第二十五話 ペンギン、姉弟に詰め寄られる(友達にウソはダメって話)
「ペンペ~ン」
目の前の鹿肉を巾着袋に仕舞ったのと、オレを呼ぶ声が聞こえたのがほぼ同時だった。
見られたか?
「グアッ? 」
オレはあわてる心を抑えるように、「よう、こんな所で奇遇だな、何か用か」くらいの鷹揚な感じでワザと緩慢に振り返った。見るとデミとジョシュアの姉弟がこちらに向かってかけてくる。
「……」
「グア? 」
声をかけて走ってきた割に、デミは俺を見るだけで何も言わない。何か思いつめた顔をしている。
「ペンペンこんな所にいたんだ。探したよ」
かわりに、後から追いついてきたジョシュアが声をかけてきた。
探してた? なんだろう。オレ何かしでかしたか?
「今、この森に大っきな狼が群れでやって来てるんだ。危ないから早く帰ろう」
そう言って手を差し伸べてくる。
子供と手をつなぐってなんだか気恥ずかしかったが、別に否やはないので直ぐに俺も手を出して一緒に帰る。だって友達だもんな。
村への道を歩きながらジョシュアが言うには、昨日、森に入っていく数頭の狼を村人が見つけたのだそうだ。しかも一頭は馬よりもでかいとか……。
そうか、狼なんて前世のオレにしてみれば大したことはなかったが、普通の人間にしてみれば結構大変な相手なんだろうな。しかも馬よりでかいって、レベルに換算すると二十かもうちょっと上か。魔物化しているとレベル三十はいってるかもしれない。
人間や獣、精霊、妖精が瘴気に犯されると、自我が崩壊し凶暴になると同時に、見るからにダークサイドに落ちたのが分かるように見た目が変わる。魔物化するという言い方をするが、普通の人とは波長が合わないというか、禍々しいオーラを発するようになる。これが魔物だ。
人が魔物化すれば単に魔物で、獣が魔物化すると魔獣と呼ぶ。だから魔獣化するという言い方も出来る。
魔獣は多くの場合、体つきが変わり、皮膚が堅くなったり牙や爪、あるいは角が伸びて硬質化するなど、より戦闘に向いた体型に換わる。理由は知らん。
魔物や魔獣は性交しないので、魔物が魔物を産むことは無い。だが母親が妊娠しているときに魔物化すると、お腹の子も魔物化して生まれることがある。
お腹の子が双子だったりすると、一体化して双頭の四本腕の魔物が生まれたりする。
今回見かけられた狼は頭が二つとかではなさそうだが、身体が馬よりデカイとなると魔物化、つまり魔獣になっている可能性はあるな。
アーノルドやジェシカたちは元冒険者らしいが、レベルはどのくらいかな。群れの狼相手だと苦戦するだろうな。まして魔狼となると……。
やれやれ厄介な奴が来たもんだ。
「ねえ、ペンペン」
そんなことを考えていると、後ろを歩いていたデミが突然話しかけてきた。
「ペンペンってなんなの? 」
「……グアッ? 」
なんなの……、って言われてもペンギンはペンギンだし。何を言ってるんだ?
「さっき使ってたの、あれ魔法でしょ」
「さっき、聞かないって言ってたのに」
なんだかジョシュアがぶつぶついっている。
「うちにいるメグ叔母ちゃんが――」
「姉ちゃん、メグ姉ちゃんって言わないと怒られるよ」
「そ、そうだった。そのメグ姉ちゃんが昔、冒険者の魔法使いやってて魔法を使えるって言ってたけど、人間でも魔法を使えるのは、二、三人に一人位しかいないんだって。それなのに動物で魔法が使えるのって……、なんか変だよね」
そ、そうか見られてたか。魔法を使っているところを。
だが、オレは生前魔法を使う魔物と散々戦ってきた。魔物は自我がなく本能で戦うのだが、その本能で魔法を使う奴らがいた。それに魔物とは別に、いわゆる幻獣という奴らも魔法を使えた。ユニコーンだって治癒魔法が使える。
だから、ペンギンだって魔法を使えても問題ないのだ。
オレそんなに変じゃないよ。……多分。
「あと、ペンギンなのに、木の実は食べるし、お肉は食べるし、魚食べないし」
いや、木の実はお前が差し出したんだろ。あの時は他に食い物なかったし、ペンギンは雑食だから肉を食っても問題ないし、魚は食事で出されないだけで、川では散々食ってますから。
だから、オレそんなに変じゃないよ。ごく普通のペンギンだよ。
「それに、今あたしたちと普通にこうして話してるし。言葉が通じるペンギンってやっぱ変だよ」
いや、別にオレ人間の言葉しゃべってないし。しゃべれたら便利だとは思うけど。
お前達が話しかけているだけなんですけど。
それに、今までさんざん話しかけてきておいて、今さら変って、そういうことを言うか。
「っていうか、ちょっと不気味っていうか」
ガ~~~~ン。
オレはそんなに変じゃな……変じゃ……変なのか。しかも変どころか不気味だった。
オレはショックで立っていられなくなり、思わず地面に跪く。
「ねえ姉ちゃん、ペンペン、めっちゃショック受けているよ」
「え、あゴメン。不気味は言い過ぎた。そういう意味じゃないんだよ」
デミがあわててオレのなで肩に手をかける。
「えっと、何ていうか、ペンペンが不気味だって別にいいんだよ。責めてる訳じゃないし、魚食べてほしいとか言うつもりはないんだ。あたし達は友達だから」
「姉ちゃん、なんだだか意味不明でフォローになってないよ」
「え~~っ」
ジョシュアがオレの手を取って立たせて、狼が来るから早く帰ろう――、と言って自分の腹にオレを抱えた。そして歩きながら、諭すように俺に語った。
「姉ちゃんが言ったことは意味不明だけど、まあ僕も同じ気持ちだよ」
ガ~~~~ン。
ジョシュア、お前もブキミとか言うか。
「あ、あれ? 身体が硬直してる? ち、違うよ不気味とか思ってないから。ペンペンはペンペンだから魔法が使えたって、肉を食べたっていいんだよ。……ただ、話が出来たらもっと仲良くできるだろう、とは思うんだ。友達だから」
そ、そうか。仲よくね。
そうだよな友達だもんな。
ってかよくペンギン相手に友達って臆面もなく言えるよな。生前のオレなら絶対無理だ恥ずかしくって。……そう思うのはオレだけじゃないよね。
「僕らの話は分かるんだろ。だったら何かペンペンから話してよ。どこで生まれたとか、お母さんとか兄弟の事とか」
「グオーグ、グア? (話しかけるって、こうか?)」
「……」
「ジョシュア、話は無理そうだね」
オレもそう思う。それなら筆談しかないか……。でもこいつら読み書きできるのか?
メガネ男子のジョアンはよく教会から本を借りてきているけど、それでも植物図鑑みたいな絵がついたもので、最低限の単語しか知らないみたいだ。
オレが読み書き教えれば何とかなるか?
などと考えていたその時、オレの第六感にビンビン感じるものがあった。殺気だ。
「グアッグウーオーガー(もう来たようだぞ)」
「え、どうしたの」
オレが二人を背後にかばう様に立つと、その前方に黒い狼が現れた。彼我の距離は三十マイトルといった所か。巨体の狼なら一瞬だ。
後方にも気配を感じて振り返ると、黒狼よりは一回り小さな(それでも巨大な)灰色狼がいて、その左右に子供だろうか大きさ的には普通の狼ほどの大きさの黒い狼がいた。