第三十七話 ペンギン、村人と話をする(言葉が通じるって素晴らしいって話)
母親狼の灰色狼が脚を引きずりながら、トライヘッドベアの後を追っていった。もはやまともに動けるのは彼女だけだった。
残った子狼の片方は、ようやく歩ける程度のようで追いかけるのをあきらめ、倒れたもう一匹の子狼を、やはり倒れている父親の元へ引きずっていった。
そうだ、……オレにやれることは無い、なんて思っていたが、まだ“やれる事”というか、“やらなくちゃいけない事”がある事に気が付いた。
満身創痍の仲間、というか友達を、治してやらなきゃいけない。回復魔法を使えるのは、オレとメグだけだが、メグはジェシカの治療で手一杯だ。今、オレがやらんと命にかかわる奴がいる。
だが、オレは相変わらずクマの爪によって地面に縫い付けられたままだ。
これを何とかしないと何も出来ん。
オレはフリッパー(オレの手の事だよ)を貫いたトライヘッドベアの爪を口ばしで抜こうと試みたが、口ばしはフリッパーまで届かなかった。
このポッチャリ体型をこんなに恨めしく思ったことは無い。
仕方ない、やりたくないが横に抜くしかない。と思った。が、一瞬躊躇する。
え、この爪に? 黒光りしてメッチャ切れそうなこの爪に? オレのカワイイ手が引き裂かれるの?
ってかオレの手をオレの意思で引き裂くの? どんなドMだよ。メッチャ痛そう。
……。
えぇ~~~い、悩んでいても何も進まない、
ヤケクソになって、強引にフリッパーを横に思い切り引っ張る。
『イッテテテテテテテテッーーーーッ!!』
ビィッという皮を引き裂く音と共に左右のフリッパーは血だらけになって抜けた。
やっぱりメッチャ痛い。覚悟していても痛いものは痛い。
少し離れた所で、メグがオレの奇声を聞いてビクッと反応していた。
メチャメチャな痛みとイカゲソ焼きのように細切れなった両フリッパーと引き換えに、地面に縫い付けられていたオレは自由になった。
次は……。聖魔法は使えるようになっていたはずだ。広範囲のエリアヒールは使えたかな。出来れば皆一緒に、ダメなら一人づつ回復だな。
オレは心の中で魔法を詠唱する。
『響け響け風の音、照らせ照らせ命の火、生きとし生ける全ての命の源、この世の理をたがえて、命つきかけたるこの者たちにいくばくかの猶予を。エリアヒール』
魔力が抜けていく感覚と同時に、オレを中心とした半径十マイトル以内にいる。オレ、シルベスタ、アーノルド、ジェシカ、メグ、そして黒狼、子狼の二頭が淡い光に包み込まれる。
そこかしこで息を吹き返したのか、グッとか、ゲホゲホとかいう咳き込む声が聞こえた。
どうやら狼達も含めて、みな――重症ながら――生きているようだ。
オレの手も傷はまだ残っているが、イカゲソだった細切れのフリッパーがくっついた。
『あんたッ』
『……おお』
灰色狼がはやくも戻ってきて、ようやく半身を起こした黒狼に飛び掛った。尻尾を振っているのは喜んでいるようだ。
オンとか、クウンとか何か判らない夫婦だけの会話を交わしているようで、そこに子狼達も加わって一家水入らずといった感じになったが、申し訳ないけどそこに水を差して、オレは話しかけた。
『トライヘッドはどうした……』
『逃げられた。あいつは川に飛び込んで流されていった。あたしはこの脚だったから追いかけられなかった』
そう言って灰色狼は自分の足の怪我をなめた。
川を泳いで行ったなら、後で匂いを追いかけるのも難しいか。
オレはもう一度回復魔法を唱え、灰色狼を含めた近くにいる者達の怪我を癒してやった。
「おおい、シルベスタ大丈夫か」
村の大人達数人が数人松明を持ってやってきた。魔獣が逃げたのを見たようだ。弓を持っているものもいるので狩人か何かしている奴もいるようだが、まあ魔獣相手は出来ないだろうな。
「父ちゃんッ! 」
ジョシュアが様子を見に来て、怪我をしているシルベスタを見つけて悲しそうな顔をしている。回復魔法をかけたから死ぬことは無いが、そりゃ父親が大怪我してたら悲しいよね。
「うわ、狼だッ」
そのとき村人の誰かが、黒狼親子を見つけて驚いた声を上げた。
すかさず周囲の村人が手にした弓をかまえ、鉈や鍬など武器かなにか判らないものまでかまえて警戒した。
グルルルルル
それに反応して、黒狼も喉鳴の威嚇音を上げる。
『待て待て、村人は敵じゃない』
オレは黒狼の首辺りに手を回してなだめる。『約束しただろ、鹿肉をやるから手を出さないって』
正確にはデミとジョシュアには手を出さないと約束しただけだが、今はとぼける。
『しかし、向こうから攻撃してくれば話は別だ』
『わかった、手は出させない』
オレは黒狼と村人の間立って、手を広げて村人に話しかけた。
『グエッググオゲーガー……(待ってくれ、この狼はオレの古い友達で、人間は襲わないと約束してくれた。魔獣だって一緒になって追い返したんだ。だから手を出さないで武器を下ろしてくれ)』
「なんだ、シルベスタのところのペンギンか」
「なんだ、血だらけだぞ、狼にやられたのか」
村人にはオレの言葉は通じていない。
なんだよ駄女神’sの多言語解析機能でも通じないじゃないか。
「ペンペン? 」
ここでようやくジョシュアがオレに気が付いたようだ。
そういえば、デミとジョシュアはカタコトだけどオレの言葉が通じていたっけ? どういう理屈かはさっぱりわからんけど。
『ジョシュア、村のみんなに言ってくれないか。この狼はオレと一緒に村を守ったんだ。オレの友達なんだ。これからも村の皆には手を出させない。だから皆も手を出さないでくれ』
オレは相変わらず威嚇を続ける黒狼をなだめるように、オレは黒狼の喉元をさする。
「あ、あのね」
ジョシュアがなんだか難しそうな顔をしながら村人へ話し出した。
「あの……ペンペンが言うには、この狼は友達なんだって。たから手を出さないでって」
だが村人の反応はピンときていないようだ。むしろこの子は突然何を言い出すんだ、といった怪訝な顔つきでいる。
無理もない、ペンギンが馬よりもでかい狼と友達で、一緒になって村を守ったなんて話も信じられないだろうし、七、八歳の子供が突然、ペンギン語(?)の通訳をするのもおかしな話だ。
「本当なんだよ。今日の昼間だって森に入った僕たちを見つけても狼さんは僕らを食べなかったし――ッ!?」
「ジョアン、ちょっと黙っててくれないか」
必死に言い募るジョアンを名主は制した。村人もかわいそうな子供を見るような目で見ている。
やはりジョアンに通訳を頼んだのは無理があるか。
「あたしは信じるよ」
そう言ったのは、今もジェシカを胸の前に抱えて回復魔法をかけているメグだった。
「メグおば……お姉ちゃん」
メグの恐い視線に、おばさんと言いそうになったジョシュアはあわててメグお姉ちゃんと訂正する。
「ジョシュアの言うことは本当よ。あたしは、ペンペンとそこの大きな狼が一緒に魔獣と戦っているのを見たわ。あたしは魔獣に攻撃されたけど直ぐに回復魔法かけたから無事で、一部始終を見ていたの。それに……」
言おうか言うまいか少し悩んだようだが、メグは意を決したように言った。「私にもペンペンの言葉が分かったの。『この狼には村の皆には手を出させないから、皆も手を出さないでくれ』って言ってたわ。」
「そんな、お前さんペンギンの言葉が判るのか、何で判るんだ」
「なんでって……」
村人に言い寄られて、言いよどむメグにオレは合いの手を入れる。
「グヮー(友達だから)」
「と、友達だから? 」
「そんな……友達って」
「だってそう言ってるんだもん」
「誰が? 」
「ペンペン? 」
「……」
おお、何でか知らんが言葉が通じてる。やっぱり、言葉が通じるっていいね。
だが、そんな事いわれても――、とややあきれ顔の村人達が顔を見合わせる。
メグの言うことでも、村人は容易には信じないようだ。
「あたしにもペンペンの言葉が分かった」
メグに抱きかかえられているジェシカも参加すると、
「オレも聞こえた」「ああ、オレだってペンペンの言うことがわかった」
「父ちゃん」
怪我した身体を引きずって、互いに支えあう兄弟、シルベスタとアーノルドもジョシュアの意見に賛成する。
「『あの狼は味方だ』って言ってたぞ」
さすがに、シルベスタら大が四人もペンペンの言うことを肯定するとなると、名主も無視は出来ないようだ。
うむ、シルベスタの一家には言葉が通じるらしい。……友達だからかな。
あれ、シルベスタは友達だったか?
「わかった。じゃあ確認だがシルベスタ、その狼は村を襲わないんだな。責任が取れるんだな」
名主は、十マイトル先で、ペンペンに抱きつかれて押さえ込まれている黒狼を指差した。
「ああ、その狼は味方だ。ペンペンが請け負う。そして、ペンペンが請け負うというならオレはペンペンの友達だから、オレも請け負うということだ。絶対に村人には指一本触れさせない」
自信満々に言うシルベスタ。うん、やっぱり友達だった。
そこまで信じてくれているのか……。でも、大丈夫か? そんな安請け合いして。
オレはそこまで黒狼を信用してないんだけど。
「「あたしも請合うッ!」」
ジェシカとメグが息もぴったりに胸を叩く。
「ああ、オレも友達だからな、請合うぜ」
さらにアーノルドが不気味なほどの満面の笑みで村人に対して胸を叩き、「ペンペン、大丈夫だよなッ! 」最後は俺を睨みつけてきた。
「ガ、ガウッググヮーオー(だ、大丈夫に決まってんだろ)」
オレは首を縦に振るしかなかった。
そしてオレは村人に、魔獣トライヘッドベアは深手を負って逃げたもののまだ生きていて、また襲ってくる可能性がある事を伝えた。
通訳はアーノルドがしてくれた。
ほんとに話が通じていてびっくりした。ただの脳筋じゃなかったようだ。
名主や村人は、魔獣を追い返した狼は敵では無いと判断してとりあえず一安心したものの、オレの話を聞いて、深いため息をはきながら村に帰っていった。
壁の補強や、門や火事になった家屋の修繕、また領主への報告、冒険者の手配などやることは山ほどあるそうだ。
「それでペンペン、この狼達はどこに住むんだ。森に住み着くのか」
「グエーゴー(まだ、決めてないが……)」
オレは黒狼に話しかける。
『まだ魔獣は死んでない。またここに来るかもしれない。お前達はどうする? 魔獣を倒すまではこの辺りにいるのか』
『そうだな、我らは元々いた荒野に戻りたいのだが、……我の勘だが、魔獣は多分またここに来るだろう。手伝ってくれというのなら、魔獣を倒すまでは手伝ってやろう、我の母者の仇でもあるからな。村人を襲うなというなら、鹿やウサギだったら取っても構わないだろ』
『うん。それで行こう』
オレと黒狼で話はついた。
でもおかしいな。元々黒狼の方が、トライヘッドを倒すのに協力してくれって言って来たような気がする。
「グウエーグエオー・・・略・・・(こいつらは魔獣をやっつけるまでここにいるそうだ。魔獣を倒したら荒野に帰る。村は襲わないので代わりに山の獣を少し狩る、それはかまわないよな)」
「ああ判った。住み着かないし村は襲わない、というなら問題は無いだろう。名主にはオレが言っといてやる」
アーノルドたちもオレと黒狼の会話は聞いていて、オレの言葉だけは分かったようなので話は早かった。
オレは最後に今日の昼間に狩った鹿肉を巾着袋から取り出して、黒狼にプレゼントしてやった。
彼らはトライヘッドベアと戦う少し前に鹿一頭食べたはずだが、怪我までして戦ったのですぐにまた腹が減るだろう。この後狩りをするのも大変だろうから、まあ今後もオネシャ~ス的な意味で渡してもいいだろう。友達だしね。
黒狼達は予想外のプレゼントに、尻尾を盛大に振って喜んだ。
鹿はすでに解体していて、内臓は壷に入れていたので持って帰れないのでその場で食べてもらった。そして鹿肉本体と大ぶりの骨は咥えて帰っていった。
でも、洞窟まで我慢出来るかな。途中で食べないよな。まあそれは黒狼たちの問題なのでどうでもいいか。
なんとか戦いの後処理も終わって一安心。と、思ったら急に頭がボーっとしてきた。
まずい、意識が……、と思うまもなくオレは深い闇に落ちるように意識を手放した。




