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第三十六話 ペンギンVSトライヘッドベア その四

 村の方から雄たけびと共に筋肉の塊、もといアーノルドが戦斧を掲げて走ってきた。

 油を投げたのはこいつか。

 トライヘッドベアもそれに気が付いて立ち上がって振り向いた。

 突然、トライヘッドの五マイトル手前で立ち止まったアーノルドが背を見せた。

「行け、兄貴ッ! 」

 アーノルドは身体の前で左右の手を組んだ、するとその後ろから追走してきたもう一つの筋肉の塊、もといシルベスタが、アーノルドの腹の前で組んだ手に足かけ、アーノルドはそれを背後のトライヘッドベアめがけて後ろ向きに放り投げたのだ。

「死ね~~~いッ!! 」

 大きな放物線を描いて、剣を掲げたシルベスタがトライヘッドの上空から襲い掛かる。

 おお、さすが兄弟、合体技の息がぴったりだ。

 トライヘッドはシルベスタを見上げる形で迎撃しようと身構える。

 だがシルベスタは囮だった。

 そのとき、シルベスタを放り投げたアーノルドが、がら空きになったトライヘッドの左脇腹に巨大な戦斧をぶち込んだのだ。

 だがさすがトライヘッドの魔獣は身体がでかく、筋肉の塊のアーノルドが渾身の一撃を繰り出しても倒れることは無かった。

 そこに上空に飛んだシルベスタの追撃の暫撃が、トライヘッドの左肩から剣を串刺しに突き刺した。

 心臓直撃コースだ。

「やった! 」

「……」

 兄弟がトライヘッドを見上げる形で覗き込む。

 あれ、その言葉ってなんかまずいワードのような気がする。昔読んだ本に書いてあった『言っちゃいけないワード ベスト五』だったか、なんか言うと旗がたつらしい……。

『グワオーーーゴワアアアアアアアアアァァァァァァァァーーーーーーーーッツ!! 』

「ガッ、グエッ!! 」「ドワアアアァァァァーーーーーーーー――ッ!? 」

 マジバケモンだ。

 トライヘッド生きてやがった。

 肩から心臓めがけて剣を突き刺され、左脇腹に巨大戦斧を食い込ませな、さらに全身をブスブスと焼け焦げさせ、まだ身体の一部を燃やしながらも、トライヘッドはなおも生きていた。

 そして、激しい咆哮を放つとそれを繰り出したシルベスタ兄弟を左右の前脚で次々に殴り飛ばしたのだ。

 兄弟は五マイトルは吹っ飛んでピクピクしている。

 怒りで力が倍増しているのか、身体に食い込んだ戦斧と長剣を力任せに引き抜き、握力で粉々にする。

 トライヘッドは肩で息をしながら、まずはアーノルドの方へのっそりと近づいて行く。

 まずい、アーノルドは気絶している。

「やらせないよッ! 」

 いつの間にかジェシカが近くまで来ていて近距離で矢を放った。

 夫がやられて頭にきているようだ。

 矢は焼けて地肌が見えた喉元に突き刺さる。

 ゴワアアアアアァァァァーーーーーーーーッツ!!

「キャアッ! 」

 トライヘッドベアは、ジェシカを一括するように吼えると、左手を上げて爪を飛ばした。

 その直撃を受けてジェシカが倒れる。 

「ジェシカしっかりして! 」

 その後を追いかけてきたメグが、すかさず回復魔法らしき魔法を発動させる。かすかに青白い光がジェシカを包んだ。

 ガハッゲホッ、とジェシカが息を吹き返したようだ。

 間一髪間に合ったようだ。普通の冒険者では蘇生魔法は使えないからギリギリ死んでいなかったのだろう。それでもまだ瀕死に近いのは間違いない。

「ウグッ」

 そのメグもまた次の瞬間にトライヘッドの爪の餌食になった。

 トライヘッドも重症のようで動きが鈍く、敵まで殴りに行けず、もう片っ端から爪を飛ばしている。

 倒れたメグから淡い光が見えた。自分に回復魔法をかけているのだろう。よかった生きてる。

 だがトライヘッドは、今度はゆっくりとジェシカとメグに向かっていった。

 メグが、ジェシカを引きずりながら、必死に後ずさりする。

 多分怪我が重傷でそれ以上早く動けないのだろう。

 これで、この村の冒険者すべてが戦闘不能に陥った事になる。シルベスタとアーノルドに至っては生きているか死んでいるかも判らない。


 クッソーーーーーーーーッ。

 マズイマズイマズイマズイマズイマズイッ。

 このままじゃメグもジェシカもアーノルドもシルベスタも、その家族も、村の人達もみんな食われちまう。

 何とかしないと。

 

 オレが動けない身体で魔獣を見ると、メグ達に向かったはずのトライヘッドベアが、なぜかオレに顔を向けていた。いや、背中に生えた上半身の三頭目の顔が見えていたのだ。

 そいつはまだ気絶しているのか、白目をむいて口から舌を出して泡をふいていた。

 最初に暴炎魔法の四連発をお見舞いしたときに気絶した奴だ。

 最初の四発の暴炎魔法が一番効果的だった。それなら奴にも通用する。

 一発、二発では効果が無くとも、もう一度暴炎魔法を四発お見舞いしてやればッ!

『頼む黒狼、オレに時間を、人間を助ける時間をくれ! 』

『ふん、人間など見捨てれば良いものを……』

 傍で様子を見ていた黒狼に懇願する。まだ止めを刺すには早いとみているようで、あまり乗り気ではないようだ。

『あまり長くは持たないわよ』

 そう言いつつも、黒狼と灰色狼が直ぐに振り返ってトライヘッドに向かっていった。子狼も追随する。

 持つべきものは友達だな。

 黒狼たちが必死になって稼いでくれる貴重な時間を無駄には出来ない。 

 オレは早速暴炎魔法を四発ストックするため心の中で詠唱を始める。

 言葉にしないだけで、心の中では詠唱が必要なのでもどかしいが今のレベルではこれが限界なので仕方ない。

 黒狼たちを信じて目を瞑ってひたすら心の中で詠唱を繰り返す。

 時折、トライヘッドベアが爪を振り回す風鳴りと、キャウンという黒狼親子の誰かの悲鳴のような声が聞こえる。

 その度に、心は千千に乱されるが、迷ってはいけない。俺にできることはもはやひとつだけだ。

 四つ目の魔法がストックできた。

 目を開けると、そこには屍累々――死んでないと思うけど――、魔獣の他に立っているのは、灰色狼と子狼が一頭、黒狼ともう一頭の子狼はかすかに息をしているがぶっ倒れていて瀕死の状態だ。

 離れた所ではメグが、ジェシカを後ろから支えるように抱えて必死に回復魔法をかけている。シルベスタとアーノルドは相変わらず動かない。

 よくもオレの友達をいたぶってくれたな!

 オレが人間だったらコメカミに盛大に血管が浮き上がりまくって、頭から盛大な湯気が出ていたかもしれない。

 もはや激怒を通り越して噴火寸前だ。

 ティロリロリロン、ティロリロリロン、ティロリロリロン……

 どこかで何か変な音が響いている気がする。が、気にしている暇は無い。

「ハイイロッ! そいつ――ッ!?」

 そいつをオレの方に連れて来い! そう言おうとしたが、その前に話しが通じた。

 灰色狼と子狼は、直ぐに反応して二頭して俺の方にかけてくる。

 そして二頭はオレの両脇をすり抜けていく。

 すれ違った後には目の前にトライヘッドベアの巨体が俺の前に迫ってきていた。

 狙うは煮えたぎった油が直撃していた左頭だ。

 まずは一発目、

『これは黒狼親子を仇だ、喰らいやがれ~~~ッ!! 』

『まだ死んでないッ! 』

 灰色狼がなんか言ってるが気にしてるヒマはない。

 地面に串刺しにしたペンギンから攻撃されるとは思わなかったのだろう、トライヘッドベアは無防備に左頭に暴炎魔法の直撃を受けた。

『これは筋肉兄弟の仇~~~ッ!! 』

 一発目の爆発の炎が残っているため正確に狙うことは出来ないが、全部同じ場所に魔法を集中させたい。やはり狙いは左頭。

『もう一丁、デミをぶん殴った恨みッ!! 』

 三発目はもう細かい照準はつけられないが、やはり左頭を狙って魔法を放つ。

『これで最後だ、最後はオレの手足を貫いていくれた、お返しだ~~~~ッ!! 』

 最後はもう炎と煙に包まれて何がなんだかわからない魔獣の塊へ、多分左頭がありそうな所へギリギリまで魔力をこめた魔法を発射する。

『自分に対するお返しが一番威力が強いわね』

 灰色狼がなんか言ってる。何の事かさっぱり判らないな。

 普通の魔獣なら、一撃で木っ端微塵になるような威力の魔法を四発も直撃させたのだ。

 その前から数えたら何発当てたか判らない。

 もうこれで死んでくれないと、ホントやばい。

 これで最後だ、といったのは逆でこれで最後になってくれという願望の方が強い。

 果たして魔獣はどうなったか。

 暴炎魔法の炎が消えるまで、トライヘッドベアはピクリともしなかった。

『やった……』

「……」

 オレの呟きに誰も反応しない。

 その瞬間、オレはさっきシルベスタが同じ言葉を呟いたことを思い出していやな予感がした。

 炎が消えた。そしてそこにあったはずの左頭は無くなっていた。右頭はぐちゃぐちゃで生きてるのか死んでるのか判別がつかない。

 まあ頭がココまでつぶされて生きてる生物はいないだろう、と甘いことを考えていたオレがバカだった。直ぐにもう一発でも魔法を詠唱しておけば、あんな事にはならなかった。と直ぐに後悔した。

 後ろ向きにバタンと倒れたトライヘッドベアは、次の瞬間、グアオオオオと第三の頭が咆哮をあげて、背面で這うように逃げ出したのだ。

『な、なんてバケモンだ』

 一番最初に倒した気になっていた背中から生えた第三の頭は、気絶しただけで生きていた。そして最後に後ろ向きに倒れたときに息を吹き返し、とにかく逃げ出したのだ。

 背中に生えた上半身の三本の腕で、這うように逃げ出すトライヘッドベアの姿は異様の一言だった。

『逃すか』

 灰色狼が脚を引きずりながら後を追っていった。

 オレは相変わらず、大地に釘づけで動けない。

 オレに出来ることは今はもうない。殆ど負け戦の引き分けで、オレ達の長い一日は終わった。

 オレは、大地に串刺しにされたまま、深い深いため息をはいて、曇天の暗い空を仰いだ。

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