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第二十八話 その二


 灰色狼がオレを死角から突き飛ばし、三射目の魔法は霧散して消えた。

『あ、母ちゃんズルイ』『オレも遊ぶっ』

 双子の子狼が体勢を立て直して、再びオレに襲い掛かってきた。

『チッ』

 すばやく立ち上がったオレの脇腹を、子供の狼の前脚の爪が引き裂く。

 寸前で避けたから、皮膚が引き裂かれただけで済んだが、反応がもう少し遅かったら、そのまま爪に引っ掛けられて引き倒され、次の瞬間首筋を一噛みで終わりだった。

 父親の黒狼ほどの速さはなかったのも幸いした。

 だが、ここまで接近を許すと、魔法を唱える時間が……。

 一頭目の強襲を既の所で避けたものの、すぐに二頭目が急襲を仕掛けてきていて、オレの眼前にその牙が迫っていた。

 オレはもはや、単に避けるというよりも、転がるように様にその牙を避ける。

 その格好が面白いのか子供達が嬉々としてオレを追い掛け回す。

 最初は父親を傷つけられて怒っていた子狼だったが、獲物を狩る楽しみか、嗜虐心がくすぐられたのか、オレを追いかけて襲うのが楽しくなってきたようだ。

『オイお前、フラフラだぞ』『なんだもう魔法は打たないのか』

 その牙はオレの腕に噛み付き、オレを振り回して大木に叩きつける。その爪はオレの背後から襲い掛かり、背中に傷を増やしていく。致命傷にならないように。

 もはや絶体絶命のピンチ、その時考えていた事は一つだけだった。

――まだだ。まだ粘らなくては。デミたちが村に帰るまでは。

 まるでズタボロの幽鬼の様になりながら、なんとか立ち上がる。

 自分の身体が上手く動かず、力が入らず、自然とフラフラしながら、子狼の攻撃を最小限の動きで避ける。そしてその間に心の中で魔法を詠唱する。

『……ッツ!! 』

 子狼達が体勢を整える隙に魔法を発射する。もはや二発も三発もストックする余裕は無い。詠唱が終われば発射している。

『そんな大振りでは、避けてくれと言ってるようなものだぞ』

『……ッ! 』

 俺の手の動きを見て、魔法を避ける子狼たち。

 オレの焦りが動きに出ているのか、やすやすと魔法が避けられている。

 その背後で子狼を通り過ぎた風魔法が、直径一マイトルはある大木を切り倒す。

――威力が大きくなっている?

 子狼も灰色狼も驚いているようだ。

 オレにも理由は分からない。が、今はそんなことを気にしてる場合ではない。オレは目の前の狼を撃退する事に専念する。

 何度か攻撃を受けたおかげか、次第に子狼達の攻撃も読めるようになってきた。

 攻撃は比較的単純で、まっすぐ飛び掛ってきて爪を引っ掛けるか、噛み付くか。タイミングをずらしたり、フェイント仕掛けるといったことも無かった。後から考えると、体は大きくとも子どもで経験が無かったのが幸いした。

 しかし捌き続けるといっても微かに傷は受けるし、オレの神経も次第に疲弊し、意識が遠くなっていく。

――そういえば、以前もこんな子供狼が襲ってくるのを、片手であしらってたことがあったっけ。いつだったかな。

 薄れ掛けた意識の中で、オレはデジャビュにもにた不思議な感覚にとらわれていた。

 今、目の前で起きていることは夢なのか現実なのか。過去にあったことを思い出しているのか、そう感じているだけなのか。

 子狼達の動きを読むでもなく、襲ってきた狼の動きに合わせて、自分の身体を動かす。 オレは殆ど無意識のうちに、どのような攻撃にも反応できるよう、身体の力は抜いて最小限の動きでかわし続けた。

 水の流れに身を任せて在るがままに受け流し、それでいて根を張って川底に踏みとどまる、まるで川の水草のように、フラフラとしながらオレは攻撃を避け続けた。

『なんか、こいつ変な動きしてるね』『気味が悪いや』『遊びも飽きちゃった』『もういいよ、やっちゃおうよ』

 双子が分かれて、オレを前後に取り囲む。と、二頭同時にオレに最後のアタックを仕掛けてきた。

 ただその時のオレは、最後の攻撃とも思わず、夢うつつにその攻撃を裁いていた。

――あん時は、横から飛び込んでくるのを、後ろにスウェイしながら手を伸ばし、クロスカウンター気味にデコピンを食らわしてやったっけ。

 朦朧とする意識の中で、オレの咄嗟に右腕を伸ばす。が、足がもつれた。オレの拳をよけようとして、頭をひねった子狼だが、足のもつれたオレの拳が軌道をそれて、避けたはずなの子狼の鼻の頭にカウンター気味にヒットした。

『グ、ガウッ! 』

 鼻は人間でも狼でも急所の一つだ(ペンギンは分からんが)。子狼はかなり痛がっているようだ。

――デコピンにはならなかったけど、もっと痛そうだな。

 一頭の子狼がひるんだ隙に、すぐにもう一頭が飛び掛ってきた。

――そう、前からまっすぐに飛び込んできた時は……その時はどうしたっけ。

 オレは、前から襲い掛かってくる二頭目に対し、残った左腕をぶん回して狼の横面を張り倒した。

――そうだ、直前までひきつけて右手を、チビ狼の横顔に当ててやると、まるでオレを避けたかのように斜めに飛んでいったっけ。面白いように飛んで言ったな。

 あのチビ狼、バカだったから、何が起こったかわかんなくって目をまん丸にして驚いていたっけ。

 オレの腕が短いので、まっすぐ前を向いた格好で手を伸ばしても相手まで届かないが、身体をひねりながら腕もぶん回してやると、俺の腕が平手打ちのようになって届いたのだ。

 子狼とはいえ体格差があるので、飛んでいくのは狼ではなくオレの方だが。だが見事に狼をパリイしてやったぜ。 

 ある意味それは脊椎反射、目に入った物を必要最小限の動きで、避けたり打ち返すことを繰り返す。

 その後も、子狼が飛び掛ってくる度に、カウンター気味に鼻頭を叩いてやり、出来るときはパリイして散々振り回してやった。

『なんでボクの牙が届かないの? 』

 驚いているようだ。

 こいつら単純だから、一定のリズムを繰り返して、フェイントも何もないから慣れれば簡単だった。親の黒狼よりも遅いしね。

 そのとき、オレの真後ろから、黒狼が飛び掛ってきた。業を煮やした父親がオレの死角を狙って飛び込んできたのだ。

 だが、その時のオレに死角は無い。

 後から考えると、子狼相手に無念無想に戦い続けたオレは、無意識のうちに間に絶対領域を展開していたようだ。

 絶対領域とは、此方からは戦いを仕掛けないが、ある一定の距離、絶対領域内に敵が入ったときは、自動的にどんなスピードで、どんな死角から襲われたとしても即座に迎撃する、格闘家、武人の極致の意識だ。

 無念無想の境地とも言う。

 己の神経を最大限研ぎ澄ました先にある、絶対領域に死角は無い。

 空気の流れだけで、相手がどこからどのように攻撃してくるのか分かるからだ。

 肌に触れる空気の流れから、黒狼の動きを察知したオレはぎりぎりまでひきつけると、即座に反転して、右手を裏拳にして右頬をひっぱたいてやった。

 もちろん対格差があるから、狼はそのまま突進し、オレは裏拳の反動で、紙一重でその牙を逃れる。

『キサマ、その動きどこで覚えたッ』

 なんだか黒狼の様子が変化した。


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