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第三十五話 ペンギンVSトライヘッドベア その三

「シルベスタ、無事ッ!? 」

 ジェシカが瓦礫に埋まる義兄のシルベスタを探し出し、首筋に指を当てる。

 脈はあるようだ。

 薄暗い中で明かりといえるのは、一つだけ残った篝火と、倒された篝火が燃え移った近くの火事の炎だけだ。

 その薄明かりの中で見る限り、シルベスタは大きな怪我はしてなさそうだ。

「う……、痛ててて」

 その証拠に、声をかけられて暫くするとシルベスタが息を吹き返した。

「大丈夫? どっか怪我してない」

「いや」暫く身体のあちこちを確かめたシルベスタは「だ、大丈夫だ。打ち身はあるが骨も折れていないようだ」と、ジェシカを安心させた。

「そうだ、デミはっ、メグとか無事なのか」

 あわてて、家族の姿を確認しようとすると、

「大丈夫。みんな無事」

 アーノルド、メグ、ジェシカの三人は櫓の上にいて、櫓を壊されて地面に叩きつけられただけで、大きな怪我はしていなかった。

「ただデミは、あの魔獣に殴られて頭を打ってたみたいだから、アーノルドが家まで背負っていったわ。大きな怪我はしてないみたい。一応メグが回復魔法使えるから付き添ってる」

「何だと、それでデミは大丈夫なのか」

「だから、大きな怪我はしてないし、メグが付き添ってるから大丈夫だって言ってるでしょ。親バカなんだから」

「あんの野郎~ッ! それで、アイツは。あのトライヘッドベアはどうした」

 娘が殴られたと知って親バカシルベスタがこめかみに青筋を浮かべて、トライヘッドを探す。

「村の外、森へ行く途中の辺りでなんか別の何かと闘っているみたい」

 そう言ってジェシカは壊れた門の向こう、暗闇に沈んだ森へ向かう草原を指差した。

 時折、トライヘッドベアの咆哮が聞こえて何か争う音が聞こえる。

「炎の魔法とかが爆発してたから、魔法が使える幻獣か何かと闘ってるんだと思うけど、よく見えないのよね」

 半壊した門の辺りから首を伸ばして闇夜を睨むが、やはり見えないものは見えない。曇天の今夜は月も出ていない。

「幻獣? 炎の魔法を使う幻獣っていうと、カーバンクルとかイフリートとかか? 」

 さあ? ――と、ジェシカは肩をすくめて態度で示した。

 幻獣は精霊や妖精に近い存在だが、実態をも持っている。だが殆どの人間は見たことがない。だから幻の獣だ。

 炎の幻獣として有名なのはカーバンクルやイフリートなどだが、シルベスタにしても話に聞いたことがあるだけで実際見たことはなかった。

「一時、幻獣がこの近くの魔物を駆逐してくれた、って噂があったが、そいつがまた来たのか」

 さあね? ――と、ジェシカは再び肩をすくめて態度で示した。ジェシカだって見えない幻獣のことを知ってるはずもなかった。

 アニキ~、と遠くからアーノルドの叫ぶ声が聞こえてきた。

 見ると右肩に巨大な戦斧を担ぎ、左には大人の頭ほど大きさの壷を持っている。

「アニキ、無事だったか」

「ああ。だが、お前なんだそれは」

 戦斧は判るが、左手の壷はなんだろうか。心なしか、アーノルドの左の皮手袋がブスブスと焦げているような気がする。

「これか? これは油だ。煮えたぎった油をぶっ掛けるのは篭城戦の基本だから用意させといたんだ。それであのクマ公はどうした」

 アーノルドは壷と戦斧を取りに家まで戻っていたらしい。ジェシカがシルベスタに教えた事と同じ事を伝えた。それを聞いて、アーノルドは近くの家の屋根に上り、「あっちか? 」と言いながら目を凝らした。

 シルベスタは冒険者時代を思い出す。

 アーノルドが先頭を進み、その後ろにジェシカとメグ、殿にシルベスタ。

 アーノルドの巨体は道なき道を掻き分けて進むのに便利で、さらに暗視スキルを持っていたため、夜間の移動では、暗闇にもかかわらず昼間と同じ速さで移動することが出来た。

「いた」

 屋根の上から森の方向を見つめたアーノルドが、トライヘッドベアを見つけたようだ。

「何かと戦ってるみたいだけど、何かわかる? 」

 ジェシカが聞く。見えることは見えるが、どうやらトライヘッドよりもかなり小さいものらしい。

「小さいな、よく判んねえ。まあ、まとめて退治してやるぜ」

「バカッ、トライヘッドベアはともかく、幻獣の方は味方かもしれないんだぞ」

「え、そういうことは早く言えよッ」

 とアーノルドが言ったときには、煮えたぎった油の入った壷は彼の手を離れ、大きな弧を描いてトライヘッドベアめがけて飛んでいく。

 遠くでガシャンと壷が割れる音がした。

「お、トライヘッドに当たった。のた打ち回ってる」

 アーノルドが目を見開いて暗闇を見つめる。

「これで逃げてくれれば良いが」

「あ、火を噴いた」

 暗闇の中でトライヘッドが火に包まれた。

「兄貴、チャンスだ! 」

 よく言えばチャンスを逃さない、悪く言えば後先考えない。脳筋アーノルドが間髪いれずに走り出す。

「オイ待てッ! 」

 シルベスタがあわてて後を追った。


      ※


 狼四頭が一斉に飛び掛っても、あの長い爪を相手に時間稼ぎは難しいようで、次第にその爪の斬撃を喰らうようになった。

 詠唱を続けながらも、ちょっとあきらめの気持ちが心に進入してくる。

 年貢の納め時がきたか。所詮ペンギンが魔獣のトライヘッドベアに勝とうなんてありえない話だったんだ。カワイイだけの愛玩動物は、ペン小屋で愛嬌振りまいて魚でも食ってりゃよかったんだ。

 と、蔑んだ気持ちになって、ペン生何度目かの覚悟を決めたその時、ヒューーーーンと暗闇の中を、何かが風を切って飛んでくる音がした。

『離れろッ』

 何かわからないがヤバイ気がして、黒狼たちに叫んだ。

 黒狼達は戦闘に夢中で気づかなかったようだが、オレの叫び声を聞いてあわてて距離をとった。その時、その飛んできた何かがトライヘッドベアの左頭に見事命中して壊れた。

『グオォワワワワワワワワァーーーーーーーッ!! 』

『ドアッ、アッチチチチチチチィィィーーーーーーーーーッ!! 』

 魔獣が慌てふためいて暴れ、一緒になってオレも暴れた。

 この匂いは、油ッ!?

 壷に入れられた煮えたぎった油が飛んできたのだ。壷は魔獣の頭で壊れ大半の油は魔獣にかかったが、一部跳ねた油がオレにかかった。

 黒狼たちは何がおきたかわからず、目をパチクリさせて様子を見ている。

 いくら剛毛で防御力の高い魔獣でも、煮えたぎった油はさすがに火傷を負ったのだろう、魔獣は絶叫を上げてのた打ち回り、獣毛の焦げるイヤな匂いが立ち込める。

 オレも一緒になって絶叫を上げていたいところだが、こんなチャンスは逃がすわけには行かない。

『喰らえッ』

 心の中で詠唱を終えたオレは、爆炎の魔法を繰り出した。それが煮えたぎった油に引火して、さらに激しい炎が魔獣の上半身を包んだ。 

『グォ!? ――ッ!?』

 トライヘッドベアがのた打ち回って火を消そうとするも、煮えたぎった油に灯いた炎はなかなか消えるもんじゃない。

 そして火に包まれた者は、息を吸い込むと熱せられた空気や火炎まで吸い込んでしまい、肺が火傷しいて息が出来なくなるらしい。これは苦しい。

 咆哮も上げられない。

 こいつを倒すチャンスは今しかない。

 だが、黒狼たちは火がついている魔獣に噛み付くことも出来ず、遠巻きに様子を見ているしかできない。

 攻撃できるとすればオレの魔法だけ。オレの魔力は持つのか? と、一瞬悩んだそのとき、

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーッ! くらいやがれ! 」

 村の方から雄たけびと共に筋肉の塊、もといアーノルドが戦斧を掲げて走ってきた。


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