第三十九話 魔法使いペンペン
見たことある部屋だ。っていうかオレのペン小屋だ。
だがなんか狭いな。と、思っていたら、子狼の片割れが隣で寝ている。
そして子狼は寝ながらオレの顔を後ろ脚で押している。ってか蹴ってる。
『ペンペン……ムニャ』
寝ぼけているのか、ムニャムニャ言いながら。
女神に頬を突かれていると思ったが、それは夢で実際には、隣で寝ている子狼に後ろ脚で顔を蹴られていたようだ。
狭い。普通の犬小屋と同じ大きさのペン小屋に、普通の成狼と同じ大きさの子狼とオレがいればそれは狭いはず。子狼の寝相が悪ければ顔も蹴られるのも道理だ。
だが体調は悪くない。昨日戦ったばかりの割には疲れもなくさわやかな朝だ。
シルベスタの家は大家族で住めるよう部屋数は多いが、貧乏でボロイ家なので、いたる所に隙間がある。ドアの隙間から日が差し込んでいる。
朝か昼か?
オレは起き上がって子狼を押しのけるようにしてペン小屋を出ると、小屋の中で子狼ももそもそと起きてきた。
『起きた? 』
『ああ、なんかすごくゆっくり寝たような気がする。どのくらい寝てたのかな』
『え~と、お日様出て、暗くなって、雨降って、暗くなって明るくなってお前起きたよ』
『……うん。わかった』
よくわかんない事がわかった。後で聞くと丸二日以上寝てたらしい。
『お前一人か』
黒狼とか他の狼は何処に行ったんだろう。
『んっと、父ちゃんと母ちゃんは村に入れてもらえなかった。オトートは今父ちゃんの所に行ってる』
こいつ兄貴だったのか。
『お前はなんで此処にいるんだ』
『母ちゃんに、お前を看病しろって言われて、オレ寝ないで看病したんだよ。えらい? 』
嘘付け、お前寝ながらオレの事蹴っ飛ばしてただろ――。と、言おうと思ったが、どうせ認めないだろうし、気持ちは嬉しかったので止めておいた。
子狼は褒めてほしそうな顔をしていたので、『ありがとな』と言って、頭をなでてやったら、嬉しそうに尻尾をぶんぶんと盛大に振ってペン小屋の壁をぶったたいた。
でもよく村の人が子とはいえ狼を村に入れてくれたな――。
と思っていたら後で聞くと、勝手に村に忍び込んでオレの小屋に住み着いたのだという。さすがに黒狼は大きすぎるのであきらめたらしい。
子狼がいることに気が付いたシルベスタ達は、最初は追い出そうとしたが、オレと子狼(推定双子の兄)が仲よさそうに寝てるので見て見ぬふりをしたとか。むしろジョアンや、三人娘たちが庇ってくれたらしく、今では良い遊び相手になってるらしい。
その後、徐々に起きてきたシルベスタの一家の面々と顔を合わせる。
「ペンペンだ」「やっと起きた~」「ペンペン死んじゃったと思った」
アニー、エニー、エマといったちびっ娘達を初め、女性陣が泣いて飛びついてきたあと、その声を聞いた、ジョアンやシルベスタら男衆もやってきて半泣きで喜んでくれた。
だが家族がそろったその中に、デミの姿がなかった。
「グアーグヮオアー(デミはいないのか)」
オレは近くにいたジョシュアに声をかけたがなんだか変な顔をされた。
「ねぇお兄ちゃん、ペンペンなんて言ってるの」
「ん~、よくわかんない」
アニーがジョシュアの袖を引っ張って聞くが、ジョシュアはバツが悪そうに頭をかいた。
なぜか言葉が通じなくなっていた。
「え~~、アニーもペンペンと話したかったのに」
「エニーも話したかった。あ、お父さん達も話ができるって言ってたよね」
「え?」
急に話を振られてシルベスタの顔が引きつる。
「えっと、オレはそんなに得意じゃないって言うか、アーノルドこそ通訳までしてしっかり会話してたから、判るんじゃないかな」
「兄貴ひでえ」
三人娘に期待の眼差しを向けられアーノルドが仕方なくオレの言葉を通訳した。
「あ~ペンペンは、『みんな心配かけてすまない』ってな事を、言ってたような、言ってなかったような――アイテテテテテッ!? 」
後になるほど声が小さくなるアーノルドの脚を、オレは口ばしで突いてやる。
全然判ってねえじゃねえか。
どうやらこの間と同じように話しかけても、「グワー」とか「グエー」という普通の鳴声にしか聞こえないらしい。謎だ。
だが、今はそれよりデミだ。もしかして――、と思って奥の子供部屋に行くとデミが包帯でぐるぐる巻きにされて寝ていた。
シルベスタ、アーノルド、メグ、ジェシカの元冒険者の四人も、身体の至るところに包帯を巻いていたが、それよりも重症のようだ。
オレが村に戻ってきた時、村に入り込んだトライヘッドベアに殴り倒されたらしい。その時の怪我がまだ治っていないようだ。
命に別状はなさそうだが、手や肋骨を骨折していて全治一、二ヶ月の重傷らしい。さらに顔にも大きなガーゼを張っている。嫁入り前の少女の顔に傷でも残ったら、心の傷もハンパないことになるな……。
トライヘッドベアと戦った後、オレが気絶しなければこの二日間痛い思いしなくて済んだのに。いやその前に、黒狼の住処に寄り道しなければ、もっと早く駆けつけていれば、怪我なんてしなくて済んだのに。
そう思うと申し訳なくて涙が出そうになる。
「ペン……ペン」
オレを見つけてデミが力なく声をかけてきた。肋骨を折ると息をするだけで痛むから、声を出すのも辛そうだ。
「グアーグヮオアー(何も言うな。直ぐに直してやるからな)」
オレはまだ傷の残るフリッパーでデミの腕をつかむ。
「ペンペン何してるの? 」
「さあ」
アニーが母親のリースに聞いてるが、リースも判らないようだ。
そりゃそうだよね。ペンギンがこれから魔法を使うなんて誰も思わないよね。でも使うんだ。前は魔法が使えることを隠していたけど今さらだ。
オレは心の中で回復魔法を詠唱する。詠唱が終わると直ぐに魔法が発動され、デミの身体が淡い光を放った。
「……デミが光った」「ペンペンも光ってるよ」「回復魔法!? 」「この間のは見間違いじゃなかったのね」
およそ十秒ほどの魔法だったが、これで怪我は治ったはずだ。
「グエッグェー(起きられるか)」
デミもオレの言葉がわからないらしいが、それでも魔法は実感できたみたいで、直ぐに痛みが引いたのがわかったようだ。
「あれっ、痛くない」
骨折した腕をぐるぐる回したり、肋骨の辺りをさすってみたりしたが痛みは無いようだ。
デミがおそるおそる顔のガーゼを取って見ると、傷の形跡はまったく無かった。
「デミッ、治ったの!? 」
ジェシカが半泣きでデミに抱きついた。
ジェシカとデミは、本当の姉妹のように仲が良く。ジェシカは死ぬほどデミを心配していたようだ。
「デミ! よかったな~~~」
父親のシルベスタも抱きついてきて「父ちゃんウザイ」といわれてデミに嫌がられていたが、それでもやっぱり嬉しそうだった。
その後、「ペンペンすごい、ありがと~」といってオレはデミとジェシカに抱きつかれた。
生前は人見知りで、こんな美人に抱きつかれるなんてありえなかった。
うん、まあこういうのも悪くないか。
アンばあちゃんも、リース母ちゃんもやっぱり半泣きだ。
デミ、怪我が治って良かったな。
「オレの怪我も治った……」
「何この効果の高い回復魔法。骨折なんて重傷は、普通中級の回復魔法じゃないと治らないのに」
ついでにシルベスタ達の怪我も完全に治ったみたいだ。冒険者時代は魔道士として戦っていたメグが、心底驚いていた。
魔法は普通三人に一人位しか使えない。しかも向き不向きがあるので魔法が使える者の中で回復魔法が使えるのは十人に一人。さらにその中で、中級回復魔法を使えるのは100人に一人というところらしい。集団を治療するとなると、さらに十人に一人、つまり中級回復魔法で集団を癒す魔法を使えるのは、三万人に一人という計算になるらしい。
中規模の都市で一人使えるかどうかという、意外と貴重な魔法だった。
「やっぱり、クマ公と闘っていたときに魔法を使ったのってペンペンだったのか」
「ペンペンって何者? 」
なんだか、みんなにジト目で見られて変な空気になったが、そんなことは気にしない。
だって言葉が通じないんだもん、答えられないからね。
オレは「グワグワ」言いながら、食事係りのリースの手を引っ張ってキッチンに向かう。
腹がへっていたからな。
考えてみればトライヘッドベアと戦った日の昼間に食べてから何も食べていないのだ。
もし今トライヘッドベアが襲ってきたらまずいからな。腹がへっては戦が出来ないってやつだ。
久しぶりに食事にありついたが、食事が質素になっていた。
オレの食事は木の実に戻っていた。皆の食事も野菜が中心だ。
肉がない。どうやらトライヘッドベアを恐れて森での狩りはしていないらしい。
そうか。早いとこトライヘッドベアをやっつけないと、一生木の実だけになりかねん。