第三十四話 ペンギンVSトライヘッドベア その二
マズイッ! と思ったときには、オレは真っ暗闇の中で星がチカチカ点滅する中を転げまわっていた。体中が熱い。
魔獣にぶっ飛ばされて十マイトル以上転がったと気がついたのは少し後だった。
痛いッ!
だが上手く爪の直撃は避けられたようだが、全身打ち身だらけだ。下手すると何箇所か骨を折っているかもしれない。
さらにマズイことに、魔法のストックがなくなった。
一方で魔獣の傷は、右頭は無傷に近く左頭はダメージがあるが致命傷とは言えなそうだ。
グルルッルルルル
魔獣が怒りに燃えてオレを睨む。
あわててもう少し距離をとりながら、心の中で魔法を詠唱するが、間に合うかな。
ここで黒狼が来てくれれば、再度魔法をいくつかストックできるのだが……。
キョロキョロ。……援護の狼は来ない。
オイ! お前が手伝えって言ったんだろうがッ――、と心の中で黒狼を罵るが、そういえば、オレが囮になって闘い最後に黒狼が隙をついて止めを刺す――、とも言ってた。最後の止めを刺せない時は出てこないという事かな。
と、思っているとトライヘッドベアが奥の手を出してきた。
後ろ脚で立ち上がると、三本も前脚を胸の前にかまえる。
そのときジャキンと効果音がするほどの勢いで、(実際には無音で)十本の爪が伸びたのだ。
長さにすると一マイトル以上もある、黒光りする長い爪が左右交互にオレを襲ってきた。腕と爪の長さを足せば、立ったままでも爪がオレに届くようになった。
『ちょ、ちょ、ちょっと待った~~~ッ! 爪が伸びるなんて反則だろッ』
文句を言っても聞く耳を持たない。魔獣って、普通の獣と違うから厄介だ。
メッチャピ~ンチ。
仰け反り、しゃがみ、時には右に左に倒れながら、オレはかろうじて振り回される爪を避ける。だがこうまでまくし立てられると、魔法を詠唱するどころではないので反撃もままならない。
元々オレは、追い詰められた時に、魔法をすばやく詠唱する事に慣れていない。
生前はレベル99まで上り詰め、魔法も剣も格闘技も何でもこなしたが、どんなに強い相手でも、中級魔法の一発でしとめたり、軽く剣を一閃するだけで相手を屠れてしまったので、相手に追い詰められることがなかったのだ。
ピンチになってから守って粘って、最後に起死回生の逆転技を繰り出す、なんてした事がない。強さゆえの弊害というべきか。
だからレベルが低い今のような状況で追い詰められると、どうして良いか判らなくなる。
だんだんと、魔獣の爪がオレの皮膚をかすめる様になってきた。
熊の腕の振りが大振りで、右が来た後左が来る、その単調なリズムなのでまだ避けられているが、段々と間合いを詰められている。
そして、ビシュッといやな音がして腹がメッチャ熱くなった。
斬られたことが判った。そしてその弾みで、オレは半回転して魔獣に背中を見せる格好になり、背中も切りつけられその場に倒れた。
鋭い痛みだが、痛いうちは傷は深くはないと思う。たぶん、内臓までは届いていないだろう、皮と脂肪、あとはその奥の筋肉の表面近くを裂かれただけのようだ。
もはや暗いのでよく見えないが、昼間ならオレの腹や背中に血の滲んだ傷が何本も出来ているのが見えるだろう。
そして、トライヘッドベアはオレをもう仕留めたつもりでいるのだろう、血が滴る爪をなめながら、地面に転がるオレを、ニヤリと笑って睥睨した。
熊って笑うんだな。
……なんてバカなことを思っている場合ではない。
余裕ぶっこいて、魔獣が攻撃をしてこないならちょうどいい、この隙にオレは魔法を心の中で詠唱を始める。と、その時。
『グエッ~~~~ッ!(痛ってーーーーーッ!) 』
魔獣が腕を振りかぶったと思ったら魔獣の爪が何本も飛んできて、オレの左右の手を貫いた。
爪が飛び道具になったのだ。オレはその勢いで倒される。
左右で合計十本の前脚の爪の内の五本が、オレの左右のフリッパーを貫き、爪の一本はオレの脇腹を貫いている。
致命傷にはなっていないが、めちゃめちゃ痛い。
オレは針が刺さった標本の昆虫のように、爪で地面に縫い付けられ、身動きが出来ない。
魔獣が止めを刺そうと、大きな口を開いて俺に顔を近づけた。
『『待て~ッ! 』』
その時暗闇の中から、叫び声がしたかと思うと、二頭の狼がトライヘッドベアの腕と脚に噛み付いた。
『お前達――ッ!?』
黒狼の二頭の子供たちだった。
トライヘッドベアが再び爪を伸ばして反撃する。
子狼たちはそれをかいくぐって腕や脚に牙を立てていく。だがトライヘッドベアの剛毛にはその牙も中々通らない。
『コラ、待ちなさい』『待てというのに』
その後を追って、あわてて親の黒狼と灰色狼が追いかけてきた。
『だって早くしないと、サルのオジチャン殺されちゃうよ』
『もう少し有利にならないと、我らが加勢しても意味は無いというのに』
『だって助けるって決めちゃったもん』『だって友達だもん、ね~』『ね~』
やはり黒狼は、もっと有利な状況になるまで静観するつもりだったようだ。あの野郎!
だが、子狼達が見かねて飛び出したようだ。ええ子やな、ありがたい。
オレはその隙に魔法の詠唱を始めた。
『我も加勢してやる、早く魔法を』
やってるよ!
しゃべるのももどかしく、詠唱を続ける。
『キャンッ』
だが、狼四頭でもあの長い爪の前では時間稼ぎは難しいようで、次第にその爪の斬撃を喰らうようになった。
くっそ、これだったら高速詠唱でも覚えておくんだった。