ペンギンなう!2 第二話 ペンギン、敗北の味を知る
久しぶりに続きを書いています。生暖かい目で見てあげてください。
第二話 ペンギン、敗北の味を知る
シルキーは掃除が大好きだが、料理も得意だ。
だからオレはシルキーのオードリーさんに料理を作ってもらうために、彼女を呼び出したのだ。
オレは材料をドンとテーブルにおいた。
『材料はこれだけですか? 』
オードリーさんが聞いてくる。少し不安な表情。
『そうだよね、いくら家事好きで料理が得意なオードリーさんでも材料が魚介類だけ、調味料にいたっては塩だけじゃ、料理もヘッタクレも無いよね。悪かった無理を言って』
オレは肩を落として(元々なで肩だけど)、材料を片付け始める。
『ちょ、ちょっと待って』
オードリーさんがあわててオレを止める。
『出来ないなんていってないわよ。あたしにかかればこれだけでも、メッチャ美味しい料理を作れるわ』
チョロイ。計算どおりだ。
見事オレの言葉はチョロリーさん……じゃなくってオードリーさんのプライドというか、シルキーの矜持に引っかかったらしい。
『でも魔法を使うから、そのぶん、またあなたの魔力を貰うことになるけどいいかしら』
ふむ、それはまあそういうものだから仕方が無いだろう。
妖精を呼び出して魔法を使ってもらう場合、自分の魔力を妖精に与え魔法を行使してもらう。前回は洗濯を頼んだときは、天候操作までして、土砂降りを晴れにしたので思い切り魔力を搾り取られた。
まあ今日はたかが料理だ。そんなに大変な事にはならないだろう。
魔力の事は了承して、料理を始めてもらう。
オレも手伝おうとしたら、『邪魔』と一言で断られた。
しかたなくオレはその間に、キッチンの入り口で倒れているアンナを助け起こして、テーブルにつかせてやる。
『うっ』
その時、オレの身体からごっそりと魔力が抜けていくのを感じた。オードリーさんが料理を始めたようだ。
今度はオレの方が床に倒れこんでしまった。
おかしい、料理だけでこんなに魔力を取られるのか?
「ペンペン大丈夫? 」
「グワー…略…(なあに、お前みたいに起き上がれないほどじゃないさ)」
心配そうに顔を覗きこんで来るアンナに、引きつる笑顔で返事をして立ち上がった。
話を変えるようにオレは気になっていた事をアンナに聞いた。
「グワー…略…(おまえの母ちゃんが商売で出かけてるのは聞いたけど、父ちゃんはどうしたんだ)」
「うん……」
アンナのオヤジは、塩田で塩を作る事業の元締めをしており、母親が行商でその塩を売りに出ているのだそうだ。その間オヤジと二人で暮らしていたが、3日ほど前にオヤジが出かけて帰ってこないという。
「どこに行ったか分からないのか」
「よく分からないけど、天国に行くとか、楽園に行くとか言ってた」
え、それってまさか、自……。
「死んでない! 」
アンナが叫ぶように断言する。
「グワー…略…(でもさ、天国って……)」
「死んでないの、ただ、どこかで悪いお姉ちゃんに騙されて帰れないんだ」
「グワー…略…(そ、そっか、騙されて帰れないのか……)」
もしかして捨てられた? 口には出さずに思っていると、
「捨てられてない! 」
とアンナがオレの心の言葉に食い気味に叫んだ。なんで思ったことが通じるのか、困ったもんだ。
言葉が通じないのは困るけど、思っただけで通じるのも不便なものだ。
「あーん、ペンギンがいじめる~」
と泣きだした。やばい、痛いところをついちゃったかな。
オレってこういうの苦手なんだよ。だから人嫌いになったようなもんだ。
こういうのって、やっぱりオブラートに包むようにしないとまずいよな。なんでもストレート聞きゃいいってもんじゃないな。今度は気をつけよう。
「グシグシ、そうよオブラートよバ~カ~。え~ん」
アンナが泣きながら指摘する。スンマセン。
『アラアラ、ケンカでもしたんですか』
そういってシェフコートに身を包んだオードリーさんが、出来上がった料理を運んできた。
「グワー…略…(いやそういうわけじゃないんだが……おいアンナ、オレが悪かった、料理が出来たから食って機嫌直せよ)」
そういって、オードリーさんの運んできた料理をアンナの目の前においてやる。
「え、何これ……」
アンナが出来上がった料理のすばらしさ、豪華さにあっけにとられて泣き止んだ。
……ってかオレもあっけにとられた。
『まず最初は前菜二種、生牡蠣のサワークリームと焼き牡蠣のポン酢ジュレソース』
おお、前菜に牡蠣を使うのは判るが、それを二種類作って食べ比べるのか。さすがオードリーさん手が込んでいらっしゃる。でも牡蠣なんてオレ獲ったっけ。まあ、あるんだから獲ったんだよな。
「「美味しい」」
プリップリの生牡蠣とサワークリムソースが口の中で溶け合い、えもいわれぬ美味さだが、焼き牡蠣のポン酢ジュレソースはまた別、牡蠣を焼くことで旨みが凝縮し、さらに香ばしさが出て、それをポン酢ジュレの酸味が美味くまとめている。オレとしては後者の方が一段上の美味さだと思う。
アンナも機嫌を直したようだ。満面の笑顔がそれを証明している。
『続いてスープ、こちらはフォーマルエビのビスクです』
次はエビだ。焼いたエビを殻ごと煮込んで、それを裏漉ししてから、ポータジュ状にしたスープだ。これも焼いて煮詰めているのでエビの香ばしさもあり、また旨みも凝縮していてリッチな味わいだ。でも……エビ? カニだったら取ったけど。
アンナは言葉も無く食べ続けている。
『続いて雰囲気を変えて、異国風マダイのサシミサラダです』
マダイクイーンサーモンとツナフィッシュを生のまま切身にしてベビリーフの上に載せ、アクセントに砕いた松の実やナッツを散らし、ソイソースドレッシングでまとめたサラダだとか。
うん、生魚はさっき散々食べたが、味をつけるとまた全然違うな。
『メインディッシュ、一品目はカジキの生ハムサンド焼きです』
おお、淡白なカジキを濃厚な豚の生ハムで挟んで焼き、白ワインとバターのソースで薫り高くまとめていて美味い。……美味いけど白ワインとか生ハムとかバターとか、この家にも無かったよね?
アンナもなんだかハテナマークが頭の上に浮かんでいる。
『メインデッシュ二品目はエルガーディークのヒレステーキ。A5ランクのお肉が手に入りましたので、シンプルに塩胡椒だけで味付けをしたものと、赤葡萄酒とビネガーのソースで仕上げたもの二種類ご用意しました。旨みの違いを存分にご堪能ください』
ふむふむエルガーディークか。魔物の牛だね。これは美味いんだよな……ってちょっと待て!
「グワー…略…(ちょっと待って! これどう考えてもオレがもってきた食材じゃないよね! )」
目の前にドンと置かれたのは、500グロームはあろうかというエルガディークという超高級魔獣牛肉の分厚いヒレステーキだ(×2種類×2人前)。
渡したのは確か、オレが海で取ってきた魚介類だけだ。魔獣牛エルガーディークは海にはいない、絶対。多分牡蠣もマダイも生ハムも野菜もオレが獲って来たもんじゃないよね。
どっから持ってきたんだこの人は。
『え~、でもペンペンの魔力を使って、魔法で用意しただけですけど。だからペンペンが用意したようなもんです。まあ魔力はいっぱい使っちゃうんですけどね。テヘッ』
また、テヘッ、かよ。
しかし、シルキーは魔力を大量に使えば、食材が何も無くても料理が作れるのか。
サラダの野菜も、バターも白ワインもステーキの肉も全部オレの魔力から作り出したらしい。どうりでごっそり魔力を取られると思った。
なんだよこのステーキ、オレの魔力の塊なのか。
『でもすごいですね』
「グワー(何が)」
『普通、あれだけ魔力取ったら、死ぬか生きてても再起不能になるはずなんですけど……』
危なッ! 魔力取りすぎッ!
なんでも、ステーキ肉を魔法で作るときに、品質か量か悩んで両方とったら、意外と魔力が必要だったとか。でもオレが生きてて安心したとか言ってた。
頼むから次回からは前もって相談してね。
そう思うとこのステーキもゆっくり味わって食いたいものだな。オレがしみじみそう思って、ステーキにナイフを入れたその時、
「美味しかった、おかわりッ! 」
「グワー…略…(早ッ! 食うの早すぎ! もっと味わって食えよな。オレの命削って作ったステーキなんだから)」
もうすでに食べ終わったアンナがステーキのお代わりをご所望で、皿を突き出してきた。
『えっと、もうステーキは無いんですけど』
「そっか……」
オードリーさんが申し訳なさそうにアンナに言うと、アンナは残念そうに俯いてしまう。
『ごめんなさいね、私がもうちょっとお料理を作っておけばよかったのに……、っていうか依頼人に遠慮して魔力を節約したからこんなことに……』
「グワー…略…(えっと、さっき量か質か悩んで両方取ったって言ってたよね。普通だったら死んでるくらい魔力取ったって言ってたよね)」
『そうねえ、……だから、ごめんね。えいッ』
オードリーさんは最後イタズラっぽく笑ってオレに謝った。
何で謝ったのか……それはすぐにわかった。
「グワー(うっ)」
「えっ、わっスゴイ」
オレの魔力がまたごっそり搾り取られたと思ったら、すぐにまた料理が現われた。アンナの前にだけ。
『特性エルガディークのビフシチュー大盛り。石釜パン添えで~す』
「グワー…略…(ちょ、オードリーさん、ちょっと待って、ハァハァ、い、石釜パンって)」
オレは魔力を取られて、ゼーハー言いながら聞き返す。
「グワー…略…(石釜使ってパン焼いたのか)」
『ハイ? 当たり前じゃないですか、そうじゃなかったら偽証――』
「グワー…略…(そうですよね、そこはいいんだけど……その石釜ってどうしたの? ここにはそんなもの無かったよね? )」
「作りましたッ! ペンペンの魔力で。石釜も」
オードリーさんは開き直ったかのように元気よく言った。満面の笑みで。
「グワー――ッ!? (おま――ッ!? )」
「ペンペンうるさい。せっかくなんだから早く食べよ」
文句を言おうとしたオレを、アンナが制してさっそく料理に手を出す。
「モグ……あ、美味しい。それにシチューのソースをパンですくって食べれば二度美味しい」
アンナはオレの魔力の塊を無邪気にパクパク食べ続ける。
一方オレは、魔力を搾り取られてもう動けなかった。
『アレ? ステーキ食べないんですか。せっかく作ったのに。だったら私が頂いちゃいますね、うん美味しい』
シルキーって妖精だよね。メシ食うのか?
「グワー…略…(食べないとは言って……もう無い)」
料理の無くなった皿を見つめて、オレは力なく呟く。
まあさっき、生魚を散々食べたから、お腹は減ってないんだけど、……なんだろこのとてつもなく負けた気分は。
料理どころか料理道具? 料理設備? の石釜も作り出せるなんて、それも一瞬で。それはすごい力だと思う。けどその対価もすさまじい。依頼主の断りもなしに勝手に、しかも限界まで魔力を搾り取る。
目的に対しては手段を選ばない、いやオードリーさんにとっては家事が出来ればあとはどうでもいい、手段のためには目的を選ばない、恐るべきシルキーのオードリーさん。
今後はなるべく頼まないようにしないと……