第三十三話 ペンギンVSトライヘッドベア その一
「急げッ! 」
「急いでる! 」
魔獣トライヘッドベアが村に向かったと聞いて、オレは黒狼に頼んで村まで急行してもらった。
森を抜け村の入り口が見えると、そこは魔獣によって壊されたのであろう、完全に崩壊した門の跡と、門の中まで入り込んでいる異形の魔獣の姿があった。入り口の近くで火災も起きているようだ。
瞬時にオレの血が沸騰した。
「くらいやがれッ!! 」
魔法の射程に入った瞬間、オレはストックしていたありったけの爆発系の炎魔法をトライヘッドベアの顔面に食らわせてやった。
オレが見つけたとき、奴はこちらに向いていたので、オレに、というか黒狼に気が付き、完全な奇襲とはならなかったが、奴はろくに防御も出来ずに直撃を受けていた。
殺ったか――、と思ったが世の中そう甘くはないようだ。
暴煙がやんで目を凝らすと、やはりというか魔獣熊はしっかりと二本足で立っていて、怒りの咆哮を上げていた。
『やはり結構頑丈だな。爆炎魔法が四発直撃してもビクともしねえ』
魔獣ってこんなに頑丈なのか、まるで無傷のように見える。
もっと慎重に行くべきだったか――、と少しだけ後悔する。
『いや、そうでもないぞ、魔法が直撃したのはヤツの背中に生えた頭の方だ』
『背中の頭? 』
何それ? 人面相みたいなもんか。
『アイツはトライヘッドだと言っただろ。背中に生えている頭の方に魔法が直撃したんだ。今は振り返っているからこちらからは見えないが、背中側に生えた上半身の三つ目の頭はけっこう重症だろうな。多分無視できるほどのダメージなら振り向かないはずだ』
背中に生えた上半身? なるほど、よくわからん。
だが黒狼の方があいつとの戦いは慣れてるはずだ。ここは信じてもう少し頑張ってみるか。
黒狼は、オレを村の入り口近くに下ろして、さっさと森に隠れてしまった。
あれ? オレが囮となるのはいいが、隙が出来たところで黒狼が止めを刺す。って約束は覚えてるんだろうな。
もう姿も見えないから、今さら確認も出来ない。
約束を覚えていることを信じよう。
それに、もうトライヘッドベアが、オレをロックオンしている。今さら逃げられない。
『ずいぶんと、オレの庭で遊んでくれたようだな。このお礼は倍にして返してやる』
オレは魔獣を威嚇するために、そしてオレ自身を鼓舞するために、啖呵を切って魔獣と対峙した
魔獣熊は二つの頭で交互に咆哮をあげて、オレを威嚇する。
ガオーとかグオーとか叫ぶが、言葉が分からない。
駄女神のオプションサービスでつけられた多言語解析機能で言葉が判るかと思ったが、さっぱりわからん。魔獣になると理性がなくなるというのは本当のようだ。
さて、オレは魔法による遠距離攻撃が出来るが、魔獣はどうやら近接攻撃しか出来ないようなので、魔獣が空堀の向こうに居るのありがたいが、一方で空堀の向こうということは村の中に居るということで、そこにいるとオレの攻撃がはずれた時は、オレの魔法で村に被害が出る可能性もあるし、また魔獣が反転してオレ以外をターゲットにしたときに非常にまずい。
あまりしたくないが魔獣には、空堀をわたって、村の外に出てもらうことにしよう。
オレはあまり魔力を込めていない、避けられても村にあまり被害の出ない小さな火炎弾を放つ。魔獣を挑発するためだ。
ヒュンと飛んだ拳大の炎が、魔獣の前まで行くと魔獣はその魔法を、いとも簡単に腕で払いのけ、――魔法を腕で払いのけるって意味わかんないですけど――、そのまま身をかがめるとジャンプ一番、幅三マイトルはある空堀をあっさりと飛び越えて、そのままオレに向かって突進してきた。
『ゲッ、意外と俊敏! 』
と思った時にはもう敵は目の前だった。
魔獣は――多分それが一番得意な攻撃なのだろう――、爪を立てた腕を振り回してオレを攻め立てる。
が、オレの身長はたかだか五十センチマイトル、一方ヤツの身長は二マイトル半位はありそうだ。つまり立ったまま短い腕を振り回すだけでは奴の攻撃はオレには届かない。
オレに爪を当てるには身をかがめて四つんばいになって腕を振り回す必要がある。
すると、片方の前脚を地に着けて腕を振り回してくるしかないのだから、攻撃は片手だけ。しかも腕の力だけで振り回しているので、立って腕を振り回すよりもスピードは遅くなる。このくらいならば、レベルアップしたオレには当たらない。
そしてオレも、最初の魔法を放った後黒狼と無駄話だけしていたわけではない。話をしながら心の中で魔法の詠唱をしていたのだ。――つまり。
『飛んで火にいる夏の虫とは、お前の事だーーーーッ! 』
魔法の準備が出来ているところに向かって、何も考えずに向かってくるなんて、バカか熊だけだ。
『遅い! まずは氷槍魔法ッ』
魔獣が腕を振り回してくるが、オレはわずかに早く魔法を発動させる。
もちろん、推定レベル三十超の魔獣である。レベル十かそこらの魔法だけで簡単に倒せるとは思っていない。トライヘッドベアの頑丈さとか、どんな魔法が効果があるとか調べながら魔法を打つ必要がある。炎の魔法は最初に試したので、次は氷の槍だ。
至近距離で発動された氷の槍は、俺の顔の高さにまで身をかがめていたトライヘッドベアの正面を向いた二つの頭の左頭に直撃した。
オレは魔獣クマの頭が仰け反り、反撃される前にバックステップで距離をとり今度は風の斬撃魔法をぶっ放す。狙い通りがら空きになった左頭のクビ元に直撃した。
さて、どんな感じかな――、と余裕をぶっこ居ていたら、
『ウワッ! 』
魔獣がほえて、身をかがめたと思ったら即座に左右の腕が死角から襲ってきた。まさか両手で襲ってくるとは思わなかった。
普通の魔獣よりも前脚が多かった。その分を忘れていた。
魔獣の前脚は四つんばいになってるときは下向きに三本あった。つまり左前脚が一本、右前脚が二本ある。右の腹に近い前脚を地に着けて身体を支え、肩に近い左右の腕で攻撃を仕掛けてきたのだ。
ちなみに、背中側にも上半身が生えているがそちらには右前脚一本と左前脚二本がある。これは最初の暴炎魔法で死んだのか気絶したのか動かないままだ。
トライヘッドベアは、普通の魔獣よりも腕が多かったのを忘れていた。一瞬ひやりとしたぜ。
だが地に着けた腹に近い右腕一本では、身体を支えて歩く事は出来ても、走ることは身体が重すぎて出来ないようで、少し距離をとってやれば難なく避わせた。
氷の槍の直撃を受けた左頭は、舌を出して泡を吹きそれでも焦点の合わない目で吼え叫んでいる。なんだか狂気じみて背筋が凍る。
風の刃による攻撃は分厚い皮と剛毛で阻まれあまり効果がないようだ。
『二発でダメなら何発でもッ』
オレはストックしていた魔法残り二発を、連続してお見舞いしてやる。
この魔獣は体表に魔力をまとっているためやたら防御力が高いと黒狼は言っていた。そのため攻撃を避けるということはあまりしないのだという。
攻撃を避けないならありがたい。奴の防御力を超える攻撃を加えてやれば、奴を倒せるはずだ。
まあすぐに奴を倒せなくとも、大きな傷でも負わせられれば、黒狼が最後しとめてくれるし、それがダメでも黒狼が闘っている間にまた魔法をストックできれば、同じことの繰り返しで、削っていけるはずだ。
ストックの残りの二発の魔法は、最初に四発食らわせた暴炎魔法。炎、氷、風の他に攻撃で使えそうな魔法は手持ちではなかった。
ダメージの残っている左頭めがけてぶっぱなす。一発目は左頭に直撃した。しかし爆発の煙で顔が隠れてしまい次の一発の狙いが定まらない。左頭がありそうな所へヤマ勘でぶっぱなす。
当たったのか当たらなかったのかよく分からないが、クマ公は派手に怒声をあげている。
やはり使えそうなのは暴炎魔法だけか。
そう思いながら、オレは距離をとって、再度心の中で魔法を詠唱する。だが、
『グワォォ~ッ! 』
暴炎魔法の直撃を物ともせず、煙の向こうから鋭い爪が俺を襲ってきた。