第二十六話 ネゴシエーターペンペン
オレ達は完全に囲まれていた。
オレの前に巨体の黒い狼、後ろに灰色狼と、子供であろう普通サイズの黒い狼が二頭。
「ね、姉ちゃん……」
「こいつら、父ちゃんたちが言ってた狼だ」
「そうだね。父ちゃんに聞いてたとおりだ、あの黒いのヤンさんとこの馬より大っきいよ」
ヤンさんって、確かヤンガスっていう農家で、農耕馬飼ってるって言ってたような。
ウン、あの黒い狼は確かに馬よりもでかい。
並みの冒険者では歯が立たないだろう。村人があわてるのも無理はないな。今のオレだって絶対かなわないだろうな。
『母ちゃん、あのシロクロのやつ何?』
『モグラ? 猿? 初めて見た』
『手も脚も短いし猿じゃないわね、何かしら。でも丸々してておいしそうじゃない』
狼は狼で何やら話をしている。
いやいや、そんなに美味しくないよ、多分。
っていうかオレ、狼の言葉が分かるぞ?
『レベルアップしたおかげで、オプションサービスでつけておいたスキル【多言語解析機能】が活性化したのじゃ』
ウシャスとかいう駄女神がなんか話しかけてきた。結構人の事、というかペンギンの事をよく見ているようだ。ヒマなのかな?
『ヒマとかいうな! 』
なんか叫んでいるが無視する。
オプションサービスねぇ。勝手につけるのはどうなんだって気もするが、多言語解析機能か。いろんな言葉が分かるって事か。まあ便利そうだからいいか。
『うん、妾グッジョブなのじゃ』
自慢げに言うので、ついでに聞いてみた。
そんなにヒマで、こっちの様子を見てるなら、狼の事教えてくれてもよかったのに。
いや、それより今、目の前にいる狼を何とかしてくれませんかね。
『それじゃおもしろ……いや、あんまり下界の事には首を突っ込めないのじゃ』
役に立たねえ駄女神だ。というより怪しすぎる。駄女神というより胡散臭い女神だ。
仕方ない、自分で交渉してみるか。
『こら、役に立たないとは何じゃ。妾に対する感謝が足りないのじゃ』
うるさい、こっちは命の瀬戸際なんだから、手伝ってくれないなら黙っててくれます?
『……』
なんだか駄女神がシュンとなった気がするが、まあ放っておこう。
『えーっと、黒い狼さん。貴方の目的って何なんですか、やっぱオレたちを食う事が目的ですか? 』
オレはなるべく慇懃な態度で敬語を使って話しかけた。
勝てないケンカはしない主義なのだ。
『他にどんな目的がある……というか貴様、我らの言葉がしゃべれるのか』
『え、あ、うん、まあ、なぜかしゃべれるみたいですね』
おうおう、びっくりしてるぞ。やっぱり本当は獣同士で言葉が通じることってないんだな。まあ、オレも分かるどころかしゃべれる事にびっくりしてるが。
まともに話し合いが出来るということは魔狼ではなさそうだ。というよりも知性もあるみたいなので幻獣に近い存在か?
「姉ちゃん、ペンペンがなんか狼と話してるみたいだよ」
「ああ、友達なのかな……」
デミたちにはオレの言葉は分からないみたいだな。
デミとジョシュアが背中合わせになって互いの背後を守っりながら、成り行きを見守っている。デミはナイフを持っていたが、ジョシュアは多分薬草採取に使う鎌だろう、右手に持って警戒している。十歳の子供が鎌を手にしても大して戦えないだろうが、心がけだけは立派な男の子だ、泣き言一つ言わない。
なんとか交渉して、こいつらだけでも逃がさないと。だって友達だから。
オレだけならまあ魔法で逃げられるかもしれないし、食われても今度は神の子か、湖の妖精の子に生まれ変われれば……。
『……』
いつもはここで、駄女神さんから突っ込みがあるのだが、さっきの事がショックなのか、ヒマと言われて怒ったのか、何も言ってこない。まいっか。
『それでオレ達を食べるって言うなら、ちょっと相談があるんですが、オレはさっき仕留めたばかりの鹿をもってるんです、それで今回は見逃してくれませんか』
『ん? どこにあるんだ』
空間拡張魔法効果のある巾着袋に入ってる、とはまだ言わない。
『隠してあります。だけどまず、この後ろの二人とオレを食わないと約束してほしい。鹿を渡して、すぐにオレたちに食いつかれては困るから、この二人が安全なとこまで行ったら鹿を渡します』
『ふん、強者が弱者から物を巻き上げるような事はしない。必要なら自分で狩るだけだ』
オオカミとの交渉は決裂したようだ。