドたちに酒を注ぎ足しながら、その事件を語りだした。
「一昨夜、パラダイスヘブンを半壊させたのは、実はそこで寝てるオッサンなんだよ」
「なんだと! 」
「オレの楽しみを、コラオッサン起きろッ! 」
「待て待て、実は海よりも深い訳があるんだよ」
アンナパパの胸倉を掴むアーノルドを、屋台のオヤジは必死に止める。
「グアー…略…(それで? )」
「それで? 」
オレはまあまあとアーノルドのを宥めて屋台のオヤジに話の先を促す。けど言葉が通じないのでアンナが先を促す。
屋台のオヤジ曰く――、
一昨夜、パラダイスヘブンでアンナパパが飲んでいたところ、ガラの悪い男達が集団でやって来たらしい。来る前からかなり飲んでいたらしく、最初から騒がしかったらしい。
そしてすぐに、ホステスたちにイタズラをし始めたという。
『そういうお店じゃ無いからやめて』と言っても聞かず、店の者も見てみぬフリだったという。
「許せん奴らだ」
「店員は意気地なしなのか」
シルベスタとアーノルドが酒を煽りながら憤慨する。
「いや、そうじゃないのさ、やってきた奴等は近場の海を荒らしまわっている海賊共さ」
「だからってよ」
「そして、その海賊と、店の方はつながっているのさ」
「ハア!? 」
実は店の経営者が、女を貢物として差し出して海賊を接待してのだという。
店の女たちは嫌がったが店の恐い店員には逆らえなかったらしい。
その事情を席についた女から聞いたオヤジは、海賊相手に大立ち回りしたのだという。
おお、それだけ聞けばアンナパパ偉いな。
そのうち警備の役人も来て海賊達は逃げたが、店に損害を与えたって事で、アンナパパは泣く泣く、塩の製造の権利を譲るという誓約書を書かされた、ということらしい。
「だからこのオヤジ、一昨日の夜からずっと自棄酒中なんだよから」
え、一昨日の夜からずっと、三十時間以上も!?
「アタシは途中息子に代わったけど、戻ってきたらまだ居るからビックリしたもんさ」
まあ、家に帰りたくても帰れなかったんだろうさ――、と屋台の親父は言った。
アンナパパの気持ちは分かるけど……。
まあ親父の事はともかく、製塩業なんて簡単に譲り渡し出来ないはず、そんな事お上が許さないんじゃないのか、とオレは疑問に思うが。
「それには裏があるのさ」
オレの疑問に答えるように屋台の親父が話を続ける。「この町の代官もグルだからさ」
屋台のオヤジ曰く――、
まず、海賊とパラダイスヘブンの経営者トクアク商会とセブロンの代官は裏で繋がっている。同じ穴の狢らしい。
海賊はトクアク商会の船以外を襲い、奪った商品や女達は、トクアク紹介を通して換金ている。
トクアク商会は、海賊によって近隣航路の利益を独占しボロ儲け。その見返りとして海賊が奪った商品や、足が着かない外国の女達をなど奴隷として受け取り相場よりも高く換金する。その一部を代官に献上する。
代官は献上された金と女性の見返りに海賊行為の見逃し、もしくは取締り情報を漏えいして助けるなど悪の限りを尽くしているという。
海賊、トクアク商会、代官、この三者はまさに悪のトライアングル、悪い方でお互いに持ちつ持たれつの三位一体、切っても切れぬ間柄のようだ。
うむ、分かりやすいくらい悪い奴らだな。
「グアー…略…(繋がったな)」
確か、譲り渡し状だか何かを持ってアンナの家に現れたのも、トクアク商会だった。
製塩事業も、代官が間に立てば譲り渡すのは訳も無い、というわけだ。
っていうか元々狙われていたんじゃないのかアンナパパは。
「グアー…略…(オヤジさん詳しいな)」
「おじさん詳しいね」
「なあに、街の連中は皆知ってることさ。だれもが海賊やトクアク商会の悪行を、一度は代官に訴えたものさ。だけどみな却下された。証拠が無いといってな。むしろ名誉毀損だ営業妨害だ、お上を愚弄する輩だと言って罰を受ける始末さ。わしもそんな一人さ」
屋台オヤジは寂しそうに肩を落とした。
オレは酒の入ったコップを握り締める。
「お、ペンペンお前も怒ってるのか、よし今日は飲もう」
オヤジ、お代わり――。とアーノルドが酒の追加を頼む。
いやいや、酒を飲んで憂さを晴らしてる場合じゃないんだよね。このままじゃアンナもアンナパパも失業だからね。
アンナはアンナパパの隣で寂しそうにおでんを食べている。
何とかしないと――、と思っていると、遠くから、
「あれ~店やってねえのか、昼からやってる良い店だって聞いてたのに」
「コラー開けろ、お客様が来てやったぞ~」
と、なんかどっかで聞いたセリフが聞こえてきた。
「あ、来た来た。お~いレオ、こっちこっち~」
シルベスタの声が聞こえたのか、キャバクラ『パラダイスヘブン』の前で騒いでいたレオと呼ばれた優男と、これまたどっかで見たような男がこっちにやってきた。
「こういう事はアイツにやらせよう」
シルベスタが隣のアーノルドに囁いた。
アイツって誰だろう?